第2章 ルーキー来襲!嵐を呼ぶファーストミッション

2024年9月26日

8.死の渓谷に響くのは

シンディが 札付きの強姦魔 から救出されたちょうどその頃。
フェイはガタガタ震えながら、窓まで黒く塗装された車の後部座席で蹲っていた。
両隣にはコンバット・スーツを着た男達。運転席と助手席の男も同様、肩のフォルスターに銃を突っ込みぶら下げている。
彼らが何者かはわかっていた。
 殺し屋 だ。あの日、自分を誘拐して海に突き落とした連中の仲間に違いない。

( ・・・お母さん・・・怖いよぅ・・・! )

亡き母に助けを求めた。
未だ癒えない哀しみが胸一杯にこみ上げてくる。どうしようもなく打ちひしがれたが、その方がずっと楽だった。
得体の知れない男達に、連れ回される現状よりは。

しかし。

母への恋慕は悲しい記憶も否応なしに思い出させた。
元・ダンサーだったというフェイの母親は、とても優しい人だった。
貧しいながらも懸命に愛して護り育ててくれたが、たまに深酒した時などは怒りっぽくなり邪険にされた。

 『 お前さえ出来なかったら、
      あの人と一緒に居られたのに・・・!』

酒の溺れて荒れる母がこの一言をつぶやいたのは、フェイがまだ6歳の時。
賢いフェイにはわかってしまった。母の言葉の残酷な意味が。
母は フェイを身籠もった途端、父である男に 捨てられた のだ。
それ以来、心の底に冷たい何かがわだかまった。
自分は、本当は要らない子。
そんな思いが幼いフェイを傷つけ悩ませ苦しめた。

 ( ・・・僕は、生まれちゃいけなかった?
     生きてちゃいけない子なんだろうか・・・? )

それを肯定するかのように、再び 殺し屋 が現れた。
会った事もない血縁者達の誰かが雇ったにならず者だろうが、火星にまで追いかけて来るとは思わなかった。
ここまで死を望まれる、その理由が分らない。
自分はもう戸籍も失い、生きながら死んだも同然の存在。名ばかりの父が残した財産を、受け取れる立場じゃなくなったのに・・・!?

「着いたぞ、坊主。」


突然、声を掛けられた。
意外にも優しい声に驚き、我に返って辺りを見回す。
いつの間にか車は停車していた。突きつけられた銃口に怯え、言われるままに車から降りる。
(・・・ここ、どこ・・・?)
フェイは思わず目を見張った。
右も左もわからないような漆黒の闇。車のヘッドライトのみが、フェイの視界の全てだった。
ハイビームの光に照らされた、赤い荒野の深い渓谷。
崖っぷちの地面は草1本生えてなく、白骨化したキメラ獣の死体が幾つも無惨に転がっている。
強風に煽られよろめくフェイの頭を強面の男が撫でた。
さっき声を掛けてきた男だ。彼は憐憫の目でフェイを見つめ、暗く小さな吐息をついた。

「お前も不憫なヤツだな。別の親にでも生まれてりゃ長生きできたろうに。
・・・ほれ、行け。」

「・・・えっ?」
男の意図が掴みかね、フェイは激しく困惑した。
「い、行けって・・・?」
「逃がしてやるんだよ。さぁ、走れ!」
「???」
ますますわからない。
ここは夜の荒野である。寒いし暗いし風も強い。こんな所で解放されてもどうしようもないし、正直困る。
「ひゃひゃひゃ、エゲツねぇなぁ!」
一緒に後部座席に座っていたモヒカン頭のイカれた男が近づいてきた。
震えるフェイをいたぶるように、顔を近づけ嘲り笑う。

「ここで 死ね って言ってんだよ!
ひと思いにそこの崖から飛び降りるのも良し、ここいら中にウロウロしてやがるキメラ獣に喰われちまうのも良し。
サバイバルしたっていいんだぜ? 運が良けりゃ1日くらいは生きていられるかもしんねぇしよ!
へっ! 金持ちの嫁はおっかねぇなぁ!
愛人のガキってのがよっぽど憎たらしいんだな、『一番苦しむやり方で殺せ』だとよ!
あー、エゲツねぇ! ひゃーっひゃひゃひゃ♪!」

「よせ、可哀想だろう!」
強面男がモヒカン頭の男を忌々しげに睨みつける。
「何だよ、今更いい人ぶるなって。
海で溺死が失敗したからってここに捨てるの思いついたの、お前だろ?」
「・・・直に砂嵐が来る。」
空を見上げる強面男が、陰鬱な声で小さく呟く。
「巻き込まれると一環の 終わり だ。そんなに苦しまずにあの世に逝ける。
依頼人には荒野の真ん中でキメラ獣に喰われて死んだ、と伝えておこう。
・・・ 行け!!!」

 ダァン!!!

フェイの足下地面が爆ぜた!
強面男が銃を抜き、トリガーを引いたのだ。一瞬引きつった様に硬直したが、フェイは恐怖に混乱した!
踵を返して走り出す。前に伸ばした自分の手さえ見えない真っ黒な闇の中へ!
「ひゃっははぁ! な~にがが可哀想に、だよ、偽善者がぁ!」
イカれたモヒカン男の怒鳴り声が聞こえた。
風の中でも妙にハッキリ聞こえた声が、フェイの恐怖をさらに煽る!

「砂嵐の中で 窒息 させるくらいなら、ひと思いに殺っちまうほうが優しいってもんだぜ!
走れ走れ!もっと必死で逃げろクソガキぃ!
じゃなきゃ 仕留め甲斐 がねぇだろがぁ!!♪」

優しさなど欠片もない。
男の声には逃げ惑う者をいたぶる残忍さがあった。
暗視スコープを装着すれば、闇の中でも 狩り ができる。
背後から撃たれる気配を察し、フェイは闇雲に走り続けた。

( 怖いよ! 助けて、死にたくないよ!
       誰か来て! 助けて、助けて、助けて!!!)

叫んだつもりの自分の声さえ風の轟音で聞こえない。
なのに、なぜか銃声はハッキリ聞こえた。

 ダァン! ダン、ダァン!!!

( ・・・ 撃たれた !!?)
そう思い、フェイは固く目を閉じた。
不意に足の感覚が無くなり、踏みしめていたはずの地面の堅さをまったく感じなくなった。
何かに引きずり込まれるように体が下へと沈み込む!

しかし。

次の瞬間、フェイの身体はグン、と上へと引き上げられた。
同時に、強い光を感じた。
目を閉じていても眩しいほどの強力な光を浴びせられている感覚に、フェイは思わずすぐ傍にある 何か に必死でしがみつく。

 「 手前てめぇの くたばり方 は 手前てめぇ で決めろ。 」

耳元で聞こえたその声に、フェイは驚き目を開ける。

 「 ゲスに小銭で飼われるクズに 決めさせてんじゃ ねぇ! 」


真っ暗だった渓谷が、昼間のように明るく見える。
砂混じりの強風の中、甲高いエンジン音が聞こえてくる。
何が起ったかまるでわからず、フェイは辺りを見回した。
上空にオンボロ輸送機が停滞している。機体底部に取付けられた投光器が煌々と灯り、広く光を投げかけていた。
自分からあまり離れていない場所に、連れてこられた時乗っていた車とコンバット・スーツの男達がいる。強面男が激しく狼狽え、モヒカン男が悶絶している。彼の右手は血まみれで原形を留めてないなかった。

「 こンの クソッタレ共があぁーーーっっっ!!! 」

突然、凄まじい怒声が轟き、モヒカン男が吹っ飛んだ。
フェイを助けに駆け付けたナムの、怒り任せの強烈な蹴り。それを顔面に喰らった男はもんどり打って地面を転がり、そのままピクリとも動かなくなった。
「・・・ひぃ!?」
強面男が他の仲間が悲鳴を上げて車に乗り込む。
逃走を計る気だったらしいが、無駄だった。立ちふさがった「義腕の巨人」が、自慢の義腕で拳を振るう。
ボンネットへの一撃で車は原形を失った。走行不能である。闇の渓谷に捨て置かれるのはフェイではなく、殺し屋共の方だった。

「フェイ! 無事か!?」

カルメンが慌てて掛け寄ってきた。
彼女の背後に車が見える。4駆のバギーより速く走る反重力機動のエアカーだ。マルスの街でレンタルして、ナム達と一緒に助けに来てくれたのだろう。
「良かった、間に合ったか!
発信器付けっ放しのマヌケで命拾いしたな。ホントなら鉄拳制裁モンだぞ!」
「・・・。」
悪戯っぽく笑うカルメンに、言葉を返す余裕はない。
ただ呆然と目を見張るフェイは、上空の輸送機から拡声器越しにアイザックの声を耳にした。

『フェイっち、危ないとこだったね~。
もうちょっとで 落っこっちゃう トコだったよ~。』

( えっ!? )
言われて初めて気が付いた。
自分が今居るその場所は、険しい渓谷の崖っぷち。底が見えないほど深く暗い、断崖絶壁のすぐ側だった。

(あと1歩、走ってたら 僕は・・・。
いや、違う! 落っこちたんだ、本当に! さっき、そう感じたし!
・・・じゃ、なんで無事だったの? なんで崖の上に居るの???)

声に出せない疑問の答えは、カルメンが意図せず教えてくれた。
彼女は目線をやや上に向け、直立不動きをつけすると一礼した!


「 有り難うございます! ・・・ 局 長 !!!」


弾かれたように振り仰ぐ。
そこに 仏頂面 を見たフェイは、今まで感じた恐怖や不安、悲哀・絶望も吹っ飛ぶほどに驚き体を硬直させた。
局長・リュイが、自分を抱えて立っている??!
ようやく事態の全容を把握する事ができたフェイは、そのまま気絶しそうになった!

「局長! まさか、被弾したんですか!?」
カルメンがサッと顔色を変えたが、リュイは答ようとしなかった。
モヒカン男を狙撃した銃と一緒にフェイをカルメンに投げ渡し、ピアスの通信機に一言呟く。

「 撤 収 。」
『りょ~か~い。着陸しま~す。
でも局長ぉ? 今度飛び降りる時はジェットウイング装着してくださいね~。
羽無しで飛び降りちゃったら、フツーは死ぬよ~。』

リュイは無言で歩き出す。
まるで何事もなかったように足を進めるその背中には、ジャケットの生地を貫通している 弾痕 が3つ穿たれていた。

 ピピッ!

それぞれが持つ通信機が鳴り、強制的に回線が開いた。
通信機の向こうから、モカがミッションの完了を告げる。

『 Call伝令
MCミッションコード1Dワンディ、完了しました。
 ミッション・コンプリート、コングラチュレーション !!!

少女の晴れやかな声を聞きながら、リュイはナムの方へと歩み寄る。
そして、ど突き回してる殺し屋共に聞くに堪えない悪態喚く 彼を 拳 で黙らせた。

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