第1章 衛星都市マッシモの奇跡
7.悪趣味嗜好の戦士、乱闘!
そして悪趣味なジャケットのポケットから何やら機器を取り出した。
手のひらサイズの小さな機器を軽く振り、よく見えるようひけらかす。
お陰でフラット達には機器側面にある赤いボタンまでよく見えた。
「これね、ロディが発明した超・高性能ボイスレコーダーなんだ。
さっきのやり取り一部始終、全部録音させてもらった !」
「なに!?」
顔色を変えるトルーマンを小気味よさげに見下ろすナムの指がボタンを軽く押す。
「はい、送信完了っと♪
後はウチのバックヤードがデータ確認して、然るべきところに通報してくれる。
これでその極悪面オヤジはナントカボンバーちゃんの握手会なんかにゃ、もう二度と行けねぇよ!
大マフィアのネーロ・ファミリーと結託して悪行三昧してたんだ。土星の強制収容所送りは確実だね♪
あそこ、死ぬほどキツイらしいぜ。それで良しとしときなよ。」
「・・・。」
白い歯を見せ笑うナムを、フラットは呆然と見上げていた。
手から変わり果てた姿になった愛銃が滑り落ちる。
銃は手品用玩具でない事を裏付けるように、コンクリートの床の上に重たい音を立て転がった。
「さってと。ずらかろうぜ、フラットのオッサン。
マッシモの警察、昼間の騒ぎで神経質になってるからさ。騒いでっとすぐ駆けて来ちまうぜ。
・・・おっとその前に!」
ヒュン!
ナムの棍棒が空を切り、切っ先がトルーマンに突きつけられる。
「そこの眼鏡!てめぇは一発殴らせろ、カルメン姐さんの酒場で俺の舎弟を盾にしやがった礼だ!」
「・・・これは・・・驚いたな・・・。」
トルーマンが掠れた声で感嘆した。
「君は・・・諜報員か?何をドコまで知っている?」
「ほぼ全部ってトコかな。」
ナムは肩をすくめて見せた。
「そこで無様にひっくり返ってる連邦政府地方自治補佐官が、事も有ろうか大マフィア・ネーロ・ファミリーと結託。
ネーロに『契約金』を支払い、組織力で『金星解放自由同盟』の活動を抑止してもらう。
一方で、ネーロ・ファミリーの傀儡会社『コークス&イーブカンパニー』が金星の裏鉱山でMPクリスタルを採掘してんの目こぼしして密輸入を黙認、見返りとして、『口止め料』をもらう。
最初は良かったかもしれないね、Win・Winで。でも、マフィアがフェアな取引なんかしねーよな。
金で関係深めて逃げられなくしといてから徐々に締め上げ食い尽す。・・・そんなトコだろ?
『契約金』だの『口止め料』だの、いちいち金のやり取り突っ込んでんのも汚ぇ手口の一つ。説明できない金の流れがちょっとでもバレりゃ、破滅するのは官僚の方だ。アンタら、そんな感じでサンダース脅して『契約金』、つり上げたんだ。
ついでに『金星解放自由同盟』のテロ組織相手にMPクリスタルを売りさばき、テロ組織はそれを転売して資金源にする。
これで奴らの活動にも上から目線で口出しできるってワケだ。容易く手綱が引けただろーね。」
ナムの口上を聞いてる内にトルーマンの顔がみるみる青くなっていく。
狼狽を隠せないその表情には「こんなガキが?!」という驚愕があった。
「ま、今はそんなんどーでもいいや。とにかく一発殴らせろ!
カルメン姐さんの酒場襲ってきた連中、『ラプラス』だろ?!てめぇ狙った奴らの狙撃、俺の舎弟で凌ぎやがって!
ふざけんじゃねぇぞ!大根役者の三下野郎!!!」
青ざめていたトルーマンの顔に一気に血の気が戻ってきた。
「 撃て !!!」
鋭い叫びに手下のマフィアが一斉に銃口を上に向けた!
ボシュ!ボシュ!ボシュ!
電磁銃の光弾が、梁の鉄骨着弾箇所を赤く染め上げ熔解する。
「止めろ!」
自らも銃を抜き構えるトルーマンに気付き、慌ててフラットが飛びかかる。
しかしアッサリ振り払われた。
細身の体躯に見合わない怪力にもんどり打って地面に倒れ、身体をしたたか打ち付けた。
「へー、パワーあるじゃん。サイボーグ手術受けてんのか。」
突然、頭上で声がした。
倒れたフラットが見上げたそこに、不敵に笑うナムがいた。
「いつの間に!?」
「さっきだけど?」
ナムが地面を蹴って走りだす!
一番手前にいたマフィアが みぞおちに喰らった棍棒の先に、血反吐を吐いてぶっ倒れた。
その隣にいた奴が、驚く間もなく足を払われ横なぎに振られた鋭い一打に声も出せずに撃沈する。
真上からの踵に打たれ崩れる奴のすぐ横で、顔側面に蹴り入れられた奴が真横に吹っ飛んだ。
動きが速くて狙えない。 誰も銃のトリガーを引けず、次々なぎ倒されていく。
この光景を見るフラットは、胸に沸く不穏な感覚に酷く狼狽え、戦慄した。
(俺はこの光景を見た事が、ある?
いや、あの少年とは今日初めて会った。それだけは間違いないはずだ!
しかし、この感じは一体何だ?!身体の底からざわつくような・・・。
・・・恐怖?! まさか俺は、怯えているのか・・・!?)
ふと視界の端に気配を感じた。
首を巡らせて見ると、トルーマンがジリジリと後ずさっていた。
格納庫の大きな出入口は閉じられ施錠されている。その横にある通用口を目指しているようだ。
パッと踵を返して走り出す。
しかし、上質の革靴を履いたその足はむなしく宙を空回った。
「逃がすわけ、ないっしょ?♪」
トルーマンの背広の襟首をガッチリ掴んだナムが笑う。
至極陽気で楽しげな、残忍極まる笑みだった。
バ キ ッッッ !!!
裏路地の酒場で女2人が過激に取り合い火花を散らした美貌が歪む。
強烈な一打が奏でた音に、森から再び鳥達が飛び出し夜空に向かって羽ばたいていった。
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人なつっこい笑顔は変らない。
ナムは大して疲れた様子もなく、立ち上がろうとするフラットに手を差し伸べた。
「とっととずらかろうぜ。外にも結構ゴロツキ連中がいるんだ。援軍来ちまう。」
「・・・。」
フラットはおとなしくその手に掴まった。
この少年がただ者ではないのはわかっていた。
さっきの戦いぶりでさらに強く確信した。かなり高度で特殊な訓練を積んでいる!
(コイツは「戦士」だ 。しかも並の力量じゃ、ない!
俺としたことが、なぜ今まで気付かなかったのか・・・?)
不思議に思うフラットの目にナムの悪趣味なジャケットとTシャツが飛び込んできた。
(コレだろうな、理由は・・・。)
思わず苦笑した。こんな非常識な出で立ちの子供の素性を見抜ける者などほとんど居まい。
宇宙人でも見るかのようなうろんな目をする者ならば、それこそ大量にいるのだろうが。
バチッ!
何かが爆ぜる音がして、突然世界が暗転した。
「高度な訓練を積んだ」2人は言い合わせた様に横に飛び、コンテナの裏に飛び込んだ。
「うわ、援軍来たし。」
ナムはジャケットの内ポケットから小型の暗視スコープを取り出した。
トルーマンが逃走に使おうとしていた通用口から銃を構えた男達が侵入してきた。左右に散開する様子が見える。その数ざっと10人強!
「そんな物まで持ってるのか?!お前、本当に何者だ!?」
「俺? 諜報員。」
「嘘つけ!ただのスパイが銃を持ったマフィア相手にあれだけ戦えるワケないだろう!?」
「・・・鍛えられ方が余所とは違うんだよ。」
なぜかナムの声には苦々しいものがあった。
「さて、どうすっか。
って、考えるだけ無駄だな。強行突破っきゃないっしょ!♪」
「・・・おい、無茶言うな!」
スコープを借りて状況を見ていたフラットが呆れたように意義を唱える。
「他に手はないし?」
「・・・なんで嬉しそうなんだ。」
「何とかなるさ。さっきの連中も傭兵崩れってワケじゃなかったし。
地方都市でセコイ悪事働いちゃってるチンピラマフィアくらい、どーってことないって!♪」
「・・・。」
陽気にサムズアップするナムに、フラットは酒場で死んだ(と、まだフラットはそう思っている)ごんぶと眉毛の弟分を思い出した。
よく諦めた表情で肩を落としていた。彼の苦労がしみじみ察せられる。
「よっしゃ、行くぜぇ!!!」
武器の棍棒を構えなおし、気合い充分のナムがコンテナの影から飛び出そうとしたその瞬間!
バチッ!
再び音がして、格納庫内の中央、一カ所だけがスポットライトを当てたように明るく照らされた。
「へ?」
出鼻をくじかれナムが固まり、入口付近のコンテナに身を潜める新手のマフィア達も目を見張る。
光の中に、女が1人立っていた。
驚いた事に 半裸 である。元はタンクトップと思われる着衣が引き裂かれ、白い素肌が顕わになっていた。
両手で隠す胸の双丘は今にもこぼれ落ちちゃいそう。垣間見えてる深い谷間が魅惑的に震えている。
当然、男達の目線はそこに集まり、ほぼ例外なく釘付けになった。
「助けて・・・♡」
女がゆっくり顔を上げた。
男達が息を飲む。怯え震えるか弱い女は目が覚めるように美しかった。
輝くストロベリーブロンドの髪が波打ち、アメジストの瞳には真珠のような涙が宿る。
バラ色の唇は艶めかしく半開き。何か言いたげに戦慄いて男達を誘っていた。
「私、怖い・・・。お願い、助けて・・・♡♡♡」
女がよろばうようにマフィア達の方へと歩き出す。
おぼつかない足取りの、謎の女がフラリとよろめき倒れかかったその瞬間。
物陰に潜んだマフィア達が、目を血走らせて飛び出した!
ひゅん!
乾いた音が空を切った!
下心満載の親切心で手を差し伸べる男達が仰け反った。身体をビクビク痙攣させて次々床に沈んでいく。
女の手に握られた「電磁ムチ」の威力である。細くしなるファイバー製コードに高圧電気を流したムチ先で、コンクリートの床をピシリと打った半裸の美女が艶然と笑う。
不信な女に惑わされなかったまじめな(?)マフィア達も多少いる。彼らは仲間の異変に気付き、慌てて銃を構え直した。
しかしトリガーを引く間は少しもなかった。利き腕に走る激痛に為す術も無くうずくまる。
闇に紛れたスナイパーの存在に彼らがようやく気がついたのは、最期の1人が撃ち抜かれ殲滅させられた瞬間だった。
「うっわ、来やがったよ面倒くせぇ~・・・。」
突然の事に呆然となるフラットの横で、うんざりした面持ちのナムが肩を落として項垂れた。
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裏路地酒場のウェイトレスだったはずのビオラはナム達に背を向け、ホットパンツのポケットから何かを引っ張り出した。
黒地のセクシーなストラップレス・ブラ。慣れた手つきで胸元を覆い、破れたタンクトップを脱ぎ捨てる。
「これブランド物で結構高かったのよ。アンタ後で弁償してよね!」
「へーへー。」
生返事するナムは「スパーン!」と頭をどつかれた。
張り倒された首が「ゴキ!」と鳴るほど強烈な、容赦無い平手打ち。痛いなんてモンじゃない。目から火花が飛び散った。
「てめぇ野蛮女!なにすんじゃい!」
「喧しいクソガキ!ま~た勝手に暴走しやがって!
ちょっと目ぇ放したら面倒ばっかり! いい加減にしろこの未熟モン!!! 」
照明の光が届かない闇の中から改造ライフルを肩に担いだ別の女が現れた。裏路地酒場の女店主カルメンだ。
「頼んでねぇよ!全部済んで帰るとこだったのに!
だいたいアンタら、何してたんだよ今まで!
酒場ぶっ潰れた後、一緒にサクッとバックレやがって!またどっかで男漁ってたんだろが!」
「し、しつれーね!まじめに仕事してたわよ!」
「そ、そう!私らは局長の命令でちゃ~んとコークス&イーブカンパニーの内状を調べたんだぞ!」
「ウソつけ!そんなんバックヤードのモカがアイザックさんのデータ分析するだけでもできるじゃんよ!
さては コークス&イーブカンパニーの社内にイケメン野郎がいたんだな?!そいつ取り合って無駄なバトルかましてたな!?」
「はぁあ?!違うし!ナニ言ってんのよアンタ!!!」
「男日照りの色ボケみたいに言うな!このスットコドッコイ!!!」
・・・ ゴホン !
わざとらしい咳払いが激昂した3人を我に返らせる。
酒場で見たあの喧しいだけの無駄な口論。その再現を阻止したフラットは、カルメンのライフルを眺めながら聞いた。
「お前、あの時の狙撃手だな?裏路地で車を破壊した・・・。」
「あら、バレた?」
カルメンは舌を出しておどけるついでに、「トリガーハッピーがよく言うぜ」と小声でつぶやくナムの足をヒールの踵で踏んづけた。
「悪いけど、アンタの復讐はとめさせてもらうよ。
あんな奴でも連邦政府地方自治補佐官、手を出したらただじゃすまない。
・・・でもアンタの気持ちはよくわかる。
あの腐ったゲス野郎は、アタシが撃ち殺してやりたいくらいだ!」
「・・・。」
フラットは何も答ず押し黙った。
その様子を見ていたナムが、小声でビオラに聞いた。
「あの人の事情、判ったのか?」
「ついさっきね。アイザックさんが手に入れた情報よ。
彼の父親は『ビーナス・フォース』の犠牲者、お兄さんは『マッシモ騒乱』で命を落としているわ。」
「『ビーナス・フォース』? 『マッシモ騒乱』? なんじゃ、それ?」
「呆れた!あんたミッション前にモカが用意した資料、読まなかったの?!」
「ンな時間なかったじゃんよ!昼飯も食ってるヒマ無かったんだぜ!」
「一食くらいなによ!諜報員は情報が命でしょ?!ったく、コレだからアンタときたら!!!」
怒ったビオラにつまみ上げられたナムの耳に、フラットのつぶやきが聞こえてきた。
「・・・先の『大戦』で敵の星間ミサイルが金星宙域を襲った時、宇宙艦『ビーナス』が盾になる形で衛星コロニーマッシモと市民を護って 撃沈 。
戦後マッシモで爆弾テロを実行した『金星解放自由同盟』の組織が連邦政府軍に追い詰められ、貧民街に立て籠もった上、住民を巻き込み 自爆 。
・・・用意した資料とやらには、そう書いてあったか?」
暗く沈んだ冷たい声に、カルメンが首を横に振る。
「いや、アタシたちのような裏社会の人間で、そんな与太話に騙される奴はいないさ。
『金星開放自由同盟』の爆弾テロは、『ビーナス・フォース』の真実を隠す 偽装 だ。
あの宇宙艦隊『ビーナス』には、地球連邦政府軍の正規軍人なんて1人も乗っちゃいなかった。
乗っていたのは、マッシモ自治政府が金で雇った 無戸籍の傭兵 達。
・・・あんたの父親も、その1人だった。」
敵のミサイルの盾になった とは、そういうことなのだ。