第1章 衛星都市マッシモの奇跡
12.それぞれの新しい旅立ち
卓上電話のコールがうるさい。そしてしつこい。
エベルナ諜報傭兵部隊の司令官・エメルヒは、面倒くさそうに受話器を取った。
『貴様、どういうことだーっっっ!?』
取った途端、通話相手ががなり立ててきた。
「ありゃ、サンダースさん、ご無事で?」
あえて「補佐官」とは呼ばなかった。この男はもう政府官僚なんかじゃないのだから。
『内密に、秘密裏にとあれだけ言ったじゃないかあぁぁ!』
「ヒミツはお守りしたはずですがねぇ。」
『どこがだ?!俺は補佐官を辞任させられたんだぞ!?』
「部下の話ではだ~れも テロの脅威に晒されてた なんて気付いてない、との事ですが?」
受話器の向こうでサンダースが絶句した。
都市民を人質に脅されている。内密に、脅迫者を排除して欲しい。
自分が確かにそう言った事を、何とか思い出したようだ。
そしてマッシモ都市民300万人は何一つ知らないまま、今日という日を迎えている・・・。
『 なるほど、ヒミツは守られている ・・・って、ちょっと待て!俺はどうなる!?』
「実際今どうなさってるんで?」
『自宅にいる!』
エメルヒはデスクのPCを確認した。
なるほど、ミッション完遂報告のデータでは「拉致されていたオッサンは一応助けといた」となっている。
実際は「椅子に縛られてたのを解放してやっといた」と言った所か。曲者揃いの部下達が、みっともなく気絶したとかいうサンダースを優しく介抱してやったとは思えない。
『散々な目に遭って命からがら帰って来てみれば、家中メチャクチャに荒らされてるし、現金や貴金属が根こそぎ盗まれてるし!
しかもいつの間にか家の外には妙な奴らが集まって来ててすっかりこの家を取り囲んでいる!
何なんだコレは!なにが起ってるんだどういう事だ!!?』
「あ~、もう動き出しましたか。公安局。」
『な、何だと!?』
「いえね、あれから別口の諜報依頼があったんですわ。」
エメルヒは革張りのデスクチェアの背もたれにゆったりともたれふんぞり返った。
「『とある衛星都市に、かの大マフィア・ネーロ・ファミリーと結託して悪事を働く官僚がいる。
処分を検討する為に証拠を集めてもらいたい。』、だそうで。
地球連邦政府のお偉いさんからのご依頼でねぇ。無碍にお断りしかねたワケですわ。
お宅包囲してんの、きっと 連邦政府軍特殊公安局 の 諜報員 でしょう。
こちらが提出した証拠を元に、早速対応に動き出したってぇトコです。いやいや、仕事が早いですな~♪」
サンダースがさらに声を荒げて喚いた。
『き・・・貴様、俺を公安局に売ったな!!!』
「いぃえ?これビジネスですよ。
ちなみにお宅を荒らしたのネーロの奴らでしょうな。
今回の件の 報復 として、お宅の有り金奪ってマッシモから撤収したんでしょう。やれやれ、エゲツねぇ連中だ。」
『どうしてくれる!?俺は破滅だ!!!』
「まぁ、ぶっちゃけ自業自得っちゅう奴ですな。」
『来週キューティーボンバーのライブがあるんだぞ!ファン感謝イベントの!
握手会だってあるんだぞぉおぉ!!!』
「・・・。」
マネーカード50枚の客だった。
そう思って我慢して話を聞いてやったが、堪忍袋の緒が切れた。
「知らんわ、ボケ!!!」
一言怒鳴って受話器を電話本体に叩きつけた。
「ったく、これだから官僚は!・・・あ、こいつもう官僚なんかじゃないか♪
話の途中で悪かったな。いや~、今回はボロ儲けだったわ~!♪」
エメルヒはマホガニー製のデスクの向こうで佇む男に向き直った。
「連邦政府のお役人共、今のアホンダラの情報をちょこっと密告しただけでみっともねぇくらい慌やがってよぉ!
80枚だぜ、80枚!マネーカード即納で8,000万エン出してきやがったぜ!♪
毎度ながらいい仕事してくれンぜ、お前らは♪ホント、いつも大助かりで・・・って、そういや、またあの金髪の坊主が暴れたそうじゃねぇか。
あいつはなかなか面白ぇ奴だが、時々派手に暴走しやがるな。特に、薬が絡むと親の仇にでもあったみてぇに人が変りやがる・・・。」
目の前にいる男の表情から何かを察し、エメルヒは話を途中で切った。
「・・・わかってんよ、報酬だろ?今回はかなりいい稼ぎだからな、奮発するぜ。
まったくお前が引っ張る 13支局隊 は最高だよ!
こん次も頼んだぜ、なぁ、リュイよぃ!!!」
返事は、ない。
ナム達の「局長」・リュイは無言でエメルヒを見据えている。
その目は至極冷ややかで、両手もジャケットのポケットに突っ込んだまま。
机の上にばら撒かれた報酬・マネーカード10枚を無造作にわしづかみ、彼はエメルヒに背を向ける。
部屋から出て行く挨拶すらなく、扉を蹴り開け出て行った。
およそ上官と向き合うとは思えない態度である。
しかしエメルヒは笑顔を崩さず、無礼な部下を見送った。
「愛想の無ぇ野郎だぜ、ったくよぉ。
ま、いいって事よ。アイツはウチの稼ぎ頭だ。機嫌を損わねぇよう大事に飼っておくさぁね。
どうせ逃げられやしねぇんだしな。・・・なぁ?」
エメルヒの顔に浮かぶ笑みが変った。人なつっこい陽気な笑みから、毒々しい嘲笑に。
同意を求められたのは、部屋の隅で直立不動の姿勢で立っている彼の副官。
非常に大柄なこの副官は静かにその頭を下げた。
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『むやみに人を疑ったり責めたりしてはいけないよ。』
これが父の教えだった。
『負の感情は必ず自分に返ってくる。たとえ貧しくても、心を律して正しく生きなさい。』
父は息子たちにそう言い聞かせて育ててきた。強く優しい、とても立派な人だった。
「だからだろうな。俺はサンダースが親父や兄貴の仇である 証拠 が欲しかった。
確実な証拠を手に入れてから殺りたかったんだ。」
朝の通勤ラッシュが始まったビジネス街では、会社へ向かう人々が忙しなく行き交っている。
フラットは地下鉄道ステーション入口の大型ビジョンを見上げながら、そう語った。
「その証拠があの強面オヤジの金庫の中にあったのか。」
ナムとロディも一緒に大型ビジョンを見上げていた。
朝のニュース番組が 議事堂地下の爆破テロ事件 を報道している。
報道内容は事実と異なるが、本物のテロ事件を目論んでいた連中は滅んだのである。いちいち訂正する必要もないだろう。
「なんだったんッスか?証拠って。」
「こいつだ。」
ロディの質問にフラットは、コートのポケットから何かを取り出し投げてよこした。
ナムがそれを片手で受け止め、ロディと2人で確認する。
「げっ!?」
「 これってまさか?! 」
「20年前の動乱の最中に消えた 秘宝 だ。」
フラットが渋く苦笑した。
それは、宝石をあしらった小さな金の十字架だった。
「兄貴が殺されたあの日、ガキだった俺が金持ちの家から盗んで裏路地に持って帰った『エモノ』だ。
西暦が3桁しかない時代の皇帝の物なんだってな。そんなご大層なモンとは知らなかった。
そいつは処分しといてくれ。俺にはもう必要ない物だ。」
「な~るほど。あの強面オヤジ、アンタが盗んだお宝をドサクサに紛れてネコババしとったんかい!」
「それを金庫に隠してたんッスね。うっわ~。」
大型ビジョンのニュースが変わった。
『サンダース連邦政府地方自治補佐官、辞任。』
議事堂地下爆破テロをうけて、都市中枢にテロ組織侵入を許した責任を取る。
ニュースはそんな内容だった。地球連邦政府は今回のスキャンダルを体よくもみ消したようである。
ネーロとコークス&イーブカンパニーに関する事は、何も報道されなかった。
「・・・うまいことやるもんだな。」
フラットが小さくつぶやいた。
小悪党が罰せられ、根源の巨悪は逃げおおせる。いつの世にもある「理不尽で不可解な状況」だ。
しかし空を見上げるフラットの表情は晴れやかで清々しい。
「もう復讐はいいって感じだな。フラットさん。」
いたずらっぽく笑うナムに、フラットは再び苦笑した。
「アイアン・メイデン、義碗の巨人、下水道のハッカーと酒場のテオとか言う奴、ロケットランチャーの女。
あんな凄腕の傭兵達に実力見せつけられた上に『あの男』にまで出くわした。
生きた心地がしなかったぞ!あれほど憎んでいた家族の仇がどうしょうもない小者に見えちまった程だ。
お前やカルメンとか言う女の言うとおりだ。
サンダースには殺す価値などまったくない。これっぽっちもな!」
「あの男」の一言に、ロディが驚き目を剥いた。
「局長と知り合いだったんッスか?」
「一度だけ戦場で会った。
いや、見た、と言った方がいいだろう。奴が戦うその場に偶然、居合わせたんだ。
たった一人に2,30人の中隊がまたたく間に殲滅させられた。あの光景はそう簡単に忘れられるものじゃない。
とても人間とは思えなかった・・・奴は バケモノ だ!」
フラットは傍らのナムに目線を移し、得心したように頷いた。
「戦う時のお前に既視感を覚えた。
あれ程の男に鍛えられたのなら納得がいく。恐怖を感じたくらいよく似ていたぞ。」
「・・・気のせいじゃね?」
露骨に不機嫌になるナムに、隣でロディがこみ上げる笑いを噛み殺した。
「・・・ありがとう。」
フラットは傷ついた右手ではなく、左手を差し出し握手を求めた。
その手を強く握り返すナムを見つめ、彼は精悍な顔にまだ不器用に微笑を浮かべる。
いつか、そう遠くない日にきっと、ごく自然に笑える日が来るだろう。
彼の復讐の日々は、マッシモに訪れた新しい朝に終わりを告げたのだから。
ロディとも握手を交した後、フラットはふと目線を反らした。
少し照れているようだ。再び口を開いた彼はいささか饒舌になっていた。
「それにしても、お前にはすっかりしてやられたよ。
俺も元傭兵だ。敵となった相手の力量は容易く推し量れる目を持っている。
しかしお前にはそれができなかった。
その姿 は、敵を欺き自分の実力を隠すための フェイク だったんだな。
それなら何かの悪い冗談のような馬鹿げてふざけた格好も、いろいろ納得がいくというものだ!」
褒め言葉だと思われるフラットの言葉に、ナムが控えめに返事を返す。
しかしそれは、フラットはもちろん一般的な常識に殉ずる万人の理解を超えていた。
「・・・へ? フェイクって、何 ???」
「・・・。」
心底不思議そうなナムを凝視し、フラットはただ絶句した。
そんな彼に舎弟のが力無く首を横に振る。
(フェイク、なんかじゃ、ないんッスよぉ・・・。)
諦め果てた沈痛な面持ちに、フラットの顎が カックン と落ちた。
「・・・マジっすか・・・???」
思わず呟く彼の顔は、酷く間延びしマヌケに見えた。
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落ちて戻らない顎のまま、フラットは衛星都市マッシモを去った。
元・地球連邦政府地方自治補佐官が秘密裏に逮捕され、土星強制収容所行きになったのはその直後。警察&連邦政府軍特殊公安局は「共犯者」として元ボディーガード の行方を捜したが発見出来ず、捜査はすぐに打ち切られたという。
人相が変るほどの衝撃も、時には何かの役に立つ。
復讐心から解放されて未来へ旅立つフラットは、派手で異常なショッキングピンクの諜報員を決して忘れはしないだろう。