第1章 衛星都市マッシモの奇跡

2024年7月20日

死にに行ったようなものだった。
無国籍の傭兵だった父は、その仕事を「割のいい仕事だ」と言っていた。
連邦政府軍から支給された艦船に護衛部隊として乗艦し、金星宙域の安全確認をする。それだけの「いい仕事」のはずだった。
「この仕事は報酬がデカい。もっとマシな暮らしをさせてやれるぞ、待ってろよ。」
そう言って、嬉しそうに笑った父。
「あの日」。
父は多くの傭兵仲間達と出陣した。
そして、二度と帰ってこなかった。
父の「仕事」が「盾」だったのだと知ったのは、その日の夜TVニュースの速報を見た時だった。

「連邦政府軍金星宙域支部基地の防御艦隊『ビーナス』!
彼らは太陽系の端から飛来する星間ミサイルから衛星コロニー・マッシモを、見事護り抜いたのです!!!」

興奮気味に原稿を読むTV画面のニュースキャスターをただ愕然と眺めた。
「ビーナス・フォースの英雄」 。
後にそう名付けられた、存在しない艦隊の「殉職者」達を金星宙域中の人々が讃え、死を悼んで感謝する。
支払う気のない報酬に騙され、破棄寸前の艦船に乗せられミサイルの的にされた国籍のない傭兵達は、誰からも顧みられないまま闇の彼方に葬り去られた。

「こんな事があっていいのか!こんな事が・・・!!!」

兄の憤怒に歪んだ顔を、フラットは今でも夢に見る。
5歳歳上のフラットの兄は、外で遊び回る活発なフラットとは対照的に、家で静かに読書をしている事が多いとても優しい人だった。
しかし「あの日」を境になにもかもが変ってしまった。
親を失った少年達の生活はどん底を極め、兄は幼いフラットを守りながら生きるために戦った。
僅かな糧を得るために犯罪に手を染めねばならず、窃盗やスリ、時には強盗まで行った。
書物ではなく銃を手に取る兄の目は、どんどん険しく荒んでいった。
それがとても辛かった。

そして「あの時」。
フラットは「獲物」を手にして意気揚々と兄とねぐらにしている裏路地に帰った。
さるお金持ち家から盗んだ物だが、コレはただの「獲物」じゃない。
売れば大金になるはずだ。少しでも兄を楽にしてやれる。そう思うと心が躍った。
兄は「獲物」を一目見るなり目を見開いて驚いた。博学な彼にはその価値がすぐにわかったようだ。
しかし、次の瞬間。
兄の両手がフラットを力いっぱい突き飛ばした!
路地裏の陰には不法投棄で積み上げられたガラクタの山があちこちにある。その一つに突っ込み埋まった彼の耳に、鋭い銃声が聞こえた!
兄が倒れた。胸を撃ち抜かれて。
咄嗟に突き飛ばしてくれなければ、フラットも撃たれていただろう。
見た事のない男達が駆け付けてきて、苦痛に呻く兄を取り囲んだ。彼らが「地球連邦軍特殊公安局」だと知ったのは、ずっと後の話である。
黒いスーツ姿の連中の内、1人だけごく普通の背広を着ていた男が言った。
「こ、こいつだ。コイツに間違いない!!!」
男達の1人が銃を構え、何の躊躇いもなく引き金を引いた。
まだ息があった兄の頭が、フラットの目の前で粉砕した。

「早くこのエリアから出ないと 爆破 の時間が・・・!!!」

去り際、男達が残した言葉に恐怖を感じ、フラットは裏路地から逃げ出した。
そのほんの数分後。
フラットが兄と暮らした裏路地で、大爆発が起きた。

TVニュースのキャスターは後に「マッシモ動乱」と名が付くこの事件を、「希に見る凶悪犯罪」だと報道した。

「爆弾テロを企てたテロリストが治安部隊と交戦後、潜伏先地域の住民を巻き込み 自爆 した。」

そう告げるキャスターと一緒にTV画面に映し出された「首謀者」の写真は、荒みきった目をした 兄の顔 。
彼は突然命を奪われた上、やってもいないテロ行為の犯人にされて不当に断罪されたのである。

---☆★☆---☆★☆---☆★☆---

逃げおおせたフラットは、生き残った「金星解放自由同盟」の工作員からいくつかの事実を知った。
兄があの裏路地界隈を拠点としていた「金星解放自由同盟」の一組織に加入していた事。
その組織が「ビーナス・フォース」が偽造だと裏付ける証拠を集めるべく行動していたという事。
そして父の命を奪った惨劇の首謀者は、当時の マッシモコロニー付地球連邦政府補佐官の秘書 だと突き止めた事・・・。
それを知った兄は無謀にも単身、その秘書を襲撃したのだという。
襲撃は失敗に終わり、運悪く顔を見られた兄は指名手配されていた。
警察が兄を「金星開放自由同盟」の一員だと突き止めるのに、そう時間はかからなかった。
あの時の大爆発で、裏路地にいた者は・・・中には組織とはなんら関わりない者もいたはずなのに、全員抹殺されてしまった。
兄達が必死で集めた数々の証拠とともに。
すべてを失ったフラットはマッシモを出て、生きるために父と同じ傭兵となった。

(いつの日か、必ず 復讐 する!
黒スーツの男達に兄を射殺させたあの男。ヤツが兄が討ちそこなった父の敵で、連邦政府補佐官の秘書に違いない!
あの秘書だけは、例え刺し違えてでも絶対この手で 殺してやる !!!)

その悲しい誓いを支えに地獄のような戦場を駆け抜け、凄惨極まる「大戦」を戦い生き抜いた。
「大戦」が終わり、復讐の機会を求めてマッシモへ帰還。日銭を稼ぐ仕事をしていた彼に目をつけたのが、トルーマンだった。
かつて補佐官付秘書だった男は地球連邦政府特別自治コロニー付補佐官に出世していた。
ネビル・サンダースの秘書だと名乗る男の誘いを、断る理由は一つも無かった。

---☆★☆---☆★☆---☆★☆---

「マフィアと癒着、違法薬物の密輸出関与、テロ行為元凶となりうる不祥事。
全部バレたんだからね。 ネビル・サンダースの『土星強制収容所極悪人の墓場』行きは間違いないよ。
例外はない。そこに放り込まれたヤツらに待ってんのは、死んだほうがマシって程の過酷な強制労働の日々だけ。
リグナムの言うとおりだ。アンタが手を汚す必要なんてない、復讐なんて意味ないよ。」

佇むフラットに、カルメンが声を掛ける。
通称、土星強制収容所極悪人の墓場 と呼ばれる 地球連邦政府直轄特級犯罪者収容所「プロメテウス」。
土星の「輪」に存在する小惑星にある難攻不落の強制収容所で、そこに送られるのは希に見るほど凶悪な重罪を犯した者ばかり。
刑期を全うして出獄できる可能性は限りなくゼロに近い、地獄のような 監獄 である。
サンダースは悪名高い大マフィア・ネーロと癒着し違法薬物売買に手を染めた結果、300万人の市民をテロの危機にさらした。
そこまで腐った官僚が行き付く場所は、もはやそこしかないだろう。
「・・・。」
フラットは無言でサンダースを眺めていた。
白目を剥き、ビクビク痙攣して口から泡吹き失禁している。
無様な事この上ないなかった。

「あれ?あの野郎がいない!」

重く沈み行く格納庫内の空気は突然、ナムの声で破られた。
「えっ!?」
しんみりしていたビオラも慌てて辺りを見回す。
いつの間にかトルーマンがいなくなっている。ナムに顔が凹むほど殴られぶっ倒れたはずなのに、気絶してなどしていなかったようだ。
ナムは頭の後ろを掻きむしった。
「そういやアイツ、サイボーグ手術受けてるっぽかったな。
顔面も作りモンだったのかな~。殴ったくらいじゃダメージ小さかったかも。
顔面成形出来ないくらい蹴りでも入れときゃよかったぜ!」
「そんなのどうでもいいわよ!まずいわカルメン!一匹逃げてる!!」
血相変えて叫ぶビオラを、格納庫内に響き渡る男の声が嘲笑った。

『ひどいですね。裏路地の酒場じゃあんなに優しかったのに、今は一匹呼ばわりですか?』

格納庫の天井に取り付けられた古風な造りのスピーカーから、逃げた男の声がした。
カルメンとフラットが同時に天井を振り仰ぎ、ビオラもナムを背中に庇って電磁鞭を身構えた。
「俺、実力なら姐さん達よりあるつもりなんだけどな~。」
「おだまりガキンチョ!!!」
『やれやれ、威勢のいい事だ。君たちにはすっかり騙された。
特にそこの「ガキンチョ」にはね。その見た目でいっぱしの戦闘員とは恐れ入る。』
「ま、俺って強いからね♪」
ドヤ顔になるナムをカルメンが振り向き叱り飛ばす。
「図に乗るなおバカ!
おい、ネーロのチンピラ!こいつは戦闘員じゃない。まだ見習いの『諜報員』だ。」
『彼に倒されてそこに転がっている役立たず共は、一応戦闘訓練を受けているんですが?』
「それでも『諜報員』で、しかもただの見習いなのよ。許して上げてくれない?まだほんの子供なの♡」
ビオラも軽くシナを作って訴える。
『こだわりますね。まぁ、どっちでもいい事です。
私が「ネーロ」というのまでご存じでしたら、今後の展開はお察し頂けると思いますがね。』
マフィアの結束は固い。特にネーロ・ファミリーは血縁を重視し、強固な組織力を誇る。
自分達に害なす者は決して許さず、冷酷極まる「報復」をする事で知られている。
非常に危険で厄介な相手である。窮地を察したカルメン・ビオラが言葉を飲み込み黙り込んだ。
拡声器の向こうでトルーマンが嘲笑う。

『正直、君たちの実力は相当なものだ。「報復」は必要だが私一人では荷が重い。
お相手は「彼ら」に頼みましょう。』

ドォン!!!

「!!?」
格納庫の出入口、重い鋼鉄製の巨大な扉がいきなり歪んで吹っ飛んだ!
入ってきた人型は3体。夜の暗闇にそびえる巨体は昼間の酒場で会った「義腕の巨人」を思わせる。
しかしこいつらは義腕どころじゃなく、全身メタリックにギラついていた。
重機械人型ロボット兵士。
マシンガンやランチャー、電磁ソードを装備した2m超えの 「機械兵」 である。

→ 9.怒りと暴走のシルクハット へ

→ 目次 へ