第2章 ルーキー来襲!嵐を呼ぶファーストミッション
2.暗黙の掟はデンジャラス
ボサボサ頭の子は、コンポン。
姓はない。無戸籍の孤児だという。
小惑星帯エリアの小さな自治区で路上生活していたストリートチルドレンで、年齢は本人曰く「判んねぇ。たぶん13歳くらいじゃね?」とのこと。
無戸籍の子供は自分の歳や誕生日を正確に知らない子が多い。かなり不遇な身の上だが、当の本人はあまり気にしてないようだ。
ツインテールの少女は、シンディ・メディカ。
外惑星エリアの小国の生まれだが「大戦」時に両親と死に別れ、養護施設を転々として育ったそうだ。
年齢は14歳。養護施設で空手を習っていたそうで、身長の割には発育がよく体格がいい。着ている可愛いワンピースがあまり似合ってないのは、すでにカルメンやビオラ並に育っている胸部の所為と思われた。
モンゴロイドの子は、ル・フェイ。
歳は13歳、地球のシャンハイ出身だそうだ。
礼儀正しく上流階級の品の良さがうかがえるが、常に怯えてビクビクしていてる。コンポンが言うには「なんか、大人に殺されかけたんだってさ。」だそうで、まだそのショックから立ち直って無いようだ。
「・・・ う~ん ・・・。」
何とも複雑な思いでナムは、自分の前にキチンと並ぶ3人の子供達を眺めていた。
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局長に通信を切られたモカが、すぐに副官にコールした。
『エメルヒのジジィん所からカシラが引き取ったんだとよ。
リグナムに押しつけ・・・いや、躾させろってお達しだ。』
「はぁ?! 何ッスかそれ!?」
ナムはモカのキャスケットを奪い取った。
『お前ももう17になるんだろーが!
いつまでもモカやロディに迷惑掛けてんじゃねぇよ! そろそろ目下の連中の世話くらい出来る様になっとけ!』
「いや、だからって、何の説明もなくいきなり3人も・・・!」
食い下がろうとするナムの耳に、ふざけた会話が聞こえてきた。
『ねぇ~ん、ダーリン♡ 新人君達来たんなら、今日は歓迎会かしらぁ♡』
『はっはっはそうだねハニー♡ キミはなんて気が利くレディなんだ♡♡♡』
『いゃん♡! じゃ、とびっきりのご馳走つくってあ・げ・る♡ 何がいい?』
『そうだなぁ♡
ハンバーグと唐揚げとオムライスとタコさんのウィンナーとチョコレートパフェと・・・。』
「・・・。」
嫁のベアトリーチェと絶賛イチャつき中だったらしい。
ナムはキャスケットを地面に叩きつけた。
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すぐ我に返ってキャスケットを拾い、砂を払って許しを乞うた。
モカは笑って許してくれた上、激励の言葉まで掛けてくれた。
「あの・・・、頑張って、ね?」
返す言葉が見つからない。
ナムは無言で曖昧に笑い、自分の仕事に戻っていくモカの背中を見送った。
ついでに、人の不幸をケラケラ笑い無情に去って行く姉貴達も。
隙あらば人をコケにする2人である。頼るつもりは全く無いが、いつも通りの傲慢不遜さに怒りが募る一方だった。
(新人っつったって、コイツらまだガキじゃんよ!
・・・そりゃ、俺が火星基地に連れてこられたのもこンくらいの歳だったけどさぁ!)
目の前の子供達は、それぞれ3様の面持ちでナムを見返している。
コンポンは好奇心全開で。
シンディはふくれっ面で。
フェイはビクビク怯えて。
どのみち、放っておく事はできない。
(・・・まぁ、やるっきゃねぇか。)
ナムは深呼吸一つして、話を切り出した。
「俺は リグナム・タッカー 。ナムでいいよ、よろしくな!
こっちは ロディ 。俺らがお前らの世話係だそうだから、ちゃんと言う事聞けよ?」
「やっぱり俺巻き込むんッスか・・・。」
ロディが肩を落として項垂れた。
「当たり前だろ? お前も今日からこいつらの兄貴分なんだから!
・・・何をどんだけ聞いてきてるかわかんねぇから一通り説明しとくけど、この部隊は エメルヒ っていうオッサン、まぁ俺らは『禿ネズミ』って呼んでんだけどな。そいつが司令官の 諜報傭兵部隊 の 小隊 だ。
正規名称は 『エベルナ特殊諜報傭兵部隊第13支局』 。
ここ仕切ってンのは リュイ って野郎で、俺らは 局長 って呼んでる。
副官は マクシミリアン こと マックス さん。
参謀官は アイザック さん、さっきのアイドル狂の兄ちゃんだな。
傭兵部隊と諜報部隊に別れてて、傭兵部隊はマックスさん、諜報部隊は大抵 カルメン って名前の姐さんが仕切ってる。
堅苦しい規則は特にない。
けど、幾つか 暗黙の掟 ってのがあるから教えとくぞ。
先ず、 盗聴・盗撮 に注意する事。
後で配るけど、常に『盗聴盗撮機カウンター』を持ち歩いて周囲のチェックを怠るなよ。
諜報機器は見つけ次第排除しろ、プライベート 丸裸 にされたくなかったらな。
逆に、自分で取付けるのは全然自由。シャワー室とトイレ以外なら好きな所に設置OK、俺達は仮にも諜報員、ここじゃ被害に遭う方が マヌケ だからな。
あ、あと 局長室 ってのがあるんだけど、ここも辞めとけ。
局長の私室だ、マジでヤベぇ。仕掛けるなんてマネしたら、命が無いと思っとけよ?
次に注意すんのは、コーヒーな。
コーヒーにミルクとか砂糖・シナモン・チョコとか入れるの厳禁だ。
あの局長な、頭おかしいんじゃねぇかって程 コーヒー狂 なんだ。豆とか淹れ方とかメッチャこだわってて、甘みはコーヒーの香りと味を殺すとか抜かしやがる。
だから、カフェオレとかラテとか飲みたかったら隠れて飲め。
見つかったら 鉄拳制裁 だ。ボッコボコにされて便所かシャワー室の掃除までやらされるから、とにかくお前ら、気ィ付けろ!
食い物のアレルギーとかあるんだったら早めに言っとけよ?
ベアトリーチェって姐さんが厨房仕切ってるけど、好き嫌いとか食い残しとかしたら機関銃で 蜂 の 巣 にされるぞ。
いいか、ここで暮らす以上、飯喰ってる時は戦場にいると思え!
飯が皿にのっかって出てくるとか、あり得ないからな。自分の喰い分は自分で確保! 死にたくなかったら、戦えよ?
あと、火星は雨が振らないから水は大切。シャワーは3日に1回くらいだな。
でも5日過ぎるとサマンサっておっかねぇ姐さんに改造高圧洗浄機(ロディ作)の水圧MAXで強制的に洗われるから気をつけろ。
あの洗浄機、破壊力あってな。下手すっと内蔵破裂するぞ。
サム姐さん、ドSだから死にかけたってやめてくんねぇし。
あ、そだ、アイザックさんの前で女の子のアイドル馬鹿にしたら大変な事になるぞ。
靴に食い終わったガム入れられたり、寝てる間に顔中落書きされたり、トイレでトイレットペーパー隠されたり。
地味~な嫌がらせを延っっっ々とされるから。
厄介なんが お勉強の時間 なんてのがあるんだ。
テオヴァルトさん・・・俺らはテオさんって呼んでんだけどな、この人、傭兵やる前は 学校の先生 やってたんだってさ。
スゲェ熱量で勉強させられるぞ? 教育方針はスパルタ一択、メチャクチャ厳しいしエゲツねぇ。
数学とか文法とか、血 ヘ ド 吐 く ま で みっちり脳みそに詰め込まれるんだ。ったく、やってらんねぇな~。
飲んだくれてるマックスさんも危ねーな。
この人 酒乱 だから、しょっちゅう暴れるんだよな~。
こんなトコかな。・・・なんか質問、あるか???」
「・・・。」
新人達の顔色が悪い。
言葉を失ってしまったようで、ただ呆然と立ち尽くしている。
やがて、ガタガタ震えるフェイが遠慮がちに右手を挙げた。
「・・・あの、僕達、帰ってもいいですか?」
「いいと思うけど、ここからマルスの宇宙港まで4駆のバギーで 4時間 かかるぞ?」
「・・・。」
フェイは泣きそうな顔で黙ってしまった。
「なぁなぁ、俺も質問すっぞ?」
今度はコンポンが手を挙げる。
「ナムさん、だっけ?
なんで そんな格好 してんの???」
本日のナムの出で立ち。
右半分が赤、左半分は青の歪なTシャツに、紫、黄色、メタリックグリーンのギンガムチェックのカーゴパンツ。
腰には袖で縛った七色のスパンコールで全面デコったギラギラ光る怪しいGジャン、素足には赤紫の爬虫類皮サンダル・・・。
「このGジャン?
いいだろ~?『ジョボレット』で買ったんだぜ!♪♪」
ナムは上機嫌でGジャンを解き、広げて新人達に見せびらかした。
ジョボレットとは、太陽系全域で主に通信販売・配送業務を展開する総合商社である。
「お客様のご要望には 何が何でも必ず対応」をモットーに、ジョボレットが取り扱う商品は膨大な数に上る。中にはトンデモなくマイノリティな顧客のニーズにまでお応えしてしまう、困った商品も多々あって・・・。
「俺の好みの服、取り扱ってて助かってんだよね。
カタログ見るか?よかったら貸すぞ?」
「・・・。」
新人達は3人揃って助けを求めてロディを見た。
(・・・やっぱり、俺がしっかりしないといけないわけッスね。)
こうなったら、仕方がない。
ロディは密かに覚悟を決めた。
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事件は夕飯時におきた。
マックスの要望はその大半が却下されたらしい。
本日のメニューはバカでかいフライパンに山と積まれた大量の 唐揚げ 。
中華鍋にはエスニック風の野菜炒めが溢れんばかり、ブロッコリーのポタージュスープは寸胴鍋のまま「欲しけりゃ勝手にてめぇで注げや!」の状態。
ポテトサラダは 洗面器 にてんこ盛り。それが食堂のテーブルにそのままドカンと置かれている。
取分け皿は小皿だったり茶碗だったりドンブリだったり。テーブル上にばら撒き置かれた大小様々なフォークに混じって アサシン・ナイフ が転がる有様。
まさに「飯喰ってる時は戦場にいる」を如実に現わす光景だった。
テーブルの周りにはフォークを手にした基地の面々が、飢えた野獣のような目をして料理をジッと凝視している。
誰も喰い付こうとしないのは、その場を仕切る「軍曹」の飲食許可が出ないから。
ベアトリーチェは基地厨房の「荒くれ軍曹」である。彼女が「良し」というまでは、副官だろうと参謀だろうと料理に手を付られない。フライングなんてしようものなら、テーブル横に立てかけられた 小 機 関 銃 が容赦無く火を噴く。
一触即発の緊張感。
無駄に広い食堂は、不穏な空気で満ちていた。
「よっしゃ、全員揃ってンな?!」
エプロン姿のベアトリーチェが 荒くれモード で、既知の面々を睥睨する。
「いいかてめぇら、待ったなしだ! レディ~~~、ファイ
っっっ !!!」
ここでの食前挨拶は「いただきます」ではないようだ。
ナムが新人達に説明したとおり、基地の食堂は 戦場 となった!
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リーチェの唐揚げは表面カリカリ、中は熱々ジューシーで非の打ち所がなく最高に美味い。
その芳ばしい唐揚げの山に、四方八方、十六方からフォークの切っ先が襲い掛かる!
マックスは樽のビールをそのまま煽ってラッパ飲み。
唐揚げにはレモン汁♡のビオラと 断固タルタルソース!のカルメン。2人の飽くなき闘争は聞くに堪えない罵倒の嵐。
その横でサマンサが アサシン・ナイフ にぶっ刺した唐揚を雑誌を読みながら黙々食し、テオヴァルトはドンブリ山盛りのポテトサラダをもの凄い勢いでかっ込んでいる。
アイザックに至っては、唐揚頬張る口で「愛の脳内ゴンドロダンス」を口ずさみ、茶碗に注いだポタージュスープを直に煽っている始末。
戦場に兄弟の義理はない。ロディがナムを無理矢理押しのけ一番大きな唐揚げをGet。それを巡ってもみ合う2人をベアトリーチェが拳で止める。
「 ジブンノクイブンカクホだ、 戦うぞフェイ!!!」
「・・・う、うん!」
いざ食事が始まると新人達も負けてなかった。妙に張り切るコンポンにつられ、気弱なフェイも奮闘している。飢えたオッサン傭兵達の隙を突いては猛然と切り込み、次々エモノを奪い取る。
テーブルのあちこちで怒号が飛び交い、食器やフォークがガチャガチャと派手に音立て乱れ飛ぶ。
凄絶極まるその騒音に、酔いが回ったマックスの高笑いが共鳴する。
その時。
「 う る さ ~~~~~ い っっっ !!!」
ヒステリックな金切り声に、唐揚げ突き刺したフォークの群れがピタリと空中で固まった。
全員 言い合わせたかの様に、声がした方へそ~っと振り向く。
シンディだ。
彼女はフォーク握りしめ、怒りでワナワナ震えていた。
「何なのこの様は?! 信っじらんない、下品にもほどがあるわ!
うるさい、意地汚い、お行儀が悪い! 今時幼稚園児でもここまで見苦しいマネしないわよ!
・・・特に、そこの アンタ ! アンタが一番、サイテーよ!!! 」
怒れるシンディがビシッと指さしたのは隅のテーブル。
怒れる少女が「アンタ」と呼ぶのは、1人放れて食事をしているこの部隊の 局長・リュイ だった。
確かに彼の食事マナーは、最低・最悪。テーブルの上に両足を乗せ、ふんぞり返って本を読みつつ、皿に取分けられてる料理を片手フォークで食べている。
しかも、彼の傍には水のサーバーを抱えたモカが、食事も取らずに控えている。それも怒りに拍車を掛けた。シンディはますますいきり立つ!
「その子、アンタの世話してるお陰でご飯食べられないじゃない!
何様のつもりよ、偉そーに!!!」
「何様って、局長様 だぞ?」
口の中の唐揚げをゴクリと飲み込み、テオヴァルトがつぶやいた。
「その人は俺達の最高指揮官、この基地で一番偉いお人だ。」
「ここの偉い人?! だったらこんな状況、ほっとく方がおかしいわ!」
シンディは黙らない。
それどころか、肩を怒らせツカツカとリュイの方へと突進した!
「ちゃんと注意して正すべきでしょ!? 偉い人だったら!
私がいた養護院じゃ、院長先生や年上の子達が食事のマナーを教えてくれたわ! 人としての最低限の作法だからって!
アンタもそうするべきでしょ!? なのに自分は関係ないって顔して、女の子に給仕させて!
しかも、この中で一番アンタが行儀悪いじゃない!
下品よ! アンタなんか、やっぱりサイテー・・・。」
シンディが急に口をつぐんだ。
本から顔を上げる事さえしない、リュイが右手を振り上げたのだ。
「っ!!?」
カルメン・ビオラが椅子を蹴り、弾かれたように立ち上がる。
モカとロディも息を飲み、咄嗟に目を閉じ顔を背けた。
傭兵達は全員無言。険しく冷ややかな眼差しで、事の成り行きを見守っている。
驚き立ち尽くすシンディに、躊躇いなど微塵も見せない 男の拳 が振り下ろされた!
ガシ ッッッ!!!
リュイが微かに顔を上げた。
紙面上の文字を追う目が、これまで一瞥も与えなかったシンディの方へと向けられる。
振り下ろされたリュイの拳は、怯えるシンディを背中で庇う ナム の右腕が受けていた。
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機械兵の装甲をぶち抜いてみせる男の拳。それを受けたのだ右腕が、激しく軋みんで悲鳴を上げた。
猛烈に痛い。意識が飛びそうになるのを堪え、ナムはリュイを睨み付けた。
「・・・こんなガキにまで手ぇあげてんじゃねぇよ!」
やっとの思いで絞り出した言葉は、情け容赦無く黙殺された。
リュイは終始無言のまま、テーブルに乗せていた足を降ろし靴底をナムに叩きつけた!
ドォン!!!
腹を狙った強烈な 蹴り !
ナムは吹っ飛び、コンクリート打ちっ放しの食堂の壁に思い切り背中を打ち付けた。
戦くシンディを巻き込まないよう配慮するのが精一杯で、まったく受け身が取れなかった。腹と背中に受けた苦痛で呼吸ができない。そのまま壁際で蹲る。
「・・・新しく来たガキ共は、一 番 大 事 な 事 を聞かされて無ぇようだな。」
一部始終を黙ってみていたマックスが椅子から立ち上がった。
「部隊じゃ『局長』が 絶 対 だ。
ガキだろうと女だろうと、逆らう奴はみんなこうなる。しっかりよく見て覚えとけ!
リグナム! 貴様、なんで教えとかなかった!?」
部隊副官たる男の怒号に、ナムは必死で身を起こす。
そして、睨んだ。
マックスではなく、局長・リュイを。
「・・・俺が納得してねぇからだよ!!!」
絶対的な権力者へのさらなる反抗。
しかし。
それすら黙殺したリュイが、何事も無かったように立ち上がる。
「コーヒー入れろ。ブラジル(コーヒーの銘柄)だ。」
突然の修羅場に愕然となるモカに一言命令し、食堂の出口へと歩き出す。
( ・・・ いつか絶対、ぶん殴ってやる!!! )
テーブルの本を慌てて手に取り、モカがリュイの後を追う。
彼女の背中を見送りながら、ナムは奥歯を噛みしめた。