第4章 闇の国の復活

2.円周率はどこまでも

(・・・避けられている。)

ナムは陰鬱な気持ちを持て余していた。
ガラクタまがいの機器類が散乱しているロディの部屋。彼が「失敗作」だと言った巨大掃除機は、部屋の隅にほったらかされて大きく場所を取っている。
それに座って壁にもたれ、床に胡座をかいて座った部屋の主ロディが発明品製作に没頭している背中を眺めつつ考える。

( どー考えても、避けられてるよなぁ、やっぱし・・・。)

ナムは頭の後ろを掻きむしった。

あのシャワー室の共闘以来、モカとはまともに話ができていない。
顔を合わす事すらほとんどない。それがナムを困惑させた。
モカは局長室での仕事が多く、会う機会が元々少ない。それでも食事時の食堂では会えるし、たまに廊下で行き違うくらいは日常的にあったはず。
そんな時は挨拶を交わし、軽く雑談する程度には親しかったはずなのに・・・。

( 最近、飯時に食堂行ってもあの娘だけがいっつもいない。
居た気配はあるんだよな。キッチンの流しに使った食器が下げてあるし。
廊下とかで声がするのに、俺がそっちを向いても居ないってものあったな。しかも一回や二回じゃないんだよな〜。どゆ事? 逃げたとしか思えないんだけど???
・・・そういや昨日、食堂の入口 でバッタリ出くわしたっけ。ありゃきっと、逃げ遅れたんだな。
一応挨拶してくれたけど、スゲェ目が泳いでたし、すぐにどっか行っちゃったんだよな~・・・。)

疑う余地なく 避 け ら れ て い る 。
ナムは自分の行いを省みた。

( 原因はシャワー室での事だよな、きっと。
バッチリ見ちゃったもんな。そりゃもう ガ ッ ツ リ と・・・。)

カッと体が熱くなった。
言いようのない思いに駆られ、頭を抱えて身悶える!

 「さ! 3.1415926535 8979323846・・・!!!

「 !!? ちょ、ナムさんどうしたんッスか!?」
細かい機器をいじくっていたロディが驚き振り向いた。

「なんで急に 円周率 ???」
「いや気を紛らわす為にちょっと・・・。」
「どんな気になったら円周率そこまで言い飛ばせるんッスか、もー!」

微妙な表情で首を傾げるロディが作業に戻る。
ナムも掃除機に座り直し、再び自分の考えにふけった。

( 余計な事は考えるな 俺!
いちいち思い出してたらかわいそーだろ?!
 裸 だぞ?! 女の子が 素っ裸マッパ 見られて平気なワケねーじゃんよ!
マジで何にも着てねぇ モカ の細くて白くてメッチャ綺麗な・・・。)

 「ささ!3.1415926535 8979323846!
  2643383279 5028841971・・・!!!

「桁数増えてる!?何なんッスかナムさん!」 
「言った事無かったっけ? 俺 円周率100桁まで言えんだぜ♪」
「へー凄い。って、だから何で今、円周率??!」
「・・・何でもねぇ、気にすんな。」
「・・・。」

不審者でも見るようなロディの冷たい目線が痛い。
ナムは再び頭の後ろをバリバリ乱暴に掻きむしった。
「だいたいさっきから何悩んでんッスか?
キメラ獣の1件以来おかしいッスよ?いつも以上に。」
「一言多いけど不問に付す。
正直、俺にもよくわかんねぇ。だから悩んでる。」
「意味不明ッス。」
ナムはまた頭の後ろを掻きむしった。

健康優良な思春期男子が抱える問題は置いといて、本当にワケがわからない。
一番わからないのはあのシャワー室でのリュイの行為。なぜ 嘘 を付いたのだろう?

(あの野郎が嘘付くのなんか初めて見たぜ!
そりゃ滅多に話さねぇし、何か言ったと思ったら命令か暴言、碌な事言わねぇ奴だけどよ!
・・・もしかして・・・。)

ふと、思った。
まさか、モカが言っていた「裸の他に見た物」と関係が、ある???

(シャワー室にいた俺達からそれを 隠す ために嘘をついた?
だとしたら、いったい何が・・・???)

気になって仕方がない。
もう一度よく思い出してみよう。あの時、シャワー室で見たモノは・・・。

3.1415926535 8979323846!
 2643383279 5028841971 6939937510!
 5820974944 592307816ーーーっっっ!!!

「ひいぃ?!ナムさん!
大丈夫ッスかナムさん!? ナムさーん!!!」
あまりの異常さに驚いたロディが狼狽え悲鳴を上げる。
その時、2人の通信機が同時に鳴った。

『みなさぁ~ん、そろそろディナーよぉン♡
今すぐ食堂に集まりやがれゴルァ!!!

キッチンの荒くれ軍曹・ベアトリーチェの 招集 だった。

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今日の夕飯はリーチェ特製ハンバーグ。
味は絶品、三つ星レストランのシェフ顔負けの美味さなのだが、例によって盛り付けが凄い。
ふっくら香ばしく焼き上げたハンバーグが、子供2,3人楽に入れる 金ダライ にてんこ盛り。
その上から旨みたっぷりの特性デミグラスソースをドバッと思い切りよくぶっかけてある。
付け合わせにはベイクドポテト。バター蕩けるホクホクのポテトが でっかいバケツ に隙間なくぎっしり詰め込まれている。
一度に3升炊ける炊飯器がサイドテーブルにドドンと置かれ、フランスパンも切らずにそのまま丸太のように積まれている。
サラダはレタスがマルっと1人一個ずつ。それを手にしたテオヴァルトが、隣の席でビールを煽る副長・マックスに呟いた。

「毎度ながらアンタのヨメ、凄まじいな。」
「いい女だろう?はっはっは♪」
「・・・。」

手に負えない。
テオヴァルトは黙って苦笑した。

ロディと一緒に食堂に入ったナムは、辺りを見回した。
(いない、か。)
モカの姿はなかった。
その代わり、怪しいにも程がある 異常な奴 がそこに居た。
 アイザック である。
壁備付けの大画面モニター、その真ん前で正座する彼がガン見するのは 美少女アイドル の生ライブ。
小惑星帯エリアで先日デビューした9人組のJKユニット「カタストロフィP(プリティのPだそうな)」。個性豊かな少女達がまったく揃わないダンスを踊り、ビミョーな歌声を披露していた。

『みんな、楽しんでる~!?♪♡』

センターを勤めるリリアンちゃん(アイザック解説)が、満面の笑顔で呼び掛ける。
ライブ会場に押しかけたファンの野郎共が咆哮した。テンションは今まさに最高潮。アイザックもまたガバッと立ち上がり、拳を天へと突き上げる!
「うっわキモ!また始まったか!」
「よくやるわね、まったく!」
「なぁなぁ、アレ何やってんだ?」
「1人でオタ芸踊ってるんだよ・・・。」
カルメン・ビオラの冷たい視線、フェイ・コンポンのうろんな視線を背に受けヲタクが踊り出す。
アイザックはノリノリだった。
仲間達のドン引く様子がまるで見えなくなるほどに。
しかし。

 プ ツ ン !

突如、TV画面がブラックアウト!
アイザックは絶叫した!

ぎ ょ え あ あ あ ぁぁぁーーーーーっっっ !!!

「ぅお!何だ!? メシ時に襲撃たぁいい度胸だオ"ルァ!!!」
敵襲だと思ったらしい。キッチンからベアトリーチェが突っ込んで来た!
肩に担がれたロケットランチャーが装填するのは 対戦車擲弾 。
装甲車にぶち込むグレネード弾である。食堂内は一時騒然となった!

「キメラ獣か?! また来やがったのか雑草野郎ぉーっ!」
「わーっ! 違う、違いますリーチェ姐さん!」
「きゃーっ!砲口こっちに向けないでぇ!」
「はっはっは! そそっかしいなマイハニー♡」
「いや副長! 笑いごっちゃ無ぇッスよ!」
「 止めろ!アンタのヨメ さっさと止めろ!!!」
「うわ~んリリアンちゃんが消えた~! リリアンちゅあぁ~ん!!!」
「このヲタクはまったくもー! ほらほら点いた! TVまた点いたから!!!」

のたうち回って泣き叫ぶヲタクをふん捕まえて、ナムはTVを指さした。
真っ黒だった画面は再び何かを映し出している。
しかしそれは、リリアンちゃんの笑顔ではない。
堅苦しくて無機質な、どこかの国の ニューススタジオ 。ベテランと思われる男性キャスターが形ばかりの挨拶の後、「臨時ニュースです。」と一言告る。
彼の声は震えていた。必死で冷静を装っているが、両目が血走り顔色も青く 異常なくらい汗だくだった。
その様子だけで推して知れた。
何か とんでもない事 が起きたのだ。アイドルのライブ放送中に突然割り込み伝えるほどの。

『 今日未明、外惑星エリア・宇宙ステーション『アリエル』で、
  旧 リーベンゾル国 元首の実子を自称する男性が 国の復活 を宣言しました!
  地球連邦政府および連邦加盟各国は、事実確認を行っています。
  繰り返します!
  今日未明、旧 リーベンゾル国 元首の実子が
  帝国の復活 を宣言しました・・・!』

太陽系中に想像を絶する 衝 撃 が走った瞬間だった。

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