第1章 衛星都市マッシモの奇跡

2024年7月20日

耳に装着した通信機が鳴った。
洒落たデザインのイヤーカフ型超高性能通信機。ナムが「天才」と賞賛したロディ作の逸品である。
「・・・はい?」
そっと指を添えスイッチに触れると、男の声が聞こえてきた。

『サマンサ?お前がそっちに行ったのか?』
「いけない?私だってもっとハードなところに行きたかったわよ?」
サマンサは髪をかき上げながら応答する。
『暴走機関車になったクソガキんとこは?』
「 リュイ が行ったわ。」
『 局長 が? ってお前、局長を名前で、しかも呼び捨てにすんなっていつも言ってるだろ?』
「別にいいでしょ?あの人、気にはしないわよ。で、貴方はどこにいるの、テオ?」
『お前んとこよりショボいトコだよ。しかももう済んだ。』
「あらお気の毒。でもたしか貴方、『ラプラス』のアジトに乗込んだんでしょ?
腐っても武装したテロリストの集団よ。そう手薄だとは思えないけど?」
『15人くらいしかいなかった。しかも全員雑魚だ。手応えも歯ごたえもありゃしねぇ。』
「貴方にかかっちゃ敵さんの方がお気の毒ね。」
『そっちは?』
「これからよ。」
『グッドラック。敵さんの方にな。』
「・・・それはどうも。」

サマンサは通信を切った。

「ごめんなさいね、邪魔が入っちゃって。」
目が覚めるように美しいサマンサの微笑。優雅で気品溢れるその微笑みは、非常に魅力的だった。
しかし彼女と対峙する男達の表情は固い。
銃器を所持した完全武装にもかかわらず、戦き怯え、萎縮していた。

マッシモ中央都市、もうすぐ始発の電車が動き出す時刻の地下鉄作業員通路。
高層ビルが建ち並ぶビジネス街へと向かう路線で、テロリスト達は美しい死に神に出くわした。
即座に彼らは「敗北」を悟った。
武装組織「ラプラス」には先の「大戦」を経験したものが多数いる。あの壮絶な戦火をくぐり生き抜いてきた猛者ならば、知らない者など一人も居ない。
むしろ、この死に神が持つ二つ名をイヤというほど知っている。敗因はそれだけで充分だった。
「さっきの会話、聞いてたでしょ?私はもっとハードな方へ行きたかったの。
朝の通勤ラッシュの時間を狙って地下鉄使う一般市民を皆殺し。そんなクズ共、何人始末したってつまらないもの。
だからとてもイライラしてるの。悪いけど、ちょっと 八つ当たり しちゃうかもね♡」
死に神の笑顔が変った。陽気から、妖艶に。
殺気漲る冷たい微笑に、テロリスト集団の中の1人、スキンヘッドの男が恐怖のあまりつぶやいた。
「ア、鋼鉄の処女アイアン・メイデン・・・!!!」
スッと、サマンサの美貌から笑顔が消えた。
そのスキンヘッドは一番最初に「八つ当たり」された。

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同じ頃、マッシモ宇宙港。
衛星都市マッシモの玄関口であるこの場所は、毎日5万人の人々が利用する。
地球連邦政府軍の駐屯基地もあり、有事には真っ先に護衛部隊が駆けつける事になっていた。
「でも宇宙港にこ~んなモン取っつけられてさぁ、気が付かない連中が役に立つとは思えないよね~。」
アイザックがぼやきながら小さな機器を弄ぶ。
遠隔操作起爆式の中性子爆弾。片手でポンポン投げ遊べるほどの小さなカプセル型の機器は、全部で5個仕掛けてあった。
「1個でも爆発していたら宇宙港は壊滅、とんでもない被害が出てただろうね~。
ま、これはテロリストちゃん達が作戦失敗した時のための最後の手段だったんだろうけど?使ったら自分達も死んじゃうんだし。
俺達がマッシモにいなきゃ、無粋なテロ作戦もうまくいってたのにね~。ご愁傷様。
・・・あ、もうこんな時間か。 キューティーボンバーちゃん達がMCやってる早朝情報番組『おはようキャピキャピ』の時間なんだよね。
悪いケド、ここで見てっていい?」
アイザックにそう聞かれたのは、後手に縛られさるくつわ噛まされた男女数名。
主に「ラプラス」の武装兵だが、空港の正規職員制服を着た一般人も混じっている。
どうやら爆発物処理作業の妨げになった者は分け隔てなく、全員ふん縛ってしまったようだ。
身分も立場も全く違うにも関わらず、彼らは同じ思いを抱いていた。

『そんなモン見てないで、とっとと帰ってください・・・。(涙)』

彼らを思いをサクッと無視シカトし、アイザックはいそいそと、背中のバックパックから小型タブレットを取り出した。
陽気でチャラけた音楽と共に、早朝情報番組『おはようキャピキャピ』が始まった。
不気味なオタクは食い入るようにタブレット画面を眺めながら「貴方にキュルッピン」を歌い始めた。

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「聞いてねぇ!こんなの聞いてねぇよぉ!!」

武装した男達が狂ったように喚き散らし、必死の形相で逃げ惑う。
ここはマッシモ中枢・地方自治議会議事堂、地下3階の駐車場。
彼らは武装組織「ラプラス」の精鋭隊で、全員完全武装した猛者達である。
不真面目な警備員は買収し、真面目で実直な警備員は速やかに抹殺して議事堂地下に侵入したのは30人。
ビジネス街の地下鉄や宇宙港で戦う同志達と同様に、議事堂に登庁してきた議員達を襲撃する予定だった。
しかし。

「どうしたどうした!こんだけ人数揃えてきやがったくせに腰抜けばっかりか?!
さぁ遠慮はいらねぇぞ!どこからでもかかってこい!!!」

ギラギラ光る義腕と筋肉をひけらかし、背後から 巨人 が迫ってくる。
武装兵の1人が決死の覚悟で巨人の前に立ちはだかり、マシンガンを乱射した。
弾は義腕に当たってことごとく跳弾、明後日の方向へ消えていった。
「味気ねぇな。てめぇらもプロなら拳で来い、拳で! ふははははははは!!!」
「ひいぃーーー!!!」
巨人の高笑いが恐怖を煽る。
議事堂地下に侵入するなり、義腕の巨人・マックスの待ち伏せを喰らったのだ。
無様に逃げ惑う彼らはなすすべ無く、次々と倒されていった。

(拳で勝てる相手だったら逃げてなんかねぇよ!ふざけんな!!!)
駐車場内の支柱の陰に、何とか逃げ延び隠れた武装兵が心の中で悪態ついた。
『義腕の巨人』。
鋼鉄の処女アイアン・メイデン』同様に、先の「大戦」で戦ったならこの男を知らない者はまずいない。
2m超の巨体と機械義手、殺戮を楽しむ残忍さで知られ、泥沼の激戦区で派手に名を挙げた 傭兵 である。
大戦終結後の行方は不明。さすがに戦死したと噂されていた。
なのに、いったいなぜここに!?
武装兵はこのあり得ない不運を呪った。

先の「大戦」後の混乱時、「金星開放自由同盟・ラプラス」は資金難で苦しむあまり大マフィア・ネーロ・ファミリーと結託した。
地球連邦政府補佐官の秘書として潜り込んだネーロのスパイ・トルーマン。
彼は立場を利用して武器やMPクリスタルの密輸し軍資金を提供してはくれるが、いざマッシモで戦う姿勢を示すとすぐに資金提供停止を武器に沈黙を強い脅してきた。
これではネーロの子飼いでないか!? 組織の者達は鬱屈した不満を募らせていた。
そんな彼らの心情を見事に逆撫でしたのが、サンダースだった。

『私もお前達が欲しているMPクリスタルを融通できる。
どうだ、ネーロだけでなく私とも取引きしないかね?』

そう言って、マッシモ地方自治補佐官であるはずのサンダースは軽々しく「ラプラス」に接触してきた。
連邦政府官僚のMPクリスタル密売。この腐り果てた愚行に押さえ込まれた怒りが爆発した。
マッシモでのテロを予告してサンダースを脅し、金とMPクリスタルを要求した。
サンダースが脅しに屈そうが屈すまいが、武装蜂起は起こす予定だった。
裏路地の酒場を襲撃し、トルーマン抹殺を謀ったのはネーロ・ファミリーとの決別を意味している。
もうネーロの言いなりにはならない。「ラプラス」は崇高な理念の実現のために戦いを挑む。
地球連邦とそれに属する者達に粛正を!!
衛星都市マッシモの民を血祭りに上げ、太陽系中に「ラプラス」の名を知らしめる!!!
・・・はず、だった。ほんの数分前までは。

支柱の陰に隠れた武装兵はわななく手を必死に動かし、ライフルに弾丸を充填した。
それはもう楽しげに、高らかに哄笑しながら同志達をなぎ倒していく義腕の巨人に、気付かれないよう銃口をむける。
ここからなら後頭部を狙って撃てる!
脂汗がにじむ指先をトリガーに掛けた時だった。

「うちの亭主の邪魔すんなって言っただろーが、クソボケが!!!」

ドスのきいた女の声と、ニコチンがたっぷり乗ったタバコの香り。
武装兵は自分の顔から血の気が一気に引いていくのを感じ、ぎこちない動きで振り返る。
先ず見えたのは、たわわな 巨乳 。
そして、凶暴に歪んだ笑顔 と 対装甲車砲を詰め込んだ バスーカ砲の砲口 が見えた。

「おいおいリーチェ。マイ・ハニー♡」
マックスが進撃の足を止め、ステキな笑顔で振り返る。
「ここで バスーカ ぶっ放すのは、まずいだろ?」
しかし猛り狂った妻の耳に、夫の進言は届かなかった。

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マッシモ地方自治議会議事堂 地下3階駐車場 で 爆破テロ!!!

このニュースは『おはようキャピキャピ』の放送中、エンドロールが流れる終了間際に「速報」として市民に伝えられた。
倒壊した議事堂の地下で辛うじて救出された武装兵達は全員捕まり、この大惨事の犯人にされた。
「ラプラス」は、他人の手による破壊行為の濡れ衣を着せられ壊滅した。
目覚めたばかりの人々は大事件に驚きつつも、いつもとまったく変らない日常を送る準備を始める。
衛星都市マッシモは、今日も平和な一日をスタートさせたのである。

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