第2章 ルーキー来襲!嵐を呼ぶファーストミッション
11.余談:女王様の凱旋 ~次の嵐の予感~
小さな筒状のカプセルに入った、とろりとした透明な溶液。
その中で肉目でやっと見えるほどの 極微な粒 が漂っている。
「・・・で?
アルバーロちゃんが持ち出した コレ は、いったい何の 細胞 なのかしら?」
ビオラ は右手でカプセルを弄びながら、左手で男の尻をつねり上げた。
ラブ・ホテルの薄汚れた床に四つん這いにされてる男。その背中にドッカリ座る 女王様 の無体な仕打ちに、哀れなチンピラが悲鳴を上げた。
「コ、コンバット・ベアーの
キメラ細胞 ですぅ・・・。」
男が消え入りそうな声で答えた。
ビオラは今、マルスの繁華街のホテルで自分を連れ込んだチンピラ共のお相手をしている所だった。
彼らの予定では、こうして泣き喚くのはビオラだった違いない。淫猥な妄想に胸ときめかせ、ビオラをホテルへ連れ込んだチンピラ共はあっという間にぶちのめされた。
シミだらけの絨毯の床に無様に転がる白目を剥いたチンピラ達。その中で、情報を引き出すため唯一手加減したキザ男の応えにビオラは軽く柳眉をしかめた。
(コンバット・ベアー?
「大戦」で使われた 生物兵器 じゃない!)
今回のターゲットがいた研究所は 軍事用キメラ生物 を製造している事になる。
恐ろしく由々しい事だった。
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かつては火星には地球連邦政府直轄の キメラ生物研究所 があった。
そこではキメラ生物兵器が開発・生産されていたが、ある日偶然誕生した極めて強い個体が大暴れして施設を破壊。一部のキメラ獣・キメラ植物が施設外に脱走する事件が起った。
脱走獣の多くは火星の過酷な自然環境に適応できず死滅した。しかし幾つかの種が奇跡的に生き延び繁殖に成功。驚異的な繁殖力で生息域を火星全域に広げていった。
これにより、ただでさえ遅れていた火星開拓は見捨てられるように立ち枯れた。
この事件は火星の人々の間で暗黙の内に語られる「火星開拓打切り」の真相。同時に、火星の荒野にキメラ獣が出現する元凶だった。
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( だから、火星でキメラ獣の開発生産は 禁忌。
特に 軍事用 は地球連邦加盟・非加盟関係なく厳禁のはずよ。
・・・あくまでも 建前上 はね。
何が「バイオテクノロジー研究所」よ。ガッツリ生物兵器生産しちゃってるじゃない!)
ビオラは再び男に聞いた。
「そんなアブナイ子の細胞ちゃん、誰にお渡しだったの?」
「それは・・・いろいろと・・・。」
言いよどむ男の尻に、真っ赤なマニキュアの爪が食い込んだ。
「 ひぎゃぁん!?
ぐ、軍関係の方ですぅ!名前は勘弁してくださぁい!!!」
( 軍関係ですって? まさか・・・!?)
地球連邦政府軍。
連邦中央政府指揮の元、50万を超える加盟国の治安維持および防衛を担う、太陽系最大の軍事組織である。
(・・・MC:1Dはコンプリート。
でも、まだ何かヤバい事が起こるかもね。)
ビオラは泣きべそかいてるキザ男の首に、右手中指にはめた指輪をギュッと押しつけた。
「ふぎゃっっっ!!!」
男がガクン、と失神した。踏んづけられた猫みたいな悲鳴に思わずクスッと笑いが漏れる。
ビオラの指輪は深紅のルビー。その煌めきの奥には強い電流が流れる細かい配線が走っている。
指輪型スタンガンである。ロディにチーズケーキ10個の報酬で造ってもらった、オシャレで物騒な逸品だった。
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もうここには用はない。ビオラはホテルの部屋を後にした。
もちろん「戦利品」は忘れない。毛皮のコートをフワリと羽織り、ホテルのロビーを出たところで通信機に呼びかける。
金の豪華なブレスレット。華奢な鎖に幾つか連なる宝石の一部が通信機になっている。
これもロディが造ったもので、非常に性能の良い傑作だった。
「 帰るわ。ブツは手に入れたわよ。
ったく、イヤんなっちゃう。見かけ倒しの連中だったわ。
ブランド物のスーツ着ていい車転がしているから期待してたのに、薄汚いラブホに連れ込んでくれちゃって。馬鹿にしてるわ!
ま、毛皮のコート買ってくれたから あの程度 で許して上げるけど♡
美しいってホント罪ね~♡ おねだりしなくても勝手に貢いでくれるんだもの。
こんな芸当、本物の いい女♡ じゃなきゃできないのよ? どっかの誰かさんみたいに 自称 してるだけじゃなくってね♡♪
あ、リグナムにバギーで迎えに来いって伝えてくれる?
2時間以内に来なかったら、ただじゃおかないって♪♪♪」
通信機から聞こえる カルメン の、聞くに堪えない 罵詈雑言 。
それを小気味よく聞き流し、ビオラは繁華街を彩る煌びやかなネオンに溶け込み姿を眩ました。