第1章 衛星都市マッシモの奇跡

2024年7月20日

裏路地では大混乱が続いていた。
警察とマスコミは群がる野次馬をかき分け熱心に仕事に励んでいたが、消防隊は不真面目千万。目の前で火を噴く建屋の残骸にちょろちょろ水を掛けてはうろつくだけで、被害者の有無を確認している気配がない。
(まぁ、そうだろうね。)
裏路地チンピラ兄弟の兄貴分・ナム は、密集した建屋の屋根上を軽やかに渡り歩きながら、その様子を眺めていた。

(この辺りにはもう誰も住んでないもんな。
マッシモ自治政府が再開発だとか言って、住んでる連中無理矢理立ち退かせた無人の貧民街だ。
被害者なんかいるわけねーよ、だから派手に暴れられたんだから。
・・・だからってロケットランチャーは無ぇよな~。
何が「ハニー♡」、「ダーリン♡」だ!あの夫婦、マジで頭がイカレてるぜ!)

脳内でブツブツこぼしつつ、人目を避けて薄暗い路地に飛び降りた。
その途端、大都市の裏路地にありがちな荒んだ光景が目に飛び込んできた。
路上に転がる違法ドラッグの空容器 。
ナムは露骨に顔をしかめ、容器を乱暴に踏みつぶした。

すぐ近くにはひっそりと建つ平屋がある。
裏路地では余り日が差さない。注意してよく見ないとの見過ごしてしまう小さな建物の裏手に回ると、地下へ降りる階段がある。
降りてすぐの鉄製扉を開けるなり、何かが顔を目がけて勢いよく飛んできた。
咄嗟に片手で受け止めた。
某有名製薬会社の消臭スプレーだった。ボディには大きな文字で「頑固な悪臭、一毛打陣!!!」と書かれていた。

「匂いますよ、ナムさん! 使ってください。」


元気な明るい声がした。
かなり広い地下室内のコンクリート打ちっ放しの床の上には、機器類がゴチャゴチャととっ散らかっていた。
何に使うのかさっぱりわからない機械に囲まれ、ごんぶと眉毛の少年 が陽気に笑いかけている。
「よぅ死人!もう生き返ったのか?」
「茶化すのは止めてくださいよ。痛かったんスから。」
ロディは電磁スパナを軽く振ってみせ、ニヤニヤ笑う兄貴分から目の前の機械に目線を戻した。
さっぱりとしたグレーのつなぎに着替えた彼は、小柄ながら引き締まった体つきになっている。すぐ近くには浮浪者風の小汚い衣類と、不格好なボディスーツが脱ぎ捨てられていた。
実弾マジだま喰らうのは予定外ッスけど、俺が発明した『肉襦袢式防護服』ならへっちゃらッス! 」
「お前はもともと早めに退場する予定だったしな。
でも俺がバレるのはちょっと早かった。もうちょっとあのオッサンにくっ付いときたかったな~。」
消臭スプレーを全身に振りかけながらナムがぼやく。
「何言ってんッスか、通信機で聞いてたんッスよ。
あんだけベラベラ話しといて怪しまれない方がおかしいっしょ。」
「でも俺いい演技してたろ? 弟に死なれて悲しむ悲劇の兄貴役。」
「お涙頂戴モンでした。でもその後が悪ぃッスよ。『局長』にバレたら鉄拳制裁確定ッス。」
「チクんなよ、ロディ!」
兄貴分の懇願に、ロディは苦笑いして肩をすくめただけだった。

スプレー缶に書かれたキャッチフレーズはどうやら嘘ではないらしい。体中に纏わり付いていた下水の匂いは綺麗さっぱり消えてくれた。
代わりに鼻孔を刺激したのは、何ともステキないい香り。 ナムは地下室中央に据えられた簡易テーブルに目を付けた。
「お、いいもんみっけ♪」
テーブルの上には大きな籐のバスケットが置かれていてる。イソイソ駆け寄り開けてみると、美味しそうなサンドイッチがぎっしり詰め込まれていた。
香ばしく焼いたパンにスパイシーなローストビーフを新鮮なレタス、オニオンスライスと一緒に挟んだ極上品。心が躍る光景に、疲れが一気に吹っ飛んだ。
「ベアトリーチェさんのお手製ッス。
全部喰わないでくださいよ! 俺もまだ手ぇ付けてないんッスから!」
「怒らすとロケットランチャー振り回すとこさえなきゃ、家庭的でいい女なのにな、あの人。」
ナムがサンドイッチに手を伸ばした時、再び顔目がけて何かが飛んできた。
キャッチした手がほどよく冷たい。いい感じに冷えたオレンジジュースの缶だった。

「サンキュー、モカ!」 

部屋の隅に設えられた折りたたみ式の小さなデスクでノートPCと向き合っている小柄な少女。
大きなベージュのキャスケットを目深にかぶる モカ と呼ばれたその少女が、軽く手を振りナムに答えた。
態度がなんだか素っ気ない。 ジュースを投げ寄越してはくれたものの、振り向く余裕はないらしい。
PC画面にのめり込むようにして作業に打ち込む彼女は、何やら非常にせっぱ詰まっていた。
ナムは小声でロディに聞いた。
「・・・モカ、どした?」
「 サンダース補佐官のプライベートPCをクラッキングしたアイザックさんから、データの送信があったんッス。」
「おー、下水の洪水に負けずに自分の仕事やり遂げたワケね。さすが天才ハッカー!
アイアン・メイデンも無事か?」
「それ、サムさんの前で絶対に言わないでくださいよ。殺されたって知らないッスからね?
で、送られたデータにはわざわざロックが掛かけられてて、解除するためのパスワードが・・・。」
「パスワードが?」
「キューティーボンバーの女の子達のスリーサイズ合計 ×カケ ヨハンナって子の靴のサイズ(真実)ッス・・・。」
「いや、知らんわそんなモン!」
とはいえ、送られてきた必要データが見られないのではお話にならない。
それでモカはノートPCにかじりつき、必死で情報収集してるのである。
JKアイドルのスリーサイズも足のデカさも、ファンじゃなければどーでもよすぎるクズ情報。
アイドルオタクのお茶目に付き合うモカが少々、哀れだった。

「しゃーねぇな、遊んでる場合じゃないってのに。」
ナムはテーブル前の椅子に腰掛け、大きなサンドイッチにかぶりついた。
シャキシャキした新鮮野菜の食感と一緒に ローストビーフの濃厚な旨みが口の中で炸裂した。震えが来るほどメチャクチャ美味い。
「く~~~! うめぇ!!!
・・・今回の仕事、結構大がかりになってきたじゃん。
プロの武装組織に襲撃されたし、あの極悪面オヤジも誰かに拉致られたっぽいぞ。」
「そッスね。酒場で襲われた時はマジヤバかったッスよ。
リーチェ姐さんが機転聞かせて助けにきてくれなきゃ、俺達も危なかったッス。」
「ロケットランチャーぶっ放すのが機転かよ!
・・・って、しっかし襲ってきたヤツら何モンだ?オヤジ拉致ってったのアイツらかな?」
「それはどうッスかね。」
二つ目のサンドイッチに手を伸ばすナムに、ロディはキラキラ光るものを投げてよこした。
「十字架?」
「トルーマンって秘書の野郎のッス。
サンダースのオッサン連れてったのそいつッスよ。俺、見てましたから。」
「これ、よく盗ってこれたな。」
「あの野郎、酒場で狙撃された時俺を盾にしやがったんッスよ!
お陰でテオさんのフェイク銃か、マックスさんの手加減した指弾で死んで『退場』の予定だったのに、マジ弾喰らっちまった。『肉襦袢式防護服』着てなかったらホントに死んでたところッスよ!
んで、ささやかな仕返しのつもりで盗ってきたんスけどね。何が『神よ~』だっつの、笑っちゃうッスよ。
通信機じゃないッスか、それ。」
「ほー、やっぱしあいつもどっかの スパイ だったってことか。」
「俺らの同業者かもッスね。
あ、中身はモカさんに渡してあるンッス。今調べてもらってるトコッス。」
ちぎれた鎖をぶら下げた小さな十字架は、頭の部分がぽっかり空いて中身が空洞になっていた。
「俺らみたいなんがお仕事がんばれちゃうこのご時世、荒んどりますなぁ~。」
ナムは十字架を肩越しに放り捨て、三つ目のサンドイッチに手を伸ばした。

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ナム達は 諜報員 。いわゆる「スパイ」である。
高額な報酬金で依頼を受け、諜報・工作活動を行う彼らのような「チーム」は太陽系内に幾つも存在する。
単独で依頼を受ける者、隊長を中心に軍隊並みの組織を築く者、有力者に雇われ飼われる者。形態は様々で、 その需要は尽きる事がない。
「人類史上未曾有」と言われた「大戦」が終結して10年。
今なお荒む太陽系内の治安を背景に、彼らは裏社会を暗躍し続けている。

「都市民を人質に脅されている。内密に、脅迫者を排除して欲しい。」

そう言って、金星地域植民コロニー・マッシモ付地方自治補佐官サンダースは、救いを求めてマネーカード50枚(5千万エン)支払った。
事態収拾に向けた工作と、それを成し遂げる為の諜報活動。
それが今回ナム達諜報員達に下された、上官からの「指令」だった。

「詳しい事な~んも話さねんだけどもよ、なんかかなりヤバいっぽいわ。
急いでるらしいから、サクッと明日までに片付けよろしく。任せたぜ!」

影で「禿ネズミ」とあだ名される エメルヒ統括司令 はそう言ったきり、TV電話をガチャ切りした。
つまり、ミッション完遂するための詳しい情報がまったく無い。
お陰でサンダースの近辺を調査すると同時に「脅迫者」を割り出すところから始めなければならなかった。
サンダーズの個人PCをハッキングすると同時に、ナムとロディが彼と接触。
仲間に襲わせ揺さぶってこれはという情報を聞き出し、あわよくば依頼者本人をエサにして脅迫者をおびき寄せる。
車が 爆発・炎上 したり、裏通りの街が ほんの一部・・・・・ 壊れたりしたのは、ちょっとした「遊び心」。 無茶苦茶な作戦だがマッシモ300万人の市民の命には代えられない。
それで、得られた情報は二つ。
PCのメールから得た「明日の朝起こりうる派手なテロ行為」と、ニセ暗殺者に追い詰められたサンダースが口走った「どっちの者だ?!」という台詞。
彼には少なくとも、二つの「敵」が居るのだ。カルメンの酒場を襲ってきたのも、そのどっちかの敵さんだろう。
後は部隊のバックヤードを取り仕切るモカが、得られた情報とアイザックから送られてきたデータを解析して上官に指示を仰いでくれる。
次の「司令」が下るまでナム達は待機。
ヨハンナちゃんとの靴のサイズがわからない以上、待機の時間は思いの外長くなりそうだった。

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口いっぱいにサンドイッチを噛みしめるナムは、さっき別れた無戸籍のボディーガードに思いを馳せた。
(あのフラットってオッサンは、サム姐さんを知っていた。
酒場でテオさんの正体も見抜いたし、義腕の巨人マックスさんも見知っていた。
まず間違いないだろうな。あの人は 元・「傭兵」 だ。)
報奨金を得る為に戦う雇われ兵士である。先の「大戦」時は太陽系中にこんな稼業の連中がたくさんいたという。
凄惨極める戦場において猛者として名を挙げた者も多く存在した。
裏路地酒場で乱闘したテオもマックスも凄腕の傭兵だし、鋼鉄の処女アイアン・メイデンに至ってはその名を耳にしただけで、敵小隊が逃げだすそうだ。
フラットもまた結構な腕前だった。きっとどこかの「戦場」で、彼らと相まみえた事があるのだろう。


ナムはノートPCと向き合うモカの背中に、遠慮がちに声を掛けた。
「モカ、ゴメン。手が空いたらでいいから、発信器Dの追跡よろしく!」
モカが片手で「OK」のジェスチャーを返す 。まだ返事をする余裕はないようだ。
4つ目のサンドイッチに手を伸ばすナムに、ロディが苦情を申し立てた。
「もー、何個喰う気ッスか?全部喰わないでくださいよ、俺、まだ一つも喰ってないんッスから!
って、ナムさん、発信器Dって誰に取っつけたんッスか?」
「フラットのオッサン。な~んかあの人、気になるんだよな。
主が拉致られたってのに、心なしか喜んでたように見えたし。」
「喜んでたんスか?なんで???」
「さぁ・・・?」
曖昧な返事を返し、サンドイッチにかぶりつく。
深い事情がありそうな無戸籍の元・傭兵。それを用心棒にする腹黒政府官僚と、彼を狙う謎の武装集団。
このミッション、何やらきな臭くなってきた。
「こりゃ、『傭兵』部隊の出番かな。今回のコード、何?」
レーザーメスで機器の配線を焼き切る作業に打ち込む舎弟に、ナムは聞いた。
2Cツーシーッス。 ミッションコード:2Cツーシー 。」
そう言って、ロディはレーザーメスのスイッチを切り、再びスパナを手に取った。

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ナム達が請負う「仕事」には、部隊独自の ミッションコーMCド が付く。
部隊を率いる上官の判断で決まるこのミッションコードは、数字とアルファベットの二桁のみ。
一桁目の数字は危険度・重要度を表し、二桁目のアルファベットは依頼者を表す。

 一桁目
  1・・・ごく簡単な諜報のみの作業
  2・・・少し複雑・もしくは諜報対象が複数ある事案
  3・・・軽犯罪組織が関わる事案での諜報活動
  4・・・ヤクザ・マフィアなどが関わる多少ハ-ドな諜報活動。
  5・・・国際テロ組織・国家の内政でのゴタゴタに関わる諜報活動。

 二桁目
  A・・・地球連邦政府からの依頼。(ガバメントオーダー)
  B・・・独立国家レベルからの依頼。(ガバメントオーダー)
  C・・・公共機関。植民コロニーや市町村からの依頼。
  D・・・民間企業・組織。
  E・・・一般民間人。

例えば「会社内に産業スパイがいる。洗い出して欲しい」であれば、コードは1Dワンディとなり、「スパイの洗い出しと、黒幕の調査」となれば2Dツーディとなる。
今回コードは2Cツーシー
「公共機関からの少し複雑な依頼」と言う事だ。

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2Cツーシー? そりゃないだろ、武装集団出てきてんだぜ。
エメルヒの禿ネズミだってかなりヤバいっつってたじゃん。」
「『局長』の判断は「2」ッス。」
「・・・あ、そ。」
局長 とは、部隊を率いる「上官」の呼び名である。
ナムは急にふてくされた。

苛立ち紛れに飲み干したオレンジジュースの缶を床投げ捨てる。
コンクリートの床に空き缶が落ちる乾いた音に、ふとさっき路上で見た光景を思い出した。
「そういや外にドラッグのカスが落ちてたぞ!この辺、売人いるんだろ?!」
スパナで細かいネジを締めていたロディが「また始まった」といった表情になった。
「独断と暴走は控えてくださいよ、ナムさん。」
「判ってンよ!
でも人に薬売ってるヤツが近くにいるだけで苛つくんだ、しょうが無いだろ!」
「我慢してくださいよ、このミッションが終わったら薬の売人狩りでも何でも付き合いますから。
ミッション中に勝手な事したら、まぁた『局長』からこっぴどく制裁さちまうッスよ?巻き添え食うのはゴメンッス!」
「んだよ、局長局長って!」
「局長の命令は 絶対 ッス。知ってんでしょ!」
「・・・ちっ!」
ナムは舌打ちをして椅子の背もたれにふんぞり返った。
「あの冷血暴君、気に入らない事あったらす~ぐぶん殴りやがるからな~!
冗談じゃねぇよ、偉そーに!
いつか絶対ぇ、あのスカした面ぶん殴ってやる!!!」
「ちょ、何言ってんッスかナムさん!聞かれでもしてたら・・・」
ロディがアタフタとつなぎのポケットからスティック状の機器を取り出す。
盗聴盗撮機カウンター。
市販の物から軍御用達の高性能機器まであっという間に暴き出す、ロディ製作の諜報機器探知機である。

「げ!3個もある!」
「ぅお! マジか?!」

ナムは慌てて立ち上がり、全身くまなく確かめた。
米粒くらいの諜報機器が見つかった。 ジャケットの襟に1つ、内ポケットに1つ、スニーカーの踵に1つ。ナムがフラットに取付けた「発信器D」と同じタイプの物である。
間違いなく、仲間の誰かが取付けた物。ミッション開始から今まで取った行動は、しっかり監視されていたようだ。
「発信器A・BとFっすね。Fは盗聴機付きのヤツッス。
今の暴言、聞かれたッスよ。俺、知りませんからね!」
「・・・。」
盗聴・盗撮は本来卑劣な犯罪行為。しかし彼らの場合は取付けられた方がマヌケ。
仮にも諜報員なら、気付くべし。
それが情報を盗んで報酬を得るナム達 諜報傭兵部隊 の 常識 だった。

 ♪♪♪ 見つめてあ~いら~ぶゆっ♡
      きゅんきゅんま~いだ~ぁり~~~ん♪♪♪

「ひぃ?!」

コンクリートの床にたたきつけた発信器を踏みにじっていたナムはロディと一緒に飛び上がった。
突然、大音量で響き渡った女の子達の可愛い歌声。
何事!?と振り向いてみると、ノートPCと向き合うモカが身を縮めて固まっていた。
どうやらアイドル狂の変態ハッカーから送られたデータのロックが解けたらしい。
PC画面には「RIGHT!(正解!)」の文字が、躍っていた。
「モカ・・・大丈夫?」
モカは何度もコクコクうなずいた。驚きの余り言葉を無くしているようだ。
「ロック解除と同時にアイドルの曲が流れるようにプログラムされていたンっすねぇ・・・。」
苦笑するロディが駆け寄りPCの画面をのぞき込む。
やっと開いた圧縮フォルダに入れられていた情報ファイルは全部で4つ。その内一つが開かれている。
「うわ、さすがアイザックさん。マッシモ中央銀行の『裏』サーバーからデータ盗んでる!
ナムさん、サンダースの口座にスゲぇ大金が振り込まれてるッスよ!
振込元は企業ッスね。コークス&イーブカンパニー。マッシモの金星地下鉱物採掘会社ッス。」
映し出されているデータは、金融企業が必ず一つは隠し持っている(?)『裏』サーバーに記録された、決して公には出来ないマネーカードのやり取りだった。
月1回~多くて3回。1回の額は1枚100万エンのマネーカードが10枚前後と、かなり大きい。
振込はつい最近まであったようだ。おそらく何かの賄賂だろう。
連邦政府官僚が企業からの献金を受け取る事は厳重に禁じられている。どうりてサンダースがナム達のような裏稼業の者を頼りにするワケだった。

ロディが次の情報ファイルを開くと、今度はコークス&イーブカンパニーについての資料だった。
金星に小さな鉱山を持ち、業績は中の上と言った所の中小企業で、資産はざっと1億強。
社員は20名程度で男性が多く、数少ない女性は全員若く20代前半。なんとみんな社長の愛人なのだという。
「最後の情報、いらなくないッスか?・・・ってあれ?
この資料見る限りじゃ会社が持ってる金星の鉱山、3年前から何も採掘してないみたいッスよ。」
これはおかしい。鉱山を経営するくせに鉱物を採掘しない会社が、毎月1,000万エン以上のマネーカードをサンダースに振り込めるはずがない。
「何かのダミー会社なんだろうな。それもすっげぇ悪党とみたね。」
ナムは諜報機器を外したショッキングピンクのジャケットをはおり直した。
「あー・・・。ナムさん、ビンゴッス。」
次のファイルを開いたロディがPC画面から顔を上げる。
ファイルの内容はコークス&イーブカンパニーの取引先一覧。ありふれた中小企業の社名に混じって裏社会ではかなり知られた会社の名前が見受けられた。
「傀儡会社の名前があるッス。こいつら 『ネーロ』 ッスわ。」
「はい、来ました 大 悪 党 !
太陽系一のマフィアと手ぇ組むとは、やるねぇあの強面オヤジ!」
ナムはにやりと笑った。

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 ネーロ・ファミリー は、地球・欧州の一国を拠点として暗躍する 大マフィア 。
武器の密輸、人身売買、海賊行為から反社会組織のテロ支援。犯罪と名の付く事件の裏には必ず関わっていると噂される 犯罪組織 である。
その勢力は太陽系中に及び、あちこちの国や植民コロニーにある傀儡の会社を隠れ蓑にして悪事を働く。
裏社会に国境なき帝国を築くとんでもない巨悪だった。

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「あ、モカさん、十字架の通信データ、抽出できたんッスね。」
ロディが再びPC画面をのぞき込む。
「ビンゴ!あの銀縁眼鏡の通信相手だった奴の居場所がわかったッスよ!
中央都市郊外の コークス&イーブカンパニー敷地内 ッス。」
「ってことはあのトルーマンってヤツ、ネーロのマフィアか?・・・フラットのおっさんは?」
「間違いなく、この場所目指して移動してるッスね。」
カーソルを叩いて切り替わったPC画面には、地図上を移動する小さな光の点が表示された。
画面上に表示された地図の上を、中央都市郊外へと移動していく。
「移動速度が速いッスね。車を使用しているみたいッス。」
ロディは画面を切り替え、最後の資料ファイルを開いた。
コークス&イーブカンパニーがよろしからざる取引先に売りさばいた商品の一覧だった。
その内容をひと目見て、ロディが目を剥き驚いた!

「違法薬物の取引記録?! コークス&イーブ、覚醒剤密輸してんッスか!!?」

「・・・ロディ君!!!」
すぐ横で悲鳴に近い声が上がった。
モカがロディの腕に手を掛け、 キャスケットから除く大きな瞳で必死に何かを訴えている。
ロディは自分の迂闊さを悟った。
慌てて画面に表示されているファイルを見ると、羅列されたデータの端にこんな一文が記されていた。

『くれぐれも、ナムっちには見せちゃだめだよん♪ 
                BY アイザック』

(・・・しまった!!!)

ロディは部屋の中央、簡易テーブルに振り向いた。
ナムがいない。
彼が座っていたはずの椅子は倒れ、床に散らかった機器類が乱暴に蹴散らされてて入口扉は半開き。
ついでにテーブルのバスケットはサンドイッチが一個も無くなり空っぽだった。
ロディの顔から血の気が引いた。
すぐに追いかけ建屋の外へ出てみたものの、ナムの姿はどこにもない。

「ナムさん!ダメッスよ、危険ッス!帰ってきてください、ナムさーん!!!」

薄暗い裏路地に響き渡るロディの叫び。
返事は帰って来なかった。

一方、地下に残るモカはPC画面を食い入るように見つめていた。
取引商品のデータファイルに記されているのは違法薬物だけではない。コークス&イーブカンパニーが密輸し売りさばいていた物は、他にもいろいろあった。
大量の銃器と携帯可能なロケット弾発射機、それらに装填する弾薬類。爆弾に加工できる中性子燃料まであり、覚醒剤に負けず劣らす危険極まる品ばかり。
しかも、取引先の組織が最悪だった。
組織の名は「ラプラス」。
金星宙域で暴れ回っている 過激な武装テロ集団 の名前である。
モカは被っているキャスケットの脇からインカムマイクを引っ張り出した。

伝 令Call

少女の澄んだよく通る声が、マイクを通して呼びかける。

「ミッションコード:2Cツーシー から 4Cフォーシー
         ・・・いえ、 5Cファイブシー へ、チェンジします。」

ミッションの難易度が上がった。
MCミッションコード を決めるのは「局長」だが、事態や状況によって変更するのは彼からバックヤードを任されているモカの判断で行われる。
「公共機関からの依頼で国際テロ組織が関わるかなりハードな諜報活動」だ。
もう穏便には終わらない。この MCミッションコード の変更は、戦闘覚悟の事態になった事を意味している。

「・・・あと、すみません。ナム君、暴走 です!!!」

何故か申し訳なさそうに詫びながら、モカの通信は終了した。

「ナムさん!
マジっすか?!ちょっと、ナムさーーーんっっっ!!!」

外から聞こえるロディの声が、派手な修羅場を予感させる。
モカは小さく、ため息ついた。

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