第2章 ルーキー来襲!嵐を呼ぶファーストミッション

2024年9月26日

植込みの影に隠れたフェイが、不安げに辺りを見回した。

「ねぇ、やっぱり辞めようよ。僕、怖いよ・・・。」
「ダイジョブだって! どぅって事ねぇよこんなの。」

同じく身を潜めるコンポンがニンマリ笑う。
2人はバイオテクノロジー研究所に戻ってきていた。夜の研究所はどの棟も人影まばらで薄気味悪い。大きな通りなら外灯が灯って明るいのだが、2人が隠れる藪の中は明かりが乏しく不安を煽る。
夜間は研究所の入口ゲートも閉まっているし、夜間警備員も巡回している。監視カメラやセキュリティ・センサーも配備されているので、子供が入り込めるはずはない。
しかしコンポンはある 諜報機器 を使用して研究所敷地内に再び潜入。昼間、ナム達と乗り越えた監視カメラ付の外壁を、フェイと一緒に乗り越えていた。
コンポンが使った機器は、小型モバイル型電波発信機「ごまかしっ子君」。
建屋などへの侵入時、周囲の監視カメラに偽映像を読み込ませて異常なしと誤認させる、ロディ制作&命名の優れモノである。

「僕、人がモノ盗むとこなんて始めてみた。
よくロディさんのポケットに手ぇ突っ込んでバレなかったね?」
「財布とかスルの得意だったんだ。ナムさんもロディさんも油断しまくりだったし、楽勝楽勝♪
行こうぜ! ほら、調べるのはあの建物だ!」
2人で隠れる植込みの影から、コンポンが敷地内一番奥にある倉庫のような造りの建屋を指差した。
あまり大きくない、古い平屋の建物だ。中の様子はまったく見えない。窓には鉄格子がはめ込まれている上、ブラインドで閉ざされている。

「ターゲットのオッサン見張ってる時さ、退屈でよそ見してたらあの建物の端の窓が少しだけ開いたんだ。
白い服(白衣の事らしい)着た女の人が、何か外に捨ててた。虫でもつまみ出したんだろな。
そん時、ちょっとだけ中が見えた。
エレベータみたいなのがあってさ、人が乗るだったんだけど、なんか 目で睨んで乗ってた んだ。
おかしいだろ? あんなショボい建物なんだぜ?」

網膜認証のセキュリティシステムだ。
倉庫と見紛う平屋建物に、そんな厳重なシステムがあるのは確かにおかしい。
「しかも 地下 があるって事だよね? ホントだ、怪しいね。」
「だろぉ? この倉庫、絶対何かすっげぇヒミツ隠してるんだぜ!」
ようやく興味を持ち始めたフェイに、コンポンは握った拳を振り回した。
これから始まる 冒険 に、すっかり興奮気味だった。
しかし。

「ああ、そーだよそのとーり!」

「へ?」
背後からいきなり声がして、ガシッと頭をわし掴まれた。
脳天締めブレーンクローである。そのままギリギリ握りしめられ、コンポンは思わず悲鳴を上げた。

「いでででで! ナムさん、なんでここに!!?」
「見っけたぞガキンチョ共! 勝手にマネしやがって!!!」

慌てて逃げだそうとしたフェイも襟首掴まれ捕まった。
肩で息して全身汗だく、ヨレヨレになった ナム が2人を怒鳴りつけた。

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念のために仕込んだモノが役に立った。
研究所を出てターゲットを追跡する時、新人ルーキー達には3人それぞれ 発信器 を取付けておいたのだ。それをバックヤードのモカが追跡、行方を正確に教えてくれた。
と、いっても、バイオテクノロジー研究所はセキュリティ・システムが恐ろしく厳しい。
発信器など使っていたらあっという間に検知されてしまう。その為、新人ルーキー2人の行き先が研究所だと判明した時、モカは遠隔操作リモートコントロールで発信器の電波送信を断ち切らなければならなかった。

「冗談じゃねぇぞガキンチョ共! このだだっ広い敷地内トコでどんだけ探し回ったと思ってんだ!
お前ら、どーやって戻ってきた?!
『ごまかしっ子君』スられたのは失態ヘマだとしても、ここまで来るのに使った手段アシは?!」
「え、えと・・・コンポンが、トラック見つけて・・・。」
「・・・。」
後襟掴かまれぶら下がるフェイの言葉に、ナムは密かに驚嘆した。
工業地帯から出るマルス宇宙港行き輸送トラック。その荷台に潜り込んで来たらしい。
危険度マル無視の無謀な行為だが、行動力はなかなか優秀。
ナムはもがくコンポンの頭をさらに強く締め付けた。
「おぉ、やるじゃん!って言いたいトコだが、何やってんだコラ!
危ねぇにもほどがあるっつの! 」
「ぎゃーっ! 痛い痛い痛いって!!!」
「だいたい、なんでまたここに戻って来てンだよ?!
あの建物の狙ってンなら辞めておけ! あそこは『ごまかしっこ君』で入り込めるような所じゃねぇぞ!」
フェイが首を無理にねじ曲げ、ナムを見上げて聞いてきた。

「ナムさん、あの建物の事知ってんの?」
「地下があって厳重に守られてる なんか があるってのは、事前調査で把握済み!
でも今回のミッションにゃ関係ねぇだろ? 面倒な事に首突っ込むな!」

  「いーでででで! ズガイコツが割れるぅー!!!」

「えー!そんなの先に調べられるんだったら、見張りとか尾行とかせずに最初から全部調べたらいいじゃないですかー!」
「今回はお前らの訓練を兼ねてたんだよ!
場合によっちゃ機械に頼るより追っかけるほうがいい時もあるんだし!」

  「ちょ、いい加減放してよ!あだだだだだ!!」

「ったく余計な手間取らせやがって!
しかもシンディ、ここに居ねぇし! くそぉ、アイツ、どこ行った???」
「あれ、シンディもいなくなっちゃってたの?」
「しかも発信器に気付いて外してやがる!
そりゃ、盗聴盗撮機カウンターで常に近辺チェックしろっつったの俺だけどさぁ! 居なくなるなら取るなよ発信器!!!」

  「痛て、マジで痛てぇって!」

「ほれ帰るぞ。
間一髪だったじゃねぇか! あの建物、マジでヤバいんだぞ?!」
ナムはホッとため息付いた。

「セキュリティがとんでもないほどエゲツねぇ。
ここ巡回してる警備員は全員実弾マジ弾入りの 銃 携帯してっし、特殊機動隊並の訓練積んだ秘密裏の 私設警護部隊 も別にいる。
しかも、今 俺達が立ってる場所からほんの 一歩先 が 人感センサー検出範囲 !
これ以上 1歩 でもあの建屋に近づいてたら、どうなってたかもわかんなかったんだぞ!?」

「え、僕たちそんなに危ないとこだったの?!」
フェイが驚き青ざめた時。
ずっと頭を絞められていたコンポンが、渾身の力で体をよじりナムの右手を振り払った!

「あ~~~もう! 痛てぇっつってんだろーーーっっっ!!!」

勢い余って大きくよろめき、コンポンの足が 前 に 出 た 。
おろしたてのスニーカーが、トスッと地面を踏みしめる。
その瞬間、3人の口からほとんど同時に、何ともマヌケな声が出た。

「 あ 。」

 ジリリリリリリリリリリリリリリリ!!!

けたたましい非常通知ベルが夜の静寂に轟いた!
一斉に灯されたサーチライトが眩しいほどに3人を照らす。
静まり返っていた周辺の実験棟から銃器を構えた警備員達が怒涛の勢いで飛び出してきた。
件の建屋に至っては、地面から防護壁が幾つもせり上がり、窓も入口もシャッターが降りた。
まるで難攻不落の 軍事要塞 である。
「わー、マジでえげつねー・・・。」
呆然とつぶやくコンポンを、ナムはヘッドロックでシメあげた。

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バイオテクノロジー研究所のすぐ近くには高くそびえる 電波塔 がある。
そのてっぺんから見る景色は、街灯の明かりがまばらにある以外は漆黒の闇。だからこそ、非常通知ベルの騒音と同時に灯った明かりがよく目立つ。
「とんでもないほどエゲツねぇ」セキュリティの建屋付近は、サーチライトや非常灯に照らされ眩しいくらいに輝いていた。

 ピピッ!

左のピアスに仕込んだ通信機が鳴った。
回線を開くとやや苦笑気味の男の呑気な声がした。

『まぁたおっ始めたか、あの坊主は。・・・俺が行きましょうか?』
「いや、いい。お前は もう1匹のガキ 拾いに行け。」
『了解。でも俺がそっち、ですかぃ?』
「お前が行かねぇなら、鋼鉄の処女アイアン・メイデンかバカップルの女房が行く事になる。」
『そいつぁヤベぇな。迷子見つける前に戦争が始まっちまう。了解、すぐ戻ります。』

通信は切れた。

もう一カ所、注意を引く所がある。
ジャケットの内ポケットから暗視スコープを取り出し覗く。
コンバット・スーツを着た男達が、ざっと数えて8人。研究所裏手の通用門で守衛を襲っている様子が見て取れた。
非常通知ベルに慌てる守衛を後ろから捕らえ、スタンガンを押しつけ意識を奪う。
手際がいい。明らかにプロの仕事だった。

電波塔に吹き付ける風が次第に強くなってきた。
火星では、時折 砂嵐 が起きる。
テラフォーミングされた今でも都市を丸ごと飲み込むような大規模なモノが発生する。
これはその兆候である。
急がなければならない。

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