第1章 衛星都市マッシモの奇跡
6.復讐の銃声
中央都市マッシモ郊外には、森が広がっている。
衛星都市コロニーの多くは都市郊外に人工的な森林が造られている。酸素供給を目的に造られた森はほとんど手つかずで、こんな夜中に訪れる者はまずいない。
フラットは森の入口付近で車を止め、小さなアタッシュケースを一つ携え歩き出す。
ショルダーフォルスターは少し迷ったがやはり利き手使用で装着した。アイアン・メイデンに深手を負わされた腕でも、人を一人撃つくらいは出来るだろう。
(そうだ、たった一人。奴さえ射殺出来さえすれば全て終わる。
銃が手元に戻ってきたのは有り難い。あのナムとか言う奴には、取りあえず感謝しておこう・・・。)
フラットの口元が不器用に歪んだ。
(なかなか面白い奴だった。まだほんの子供だというのに「諜報傭兵部隊」の回し者とは恐れ入る。
裏路地ゴミ捨て場での去り際は見事だったな。真正面からだというのに防ぐ間も詰められた詰め寄られた。あの時は銃をフォルスターに納めただけだったが、もし攻撃されていたらひとたまりもなかっただろう・・・。)
森の中の暗い道を歩くフラットの足が、ふと止まった。
(俺はあの動きを知っている。いや、見た事がある?
いつかどこかであの少年と、出会っている・・・???)
しばらく考えて首を小さく左右に振る。
(思い違いだろう。あんな派手で悪趣味な格好する奴は一度会ったら忘れるわけがない。)
ナムのど派手なショッキングピンクの出で立ちが脳裏を過ぎる。再び歩き出すフラットの口元にまた不器用な微笑が浮かんだ。
(スパイとかそういう奴らはもっと目立たないように活動していると思っていたんだがな。
そうだな、もし・・・この先も生きていられたならば、また会ってみたいもんだ・・・。)
行く手に真っ黒で大きな建屋の影が浮かび上がってきた。
「コークス&イーブカンパニー採掘鉱石格納庫」。
古風な鉄格子の通用門に掲げられた看板にはそう書かれてあった。
---☆★☆---☆★☆---☆★☆---
門の前に立つと、すぐさまスーツ姿の男達に囲まれた。
敷地内最奥の一番大きな格納庫へ連れて行かれた。広く薄暗い格納庫には鉱物を詰めたコンテナが整然と並び積み上げられている。
その中央付近の開けた空間。
見知った男が笑顔で佇み、フラットを待ち構えていた。
「お待ちしていましたよ。遅いので心配してました。 」
親しげに声を掛けるトルーマンに、 フラットは自分の主をあえてナムと同じように表現してみせた。
「文句はそこの極悪面に言って貰おう。
例の金庫を開けるのには、別のパスワードが必要だ。それを入手するのに時間が掛かった。」
「やはり暗証番号だけじゃなかったんですね? まったく、この後に及んで往生際の悪い。」
トルーマンがジロリと背後を睨む。
椅子に縛られ、4,5人のマフィアに銃を突きつけられたサンダースが、引きつった極悪面で縮こまった。
「パスワードが必要でしたか。よく調べられましたね。一応きいておきましょうか。」
「・・・キューティーボンバーの右側の娘の、飼っている猫の名前、だ。」
トルーマンはこめかみを押さえて項垂れた。
「組織から命じられた監視役とはいえ、こんなバカに5年間も・・・。」
「・・・そこは、同情してやろう。」
フラットもうんざりした面持ちで頷いた。
「さて。」
がんばって気を取り直したトルーマンが爽やかに微笑した。
「アタッシュケースを渡していただきましょう。手間をかけた礼もしたい事ですし。」
「おい、こいつの中身は・・・。」
「知ってますよ。 MPクリスタル です。」
笑顔まま、サラリ、とトルーマンが中身を告げた。
MPクリスタル とは、メタンフェタミン、覚醒剤の原料となる物質を多く含んだ鉱石の総称である。
近年金星や小惑星帯の一部鉱山で偶然発見された。もちろん採掘は厳重に禁止、売買などもっての他だが裏社会では広く流通し、反社会組織の資金源になっている。
「金星産の滅多に手に入らない上物です。それだけの量でもちょっとした小惑星が買えるだけの値打ちがある。
しかし貴方には必要無い物です。そうでしょう?」
トルーマンが指を鳴らすとチンピラが一人横から近づき、手を差し出した。
渡していいものだろうか?フラットはアタッシュケースを渡すのを躊躇った。
「気にする事はありません。全部このバカが悪いんですから。」
トルーマンは顎をしゃくって背後のサンダースを指し示した。
「元々我々が手にするはずだった『商品』です。それを採掘員を買収して横取りしやがったんですよ。
大方、私たちのやり取りを見聞きして自分でも出来ると安易に考えたんでしょうね。
売却相手が『ラプラス』とは知らずに。」
「『ラプラス』だと?」
「えぇ。『金星解放自由同盟』です。ご存じでしょ?武装テロ集団ですよ。」
またしてもサラリ、と言ってのける。
麻薬の密売もテロ集団との取引きも、まるで当たり前に行われる日常の事のようだ。
地球と近距離で地下資源が豊富な金星は地球連邦の影響力が強い。
それ故金星宙域では連邦政府の干渉が厳しく、それを良しとしない一部集団と長年に渡って反目し合っている。
武力行使を厭わないテロ集団も存在し、「金星解放自由同盟」もその一つ。地球連邦から金星宙域の完全独立を目指す複数のテロ組織からなる武装集団の中で、ひときわ凶暴な組織として名をはせているのが「ラプラス」だった。
「そんな奴らを相手に取引きしようとした挙げ句、交渉に失敗してこの様です。
連中が連邦政府官僚なんかとフェアに取引するわけないでしょう。
脅されてふっかけられたうえ、テロを引き起こすきっかけを与えるなど!呆れてものも言えませんよ!」
「翌朝には大規模なテロが起るそうだが・・・?」
「そんなのは連邦政府と軍の仕事です。政府官僚の失態は自分達で責任取ってもらいましょう。」
にこやかな笑顔とは裏腹に、トルーマンの口調は辛辣だった。
サンダースが涙声で必死に訴える。
「し、仕方ないじゃないか!お前達が『契約金』をつり上げるから、資金繰りに困ってやむを得ず・・・!」
「腐っても政府官僚のくせに何言ってるんですか、情けない!
マッシモに住む300万人の市民の命がマネーカード2,30枚以下だとでも?
それっぽっちの金で連中のテロ活動を抑制してみせるこっちの苦労もおわかり頂きたいものだ!
・・・さて、フラット。」
トルーマンがしょぼくれた官僚を一喝して黙らせ、再びフラットに向き直る。
「 我々は貴方に深くご同情申し上げているんですよ。」
「・・・同情?」
「えぇ、そうです。」
トルーマンの笑顔が大げさな物になった。
「貴方、あのバカ殺したいんでしょ? 殺しなさい。気の済むやり方で。」
ひぃ!とサンダースが引きつった悲鳴を上げた。
無言で佇むフラットに、トルーマンが歩み寄る。
「もうご存じだと思いますが、我々も真っ当な身分ではない。
いわゆる裏社会で悪事を働く類いの人間ですがね、このアイドル狂の能なしバカが出世の為にしでかした『行為』には、反吐が出そうになりますよ!」
「わ、私のせいじゃない!
仕方なかったんだ!私は上からの命令に従っただけで・・・!!!」
サンダースの脂汗がぎらつく額を汚らわしげに一瞥し、トルーマンは大げさに両手を広げて見せた。
「さぁフラット。遠慮はいりません。
そのアタッシュケースの中身が保管されていた金庫には、貴方の本懐を遂げる為の『証拠』も一緒に入っていたはずだ。」
フラットはアタッシュケースの持ち手を握りしめた。
「俺にこいつを取りに行かせたのも、その為か・・・。」
「えぇ、そうです。貴方の事は全て調べさせて頂いてます。」
トルーマンの笑顔が変った。口元は涼やかに微笑んでいるが、目がギラギラと残忍な光を帯びる。
「貴方は大変立派な方だ。
ご家族の 仇 であるこの男に5年も仕えながら、確実な『証拠』を掴むまで殺意を押し殺して耐え忍んできたのですから。
その『証拠』を見つけたのでしょう?だったら何を躊躇うのです?
ネビル・サンダースを 殺す 。
貴方はそのためだけにここへ来た。それが叶えばもう、ご自身がどうなろうと一向に構わない。
それほどお覚悟をお持ちのはずだ。
・・・違いますか?」
フラットの目の奥で何かが揺らめた。
それを見取ったトルーマンがさらに饒舌に言い募る。
「もう何も我慢する必要は無いんですよ、フラット。
貴方はこの時をひたすら待ち続けたはずだ。
ご安心ください、死体の処理は我々が行います。心配する事など一つも無いんです。」
「・・・やめろ、止めてくれ!!!」
サンダースの悲痛な叫び。
しかしフラットはよろめくように歩き出した。
椅子に縛られ身動き取れない、サンダースの方へ。
周りにいたマフィア達が全員道を空けた。
「貴方のご家族はこのゲスの私欲に殺されたんだ。こんな奴に生きる資格など、これっぽっちもありません。」
「た、助けてくれ、金ならいくらでも・・・!」
フォルスターから銃を抜く。
腕の傷の痛みに耐え、構えた銃の引き金に震える指をゆっくり掛ける。
「それにこれは貴方だけの『復讐』じゃない。
戸籍がないというだけで見捨てられ死んでいった人たちの無念を晴らす正当なる『制裁』にもなるです!」
「だ、誰か、助けて!誰かぁぁ!!!」
脳裏に「あの日」、「あの時」が蘇り、胸中に激しい憎しみがわき起こる。
この男のボディーガードとして雇われた日から今日この時までの5年間、何度となく味わい続けてきた憎悪。
本当に地獄のような日々だった。
それもようやく今、終わる。
握りしめた愛銃の引き金を、たった一回引きさえすれば!!!
「そうだ、貴方の苦しみは今、終わる!
殺りなさい!・・・殺せ、フラット!!!」
「ぎゃあぁぁぁいやだぁーーーーー!!!」
バ ァ ン !!!
夜のしじまに響き渡った一発の銃声。
格納庫外の真っ暗な森から鳥達が一斉に羽ばたき飛んでいった。
---☆★☆---☆★☆---☆★☆---
硝煙の匂いが鼻を突く。
誰も何も言わず、動かなかった。
口から泡を吹くサンダースが、白目を剥いてゆっくりと仰け反り 椅子ごと後ろへぶっ倒れた。
それすら誰も気に止めない。
全員が、フラットでさえ呆然とだた1点を凝視したまま固まっていた。
傷ついた右手で構え、サンダースの額に狙いを定めてトリガーを引いたフラットの愛銃。
その銃口には、色とりどりのキレイな お花 が咲き乱れていた・・・。
「細工しといたんだ。悪いとは思ったんだけどね♪」
突然、何者かの声がした。
全員一斉に一方向、格納庫の高い天井を振り仰ぐ。
天井には大きな照明を取付けた鉄製の無骨な梁が張り巡らされている。
その中の一本、フラット達見下ろす位置にあるひときわ太い梁の上。
派手な出で立ちの少年が、棍棒一振り肩に担いで陽気な笑みを投げ掛けていた。
「 お前は !!?」
フラットとトルーマンが同時に叫び、マフィア達が銃を抜く。
「どーも。いい夜だね♪
復讐、か。そんなこったろうと思った。
でもさぁ、わざわざ手ぇ汚して殺すことなんか、もうないぜ?」
少年=ナム は 臆する事なく彼らを眺め、 シルクハットのつばに手を掛け一礼した。