第2章 ルーキー来襲!嵐を呼ぶファーストミッション
10.局長は、そういう人
ナム は4年前のある日、リュイが引きずるようにして火星基地に連れてきた。
文字通り「引きずって」来たのだ。半ば気絶している彼の襟首掴んで、ゴミのように。
当時13歳だったナムは傷だらけで血まみれで、泥にまみれて衣服もボロボロ。
とても人には見えないくらい、恐ろしく酷い有様だった。
「ボロボロって、何があったの?」
モカの話を聞いていたシンディが思わず口を挟む。
「局長、さんに、やられたの?」
「・・・まぁ、そんなとこ、かな?」
モカは曖昧に笑って言葉を濁す。
「とにかく、その時はビックリしたよ。
でも、もっとビックリしたのは次の日からだった。
局長がね、ナム君を鍛え始めたの。
拳闘や組み手、棍棒の技。実戦向きの 格闘技 を、徹底的に教え始めたんだよ。
みんなすごく驚いたの。サマンサさんなんて正気を疑ってたくらい。
局長、そんな事 するような人じゃ全然ないから・・・。」
まだ基地に来て間もない新人達にはわかりにくいが、極めて 異常 な事だった。
---☆★☆---☆★☆---☆★☆---
他人への意思表示が 命令 か 暴力 。そんな傍若無人な輩がまともな指導などできるはずもない。
ナムは毎日徹底的に、しごきというより弄りに近いやり方で情け容赦なく鍛えられた。
一方的に痛めつけられ、自力で立ち上がれなくなる。
倒れ込めば引きずり立たされ、血豆が潰れすり切れた手に無理矢理棍棒を握らされる。
そんな過酷な鍛錬に堪え抜き、ナムは1年もすると見違えるように強くなった。
誰もが目を見張る上達ぶりが、あろう事か エメルヒ の目に止る。この狡猾な男はリュイを呼び出し、ナムを引き渡すよう迫ったという。
「あの金髪の坊主は 使える ぜぇ!♪
希に見る逸材だ! 今にきっとすげぇ 傭兵 になる。
あ俺に寄越せや、なぁリュイよぃ!
何だったら言い値で買うぜ? 気まぐれで拾ったガキンチョ一匹、マネーカード1枚にでもなりゃいーだろが!♪」
リュイの返答は 即刻拒否 。
それに激怒したエメルヒが、ある事をネタに脅迫 したが、リュイは全く引かなかった。
「あれはウチの 諜報員 だ。手を出す 覚悟 がてめぇにあるか!?」
エメルヒは 渋々 引き下がった。
以降、しばらく嫌がらせのようにリュイ一人に過酷なミッションの指令が続いた。
死にに行け、と言わんばかりの無謀なミッションばかりだった。それをリュイは黙って請負い、全て完遂してみせた。
結果、エベルナ特殊諜報傭兵部隊は「過酷で無謀と言われるミッションでも高い成功率を誇る」と評され、太陽系中の裏社会で広く知られるようになった。
この成果がもたらす莫大な報酬に、強欲なエメルヒは狂喜乱舞。
お陰でナムにこだわらなくなり、今に至っているという。
---☆★☆---☆★☆---☆★☆---
話を聞き終えた新人達は、目を丸くして驚いた。
ついさっき食堂で、局長がナムを容赦無く殴りつけてるのを見たばかり。
「何か個人的に恨みでも?」と疑うほど、ナムに対して常日頃から横暴で冷酷で残忍なのに・・・???
「そういう人なんだよ、局長は。」
ポカンとしている3人の顔を眺めてモカは微笑んだ。
「みんな、局長に 守られて ここにいるの。
エメルヒが何か仕掛けてきても、きっと局長が助けてくれる。
この先何があってもね、必ず局長が護ってくれるよ・・・。」
フェイがオズオズ聞いてきた。
「も、もしかして、僕達助けたために、またエメルヒのおじちゃんから 嫌がらせ を・・・?」
「・・・。」
モカは静かにフェイを見つめたが、答えようとはしなかった。
---☆★☆---☆★☆---☆★☆---
思いがけない話を聞いてしまった。
新人達と同様に、ナムも愕然と立ち尽くした。
もちろんそんな話は聞いた事がない。青天の霹靂である。
確かに、リュイは時々たった1人で「仕事」を請負い不在になる。なかなか帰って来ない時期があったが、そんな事情があっただなどと、ほんの少しも知らなかった。
( 傭兵にされるところだった? 俺が? 禿ネズミに?
それをあの冷血野郎が守ってくれた? 何だそりゃ、マジっすか!!?)
動揺するあまり、油断した。
格納庫入口で棒立ちになるナムは 奇襲 を受けた。
ス パ ー ン !!!
いきなり頭を引っぱたかれた。
手加減無しの強烈な張り手は、渓谷でリュイに殴られた箇所に見事なまでにヒットした。
激痛のあまり悲鳴も出ない。頭を抱えて蹲る。
こんなマネするヤツは1人しかいない。痛みを堪えてナムは振り向き、襲撃者に抗議した。
「何すんだ!この野蛮女っ!」
野蛮女=カルメン は、ナムの非難をサクッと無視し、遠い目をして語りだした。
「・・・私の時も そう だった。
5年前だったかな。『大戦』で家族を亡くしたか弱い私は、人身売買の組織に捕まってね。危うく売り飛ばされる所だったのさ。
私みたいな薄倖の美少女は 格好の獲物 だったんだろうね。局長に助けてもらわなかったら、今頃どうなってたかわかったモンじゃないよ。金持ちに買われて美貌の奴隷にでもされたか、花街に売られて才色兼備な娼婦にされたか・・・。
ちなみにビオラと出会っちまったのもその時さ。同じ組織に捕まってたんだ。私の『ついで』で、局長に助けてもらってたけどね。」
「・・・姐さん、いきなり なんの話?
つか アンタ、5年前でもか弱くねーよ! ナニ真顔で美女とか美貌とか言ってんだ!?」
「局長は行き場のない私達を手元に置いてくれた。
ビオラは色気振りまくくらいしか出来ない無能な女になったけど、もともと才能あった私はあっという間に優秀な諜報員、そして凄腕のスナイパーとなった。
そんな私をエメルヒは「欲しい」と言ってきた。天才美人スナイパーを 是非!自分の配下に置いておきたいってね。」
「・・・どこまで盛るんだ自分の過去を?
なぁ、だから一体なんの話してんだって!」
「もちろん、局長は断固断ってくれた。
あの忌々しいエロオヤジに 愛人 にされそうになったビオラも『ついで』にね。
自分が外惑星エリアの激戦区で『仕事』するのを条件に、私達を救ってくれたんだ。」
遠くを見ていたカルメンの表情がキッと引き締まった。
はしばみ色の目に決意が宿る。ミッション遂行時によく見せる、強く厳しい面持ちだった。
「局長には返しきれない 恩 がある。
もしあの人に『戦って死ね』と言われれば、いつでもそうする覚悟もある。
でも局長はそんな事命じない。何があっても、絶対に! ・・・何故かわかるか?」
「・・・知らねぇよ。」
言いたいことが見えてきた。
ナムはつい反発し、ぶっきらぼうにそっぽを向いた。
「バーカ。」
カルメンが何かを投げつけてきた。
「あの人は私らを『傭兵』にしたく ない んだよ!
だから『諜報員』なんだ。私もビオラも、お 前 も な!」
胸に当たって手元に落ちたのは、キッチンペーパーで雑にくるんだ チキンハーブのサンドイッチ 。
まだ仄かに暖かかった。
---☆★☆---☆★☆---☆★☆---
格納庫の入口で立ち聞きされてる。そんな事など知らないモカが、急にニッコリ微笑んだ。
ウエストポーチから 封筒 を取り出し、新人達にそっと差し出す。
「はい、お給料。今回の成功報酬だよ。」
「・・・はぇ?」
封筒を受取ったコンポンが妙な声を出して驚いた。
「 え? なにコレ、マネーカード?! ええぇ???」
「マネーカードは1枚100万エンだけど、そのカードは満額じゃないよ。
今回は難易度の低いミッションだから、額はちょっと少ないの。」
「で、でも僕たちミッション中、全然役に立ってなかったよ?!」
フェイが慌てて聞いた。
「うん、今回はね。でもこれ、この部隊の方針なの。」
新人達の狼狽え様に笑いながら、モカは説明しはじめた。
「依頼人から支払われるミッションの成功報酬は、先ず統括指令エメルヒに支払われるの。
そこでかなりの額を搾取されちゃうけど、残金が局長へ支給される。それを部隊の人数で割った額が、私達の『お給料』になるの。
年齢や実績、ミッション参加の有無とか関係ないよ。みんなも同じ金額で支払われるの。
違う事と言ったら、傭兵部隊の人達は全額本人に支給されるけど、諜報員部隊は年齢を考慮した金額分が支給されるって事かな。
差額は基地の金庫にちゃんと保管されるの。
『貯金』されてるんだよ。将来、やりたい事を見つけて自立する時の『資金』にするために。
局長はね、キミ達を諜報員にしようだなんて、ホントは思ってないの。
もし、なりたいものとかやってみたい事が決まった時は、局長はキミ達を送り出してくれる。
『何もしてません』って顔で、黙ってね。
・・・局長はね、そういう人なんだよ。」
「・・・!!!」
新人達の顔が輝いた。
---☆★☆---☆★☆---☆★☆---
「・・・姐さん、これ知っとった?」
ナムはカルメンに聞いてみたが、答えは彼女の表情ですぐにわかった。
ポカンと口を開けたまま呆然としている。完全に「初耳」だったようだ。
モカが説明したように、本当に給金差額が「貯金」されているならナムも4年分「貯金」がある事になる。
もしかしたら、MC:1Dの懲罰で喰らった減俸分も金庫に保管されたかも知れない。
・・・喜べない。仇敵に情けを掛けられたような、嫌な思いが沸き上がる。
(・・・あンの野郎! 格好つけやがって!)
取りあえず、心中で毒を吐いてみた。
感謝すべきとはわかっていても、どうしてもそれができなかった。
「・・・ま、まぁ、とにかく、だ。
新人達はもう大丈夫だな。見な、あの笑顔ったら!」
カルメンが首をスッと巡らせ、格納庫の中を指し示した。
封筒の中を覗き込み、はしゃいで笑う新人達。確かにもう大丈夫のようだ。これであの3人も、朝までよく眠れるだろう。
ピピッ!
通信機が鳴った。カルメンのピアス型通信機だ。
慌てて耳に手を添えて、応答する彼女の顔がほんの少しだけ強ばった。
「 え? は、はい、わかりました。・・・モカ! 」
カルメンが格納庫内に呼びかける。
喜ぶ新人達を見守るモカが、ハッと驚き振り向いた。
「 副官 から伝令! 局長室 出頭命令!」
伝令伝えるカルメンの言葉に、モカが大きく目を見張る。
局長室への 出頭 は 厳罰 を下すための呼び出しである。こんな事は滅多に無い。局長・リュイが激怒している時以外には。
にも、関わらず。
「わー、盗聴されたー!」
なぜかモカは慌てなかった。
狼狽えもせず落ち着いていて、苦笑を漏らすに留まった。
「今 話した事全部、局長から 口止め されてたの。
おかしいなぁ、さっき確認した時は、盗聴機なんて取付けられてなかったのに。」
取り乱さないモカの代わりに、ナムは大いに狼狽えた。
上着のポケットから 盗聴盗撮機カウンター を取り出し、恐る恐る自分を調べる。
見事に 1個 引っかかった。誰が取付けやがったのかは考えるまでもない。
この部隊では、盗聴・盗撮機の類いは取付けられた方が マヌケ 。プライバシー侵害だけならともかく、モカに迷惑掛けるとは!
( め・・・面目ねぇ・・・。)
思わず頭を抱え込んだ。
「 大丈夫、心配しないで。
お皿とカップ、キッチンに返しといてくれる? じゃぁ、おやすみ!」
モカが格納庫から駆けだしてきた。
ナムとカルメンの姿を見つけて一瞬ハッと立ち止まったが、すぐ口元に悪戯っぽいを微笑を浮かべてまた走り出す。
「・・・特に ナム君 には『絶対言うな』って 言われてたんだけどな♪」
すれ違い様にささやいた。なぜか明るい、楽しげな声で。
これからぶん殴られるかもしれないのに、基地建屋へ向かうモカの足取りはとても軽やかだった。