第1章 衛星都市マッシモの奇跡
13.ミッション・コンプリート!
太陽系は4つの「エリア」に分けられている。
水星・金星宙域の「内惑星エリア」、地球・火星宙域の「地球エリア」、小惑星帯の「小惑星帯エリア」、それ以降の星域「外惑星エリア」。
人類の母星・地球に近いほど衛星都市や植民コロニーが多く栄え、比較的治安が安定している。
しかし地球から遠く離れた「外惑星エリア」は違う。
太陽光がほとんど届かないその宙域は「大戦」終結後も混乱を極め、至る所で内戦・紛争が相次ぎ荒れていた。
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小惑星帯 エリア、ケスト宇宙港基地。
ここは広大な太陽系内に幾つかある「国際宇宙港」の中でも重要な拠点の一つである。
年間50億人もの人が利用するこの宇宙港は、太陽系の各地へ向かう膨大な数のシャトルや宇宙船機が寄港する。
今日も宇宙港内は太陽系中から集まった利用者で混み合い、混雑している状態だった。
そのケスト宇宙港には、エメルヒとの会見を終えた局長・リュイがいた。
人が溢れかえる宇宙港のロビーを真っ直ぐ横り、搭乗案内を待つ人々が集う待合スペースへ向かう。
手には使い古して色あせた黄色い巾着袋が一つだけ。キャリーケースやバッグなどは何一つ持っていない。
ロビーの隅に儲けられた待合スペースも非常に混み合っていた。
3席ずつ連結されたカラフルなベンチが整然と並ぶ広々とした空間で、旅立ちの時を待つ人々が思い思いに過ごしている。リュイは隅のベンチに歩み寄った。
右端の席は埋まっているが、中央と左端が空いている。真ん中の座席に巾着袋を放り捨てるように投げ置くと、隣の座席にドッカリ座って足を組む。
人々がざわめく待合スペース内には大型テレビが据え置かれている。座った席ではその大画面がよく見えた。
ちょうど、先日起った「奇跡」を報じるニュース番組を映し出していた。
『20年前、衛星都市マッシモで起こった爆弾テロ「マッシモ動乱」。
その混乱の最中忽然と消え、行方不明だった秘宝「古代皇帝の十字架」が発見されました。
不可解な事に、発見された場所は 持ち主の自宅、しかも 寝室内 だということです・・・。』
ベット横のサイドテーブルの上に『この十字架に通信機は付いてません。』という、謎のメモ書きと一緒に置いてあったのだという。
このエキセントリックな事件のお陰で、同時期に起きた数々の重大事件はすっかり影が薄くなってしまった。
無理もない。人の関心はあっという間に移ろう。
リュイもまた、衛星都市マッシモにはもうまったく関心がなかった。
間もなくミッションコード:5Cは完了する。
「仕事」は終わったのだ。もうあの街に、用は無い。
『外惑星エリア、チタニア基地ステーション行き特殊急行機B456号、乗機手続きを開始します。』
宇宙港のロビーにアナウンスが流れる。
リュイは立ち上がり、手ぶらのままで歩き出す。
巾着袋は座席に置き去りのままだった。
彼の他にもベンチから腰を上げる者達がいた。
サマンサ は読んでいた雑誌をダストシュートに捨て、サングラスをかけて。
テオヴァルト は食べていたホットドックの最後の一口を口に放り込みながら。
アイザック はイヤホンから漏れるキューティーボンバーの新曲を口ずさみつつ。
立ち上がるなり隣に座って居た子供が驚き、泣きだしたのを見て凹む マックス に、
苦笑する ベアトリーチェ が寄り添って。
傭兵達は歩き出す。
次の「仕事」場・・・戦場へ。
外惑星エリアへ向かうシャトルへ乗り込もうとする乗客は、彼らの他にはいなかった。
『地球エリア、火星行き中継港フォボス行き特急機C120号、乗機手続きを開始します。』
傭兵達が去った宇宙港ロビーに、次のアナウンスが流れる。
待合スペースやロビーにいた人々が大移動を始めた。シャトルC120号機は大変混み合いそうだった。
リュイが座っていた3連ベンチの右の端、巾着袋が置かれた座席を挟んで反対側に座る少女も、 シャトルへ向かう準備を始めた。
読んでいたフリーペーパーを小さくたたみ、リュックサックに片づける。
そしてさりげなく手を伸ばし、巾着袋を手に取った。
袋の口を少しだけ開いて中を覗く。
キラキラ輝くマネーカードは確かに10枚入っている。
少女は袋を閉じてリュックに押し込み、代わりにベージュ色のキャスケットを引っ張り出した。
「伝 令」
被った帽子の脇に仕込んだインカムマイクに呼びかける。
「ミッションコード:5C。完了しました!」
少女=モカ は立ち上がった。
一瞬だけ、傭兵達が去った方へ目を向ける。
「仕事」に向かった彼らの姿は、もう見えなくなってしまっていた。
「ミッションコンプリート。
・・・ コングラチュレーション !!!」
今、マッシモにおけるミッションが終了した。
キャスケットに仕込んだ通信機から仲間の返礼が返ってくる。
「コングラチュレーション!」
リュイの声だけ返って来ない。
少しの間哀しげに俯いたが、すぐ気を取り直して顔を上げる。
ケスト宇宙空港から火星までは特急でも8時間かかる。
宇宙での長距離移動は大変だ。落ち込んでいる場合ではない。
インカムマイクを帽子の中に納め、モカは人波に乗って歩き始めた。
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「コングラチュレーション!」
ミッション終了の伝令に、ナムとロディはそれぞれの通信機に返答した。
ケスト宇宙港のロビーは天井が高く吹き抜けになっている。2人は2階部分の通路で手すりにもたれ、乗機ゲートに向かうモカを見下ろし眺めていた。
2階の通路は壁一面が強化ガラスで外が眺められるようになっている。
無数の星が瞬く大宇宙に銀色に輝くシャトルが光の速さで飛び去っていく光景は、まるで彗星のようだった。
「結構大がかりなミッションになったッスね。無事完遂してよかったッス!
・・・フラットさん、どうするんッスかね、これから・・・。」
ロディがガラス壁に振り向き宇宙を見上げた。
ナムもフラットの事を考えていた。
去って行った彼の事はもう知る術が何もない。
しかし彼を捕らえ苦しめてきた心の枷はもうないのだ。復讐を捨て自由になった男のその後の人生が、暗くなるとは思えない。
去り際に見せてくれた清々しい笑顔を思い出す。顎を「カックン」と落としたとぼけてマヌケな表情も。
きっと大丈夫。ナムはそう信じていた。
もしかしたら、またどこかで会えるかもしれない。
偶然の再会を願うには、宇宙は広すぎるのだけど。
「ま、俺らが心配したって仕方ねぇよ!」
ナムは軽く背伸びした。
撤収は各自個別に行う。仮にもスパイである。裏稼業の人間が群れるのは危険、2人はモカとは別のシャトルで火星に帰る事になっていた。
「さてっと、腹減ったな。次の便まで時間あるだろ?何か喰って行こうぜ♪」
「そッスね。 ナムさんの奢りッスよ! 」
「なんでだよ?俺、減俸喰らったんだぞ。人にメシ奢る余裕あるわけねぇだろ!?」
「自業自得じゃないッスか。散々勝手に暴れておいて。
サンドイッチの恨みもあるんッスからね!ここは絶対、奢ってもらうッス!!!」
「・・・。」
通信機、盗聴器、スパイカメラ、ブービートラップ。
何でも発明しちゃうこの舎弟は確かに天才。しかし食い物への執着がメチャクチャ強い。
しかも食べる量が半端ない。そんなヤツに「メシを奢る」となっちゃうと・・・。
ナムは思わず身震いした。
「ナムさん俺、カツ丼がいいッス!」
「・・・お手柔らかに頼ンま~~~す・・・。」
諜報員達は歩き始めた。
去っていった男の話はもうしない。カツ丼を喰ったその後にはもう、次の「ミッション」が待ち構えている。
「大戦」後も混乱治まらない世界情勢の中、彼らの仕事は尽きる事がない。
ミッションコード: 5C は完了したのである。
終わった仕事に興味が無いのは、局長・リュイと同じだった。