第2章 ルーキー来襲!嵐を呼ぶファーストミッション
9.禿ネズミの裏の顔
今回のミッションはなんて事は無い、エメルヒの「押しつけミッション」だった。
ある連邦政府官僚がバイオテクノロジー研究所のお偉いさんから「産業スパイがいるようだ。」と相談を受けた。その対応をエメルヒに依頼してきたのだという。
金や権力のある依頼者が大好物なエメルヒは、二つ返事で依頼を受けた。
それをリュイの部隊に丸投げしたのだ。
ターゲットのアルバーロがキメラ細胞のサンプルを持ち出し、第3者に渡したのを確認した時点でミッション終了。MC:1Dの、紛うことなく「ごく簡単な諜報のみの作業」である。
しかし、その後が問題だった。
「全部、俺のミスです。」
ナムは珍しく殊勝に自分の失態を認めた。
ロディも「監視が行き届かなかったッス!」と申し出たが、それは制して下がらせた。
今回の指揮官は自分である。間違ってもロディじゃない。
懲罰は大幅な減俸と鉄拳制裁。ついでに丸一日食事抜きで、格納庫の清掃まで言い渡された。
情け容赦なく拳を喰らい、食堂の床に沈められた。激痛に悶えるナムにはもう一瞥も与えず、リュイは局長室へと引き上げた。
近くのテーブルで銃の整備をするテオヴァルトが苦笑する。
「ま、今回は『勉強』だな。」
その周りでそれぞれくつろぐ傭兵達。
彼らも同じような微笑を浮かべ、のたうち回るナムの姿を生暖かく見守っていた。
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基地の裏手には 武器格納庫 がある。
建屋自体は粗末なもので、立派ではないし広くもない。
傭兵達が「仕事」で使う銃器や弾丸が仕舞われているが、いつも間にやらいろいろ私物も詰め込まれていて 物置倉庫 みたいになっている。
その片隅で、新人3人がガラクタに腰掛け、ヒーターを兼ねた電磁ランタンを囲んでしょんぼり項垂れていた。
みんなクタクタに疲れていたが、眠る気にはなれなかった。
あの渓谷からオンボロ輸送機に乗り込み、砂嵐を大きく迂回し何とか基地まで帰り着いた。
日付が代ってしまっていたが、ベアトリーチェが寝ずに待ってて暖かい食事を用意してくれた。
一口も喉を通らなかった。自分達の所為で殴られ、ご飯も食べられない人がいると思うと食欲も失せる。
MC:1Dは、まだ子供と言っていい新人達に凄絶な思いをさせていた。
「・・・怖かったよぅ。」
目に涙をいっぱい浮かべ、シンディが小さくつぶやいた。
「・・・うん・・・。」
泣いてこそいなかったが、コンポンもいつもの元気はなく、自分の両膝を抱きしめている。
フェイは黙って俯いてたまま。3人とも命の危機を感じた恐怖に、すっかり打ちのめされていた。
「 ねぇ、帰ろうよ。」
しばらくして、フェイが意を決したように顔を上げ、沈み込む2人に声を掛けた。
「帰るって、どこにだよ。」
不機嫌になったコンポンが投げやり気味に言葉を返す。もともとストリートチルドレンだった彼に、帰る所などどこにもない。
そんなコンポンに、フェイは少しだけ笑って見せた。
「 エメルヒ のおじちゃんのトコだよ。
僕、ここに来る前に言われてるんだ。辛かったらいつでも帰っておいでって。」
「でも、どうやって?」
手の甲で涙を拭いながら、シンディが伏せていた顔を上げる。
「連絡先、聞いてるんだ。
基地の人達に内緒で連絡したら、いつでも迎えに来てくれるって。
あの局長さんもエメルヒのおじちゃんには敵わないんだって。きっと僕達を助けてくれるよ!」
「ズルイ、なんでそんなの黙ってたのよぉ!」
「誰にも言うなって言われたんだ。基地の人に知られたら、帰れないよう見張られるぞって。
でも僕、携帯電話モバイル持ってないからなかなか連絡できなくって・・・。」
「そっか、そんじゃ俺に任せとけ!」
コンポンが薄い胸板をドンと打つ。
「俺、ホントはずっとここにいてもいいかなって思ってたんだ。
寝床あるしメシは美味いし、スパイになるのも面白そうだし。でも、命あってのナントカだよな!
基地の誰かの携帯電話モバイル、スリ盗ってやるよ。電話した後コッソリ返しておけばいいじゃん。俺の腕前、知ってンだろ?」
シンディにも笑顔が戻ってきた。大きく頷きニッコリ笑う。
「うん、私も帰りたい♪! こんなトコ、もう居たくない!」
「決まりだね! おじちゃんの所にみんなで帰ろ♪
コンポンが誰かの携帯モバイル(無断で)借りたら、すぐおじちゃんに連絡して・・・。」
フェイは思わず拳を握り、勢いよく立ち上がった。
しかし。
「・・・ダメ! 絶対ダメだよ!!!」
突然聞こえた制止の声。
同時に、格納庫の入口から素敵な香りが漂ってきた。
香ばしく焼いたパンと、カフェ・オレの香り。
ぐぅ、と3人のお腹が同時に鳴った。
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(あンの冷血暴君!
いつか絶対ぶん殴ってやる!!!)
鉄拳制裁の痛手から立ち直ったナムは、心中で呪いの言葉を吐きながら新人達を探していた。
自分の監督不行き届きの所為で怖い思いをさせてしまった。彼らのメンタルが心配だった。
自室に戻っている様子はない。食堂にもシャワー室にもいなかった。
格納庫にいると践んで、基地建屋の外へ出た。
入口まで来ると奥の方に明かりが見えた。
カフェ・オレの香りがする。
どうやら自分より先に、新人の様子見に誰かが来ているようだった。
「おいしい?
私ね、コーヒー入れるの得意なんだ♪」
( ・・・ モカ ?)
ナムは入口付近の物陰に隠れ、中の様子を伺った。
隅で身を寄せ合うようにして、新人達がマグカップのカフェ・オレを啜っている。
彼らが座るガラクタの側には、空になった皿が数枚重ねて置かれたトレイも見える。
ベアトリーチェの特製サンドイッチを喫食したようだ。
甘い厚焼卵にデミグラスソース、ハーブソルトでグリルしたチキンに、ガーリックオイルで揚げ焼きした白身魚。基地厨房の「荒くれ軍曹」が新人達に用意したのは、それらをレタスやチーズと一緒に焼きたてパンにミッチリ挟んだ超・極旨のサンドイッチ。
よほど美味しかったのだろう。全部綺麗に平らげていた。
「コーヒーに何かいれちゃダメじゃなかったの?」
「うん。でもバレなきゃ大丈夫。」
不安げなシンディに、3人と一緒にガラクタに座る モカ がニッコリ微笑んだ。
「盗聴とかされてる心配はないから安心して?
さっき盗聴盗撮機カウンター見て確認したの。今はみんな、何も取付けられて無かったよ。」
「・・・なんで、ダメなの?」
フェイがオズオズとモカに聞いた。
「なんでエメルヒのおじちゃんに連絡しちゃ、いけないの?
僕、スパイなんてやりたくないよ。エメルヒのおじちゃんのとこ、帰りたい。」
「俺もあのオッチャンのトコがいいなぁ。
だって、死にたくねぇもん。」
コンポンも頷いた。
「死にたくねーもん。やっぱりさ。」
「アタシも、帰る。」
シンディはまた泣きそうになった。
「おじさん、養護院で1人ぼっちだったアタシを引き取って優しくしてくれたもん。
あんな怖い思いはもうしたくない、おじさんのところがいい!」
「・・・。」
モカは静かに3人を見回した。
幸い、基地周辺では砂嵐の影響はほとんどなかった。
外は凍えるように寒いが、至って静か。時折強風が吹き付ける以外は物音一つ聞こえて来ない。
モカは電磁ランタンに手を伸ばし、つまみを捻って出力を上げた。
「あのね、エメルヒはそんな優しい人じゃないんだよ。」
暖かみを増した電磁ランタンの優しい光。
それに照らされる彼女の顔は、いつになく険しく真剣だった。
「あの人はね、
君達を 傭 兵 にするつもりで声を掛けたんだよ・・・。」
マグカップから燻るカフェ・オレの湯気。
暫しの間、格納庫内外でそれ以外に動く物はなくなった。
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太陽系全土を巻き込む「大戦」の最中、戦地に戦力を供給する 民間軍事組織 が星の数ほど結成された。
その中で、ひときわ功績を上げてきた部隊がある。
『エベルナ特殊諜報傭兵部隊』。
「大戦」で名をはせた 敏腕諜報員 や屈強な 傭兵 が数多く在籍し、「過酷で無謀と言われるミッションでも高い成功率を誇る」と高く評価されている。
この部隊を率いるのが 統括司令・エメルヒ である。
無国籍者でありながら 地球連邦政府官僚 や 独立国家高官 達から信頼が厚く、指揮官としての評価も高い。そんな彼は意外な事に、「慈善家」としても有名だった。
身寄りのない子供を引き取っては無償で衣食住を与え、人並みに学業を修めさせる。彼の活動は様々な方面から賞賛の声が上がっている。
新人3人にとってもエメルヒは、行き場のない自分達を引きとってくれたひょうきん者の優しい「おじちゃん」。
命の恩人ともいえるような存在だった。
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「確かに、エメルヒの所にいれば一通り勉強は教えてもらえるよ。
でもね、ホントに教えられるのは『戦う術』。
人 を 殺 す 方 法 なんだよ。
武器の取り扱い、戦場での駆け引き、人を騙して懐に入り必要な情報を手に入れる手段。
そんな事ばかり教え込まれて、大人にならない内に 危険思想の武装テロ組織 や フリーランスの傭兵チーム に 売却 されるの。」
モカは厳しい目で3人を見つめ、静かに話し聞かせた。
人身売買 である。
まだ社会性や常識の観念が薄く、心身ともに未熟な子供は洗脳が容易く扱いやすい。
幼い内から社会と隔離し軍事訓練を施した子供は、自分の境遇をなんら疑わないまま従順な「兵士」に成長する。
裏社会で高く取り引きされるのだ。
「大戦」後の混沌とした世情の中、闇に飲み込まれていく子供達。
その数は計り知れず、統計予想すらできないのが現状だった。
「だから、騙されちゃダメ! あの人はね、とても危険な人なんだよ!
特に 君達みたいに素質がある子は、徹底的に鍛えられて 殺人機械にされちゃうよ。
逃げ出す事もできないよ? 弱みを握られたり脅されたりし、エメルヒに従うしかなくなっちゃうの!」
「・・・ホント、なの? それ・・・???」
シンディがオズオズ聞いてきた。
モカは首を縦に振る。力強く、ハッキリと。
「シンディは、前にお世話になっていた養護院で 空手 やってたんだよね。
かなり実力あるって聞いてるよ。もっとしっかり鍛えたら相当強くなれるって。
そんな 歩兵 は常に必要なの。フリーランスの傭兵部隊には、ね。」
「・・・。」
シンディは絶句し、怯えたように目を見開いた。
「コンポン・・・、ちょっと言いにくいから、 コン君 って呼んでいいよね?」
モカはシンディの隣で呆然となってるコンポンにも目を向けた。
「キミもだよ。
ストリートチルドレンだったキミは、ずっと1人で生きてきたんだよね? すごく辛かったはずなのに、一生懸命頑張って。
そういう子はね、傭兵に向いてるの。
元々酷い暮らしをしてた子なら どんな酷い所へ連れて行っても逃げ出さないし耐えられる。
エメルヒのところに行ったりしたら、きっと外惑星エリアのならず者に売り飛ばされちゃうよ。」
「・・・。」
コンポンは身震いし、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「・・・僕は?」
恐る恐る、フェイが聞く。
「僕なんて、何の取り柄もないよ?
格闘技とか習ってないし、ストリートチルドレンってワケじゃなかったし。
なのに、なんでエメルヒのおじちゃんは僕に連絡先を・・・。 !!? 」
フェイは急に言葉を切った。
顔から血の気が引いていく。ガタガタ震え始めたフェイをモカは痛ましそうに眺め、小さく首を横に振った。
「取り柄がないなんて、そんな事ない。
フェイ君は賢いよ? だから、もうわかるよね?
連絡だけはしちゃぁダメ。これから先も、絶対に!」
「・・・。」
エメルヒが狙ったのはフェイ自身ではない。その血族から貰う 報酬 なのだ。
フェイは愕然となって俯いた。
「いろいろ思うところはあると思う。でもね、みんな 運が良かった んだよ。」
モカは小さく微笑んだ。
「エメルヒはあんな人でもね、 副官 を努めてる人はとてもいい人なの。
その人がみんなを助けるために、手を尽くしてくれたんだよ。
それでキミ達は 火星基地 に来たの。
局長 なら、エメルヒがどんな手を使ってきても、キミ達を助ける事ができるから。」
エメルヒの裏の顔をよく知る者が極めて高潔な人物であったのが救いだった。
その副官は3人の行く末を按じて、リュイに救済を依頼したのだ。
シンディがちょっと首を傾げた。
「さっきフェイから聞いたんだけど・・・。
局長さんって、エメルヒのおじさんには敵わないんじゃないの?」
「逆だよ。エメルヒが局長には勝てないの。」
モカは苦笑した。
「局長は一度も負けた事なんて無いよ。・・・嘘つきだね、エメルヒは・・・。」
これは 正しく もあり 間違い でもあった・・・。
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(そんなこったろうと思ったぜ。
あの禿ネズミ、芯から腐ってやがる!!!)
格納庫の入口で、ナムは激しい憤りを覚えた。
心ならずも立ち聞きしたが、お陰でようやくいろいろ解せた。
突然新人達がやって来た理由と、彼らがエメルヒを「優しい」と思う事。
何より、フェイを狙った殺し屋共がバイオテクノロジー研究所に現れた事。ターゲットであるフェイの動向を、誰が奴らに教えたのは考えるまでも無い。
奴らが子供1人拐かすには過剰に武装していたのは、マックス達傭兵の反撃を予測したからに違いない。
( っっっざけやがって!!!)
ナムは拳を握りしめた。
その時。
「・・・ 例えば、ナム君 。」
( え? )
新人達に真実を語るモカが、突然自分の名前を呼んだ。
立ち聞きがバレた? と焦ったが、そういうわけではないらしい。彼女は新人達を優しく見回し、話し出す。
聞かれているなど思いも寄らない、そんな穏やかな口調だった。
「 ナム君もね、
傭 兵 に さ れ る ところだったんだよ。」
( ・・・ は ??? )
寝耳に水だった。