第1章 衛星都市マッシモの奇跡

2024年7月20日

3.酒と女と殺し屋と

まだけたたましくサイレンが鳴り渡り、消防士や警察官が走り回っている。
普段なら貧民街で何が起ろうと大した騒ぎにはならない。しかしその貧民街で爆破・炎上しているのは官僚御用達の高級車。それが公僕共の日和見がちな労働意欲に火を付けた。
ついでにTV・新聞等報道各社の、多少不謹慎な労働意欲にも火が付いた。
マッシモ裏路地に群がる報道陣は野次馬共をほどよく呼び寄せ、騒ぎは大きくなる一方だった。

(ったく、うるせぇなぁ。)
古びたバイオリンケースを持った小柄な男が騒ぎを尻目に舌打ちした。
人混みを避けて裏路地奥へと向かった彼は、路地突き当たりのみずぼらしい一軒家の戸を押し開ける。
木製の扉がガタピシ軋む耳障りな音に、彼の来訪を歓迎する主の声が共鳴した。

「まだ準備中だよ、もうちょい後で来な!」

バイオリンケースの男が苦笑する。
「そう言うなって。マスター。
この騒ぎで商売あがったりだ。通りで弾いてても誰も聞きゃしねぇ。飲まなきゃやってらんねぇよ。」
タバコの焼け焦げだらけの粗末なカウンター、小さな棚に並ぶ安酒のビン、雑に並べられた壊れかけの椅子やスツール。
古くさい内装のバーでひび割れたタイルの床をモップがけする女主人が作業の手を止め、ジロリと睨む。
「稼いでないんなら余計お断り。アンタは先週のツケだって払ってないんだ。とっとと帰んな!」
「やれやれ機嫌悪ぃな。美人台無しだぞ。」
男はケースをカウンターに立てかけ、勝手にスツールに腰掛けた。
帰る気はさらさら無いようだ。

「あー、それ同感。姐さん、見た目イケてんのに気ィ強すぎんだよなー。」
「またそうやって余計な事言うし~。この間も口が過ぎて酒瓶でぶん殴られたじゃないっスか~!」
「ホントの事言っただけだろ?
男に振られた回数がついに年齢超えちまったんだぜ? なんぼ美人でもムリねぇって、あんなんじゃ。」

マスターは使っていたモップを逆手に持つと、投げ槍よろしくカウンターの中にたたき込んだ!

 グション!

湿った音がした。獲物にヒットしたらしい。
「何すんじゃい!この野蛮女!」
投げ込まれたモップを握りカウンター裏から顔を出したのは、裏路地チンピラ兄弟の兄貴分。
濡れて一層悪趣味になったシルクハットを被る ナム だった。

店主の女が柳眉を立て怒鳴り返す。
「うっさい!まだ20回も振られとらんわ!
・・・じゅ、19回、くらい、だよ!」
バイオリンケースの男が小さな黒い目を丸くした。
「おいおいカルメン。じゃ、この間の一流企業の営業マンとはもう破局したのか?」
「・・・その肩書き、頭に『自称』がついてたそうッス・・・。」
そ~っとロディもカウンターから頭を出した。 
カルメンと呼ばれた店主はロディを一睨みで黙らせると、額に掛かった前髪をかき上げた。
「ふん!あんなクズに私みたいないい女はもったいないってことよ!」
言うだけはある。彼女は決して醜女ではない。
鳶色の瞳、亜麻色のショートヘア。
背が高くスタイルも良いため、ストライプのシャツとスリムジーンズといったシンプルな服装でも雑誌モデルのように決まって見える。
確かにこのカルメンは人目を引くほどの「美人」である。
「なのに、気が強くて強情っ張りなもんで、男の方が怖じ気づいて逃げ出しちゃうって感じ。わかる?」
「うん、わかる。ちょっと怖い・・・。」
「兄貴、それにサンダースのオッサン!マスターに聞こえますって!
・・・って、なんで二人とも仲良くなってんッスか?」
「うぉい!リグナム、ロディ!!」
カルメンがコソコソ話すチンピラ兄弟に向かって咆えた。兄貴分が名乗った「ナム」というのは愛称で、本名は「リグナム」というらしい。
「自分達の立場、わかってんのか!?
匿ってくれっつってその極悪面オヤジと一緒に転がり込んできたのはどこのどいつだと思ってんだ!!」
ロディが慌てて頭を引っ込めた。
カウンター裏で蹲る毛布にくるまったサンダースが怯えて首をすくめ、その隣ではトルーマンが十字架片手に神に祈りを捧げていた。

汚水の大洪水に見舞われた下水管から脱出できたのは、ロディの機転のお陰だった。
フラットに「一番近い出口」を聞かれた彼は、恐怖に錯乱しながらもなんとか一行をそこまで導いたのだ。
だたし「無事に」と言うわけにはいかなかった。
どうやらそれが店の主・カルメンの超絶不機嫌の原因だった。
「ったく、冗談じゃないよ!鼻が曲がりそうに臭いずぶ濡れバカ共のお陰で店の中がめっちゃくちゃだ!」
カウンター越しにナムからモップを奪い返し、カルメンは掃除を再開した。
薄暗い店の奥からは、これまた不機嫌そうな女の声が聞こえてきた。

「まったくよね。アンタ達何してそんな有様になっちゃったワケ?
おまけにこんなけが人連れてきて。冗談じゃないわ、ここは病院なんかじゃ無いのよ!」

出口から一番遠いテーブルで、別の女が負傷したフラットの手当をしている。
鋼鉄の処女アイアン・メイデンに切り裂かれた彼の腕に包帯を巻き、「はい、お終い!」とその腕を軽くはたいて席を立つ。
これには屈強なボディガードも苦悶の表情を隠せなかった。
緩やかなウェーブを描くストロベリーブロンドの長い髪。雪のように白い肌に魅惑的な薄紫の瞳。
タンクトップの胸は谷間を覗かせ豊かに弾み、ホットパンツの腰は歩みに合わせて妖しく揺れる。
ボーイッシュなカルメンとは対照的な、微笑に甘い色気を纏うすこぶる付の美女だった。

バイオリンケースの男が陽気に声を掛ける。
「よう、ビオラ。今日もベッピンだな」
「あら、ありがと♡ テオさん、また来てくれてたのね?」
タンクトップの美女、ビオラはニッコリ微笑んだ。
「ごめんなさいね。今日はおバカなガキンチョ共が押しかけてきて、ゴタゴタしてるの。いやンなっちゃう♡」
「だから、俺たちも被害者だって言ってんだろ!
この極悪面オヤジ共のせいで得体の知れねぇ連中に殺され掛けたんだぞ!」
「お黙り!!!」
カウンター下のサンダースを指さし喚くナムの主張は、いきり立つ女2人のヒステリックな怒声によって情け容赦無く一蹴された。

「ナニが被害者だ、このチンピラ!殺され掛けた?日頃からロクなことしないからそんな目に遭うんだろーが、アホンダラ!」
「働きもせず遊んでばっかの盆暗アンポンタンのクセに生意気な!大きな口叩いてんじゃないわよガキのくせに!」
「脳みそ空っぽだし甲斐性は無いし着てるモンの趣味ときたら最悪だし!何なのいったい?!恥ずかしい!」
「そのジャケット!靴!帽子!アンタ、頭にカビでも沸いてんの?!理解不能だわ、最悪よ!」
「あ~~~!迷惑だったら!とっとと出てけ疫病神!」
「ほんっと最低!怪我人居たから助けたけど、 営業妨害にもほどがあるわ! 」

・・・情け容赦ない罵詈雑言。
般若の形相でなじり飛ばす女2人の攻撃に、ナムは気圧され後ずさる。
カウンター裏ではロディがビビって硬直し、サンダースが毛布をかぶって半ベソかいた。
「あの、すみません・・・。」
聞くに堪えなくなったのか、トルーマンが恐る恐る立ち上がる。
彼は十字架を握りしめ、カウンター裏から歩み出た。
「この度は、その、ご迷惑をおかけして・・・。
状況が落ち着きましたら、すぐにでも退散しますので・・・。」
女達の罵声がピタリと止んだ。

「いいんですのよ、お気になさらないでっっっ!♪♡」

2人の声もさっきよりかは高くて可憐で甘ったるい。
般若のようだった面持ち一変、輝く笑顔がトルーマンに迫る。しかし両目はロック・オンした獲物を見据る肉食獣を思わせた。
トルーマンは 男前 である。
下水管での修羅場で神に祈って現実逃避する不甲斐なさを醸しはしたが、見た目はなかなかの色男。
しかも今日着ているスーツは結構お高いブランド物。
見目良し、趣味良し、金も有り♡
そう判断した女達は見事なくらい豹変した!

「ちょ~っと聞き分けのない近所のガキを叱ってただけですの♡」
「お困りなんでしょ?あ~ん、可哀想♡ お力になりますわぁ♡」
「危ない目に遭ったんですって?大変でしたわね、おいたわしい♡♡♡」
「いつまででもここにいらしていいんですのよ、オホホホホ♡♡♡」

ここまで露骨に差を付けられるとエゲつないを通り越してもう、清々しい。
ナムは足下で蹲ってるサンダースを見おろした。
「オッサン、この姐さん達に『ナントカボンバー』ちゃんの爪の垢でも飲ませてやってくれよ・・・。」
「無理。俺、怖い・・・。あと、『キューティーボンバー』な・・・?」
「いや、だからなんで仲良くなってんッスか?」
ロディが小声で突っ込んだ。
肉食系美女達の猛攻は、傍観者達に奇妙な仲間意識を芽生えさせていた。

バイオリンケースの男・テオが苦笑した。
この騒々しいやり取りを面白そうに眺める彼は勝手に棚から酒瓶を取り、栓を開けてぐいっとあおる。
「ここのおネェちゃん達が色男取り合うのはいつものこった。
ま、ゆっくりしてけ。 何しでかしたかは知らねぇが、少なくともここに居りゃぁ安全だからよ。
安酒しかねぇシケた酒場だ、隠れるにゃぁ丁度いいだろ。 」
「いや、出て行く。」
返事をしたのはフラットだった。
「ここは安全な場所ではない。さっきと状況は変らない、むしろ危険だ!」
奥のテーブルから立ち上がったフラットが、テオを見据えて身構える。

「お前・・・ プロ だな?」
「へぇ、やっぱり解るのかい?そういうあんたも同業者らしいけどな。」

テオはニンマリと笑った。
飲みかけの酒瓶をカウンターの上に置き、バイオリンのケースを持ち上げ開く。
入っていたのは、優雅な音を奏で聞かせる弦楽器などではない。
銀光りする大型の 自動繰銃 だった。

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店内の空気が凍り付いた。
腰にしがみく弟分の肩を抱くナムがジリジリ後ずさる。
「え、何この展開? アンタ、いったい何のプロ???」
「これが道ばたで弾き語りやってるストリートパフォーマーに見えるか、坊主?
悪ぃな、カルメン。あっという間にバレちまった。」
テオは陽気な笑顔で詫びながら、バイオリンケースから 慣れた手つきで 銃器を取り出し弾倉をセットした。
トルーマンの腕に絡みついたままのカルメンがうんざりした面持ちでタメ息をつく。
「ったく、しょうがないわね。店ん中でぶっ放さないでよ!」
「おい姐さん!どういうこったよこれ!?」
事態を察し血相変えて噛みつくナムにもカルメンはまったく動じない。
「話がややこしくなる。ガキはすっ込んでろ!」
「おいおいマジか?!さては俺ら売ったな!?このおっさんから金もらったんだろ?!」
「だから何?金額によっちゃ当たり前だ!」
「なんだそりゃ?!冗談じゃねーぞ人でなし!!!」
「喧しい!お前は関係ないんだろーが、いいから黙ってろチンピラ!!!」
唾を飛ばす勢いで怒鳴り合う2人をやんわりと、銃を構えるテオが制す。

「落ち着け、お前ら。
こいつが火を噴くがどうかは、 そこで這いつくばってる強面のオヤジ次第だ。」

その言葉に一同一斉に振り向いた。
カウンター向こうには扉が壊れかけてる勝手口がある。
そこを目指してこっそり匍匐前進していたサンダースが、ギクッと身をすくめて固まった。
「あ~~~っっっ!!! オッサン、てめぇ!」
無様に取り乱すサンダースの襟首掴み、ナムが彼を引きずり戻す。
「ふざけんじゃねーぞコラ!誰のせいで俺らこんな目に遭ってっと思ってんだ!
元はと言えばてめぇが何か悪ぃ事しでかしたからじゃねぇのかよ!!?」
胸ぐら掴んで締め上げ凄むと、何とも卑屈な悲鳴が漏れた。
「ひぃぃ! お、おい、アンタ!どっちの者だ?! 金なら出す、見逃してくれ! 」
半狂乱のサンダースが銃を構えるテオに叫ぶ。
「そうだ、このフラットと同業者なら腕は立つんだろ?
怪我したヤツなんかもう使い物にならん。こいつはもう解雇するから、私のボディガードになってくれ!
アンタを雇った連中の倍額出すぞ!いい話だろ?な?な?な?!」
「あ”ぁ?!今何つったこのクソオヤジ!あの人、てめぇのせいで怪我したんだろーがよ!?
根性腐りきってんな、ざけんじゃねーぞゴルァ!!!」
「おぐぉ!ぐ、ぐるじぃ・・・!!?」
襟首絞められ蒼白になる強面オヤジに、テオの口から苦笑が漏れた。
「報酬2倍、ね。悪いお誘いじゃねぇがな。」
彼は銃口を突きつけた。
呼吸困難に陥りつつあるサンダースではなく、卑劣な小悪党を締め上げるチンピラ少年・ナムの方に。
「・・・え? な、なんで俺?」
「いや、特に深い理由はなんだがな。
お前ら全員、 下水で水浴びでもしてきたのか? ちょっと香しいんでな、正直あまり近づきたくないんだ。
だが、俺の雇い主はそいつを『連れて来い』とかいいやがる。
だからお前、そいつ捕まえたまま俺と一緒に来い。悪ぃが雇い主ン所まで付き合ってもらうぞ。」
「・・・マジっすか?」
ナムはすすす、と向きを変え、サンダースを盾にした。

「おっと、動くなよ? 手負いの者撃つのは気が進まねぇんだ。 」
傷ついた利き手で銃を抜こうとしたフラットに、テオが陽気に釘を刺す。
「主から壊れた道具みてぇに言われたってのに、まだマジメに働く気かい?
やめとけやめとけ。俺達みてぇな稼業のモンは引き際間違うと命が持たねぇ。
それに、生け捕れとは言われてるが邪魔が入るなら仕方がねぇ。 」
すぃ、と銃口がサンダースに向けられた。
今度は悲鳴が上がらなかった。 ナムに締め上げられて酸欠状態の彼はほとんど気絶し掛かっていた。
「 このステキな下水の臭いに血の臭いまでブレンドする事ぁねぇだろ? おとなしくしててくれ、頼むから。
ここのマスターはおっかねぇんだ。これ以上店汚すとマジでコッチがぶっ殺される。
おい坊主、行くぞ!オッサン連れてカウンターから出ろ!」
「・・・せめて ナム って名前で呼んでもらえませんかね?」
ナムがカウンター裏からしぶしぶ出る。
半ベソかいてる弟分・ロディに「お前はここに居ろよ?」と声を掛け、サンダースを雑な感じに担ぎ上げた。
「じゃ、カルメン。邪魔したな、掃除ガンバレよ♪」
ナムに銃を突きつけたまま、テオが女店主に声を掛ける。
その時、思いがけない方向から野太い声が聞こえてきた。

「掃除はお前が残ってやりな。そのしょぼくれたオヤジは俺が引き取る。」

「!!?」
突然、テオの手から銃が弾き飛んだ!
ゴトリと床に落ちた銃は、ひび割れたタイルを滑っていった。
声は上から聞こえた。 店内裏口手前には建屋2階に向かう階段がある。 その階段をテオが鋭い目で睨む。
「俺はここのマスターとは顔見知りじゃ無ぇ。店ン中が臭おうが汚れてようが知ったこっちゃない。」
誰かがゆっくりと降りてきた。
粗末な階段は一段一段踏みしめるたび大きく軋み、ギギギ、ゴゴゴと悲鳴を上げた。

「それにだ、俺の雇い主は『殺せ』と仰せでな。
わざわざ獲物を連れ帰るってぇ、面倒な事する必要なんざまったくない。」

「っだ~~~!!今度は何なんだよ!」
立て続けに起こる異変にナムがキレた。
肩に担いだしょぼくれオヤジのマヌケな顔に指を突きつけ、ヒステリックに喚き立てる。
「次から次へと冗談じゃねぇぞ!
俺ら、このオヤジなんかとは関係ないって言ってんじゃんよ!もういい加減に、し、ろ・・・。」
苦情は途中で尻切れになった。
階段を降りきった新参者が、一同の前に立ちはだかったのだ。
新参者は野性味溢れる凶暴そうな強面で、呆気にとられてるナム達を面白そうに見回した。
しかもでかい。頭が天井に届きそうな身丈のうえ、筋肉隆々。ぶっとい腕とごっつい胸板で着ている薄い白地のシャツが今にもはち切れそうである。
おまけに右腕、肩から下はメタリックブルーの機械義手。ギラギラ輝く鋼の義手は実に器用によく動き、大きな掌がチャラチャラと鉛玉を弄ぶ。
「ちょっと、ビオラ!」
困惑しているトルーマンの右側で、カルメンが咆えた。
「こいつらはテオさんに売るって決めただろ!?なに勝手に他の男引きこんでんだ!」
「だぁって、こっちの方が金払い良かったんだもーん♡」
ビオラはまったく悪びれもせず、トルーマンの左側でシナを作ってしれっと応える。
罵り合い始めた女達の横で、新参者を見上げるフラットが割れんばかりに目を剥いた。

「『義腕の巨人』・・・なんでここに・・・!?」

その愕然としたつぶやきに、新参者がにんまり笑う。
「おぉ、ファンがいてくれてるのは嬉しいねぇ。どこの戦場で顔を合わせたかは知らねぇがな。
ところで、そこの面白い格好した小僧が邪魔でそのオヤジを直接狙えなかった。」
機械の手からヒュ、と音がしたかと思うと、ナムのすぐ後ろで棚に並んでいた酒瓶が割れ、赤黒い液体が飛び散った。
「指弾」だ。機械の手から弾かれる鉛玉には拳銃並の威力があった。
「ガキを殺す趣味は無ぇ。死にたくなかったらそのオヤジから放れな。」
ガクガクと首を縦に振るナムが、サンダースを肩から降ろそうとした。
しかし鼻先に突きつけられた物に手を止め硬直する。
赤く輝く電磁ナイフの鋭い刃。その柄を握るテオの目つきが物騒な感じに変っていた。
「降ろすな坊主。おいオッサン、獲物横取りはスマートじゃないぜ? 悪ぃがちょいと譲れねぇな!」
「譲れとは言ってねぇよ。奪うだけのこった。小僧、そのオヤジ降ろして消えな!」
サンダースを担いだナムを挟んで、テオと巨人がにらみ合う。
「降ろせ、小僧!」
「いや、降ろすな坊主!」
危険なオッサン2人の間に挟まれ、ナムがオロオロ狼狽える。
しかし「小僧」「坊主」と好きに呼ばれて再びキレた。
店の煤けた天井仰ぎ、思いっきり怒声をあげる!

「だから、名前で呼べっつってんだろが!!!
あ”ーもー、面倒くせーーー!
降ろすか降ろさないか、今すぐきっちり決めやがれーーーっっっ!!!」


その絶叫は壮絶な戦いのコングとなった!

「義腕の巨人」いきなり動いた。
巨躯に合わない素早さで、ナイフを構えるテオとの間合いを一気に詰めより機械の義手を振り下ろす!
咄嗟に横へ転がり逃げたテオの足下、床のタイルは木っ端微塵に粉砕した。
「本気で殺らなきゃこっちが死ぬな。許せよカルメン!」
すかさずテオも反撃を開始。体勢を立て直すや、電磁ナイフを逆手に握り身を低くして切りかかる!
酒瓶は一本残らず砕け散り、椅子・テーブルは原形無くなり、壁はえぐれ柱は折られ、カウンターはただの瓦礫となっていく。
耳をつんざく破壊の轟音に客達の悲鳴と女店主の怒号、何故かこの上もなく楽しげな巨人の高笑いが共鳴する。
「ふははははは!いいねぇこの手応え!
お前少しはやるじゃねぇか!
さぁ、もっと本気出せ!この俺を楽しませろ!
ふはははははーーー! ♪ !」
店内はみるみる目も当てられない有様になっていった。

男2人の激闘で、見るも無惨に破壊されゆくカルメンの店に、突然その女は現れた。


「はぁ~い♡ マイ・ダーリン♡♡♡ 」


蕩けるようなアニメ声。
どこぞの戦場を思わせる殺伐とした店内に、その声はあまりにも場違いだった。

「おぉ!♡なんだい、マイ・スィートハニー♡♡♡ 」
こっちも突然の事だった。猛り狂っていた「義腕の巨人」がガラリと態度を変えたのだ。
血に飢え暴れる手負いのヒグマが可愛く尾を振る子犬になった。彼はガラスが吹っ飛び枠が歪んだ窓辺にステキな笑顔で飛びついた。
あまりにも急で意外な豹変。タイミングも最悪だった。
電磁ナイフを握りしめ決死の形相で巨人に切り込もうとしていたテオは、「ぅおおわぁ!!」と無様に悲鳴を上げて、カウンターだった瓦礫の山に頭から突っ込み撃沈した。
「な、なに事???」
隅でうずくまっていたナム達が、おそるおそる顔を上げる。
窓辺にはデレデレと鼻の下を伸ばした「義腕の巨人」と、外から店内をのぞき込む若いの女が笑顔が見えた。

女は容姿や出で立ちも場違いだった。
大きな濃紺の瞳、赤みがかったブルネットの長い髪。
ベビーフェイスの可愛い顔で、純真そうな笑顔がとても好ましい。
キュートな顔立ちとは対照的にボディは非常に豊満だった。
とんでもなく見事な 巨 乳 !
身体にピッタリ添ったタイト・ミニのワンピース。その大きく開いた胸元で揺れる豊かに実った双丘は、今まで出会ったどの美女よりも比べようもなくデカかった。

女は肩に担いだ大きなボストンバッグを、よいしょ、と持ち直した。
「ごめんなさいねぇン、マックス♡。お取り込み中だったか・し・ら♡
でも許してネ♡ちょ~っと緊急事態なの♡」
「はっはっは♡ お馬鹿さんだな、ハニー♡ 俺は全てにおいて君の事が緊急事態の最優先さ♡♡♡」
「いやン嬉しい♡ それホント?」
「おいおい当然じゃないか、マイプリティ♡
さぁ言ってごらん?一体何があったんだい?
君を悩ませる困った事は全部俺が始末してあげよう。もう大丈夫だよ、マイエンジェル♡♡♡」
一同がぽかーんと口を開けて見守る中、女が窓枠越しに巨人の肩にしなだれかかる。
女の肩でボストンバッグがガチャリ、と鳴った。どうやら中身は結構重たい物らしい。

「あぁン、ダーリン♡ ス・テ・キ♡
 じゃ、教えるわね。・・・敵 襲 よ ♡♡♡」

「なにっ!!?」
「義腕の巨人」=マックスと、瓦礫の中に埋もれたテオ、ナム達と一緒に隅でうずくまっていたフラットが、3人同時に血相を変える。
女がボストンバッグと一緒にひらりと窓枠を越え入ってきた。
「ヤバいぞ!伏せろ!!!」
テオが叫んだ次の瞬間。
すでに木っ端微塵に破壊されてガラスなどない窓という窓から、光弾の嵐が飛来した!
「ぎゃーーーーーっっっ!!?」
店主が再び、絶叫した。

赤く輝く灼熱の電磁弾が店内をさらに破壊する。
コンクリートの壁やタイルの床が赤く焼け解け、木製のテーブルが火を噴く間もなく炭になる。
当然、被弾すればただでは済まない。たちまち骨まで蒸発し、当たり所が悪ければ亡骸さえも残らない。
全員なす術なく床に伏せ、頭を抱えて必死で耐える。大量に放り込まれる熱源に、室内温度がドンドン上がる。肌を焼くほど空気が熱いが、逃げるどころの話じゃない。
立ち上がる事すらままならない。このままでは本気でマズい。誰もがそう思い始めた時だった。

「電磁弾の短機関銃とアサルトライフルの銃撃ね。
どっちも一般人が持ってる護身用の武器じゃ無い。つまり、敵さんも 私達とご同業者 って事ねン♡」

一緒に伏せてる巨乳の女がささやいた。
彼女は慌てた様子も見せず、大きく開いたワンピースの胸、深い谷間に手を突っ込む。
取り出したのは、タバコの箱とピンク色した可愛いライター。
ベビーで知られる銘柄のタバコを一本、咥えて火を付け燻らせる。

「・・・ムカつく野郎共だぜ、調子に乗りやがって!!!」

「・・・へ?」
すぐ側で伏せていたナムとロディが女の顔を見て、絶句した。
形相が激変している。
別人のように成り果てた女の顔は、総毛立つほど 凶悪 だった。

「いい加減にしろやクソボケ共があぁぁーーーーーっっっ!!!」

銃声に負けない怒号を放ち、女がガバッと立ち上がる。
そしてボストンバッグから何かを掴んで引っ張り出すと、 ピンヒールの生足で歪んだ窓枠を蹴り飛ばした!
女が肩に担いだ物を見て、今度はフラットが絶句する。
対装甲車弾装填の、肩撃ち式のロケット砲。
戦車を吹っ飛ばす逸物である。慌てて外を確認した。
距離にして一区画先、この建屋同様にボロい雑居ビルに身を隠す武装した男達の集団がいる。
その距離、目測で約30m強。フラットは心底ゾッとした!
「おい待て!この近距離でぶっ放す気か!?
 下手するとコッチもタダじゃ済まないぞ!!?」
制止は女の耳を素通りした。

 ボヒュン!

意外と控えめな発射音が響き、店内は爆煙が充満した。
間髪入れず爆音と爆風、横殴りの衝撃波がズタボロになったカルメンの店に襲いかかる。
わずか一ブロック先の雑居ビルは見事に爆発、倒壊した。
吹きすさぶ爆風に髪をなびかせ、巨乳女がランチャー担ぎ、地響き起こして崩れるビルに中指立てて恫喝した。
「ウチのダンナの邪魔してんじゃねぇ! 地獄に落ちとけ、雑魚共が!!!」
「はっはっは。俺の女房、いい女だろ?」
「ふざけんな冗談じゃねぇわ!!!」
ヨメ(?)の勇姿にご満悦。喜色満面の「義腕の巨人」にマジギレのナムが怒鳴り返した。

大量の砂塵を含んだ爆風が止むのを待って、フラットは床に伏せたまま慎重に顔を上げた。
素早く外の様子を確認する。襲撃者の攻撃が止んだ。脱出のチャンスだ。
「裏から出るぞ!!全員、頭を上げずに移動しろ!急げ!!」
その指示にいち早く従ったのは、トルーマンの隣で床に伏せていたサンダースだった。
ただしフラットの話はまったく聞いていなかったらしい。「ひぃぃ!!」と叫ぶなり跳ね起きて、一目散に勝手口へ走り出す。
「補佐官!危ない!!」
トルーマンも思わず身を起こした。
その時!

パァン!!!

乾いた銃声が響いた。狙い澄ました一撃だった。
「・・・うっ!」
くぐもった悲鳴が上がる。 フラットは唇を噛みしめた。
(撃たれた!? どっちだ、サンダースか、トルーマンか・・・?!)
凶弾の犠牲になった者が、身体をくの字に折り曲げて膝からガクッと崩れ落ちた 。
力無く床に沈んで行くのは、サンダースとトルーマン、どちらでもない。
ナムの弟分、ロディ。
両手で押さえる腹部から滴り落ちる鮮血が、異様に色濃く、鮮やかだった。

「・・・えっ・・・?」

床に伏せてるナムが目を剥き、言葉をなくす。
ドサリ、と倒れたロディのすぐ側に、窓の外から飛んできた丸い塊が落ちて転がった。
巨人の女房がさっきまでお下品なポーズを取っていた手を頬に当て、大きな両目を丸くする。
「あらやだ、手榴弾?」
一瞬の後。
カルメンの店はついに建屋ごと倒壊した。

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