第1章 衛星都市マッシモの奇跡
9.怒りと暴走のシルクハット
侵入してきた機械兵に、カルメンがライフルの銃口を向ける。
格納庫内の緊迫する空気に拡声器から聞こえるトルーマンの声が響き渡った。
『そんな物、無駄なのは判ってるでしょう?
でも戦う気なら止めませんよ。彼らはプロトタイプ、ここで開発されたテスト機です。
君たちには実戦データサンプル収集の相手になってもらいましょう!』
「やっぱりここで兵器の開発してたのね!」
ビオラが電磁ムチを構え叫んだ。
コークス&イーブカンパニーは銃器やIT兵器の開発を行い、テロリストや反社会組織相手に売っていたのだ。
試作品とはいえ機械兵は非常にマズい。 通常1体倒すのに一個小隊総出で挑む相手である。
しかも遠方からの砲撃でしか太刀打ちできず、 接近戦など言語道断、勝てる可能性は皆無に近い。
状況はまさに絶望的。迫り来る敵をただ睨む事しかできないカルメン達を、トルーマンが 拡声器から嘲笑した。
『ははは・・・!いい表情するじゃないですか!
さぁ、せいぜいあがきなさい! 楽しませてもらいますよ!!!』
安定感ある二足歩行。コンクリートの床を重々しく踏み鳴らし、機械兵達が徐々に間合いを詰めてくる。
カルメン達はジリジリと、格納庫の奥へと後退した。
ただ、1人を除いては。
「何してる!下がれリグナム!!!」
「アンタ正気!?下がりなさい!!!」
姉貴分達の声を無視して、ナムは機械兵の前に立ちはだかった。
「これ、な~んだっ♪♪♪ 」
右手にぶら下げている物を高く掲げてひけらかす。
たったそれだけで、機械兵達の動きが止まった。
『・・・やんちゃな脳筋坊やかと思ったら、少しは小頭が働くようですね。』
どこかでこの光景を見ているはずのトルーマンの声が苛立った。
ナムが見せびらかしたのは、フラットが持っていたアタッシュケース。
サンダースの金庫から持ってきた MPクリスタル がぎっしり詰まったケースである。
「そんな事言っていいのかな?
アンタ、これがなきゃヤバいんだろ? 『ネーロ』は身内でもヘマした奴にゃ容赦無い。
ロリコンアイドル狂のおバカ官僚に出し抜かれてブツを奪われた、なんて組織に知られたら・・・。
マフィアはおっかないね~。」
『なるほど、立場がわかっていない辺りがまだ子供ですね。
ブツは君達全員を始末した後、ゆっくりと回収すればいいだけの事です。違いますか?』
拡声器から聞こえる声にどす黒い凄みが利いてきた。
しかしナムは怯まない。
むしろ、笑った。
ふてぶてしく、狡猾に。
「MPクリスタルは 熱 に弱い。」
ナムがつぶやいた一言に、トルーマンだけでなくカルメンとビオラ、フラットもゾクッと悪寒を覚えた。
「よせ、リグナム!!」
「何すんの、止めて!!」
姉貴分達の制止を背中で聞いて、ナムは 大きく振りかぶった!
『おい待て!何をするつもりだ!?』
どこかで顔色を変えたと思われるトルーマンの叫びを聞き流し、格納庫の高い天井めがけアタッシュケースを放り投げる!
カルメン、ビオラ、フラット、トルーマン、機械兵達すらアタッシュケースの行方を追う中、ナムはかぶっていたショッキングピンクのシルクハットを素早く脱ぐと、宙を飛ぶアタッシュケースに狙いを定めてフリスビーのように投げつけた!
ドッカーーーーーン!!!
轟音が耳をつんざいて、強烈な光が炸裂した!
機械兵達は防御の態勢で蹲り、フラットと姉貴分達は悲鳴を上げて床に伏せる。
「帽子型フリスビー爆弾!
俺の舎弟が作ったオモチャだ。スゲえだろ、あいつ天才なんだぜ!」
ナムが自慢げに胸を張る。
アタッシュケースは火の粉を散らし、木っ端微塵に吹っ飛んだ。
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格納庫とは別棟の、狭く薄暗い警備員室。
工場敷地に設置された監視カメラの映像を映す、複数あるモニター画面の中の一つに格納庫の様子が映し出されている。
機械兵達のカメラ・アイが捕らえた映像だ。機械仕掛けの精巧な目は、今、起った爆発を余すところなく伝えてきた。
(なんて事だ!全て計画通りだったのに・・・。)
トルーマンは、愕然となり固まった。
大マフィア・ネーロを出し抜こうとしたサンダースをフラットに始末させる。
腐っても政府の役人、殺害されれば大事件になる。しかし事件の影に「ビーナス・フォース」や「マッシモ動乱」が関わるとなれば、真相暴露を恐れる連邦政府は警察に圧力を掛けるだろう。
戸籍がないフラットは裁判など受けられない。何も証言出来ないまま土星強制収容所送りになる。
あとは組織の者を送り込んでフラットを始末させればいい。
地方自治コロニーの補佐官など、餌を与えれば誰にでも尾を振る頭の悪い番犬のようなものだ。サンダースの後釜に納まる奴も金を掴ませれば飼い慣らせる。回収したMPクリスタルを売りさばいた収入を組織に差し出せば今回の失態だって穴埋めできる。
たった一発、フラットが銃の引き金を引いてサンダースを撃ち殺す。
それだけで、万事がうまくいくはずだったのに・・・!
モニターの中で、ナムがふと足下に目線を落とした。
コンクリートのひび割れた地面に、キラキラ光るものが転がっている。
MPクリスタル。
金星の地中深くで長い年月を掛け結晶化し、透き通った六角柱になる事からそう名付けられた鉱石は、意外な事に揮発性があり熱に弱い。
派手な爆発でそのほとんどが燃え尽きたが、欠片が燃え残って落ちたようだ。
その欠片をナムが忌々し気に踏み砕いた時、トルーマンの理性は吹っ飛んだ。
『こ、の、クソガキがあぁぁーーーーーっっっ!!!』
紳士然とした態度をかなぐり捨てた、ケダモノのような激しい怒号!
拡声器がビリビリ震え、機械兵達が一斉に腕に内蔵されたマシンガンの銃口をナムへと向けた!
「やっっっかましいわ!ゲス野郎!!!」
カウンターで、ナムも咆えた!
「薬で小金稼いでるゲスなチンピラが喚いてんじゃねぇ!
てめぇはもう詰んでんだよ! 機械人形なんか引っ張り出してきたところでなにも変りゃしねぇんだ!
そんなに土星強制収容所へ行くのがイヤなら、俺がこの手でぶっ殺してやんよ!
四の五の抜かさずここへ出てこい!3流ヤクザのパシリ野郎!!!」
空気を震わすその気迫に、 フラットは思わず目を見張った。
激しい憎悪や殺意さえ窺わせる憤怒の形相、抑えきれない激情に強く躍動する体躯。
あの陽気で人懐っこかった少年が、まるで別人のようだった。
ナムは棍棒を大きく振り上げ、身構えた。
しかし対峙する相手はトルーマンじゃない。心を持たない機械兵、しかも3体もいる。
床に伏せてるナムの2人の姉貴分が、助けを求めてオロオロ辺りを見回す中、フラットはゆっくり立ち上った。
戦う覚悟ができた。
機械兵相手に勝てるとは思えないが、せめて一緒に死んでやれる。
さすがに萎える足を踏みしめ、1人いきり立つナムの方へと歩き出そうとした、その時だった。
ボン!!!
何かが再び爆発した。
突然の轟音に、機械兵3体のうち一番出口に近い位置にいる1体へと全員一斉に目を向けた。
その機械兵は頸部がはじけ、むき出しになったコードが派手に火花を散らしている。
機械兵が負傷しよろめく姿は、今、目の当たりにしていても信じがたい光景だった。
(攻撃を受けた?!いったいどこから!? )
フラットは激しく狼狽え、周囲を見回す。
襲撃者は、機械兵が破壊し大きく開いた格納庫入口にいた。
吹き込む外気を背に受けて、男が1人佇んでいる。
口径の大きい改造ライフルを片手で構えるその男を一目見るなり、 隣で伏せているビオラの顔が安堵と歓喜に輝いた。
「・・・ 局長 !!!」
( 局長 ???)
愕然となるフラットの肩を、カルメンの手がしっかりと掴む。彼女の顔にも安心し切った微笑が浮かんでいた。
「もう心配ないよ。アタシ達は助かる!」
「・・・。」
言葉が出ない。ビオラが「局長」と呼んだ男がたった1人現れただけで、今、直面している危機的状況が覆るなどとは思えない。
しかし、女2人は「局長」と呼ばれる男の勝利を確信しているようだ。
一方、ナムはというと・・・。
「・・・マジっすか・・・。」
露骨にがっくり肩を落とし、頭を抱えて項垂れた。