第2章 ルーキー来襲!嵐を呼ぶファーストミッション

2024年9月26日

太陽系第4惑星・火星。

現在太陽系に存在する約50万の国や自治都市、その8割が加盟する「地球連邦」の統括政府直轄地で、本格的な開拓は人類が宇宙開拓に乗り出したばかりの 500年前 から始まった。
当時最先端の科学技術を用いて行われたテラ・フォーミングは完璧といえ、今では主要都市「マルス」近郊に広大な森林地帯が広がるまでになっている。
しかし人口は少なく、「マルス」を中心に約100万人ほど。
都市らしい街も「マルス」くらいで、あとはほとんど手つかずのまま、荒涼とした赤い原野が続いている。

ナムが属する 諜報傭兵部隊 の拠点は、その原野にある。
赤茶色の巨岩が連なる峡谷の下に、岩壁にはまり込む形で建設された鉄筋コンクリートの無骨な建屋。
元は開拓請負会社の従業員が寝泊まりしていた拠点だったらしい。開拓計画が頓挫し廃屋になっていたものを勝手に改築・入居してねぐらにしている。
外部から見つかりにくい岩陰の割には日当たりが良く、建屋の前にはひび割れて砂だらけだが航空機の着床ポートがある。
基地にするにはうってつけ。まさに掘り出し物件だった。

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基地の1階にはよく言えばレトロ、悪く言えば非常にボロい トイレ がある。
申し訳程度に仕切りが付いた幾つかの個室と、すっかり黄ばんでひび割れた男性用の便器が3個。その広くて古いトイレを掃除するのが、ナムのここ1ヶ月ほどの日課だった。

床のタイルに水をぶちまけデッキブラシで乱暴にこする。
一向にキレイにならないトイレの床に、ナムは苛立ち愚痴をこぼす。
「面倒くせーなー、もー!
こんな旧式のトイレ、磨いたって綺麗になるわけねぇっつの! リフォームした方がいいって、絶対!」
「無茶言わないでくださいよ、ナムさん。」
トイレブラシで便器を磨くロディが困って苦笑する。
マッシモでのミッションで「罰則」喰らった兄貴分。 舎弟とは言えそれを手伝う彼はかなりのお人好しと言えた。
「なんで?お前ならパパッとできるだろ?トイレのリフォームくらい。」
「嫌ッスよ。トイレなんか作ったって面白くないッスもん。」
「いーじゃんやってくれよサクッとさぁ!
ここ、温水洗浄便座も付いてないんだぜ? 取っ付けたらみんな喜ぶに気まってンじゃん!」
無駄な話でデッキブラシを動かしていた手が止る。
換気のために開きっぱなしになってる入口から、声がしたのはその時だった。

「おい、リグナム止めときな!」

振り向くと口の悪い姉貴分、カルメン・ビオラがニヤニヤしながら立っていた。
ロディそいつにリフォームなんて任せたらとんでもない事になるだろーが!?」
「そぉよ。改造ついでに絶対おかしな装置モン取付けるんだから! そんなの真っ平ゴメンだわ!」
「・・・。」
ナムはブルッと身震いした。
そう言えばつい先日、発明の天才であるこの舎弟は シャワー室 で問題を起こしたばかりだった。

「最近、シャワーの出が悪いなぁ。」

モカが何気なく呟いたを耳にしたロディが、こっそり改造を施したのである。
結果、バルブを捻るなり冷水がジェット噴射する 高圧洗浄拷問シャワー が完成した。
最初の犠牲者は 義腕の巨人 事、 副官・マックス 。何も知らずにシャワーのバルブを捻った彼は、その勢いをまともに受けた。
シャワー室のコンクリート壁をぶち抜き、夜の荒野に吹っ飛ぶ巨体。もちろん、全裸である。大騒ぎになったのは言うまでもない。
何が恐ろしいかと言って、そんな不祥事を起こした本人がまったく懲りていない事である。
カルメン・ビオラの非難の言葉に、発明狂の天才はとても爽やかに笑って見せた。

「やだなぁ、カルメンさん、ビオラさん。この間のお茶目は忘れてくださいよ。
次はもっと す ご い の 造 り ま す か ら ♪♪♪」

「いや、造るなって言ってンだよ!」
カルメンが慌てて怒鳴りつけた。
「トイレは改造必要無し!
今は懲罰喰らった清掃員がいるんだからね。せいぜい頑張ってキレイにしてもらわなきゃな。」
「うっさいわ!邪魔するんだったらどっか行け!」
「見張ってんだよ!
碌なことしないから目ぇ放すなって、局長にも言われてんだ! ブツクサ言ってないで働け!!!」
カルメンは局長・リュイの命令には絶対に逆らわない。どんなくだらない事でも喜んで従う。
ましてや、日頃手を焼く生意気な舎弟をいじり回す命令ならなおのこと。
面白くない。ナムは忌々しげに舌打ちした。

「どいつもこいつも 冷血暴君局長 なんかにいちいち尻尾振りやがって!
冗談じゃねぇぞクソッタレ! あの野郎、いつか絶対ぶん殴ってやる!!!」

兄貴分の不穏なぼやきに、ロディの顔から血の気が引いた。
慌ててつなぎのポケットから 小型の機器 を引っ張り出す。
盗聴・盗撮機カウンター。
ありとあらゆる諜報機器をあっという間に発見出来る、ロディ自作の探知機だった。

「ナムさん、4個 有るッス・・・。」
「げ!?」

ピピッ!
カルメンの左耳のピアス。
やや大ぶりな金のフープピアスに仕込んだ通信機(ロディ作)から、 着信音 が聞こえてきた。
短い会話で通信を切った、カルメンがナムにニンマリ笑う。

「リグナムお前、便所掃除 もう1ヶ月追加 な♪」

さっきの愚痴を盗聴されたのである。
この部隊では盗聴・盗撮は日常茶飯事、当たり前。
仮にも諜報員を名乗るのならば、取付けられた諜報機器に気付かない方がおバカでマヌケ。
(・・・あンの冷血暴君、マジで、いつか絶対ぶん殴ってやる!!!)
ナムはデッキブラシの柄を握りしめ、怒りと屈辱に戦慄いた。

 キ ー ー ー ン ・・・。

外から甲高い音が聞こえてきた。
航空機のエンジン音だ。しかも基地に近づいていきている。
「ウチのオンボロ輸送機のエンジン音じゃん。どっか行ってたのか?」
「さぁ?何も聞いてないッスけど・・・。」
トイレで4人が訝しんでいると、それぞれが携帯している通信機が鳴った。


Call伝令

強制的に回線が開かれ、部隊の伝令役を担う モカ の澄んだ声がした。

『外の着床ポートに出てください。ルーキーの到着です。』

「・・・新人ルーキー?」
4人は思わず互いの顔を見合わせた。

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基地の外に出てみると、2世代前の骨董品と一目で分かる 小型輸送用航空機 が着陸態勢に入っていた。
垂直降下する機体の噴射口からもの凄い風が吹き付けてくる。先に着床ポートに来ていたモカが、大きなキャスケットをしっかり押さえて降りてくる輸送機を見守っていた。

「モカ、新人が来るってどゆこと?」
「わかんない。さっき、急に 局長 からそう言われて・・・。」
「またあの冷血暴君の仕業かよ! やってらンねぇな、ふざけやがって!」
「俺、ナムさんがそんなにトイレ掃除好きだったとは知らなかったッス・・・。」

オンボロ輸送機が地響きを立てて、着床ポートに着陸した。
ナム達が固唾を飲んで見守る中、昇降口のハッチがバカッと開き、いきなり 何か が飛び出してきた。

「うっわ~、何にもねぇ! 何じゃここは!?」

火星の赤茶けた渓谷に 子供の声 がこだました。
焦げ茶色のボサボサ頭。肌色浅黒いチビで痩せっぽちの少年が、着床ポートに降り立つなり辺りを見回しケタケタ笑う。
驚いた事に裸足だった。着ている物もボロッちいタンクトップに、すり切れ敗れたダブダブのジーンズ。かなり粗末な出で立ちだが、本人はまるで気にしていない。

「あんた、バカじゃないの!? 急に外に飛び出したら危ないじゃない!」

続いて甲高い声がした。
昇降口から顔を出したのは、長い赤毛をツインテールにした可愛い少女。
フリフリピンクのワンピースにリボンをあしらったサンダルの姿。少女趣味全開の装いなのだが、ブラウンの目は険が強い。
気難しい勝ち気な性格だと推測できた。

「ここ、どこ・・・? ホントに何もないね・・・。」

今度は不安そうな声がした。
モンゴロイドの少年が恐る恐る昇降口から降りて来た。
坊ちゃん刈り風に切りそろえた黒髪、清潔な白いシャツと折り目の付いた半ズボン。革靴を履いている所を見ると、どこかの良家の子供のようだ。
他の2人とは大きく違い、酷く怯えて落ち付がない。もっとも、こんな辺鄙な怪しい場所に来たなら、無理もない話だが。

個性豊かな子供達を前に、ナム達はポカーンと立ち尽くす。
パイロットが輸送機のコクピットから降りてきた。
アイザックだ。天才的なハッカーである彼は、部隊で航空機の操縦を任されている優秀なパイロットでもあった。

「飛行機ちゃん、このまま置いとくね~。 
ちょっと無理して小惑星帯エリアまで飛んだんだ~。ちょっとエンジン、冷やさなきゃ~。
そんじゃナムっち、その子ら よ ろ し く ~。」

アイザックはワイヤレス・イヤホンから大音量でアイドルの歌を聴きこぼしながら、すれ違い様にナムの肩をポン、と叩いた。
火星のご当地アイドル「らぶみょん20」(JC・JKで結成された20人のアイドルグループ♡)の「愛の脳内ゴンドロダンス」という歌なのだそうだ。
ハッキリ言って、どうでもいい話だが。

「・・・へ?」

ナムは去って行くアイザックと3人の子供達を交互に見回し、混乱した。
状況がまったく理解できない。慌ててモカがキャスケットに仕込んだ通信機の回線を開く。帽子の脇からインカム・マイクを引っ張り出し、早口小声で問いかけた。

「すみません、局長。ご説明願えますか?」
副官マックスに聞け。』

ぷち。

通信はぶち切りされた。
(・・・うわぁ、冷血。)
その様子を見ていたロディが思わずつぶやいた。
盗聴機を警戒して、あくまで心の中でだけ。
彼は何度も懲罰を喰らう兄貴分のように、トイレ掃除好き ではなかった。

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