第2章 ルーキー来襲!嵐を呼ぶファーストミッション
3.キメラ・de・ご飯♡
当然ながら、新人達は局長・リュイを避けるようになった。
無口で無愛想で威圧的。気に入らなければ当たり前のように手を上げ、女性だろうと子供だろうと情け容赦なく殴り飛ばす。
特にナムに対して酷烈で、愚にも付かない理由を付けては悶絶するほどどつき倒す。
まるで自分の意思を言葉ではなく 暴力 で表しているかのようだ。そんなリュイの横柄な姿に、新人達が恐れを成すのも無理はなかった。
中でも フェイ の怯え方は尋常じゃなかった。
リュイの姿を見かけるだけで体の震えが止らなくなり、ひどい時には過呼吸を起こす。
恐がり様が異常すぎる。ナムは事情を聞いてみた。
「僕はシャンハイの財閥一族で家長だった人の、愛人の子なんだ。」
フェイが言いにくそうに語り出した。
時刻は火星標準時間、午前5時。
遠く放れた太陽からの光を補うため打ち上げられた 人工太陽 。その朝日が斜めに降り注ぎ、火星の赤い大地を照らす。
基地前のエアポートの片隅に集まるナムとロディと新人2人は、直接地べたに円座に座り、フェイの話に耳を傾けていた。
「ママは売れない民族舞踊のダンサーで、とても綺麗な人だった。
でも5年くらい前に病気で死んじゃったんだ。そしたら弁護士が来て、寄宿舎がある学校に入れられた。
それからずっと放っとかれてたんだけど2ヶ月くらい前、マフィアみたいな人達に 誘拐 されたんだ。
縛られて、目隠しされて、閉じ込められて運ばれて・・・。たぶん車のトランクに押し込められたんだと思う。
どっか遠くに連れてかれて、出されたと思ったら・・・。
真っ暗になった夜の海に・・・突き落とされたんだ・・・。」
助かったのは奇跡だった。
夜の海岸に連れてこられ、崖から突き落とされたフェイは、たまたま通りかかった漁船に救われたのだという。
しかし九死に一生を得た少年を待っていたのは、血縁者達の非道な仕打ち。
海に落ちたその日の内に、役所の手続きが完了していた。
為された処理は 事故死 による戸籍の抹消。
フェイは無国籍者となった。
「DNA鑑定は? 元々戸籍があるんだったら、調べてもらえばいいじゃない。」
シンディが怒りの声を上げた。
地球連邦加盟国だけでなく、太陽系中の独立国家は戸籍登録にDNA情報の提出を義務づけている。
これが広い太陽系内で自らを証明する手段となる。フェイの場合もDNA鑑定を申し出れば、生存確認と戸籍の復活が出来るはずだった。
「生きてる事も証明出来るし、誘拐した奴らだって訴えてやれるわ!
子供を殺そうとするなんて! 警察に突き出しちゃえばいいのよ、そんな奴ら!」
「・・・無理。不可能ッス。」
隣で胡座をかいて座る、ロディが腕組み呟いた。
「それができりゃ、救出された時周りの大人がやってるッス。お役所も無能なヤツばっかじゃないんだから。」
血縁者達が金にモノを言わせた結果だろう。DNA鑑定と戸籍照合は行われず、フェイは血縁者達の手によって生きながらにして 殺された のである。
「・・・後から聞いたんだけど、僕の父親、もうあんまり生きられない病気だったんだって。
たぶん、遺産相続とかでいろいろあるんだと思う。
みんな、僕の事が 邪魔 だったんだね・・・。」
フェイが小さく虚ろに笑う。
「だから僕、オトナって嫌いなんだ。
オトナはみんな勝手だよ! 邪魔だからって知らない所へ連れて行ったり、放っとかれたり、殺そうとしたり!
特に局長さんみたいな人は無理。
僕を誘拐した人達を思い出すんだ、あの人達も言う事聞かなかったらすぐ撲ったり蹴ったりする人だったから。
・・・でもね!
エメルヒ のおじちゃんは好きだよ!
行く所がない僕を助けてくれて、とても優しくしてくれたんだ♪」
膝を抱えるフェイの隣で、コンポンも元気に手を上げた。
「俺も好き! あのオッチャンに拾われてから、美味いモンいっぱい食えるしさ。
服とか靴とか貰えるし、屋根のあるとこでベットで寝れるし♪」
基地に来た時裸足だったコンポンも、今はモカが「ジョボレット宇宙通販」で手配した新しいスニーカーを履いている。
服もライトブルーの清潔なつなぎ服。ロディのお古で少し大きいが、よく食べよく寝るこの子ならすぐに成長が追いつくだろう。
シンディもまた、同様だった。
「すっごく優しかった。」のだそうで、エメルヒに対する好感度はかなり高い。
「ほー、あの禿ネズミがねぇ・・・?」
ナムは右手で頭の後ろを掻きむしった。
困惑した時の癖である。腑に落ちない。あの男はそういうヤツでは、ないのだが・・・???
「ん~、ま、いいや。
おっし、休憩終わり! 訓練続けっぞ!」
「えー!? 」
「まだやるの?!」
「何でこんなに体鍛えなきゃなんないのよぉ!」
「文句ゆーな!
あの冷血暴君に殴られそーになった時、傍に俺がいるとは限らないんだからな。
反撃すんのは無理だとしても、ヤツの拳をかわせるくらいには体鍛えて備えとけ!
ほれ、筋トレするぞ、腕立て伏せ 100回 !!!」
「ぎゃーーーっっっ!!!」
新人達は悲鳴を上げた。
無理もない。火星に来て以来、一日も休む事なく 厳しい鍛錬 を積んでいるのだ。
聞けばこの部隊の方針とかで、傭兵だけでなく諜報員も「身を守る程度」には体を鍛え、戦闘能力を身につけるのだという。
しかし、彼らの世話係ナムの「しごき」は、遥かに度を超す凄絶さだった!
早朝4時にたたき起こされ、基地の周りをランニング。
腹筋、背筋、腕立て伏せ等は100回ずつやるのが基本。
切り立った崖の垂直昇降、岩を背負って匍匐前進、底が見えない渓谷をロープ1本で伝い渡る。
半ば強制的に新人達の世話役にされたナムではあったが、いざ指導するとなるとは半端ない。朝もはよから眠気も吹っ飛ぶ異様な姿でビシバシ容赦なくしごいてくる。
(本日のナムの装い:
派手なピンク地に蛍光イエロー星形ドットのタンクトップ。
首にはなぜか真紫の蝶ネクタイ、ボトムは七色フリンジ付のウォッシャブルジーンズ。
靴はごっついサバイバルブーツ、ただし真っ赤なイチゴ模様・・・。)
(・・・この人、なんでこんなアホみてぇなカッコ、すんのかな?
って、それどころじゃねぇし!
マジヤベェ! なんとか逃げ出せねぇかな?!)
あまりの過激さにコンポンが辺りを見回した時だった。
パンギョオオォーーーっっっ!!!
突然巨大な獣が現れ、おかしな奇声を張り上げた!
毛むくじゃらの小さい頭に3つも目があり、顔半分もある大きな口には赤光りする長い牙。
両手の先には長いかぎ爪が鋭く光り、びっしり毛に覆われた太い尻尾の先にも同じかぎ爪が生えている。
獣は後ろ足で立ち上がり、新人達に襲いかかる!
「ぎゃーーーーーっっっ!!!」
絶叫する新人達にロディが飛びつき、被さるようにして地に伏せた。
目視より先に体が動く。ナムはすぐさま身を翻し、2mは優に超える獣との間合いを素早く詰めた。
左後ろ足の臑部分にブーツの踵をたたき込み、二足立ちする獣の姿勢を前のめりになるよう崩す。
そして獣の顎に狙いを定め、真下から思いっきり蹴り上げた!
ドコォン!
化物は大きく仰け反り、地響きを立てて後ろに倒れ、それきりまったく動かなくなった。
恐る恐る体を起こし、ブルブル震える新人達。
立ち上がるなんてとてもできない。地べたにへたり込んだまま、身を寄せ合って固まっている。
しかしナムとロディは至って平然。仕留めた獣を眺め回し、呑気にヘラヘラ笑っている。
「 メガテリウムの キメラ獣 じゃないッスか。 まだ子供ッスね。」
「 コイツら最近、よく出るな。この辺りに巣でもあンのかね?」
「キ、キメラ!?
嘘でしょ!? なんでそんなのがいるのよぉ!?」
シンディがうわずった声を上げた。
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畜産動物の量産・品種改良を主な目的とする、遺伝子工学を駆使して生み出される 人造獣 。
その総称が「キメラ獣」である。
この技術は地球人類の宇宙開拓が始まる以前から研究が進み、人口増加による食糧難を少なからず解消してきた。
極めて特殊な生命体なので、太陽系中ほとんどの国が製造・育成を厳重に管理している。故に、一般市民が生きて動いているキメラ獣を目にする事は滅多に無い。
あくまでも、ごく普通に街で暮らしている、普通の人達だったなら・・・。
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「いや、この辺結構いるぞ?」
ナムはサラッと言ってのけた。
「しかもいろんな奴がいる。コイツみたいな獣型とか、植物型とか昆虫型とか。
ま、心配すんな。倒せねぇほど強ぇヤツは基地の周りじゃ あんま 出ない。」
シンディ・フェイは愕然となったが、コンポンはよくわからないらしい。
恐怖より好奇心が勝った彼は、倒れたキメラ獣に近づき腕の辺りをツンツン小突く。
「なぁなぁ、『めがてりうむ』ってなんだ?」
「大昔の地球にいたけど絶滅しちゃった すごく大きいナマケモノ だよ。
大人になったら5mくらいになる・・・って、待って待って待って!」
寄宿舎付の学校に行っていただけはある。フェイは歳の割には物知りで賢い。
すぐに事態の重さに気付き、深掘りをして聞いてきた。
「『あんま』って何?! 少しは出るの!?
なんで!? 太陽系のどの国でも、キメラ獣は専用施設で厳重に管理しているはずだよ?!
どーして外うろついてんのさ!? ほとんどみんな 肉食 なのに!!!」
「・・・理由はある。」
ナムは頭の後ろを掻きむしった。
「でも説明が面倒くせーから気にすんな。」
「いや、メッチャ気になるから、それ!!!」
喚くフェイを見ている内に、ふと まだ伝えてない事を思い出した。
新人達がやって来た日に、いろいろ教えた注意事項。一番先に言うべきだった、命に関わる重大な事を。
「悪ぃ、そういやちょこーっと言い忘れてた。
基地の周りにゃ『対キメラ獣ブービートラップ』がいっぱいだから。
ロディが造って仕掛けたヤツだから、ハッキリ言ってえげつねぇ。
勝手に外うろつくと、キメラ獣に 喰 わ れ る 前にトラップにはまって結局 死 ぬ ぞ ?」
「・・・。」
言葉を失う新人達が、さらに驚き戦慄する。
ロディがニンマリ笑ったのだ。
ごんぶと眉毛をイビツにつり上げ、小さな両目をギラギラさせて!
「でもコイツ、トラップ突破したから襲ってきやがったんッスよね?
だったらもっと強力なヤツ仕込まないと。ふっふっふ♪ 腕が鳴るッス!
・・・ところで、こいつ、喰 え る んッスかね???」
「 殺ってねぇよ! 顎下蹴り入れて脳震盪おこしてやっただけ!
カワイソーだろが、まだ子供なのに!
・・・まぁ、喰えなくはないだろーけど。
リーチェ姐さんに任せれば、サクッと解体して 晩飯 に・・・。」
「!?!?!? い"や"あ"あ"ぁ"ーーーっっっ!!!」
シンディが思わず絶叫した!
その時。
ピピッ!
通信機が鳴った。
ナムは首から下げてるペンダント、ロディは右腕の腕時計。
それぞれ見た目が通信機だとわからないよう、加工・改造を施している。
『Call。』
強制的に回線が開かれ、少女の声が聞こえてきた。
この一言から始まる言葉は 局長・リュイ の 指令 そのもの、逆らう事は許されない。
しかし、部隊の伝令係・モカはなぜか非常に言いにくそう。
戸惑いを隠せない小さな声で、「基地で一番偉いお人」が発した命令を口にした。
『 MC : 1D 、始動します。
詳細は各々のモバイルにデータ転送しますので、各自確認お願いします。
なお、本ミッションの 指揮官 は、リグナム・タッカー。
傭兵部隊は全員待機、カルメンさん、ビオラさんは基本バックヤードで指揮官のサポートに徹してください。
・・・との事、です・・・。』
「・・・ は? 」
ナムは思わず聞き返した。
寝耳に水とはこの事だ。