第2章 ルーキー来襲!嵐を呼ぶファーストミッション
4.野蛮で蜂蜜な女達
セルヒオ・アルバーロ、47歳。
火星に本拠地を置く民間のバイオテクノロジー研究所の研究員で、役職はサブマネージャー。
小惑星帯エリアの小国出身で、3流国立大学教育学部をスレスレのラインでなんとか卒業。幾つかの職を転々と渡り歩いた後、知人のツテで今の職に就き10年目。
社内の評価はかなり低く、居ても居なくてもいい存在。瘦せ型で頭のてっぺんがハゲ散らかしてる平々凡々な小男である。
頭の中でターゲット情報を反芻しながら、ナムはこの冴えない男の様子を伺う。
今回のミッションは、産業スパイの疑いがあるターゲットの動向調査である。
場所は 火星主要都市マルス郊外、バイオテクノロジー研究所。現在、ターゲットはオフィスのデスクで事務仕事中。
悲しい事にこの男、デスクごと窓際に追いやられている。
そのお陰で目視が簡単。ターゲットのオフィスとは別の棟、屋上に潜んでスコープを覗くナムには動きが丸見えだった。
(ちなみに、潜伏調査につき服装は普通。色味を抑えたジャケット・Tシャツ・チノパン姿である。
こんな地味な出で立ちは極めて不服だが仕方がない。ミッション遂行中の諜報員が目立つわけにはいかないのだ。)
なるほどMC :1D(民間企業でのごく簡単な諜報)である。
ほんの数日ターゲットを監視、怪しげな動きを見せれば証拠を押さえてサクッと報告。それだけでコンプリートする単純な仕事だった。
ただし、こいつらさえいなければ。
スコープを覗くナムの周りは、潜んでいるとは言い難い騒音・雑音で溢れていた。
「うっわー!ケータイ電話から冴えねぇオッチャンの立体映像が出た!
コイツ、今見張ってるヤツだろ? スゲェ!」
「わーすごい! 画面スワイプしたらいろんな角度から見られるんだね!
あはは、頭のてっぺん禿げてるよ!」
「アンタ達、そんなのどうでもいいでしょ!
ちゃんと人見張りしなさいよ!」
「なぁなぁ、コイツ、うるさくね?」
「・・・すぐ怒るオカン、みたいだね。」
「何ですってぇぇぇ!!!」
新人達がひたすらうるさい。
ターゲット情報読ませておけば静かになるかと思いきや、諜報員仕様の改造タブレット端末を珍しがって大はしゃぎ。一瞬たりとも黙っていてくれなかった。
(何が1Dだ、厄介過ぎンだろ、これ!?)
頭が痛くなってきた。
ナムは後頭部を掻きむしった。
通常なら、MCの1桁目が「3」以下、もしくは2桁目が「C・D・E」以下の簡単なミッションの場合、カルメンが諜報部隊の指揮を取る。
多少性格に難あるものの、カルメンは立派な諜報員。まだ20歳と年若いが、並ならぬ訓練と経験を積んだ優れた女スパイである。彼女と歳を同じくするビオラもプロ中のプロ。ハニートラップを得意とし、狙った獲物は逃がさない。
にもかかわらず今回は、ナムが指揮官を任された。
しかも新人達を「連れて行け」との無情な厳命。せめて3人一緒じゃなければ少しは楽だがロディに逃げられ、まとめてお守りをするハメになった。
とっとと姿を眩ましたロディは別棟で、1人優雅にターゲットを監視。
腹立たしい。無事にミッション完遂後には、報復すると決めている。
ピピッ!
微かな電子音が聞こえた。
ナムの通信機はシルバー製のペンダント。お気に入りの一点物を改造処理した逸品だった。
「ほっかむりしたガイコツがカボチャ抱えてランニング・マンしてるペンダントトップ?
ナニそれ、どこで買ったの?」
「行きつけのシルバーアクセサリー屋で特注したんだよ! 欲しがったってやんねーぞ?」
「・・・いらない。」
うろんな目つきのシンディを追い払い、ガイコツの頭を軽く捻る。
今回は強制ではない。回線が開かれ、モカの澄んだ優しい声が非常にクリアに聞こえてくる。
『追加情報、入手しました。
モバイル端末に転送します。確認してください。』
「りょーかい、よろしく。現在ダーゲットはエア残業中。」
腕時計をチラ見してナムが応答する。
マヌケな顔の般若が白目剥いてる、けったいなデザインの腕時計。シンディの目がますますうろんになった。
「現在時刻は夕方6時過ぎ。定時時間はとっくに終わってるってのに、PC眺めてぼんやりしてる。」
『了解しました。まだ動きは無いんですね? ・・・新人3名も、異常ありませんね・・・。』
ロディが造る通信機は、その辺で市販されてる物より性能が良い。
元気にはしゃぐ新人達の声が耳に届いたのだろう。モカが心配そうに聞いてきた。
『・・・ナム君、ダイジョブ?』
「全然ダイジョブじゃない。
言う事聞かねーしうるせーし。コイツらどーにかしてほしい!」
部隊で支給されるの通信機は複数名同時に会話が可能。
モカとの通信にカルメンが冷たい声で割り込んできた。
『そんなの自業自得だろーが!
日頃アタシらが味わってる苦労と同じだ。モカもいちいち甘やかさないの!』
「うっさい野蛮女!
蜂蜜女と一緒にとっととバックレやがって、覚えてろよ!!!」
ほっかむりのドクロに喚くナムの横で、コンポンが首を傾げて聞いた。
「なぁなぁ、蜂蜜女って誰?」
『・・・ビオラ姐さんッス。』
ロディが通信に割り込んでくる。
『ナムさん、声でかいッスよ。全然隠密になってないッス。』
「ロディ!お前もこいつらまとめて俺に押しつけて逃げやがって!!!」
『あと、ターゲット移動開始ッス。』
「ぅおっと!?」
慌てて遠視スコープを覗く。
ターゲットが手荷物を持って席を立った。ようやく退社するようだ。
「よっしゃ! ロディ、『蜂』機動!
ターゲットが研究所敷地外に出たら追跡開始な!」
『ウィッス!』
「蜂」とは スパイ・ビー 、ロディ制作の カメラ搭載蜂型ロボ である。
この超小型&超高性能な飛行カメラは、ターゲットをどこまででも追跡する。
バイオテクノロジーを研究開発している施設は、セキュリティが非常に厳しい。蜂が発する微弱な電波も探知される可能性がある。
その為、古典的な張込みしかでき得なかったが、ようやく監視が楽になる。
ロディが潜む別棟から、3匹の蜂が飛び立って行った。
これからが 本番 である。
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ターゲットの追加情報は、今勤務しているバイオテクノロジー研究所に入社した経緯についてだった。
この研究所は元々限られた者しか採用しない。研究員は超有名大学の大学院を出た者ばかりだし、事務業務に携わる者も幹部役員の出身校卒が大前提。そうとうのコネがなければ入り込むなど不可能である。
しかし、セルヒオ・アルバーロは10年前に中途採用試験を受け合格した。
「大戦」で両親・妻子を亡くしており天涯孤独。こんな一流企業に拾ってもらえるコネやツテ等見当たらない。
「採用時に彼を推したのは、当時の人事部長だった人。
その後退職してますね。理由は『一身上の都合』。・・・雲隠れ、ですかね?」
ノートPCを膝に乗せ、画面を眺めて呟くモカに、カルメンが小さく頷いた。
「産業スパイの引き込みやっちまったんだ、バレる前に報酬貰ってトンズラしたんだろ。
アルバーロ、ねぇ。
こんなショボいオッサンが産業スパイとかないだろって思ってたけど、いざって時に切り捨てちまうのには丁度いい輩だね。
コイツ、金回りもいいんだろ?」
「いいですね。先週新車をキャッシュで買ってます。」
「貧乏人ほど大金持っちゃうと調子に乗って散財するね。ヤダヤダ小者は。」
2人は今 居る場所は、研究所から近いコインパーキングに止めた小ぶりなキャンピングカー。
適当な偽名で借りたレンタカーである。手間の掛らないミッションならば、後方支援基地はこの程度で丁度いい。
「え?どこか行くんですか?」
後部座席に座るモカは、ふと気付いて顔を上げた。
カルメンが愛銃を点検している。優れた狙撃手でもある彼女は、諜報部隊でありながら 銃 の携帯を許されていた。
「リグナムのお守り!
あいつの頭はまだ新人達とどっこいだからね。」
「・・・了解しました。」
モカはこっそり苦笑した。
なんのかんの言ってカルメンはナムの面倒をよく見ている。
顔を合わせればケンカばかり。互いに憎まれ口ばかりでも、型にはまらない性分の舎弟を常に気に掛けている。
「ったく、手が掛かるったら!
あのアンポンタンときたら、まるで常識ってのがないんだから。ほっとくと何しでかすかわかりゃしない!
この間のミッションだって、MPクリスタル爆発させるわ 機械兵とやり合おうとするわ、大変だったんだからね!
命が幾つあったって足りゃしない! アタシがしっかり見張ってなきゃ!!!」
そう言いながら着々と、カルメンが装備を整える。
特注ダブルのショルダーフォルスターにごっつい 短銃 を2丁ぶち込み、腰のベルトには 予備弾倉 を隙間なくビッシリぶら下げた。
ソードオフ・ショットガン を背負った上から防弾仕様のジャケットを羽織り、ウエストポーチに グレネード手榴弾 を詰め込めるだけみっちり詰める。
シャツの胸元を少し開け、まろび出た白く綺麗な谷間に 小型電磁銃 をムニッと押し込み、右ブーツの踵側に コンバットナイフ を鞘ごとIN。
スリムパンツのポケットにブービートラップでよく使われる小型の プラスチック爆弾 を詰め込んで・・・。
「じゃ、行ってくるわ♪!」
「・・・はぁ・・・。」
元気いっぱいのカルメンがキャンピングカーから出て行った。
(戦争でも、しに行くのかな・・・?)
なぜか楽しげに見える姉貴分を、モカは複雑な思いで見送った。
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偽名で借りたレンタカーに新人達をまとめて押し込み、ナムは追跡を開始した。
時刻は午後9時過ぎ。
ターゲットが向かった場所に到着すると、先に辿り着いたロディがアルバーロを見張っていた。
彼が手招きする建屋の影に、新人3人と身を潜める。
ここはマルス郊外の山岳地帯にある 工業地帯 。
多くの企業が工場を構えるこの一帯は、昼間であれば多くの作業員が熱心に仕事に勤しむのだが、夜ともなれば無人に等しく陰気に静まり返っている。
『もうこれきりにしてくれないか? 部署で怪しまれてるんだ・・・。』
ターゲットの近くで羽を休めるカメラ搭載蜂型ロボが、画像と音声を送ってくる。
それを手元のタブレット端末で確認でする。貨物用コンテナが並ぶ一角で、アルバーロが数名の男と話をしている様子が鮮明に見て取れた。
画像を見る限り相手はマフィア、都会の裏通りでザラに見かける、絵に描いたようなチンピラだった。
怯えながらも哀願するアルバーロに、チンピラ達は冷酷だった。
タバコをくわえたイタチ顔のチンピラがマネーカードを1枚取り出し、アルバーロに投げつける。
『そこはそっちでうまくやんなよ。俺らブツ取りに来ただけなんだぜ。』
『俺らだってボス怒らせたくねぇからさ、もちょっとサクサク仕事してよ、オッサン。』
『そ、そんな事言ったって、セキュリティが厳しくて・・・』
『ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよ!
細胞2,3個 ち ょ ろ ま か すだけだろぉ? 簡単だろうがよ!』
(よっしゃ、ミッション終了!)
ナムが小さくガッツポーズした。
間違いなく、アルバーロは 産業スパイ だ。
バイオテクノロジー研究所の機密情報、遺伝子加工細胞を持ち出して売る。その現場を押さえたのだ。
後は報告するだけでいい。カメラ搭載蜂型ロボの記録した動画がいい証拠になるだろう。
「細胞サンプル盗み出すとこ押さえられたら完璧なんッスけどね。
研究所内はカメラ搭載蜂型ロボが使えねぇから、潜入になるッスけど・・・します?」
「 ご冗談! 俺達 お子様 連れなんだぜ?
子守しながら潜入捜査? 無理無理!やってらんねーよ!」
ナムとロディの会話を聞いたコンポンがむっと顔をしかめた。
タブレット画面の映像に見入る2人はそれに気付けない。画面の中ではアルバーロが、必死でチンピラ達に食い下がっていた。
『そうは言うが、簡単なんかじゃないんだ!私がどれだけ苦労して・・・。』
『うるせぇんだよ、禿オヤジ!
テメェの事なんざ知ったこっちゃねぇよ! 』
チンピラの1人がアルバーロの胸ぐらを掴み上げ、荒々しく拳を振り上げた。
と、そこへ。
『やめないか。』
別の男の声がした。
近くに止まる車の側で、ちょっと気取った感じの男が女を連れて傍観していた。
どうやら男は格上の身分らしい。チンピラがアルバーロのシャツを放し、「へぃ。」と軽く頭を下げた。
『そうね、もう許してあげましょ。いただく物いただいちゃったんだから♡』
連れの女がシナを作り、男の方にしな垂れかかる。
妖艶で美しい女だった。
バイオレット・パープルのセクシードレスにふわりと羽織った毛皮のコート。
ストロベリーブロンドの長い髪をアップにまとめ、白い素足によく似合う高級ブランドのピンヒール・パンプス。
絵に描いたような「高級娼婦」が、カメラ搭載蜂型ロボのカメラに向かって悪戯っぽく目配せする。
ナムとロディは唖然となった。
「 ビオラ姐さん?!
あの蜂蜜女、何やってんだ?」
「あの気取った男、金持ってそうだし割とイケメンッス・・・。」
「なるほど、解せた。」
おそらく、取り引きしたブツを入手するためハニー・トラップを仕掛けたのだろう。
ついでに「金持ってそうだし割とイケメン」な男に取り入り、金品搾り取るつもりである。
(つくづく、女は中身だな・・・。)
ナムは心底そう思った。
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『ねぇン♡、ここ、寒いわ♡♡♡』
ビオラの一言にチンピラ達は、サクッとアルバーロを解放した。
呆然と立ち尽くす彼を残し、全員車に乗込むとあっという間に去って行った。
姉貴分とそのエモノ。彼らが乗った車を見送り、ナムはゲンナリ呟いた。
「・・・阿呆らし!
何が隊長だよ、姐さん勝手に動いてんじゃん!
コレじゃただの子守だよ。冗談じゃねぇぞ、ったくよぉ!」
「そっスね。局長も最初っからそのつもりだったんじゃないッスか?
ナムさんに隊長とか、無理ッスもん。」
ニヤニヤわらうロディを睨み、頭の後ろを掻きむしる。
「しゃーねーな、長居は無用だ、撤収するぞ!
もたついてっとカルメン姐さんがライフル担いですっ飛んで来ちまう。
そうなったらますます面倒くせぇ・・・って、え???」
ナムとロディは振り返り、その途端に固まった。
新人達が、いない。
1人残らず 消 え て い た 。