第1章 衛星都市マッシモの奇跡
1.修羅場の始まりはショッキングピンク
(・・・厄介な客だな。クソ面倒くせぇ。)
そう思ってはいても顔に出さないのがプロというもの。
非常に愛想いい笑顔のまま、「商談」を続ける。
「では極秘案件と言う事ですな?」
『最初からそう言っているだろう!』
卓上モニターに映る痩せぎすの神経質そうな男が、高飛車に返答した。
ますます面倒くさくなった。
「しかしですな。ご依頼内容を鑑みますと非常に危機的状況です。
それこそ 人命 に関わる。しかるべき所にお申し出るのが筋かと存じますがねぇ。」
『それが出来ないから貴様に任すのだ。さっさと言い値を言え!』
「・・・承知しました、承りましょう。」
何を言っても無駄らしい。
これ以上の問答は時間の無駄でもある。諦めて引き下がった。
(チッ、偉そうに無茶振りしやがって!
せめて可愛い物言いすりゃぁいいモンを、これだから政治屋の官僚共は・・・。)
不満を堪えてデスクの引出しを開け、一枚のカードを取り出した。
キラキラ光る金色の特殊アクリル樹脂製のカード。それを指先につまみヒラヒラとモニターの男にひけらかす。
「こいつで50枚、前払いでいただきましょう。」
『マネーカード50枚!? おいそれは・・・?!』
モニターの男が蒼白になった。
マネーカードとは、銀行が発行する高額プリペイドカードの総称である。
銀行振込やクレジットカードの電子決済等、金銭授受の記録が残ると困る場合に良く使用される。
1枚の価値は 100万エン 。
それが 50枚 ともなると・・・。
「しかるべき所にお申し出ます?」
『・・・いいだろう。』
驚いた事に、今度は相手が条件を呑み、渋々ながら引き下がった。
『その代わり、早急に片づけろ!
絶対に公に露見する事なく、だ! わかったな!?』
喚く男のだみ声を小気味よく聞き流し、別に立ち上げているPCの画面を早速確認する。
すぐにマネーカード発行手続き完了を知らせる電子メールが届いた。
あまりメジャーではない地方銀行からだ。今日中に信頼出来る輸送会社がカードを届けてくれるだろう。
「覚えてろよ、AS風情 が・・・!」
相手は通信を切るタイミングを誤った。
忌々しげな呪いの言葉で、無事「商談」は終了した。
(けっ、その「AS」に頼んなきゃならねぇ状況作ったンは、てめぇだろが!
・・・まぁ、ああいう腹黒い奴がウチにとっちゃぁ上客なんだがよ。)
いささか気分を害してチェアの背もたれにもたれる。
(とにかくこんな厄介で危ねぇ依頼は「あいつら」に任せるに限る。
うまくいきゃぁもっと儲かるぞ・・・!)
手を伸ばし、卓上電話の受話器をとった。
その顔には本物の笑みが浮かんでいた。
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『謎解きミステリー!
20年前の動乱最中、忽然と消えた 秘宝 の行方を追え!
今明かされる真相とは!?
今夜9時放送!どうぞご期待下さい!!!』
高層ビルが建ち並ぶビジネス街。
地下鉄道ステーション入口に備え付けられた大型ビジョンが、ハイテンションで今夜の番組を紹介している。
しかし帰路を急ぐサラリーマン達は見向きしない。次々と大型ビジョンの下をくぐり、地下行きのエスカレーターへと吸い込まれていく。
金星星域の人工衛星都市・マッシモ。
そびえ立つビルの間に落ちる夕日は、地球で見るより大きく眩しい。ここは地球人類が宇宙開拓に乗り出した 500年前 から現存する、最古の植民コロニーの一つだ。
現在太陽系に存在する約50万の国や自治都市国家。その8割が加盟する「地球連邦」の加盟国であるマッシモは、連邦政府の直轄都市でありながら特別自治を許されている。
人口は約300万で、主な産業は金星地下資源の採掘・売買。それを武器に発展・繁栄した太陽系有数の大都市である。
そして、この街でも煌々と輝く高層ビルの影には薄汚れた 裏路地 がある。
その一角にある雑居ビル。粗末で陰気な建屋の玄関から出た 男 は、彼の主が同行者を怒鳴りつける声を背中で聞いた。
「私は 地球連邦政府 官僚 だぞ?!
マッシモ・コロニー付の補佐官だ! その私がなぜこんな薄汚いところに出向かねばならん!? 」
「申し訳ありません、補佐官。しかし、先方の要求ですので・・・。」
同行者=銀縁眼鏡の秘書 が小声で詫びた。
この秘書はまだ若く、なかなかの美形だが頼りない。
怒鳴り散らす上司を相手に、オドオド狼狽えるばかりだった。
秘書が言った「先方」とは、先刻マネーカード50枚で「仕事」を任せた男の事。
卑屈な笑みが気に障る頭の禿げ上がった小男だった。彼は今回の「商談」に応じるに当たり、ある条件を出していた。
「なに、難しい事ちゃねぇですよ。
ご依頼はご本人の口から直接伺う。そんだけでさぁ。
いえね、このご時世、ヤベぇ仕事やらせておいて、いざって時にゃ後始末だの責任だのなんもかんもこっちに丸投げしてトンズラぶっこく奴が居やがるんで。こっちも『トカゲの尻尾』にされたんじゃ堪りませんからねぇ。
先ずはお互い、顔ぁ合わせて信頼関係って奴を築きましょうや♪
TV電話もよし、密会場所を指定するのもよし。
ちぃっと遠いが、私のオフィスまでご足労いただけるンなら喜んでお迎えいたしますぜ♪」
最初に交渉に当たった秘書に、いかがわしい小男はそう言ってきたのだという。
それで違法に通信ネットワークに介入するモグリの「通信屋」に頼り、依頼人である補佐官自ら裏路地まで足を運んだのである。
「・・・。」
油断なく周囲を見回す 男 の耳に、不機嫌な上司を必死で諭す秘書の声が聞こえてくる。
「ご自宅やオフィスのPCでは通信記録が残ります。
あのような輩と接触には、非合法でもモグリの通信屋を利用する方が安全です。
まさか、直接会うわけにもいきませんし・・・。」
「当たり前だ、馬鹿者!!!」
怒りで腹わたが煮えくりかえる。
そんな勢いで補佐官が思いっきり秘書を怒鳴りつけた。
「あの男は AS だぞ!
無戸籍のならず者だ! 直接会うなど冗談では無いっっっ!!!」
「・・・。」
男は僅かに眉を潜めた。
彼はこの 補佐官 のボディーガード。
地球連邦政府 特別自治コロニー付補佐官 ネビル・サンダースに雇われた護衛だった。
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AS とは、無国籍、無戸籍の人々に付けられた忌名である。
開拓有史500年の間に太陽系各地では幾多の戦乱・紛争が多発した。人類史上未曾有と語られる「大戦」が終結したのもまだほんの10年前のことだ。
戦争は難民を生む。戦後の混乱の中、国を失なった彼らの多くは、人道支援も得られないまま闇の中に飲まれていった。
犯罪に手を染める者、テロ組織を結成し牙を剥く者、裏社会のビジネスに走る者。彼らの生業はその多くが法治国家で「違法」となる。
いつしか彼らは「疎外すべき無国籍者(alienate stateless person)」=「AS」と呼ばれ、蔑まれるようになっていった。
いつの時代でも弱者への差別や偏見は根強い。
それを払拭するのには、まだ相当の時間と努力が必要だった。
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「無国籍者なんぞに頼らねばならんとは!
しかもマネーカード50枚もふんだくりおって!
あんな奴に頼らねばならんとは! こんな所に出向いてまで!
あんないかがわしい、無国籍者に・・・。」
ヒステリックに怒鳴り散らしていたサンダースが、次第に静かになっていく。
彼は大きく吐息をついて気を鎮めると、不機嫌そうに呟いた。
「・・・だが、今は手段など選んでいられん!
ふん!考えてみれば便利な男だよ!
厄介なトラブルを裏で請け負う、諜報傭兵部隊 の 司令官 とはな!
トルーマン! 今後あの無国籍者との交渉はお前がやれ、これ以上私の手を煩わせるな!
フラット! こんな所にはもう1秒たりとも居たくない、ボサッと突っ立ってないでさっさと車まで誘導せんか!」
「・・・。」
フラット と呼ばれたボディ・ガードはムッツリ押し黙ったまま、八つ当たり気味に喚くサンダースを誘導した。
主を護衛しつつ裏路地の出口を目指して歩く。
乗ってきた車はさほど遠くはない、目立たない場所に留め置いてある。
このまま速やかに立ち去れば、人目に付く事は無いだろう・・・。
し か し 。
(・・・ なんだ、アレは ???)
フラットは急に立ち止まった。
目にしたモノが理解できず、呆気にとられて棒立ちになる。
「・・・ えぇ ???」
秘書=トルーマンも立ち竦む。
目を見開き茫然自失、優男の知的な美貌は「カックン」と顎が落っこちた間抜けな顔になっていた。
「おい! 何を立ち止っとるんだ! さっさと歩け、でくの坊!」
背後を歩くサンダースが苛立ち喚き、フラットを押しのけ前に出た。
「えぇい退け! いったい何が・・・。 !?!? 」
カックン。
立ち尽くしている秘書同様、サンダースの顎も落っこちた。
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ピカピカ光る黒塗りの、それはご大層な高級車。
裏路地の物陰にひっそり駐まるフラット達の車の側で、少年2人が楽しげに笑い合いつつ談笑している。
1人はまだ10代半ば。ごん太の眉毛の小太りな少年。
黒の短髪、黒い糸目、どこにでもいる人の良さそうな至って普通の少年だった。
問題なのは、彼との会話を楽しんでいるもう1人の少年の方。
年は17,8歳位。癖の強いイエローブロンドの髪、明るいグリーンの瞳。
もう何年かしたら女達が放っておかない男前になりそうな、なかなか整った顔立ちだった。
しかし。
殺風景でうらぶれた薄汚い裏路地にあって、その少年の出で立ちは目を疑うほど 異様 だった!
(・・・ショッキングピンクの迷彩柄ジャケット?
その下に青紫のラメが入った黄色と水色のストライプTシャツ??
テラテラ光る玉虫色のスリムパンツに、赤地に緑の水玉模様スニーカー???
あのへしゃげたピンクの帽子はシルクハットか? 両サイドに羽がついてるんだが・・・。)
悪趣味な上、異常にド派手。
フラットは少年の姿を凝視したまま絶句した。
「お!アンタ、この車の人?
遅ぇよ、もー! ずっと待ってたんだぜ!」
そのショッキングピンクの異様な少年が、フラット達に人懐こい笑顔を向けてきた。
「これさぁ、アンタ達の知り合って奴から預かったんだ。『大事なモンだから、必ず直接手渡してくれ』ってさ。
なのになかなか帰って来ねぇんだもん。もちょっと帰るの遅かったら、車のボンネットに置いてっちまうトコだったぜ!」
そう言って、ショッピングピンクの少年が片手に持った何かを差し出す。
手のひらの上にのるほどの、コロンとした小さな包み。
茶色い包装紙に包まれた、丸い形の物だった。
「!!?」
一目見るなりフラットは顔色を変えた。
彼はいきなり左手を振り上げ、包みを少年の手から払い飛ばした!
「おわ?!」
驚く少年2人を押しのけ、ジャケットの下に装着していたショルダーフォルスターから銃を抜く。
宙をふっ飛ぶ包みを狙い、続けざまに発砲した!
ドン!ドン!ドン!
銃弾は小さな標的を際どくかすめて弾き飛ばし、空高くまで遠ざける。
発砲から、3秒後。
その包みは、爆発 した!
バァン!!!
爆音が耳をつんざき、バラバラ破片が降り注ぐ。
悲鳴を上げるどころじゃ無い。裏路地の集う者達は、何が起ったのかすらわからず身を竦めて固まった。
「トルーマン、補佐官を頼む!」
ボディガードはフォルスターに銃を押し込み、呆気にとられて立ち尽くすショッピングピンクの少年に襲い掛かった!
腕を掴んでねじり上げ、車のボディに押しつける。拘束された少年は当然驚き、悲鳴を上げて必死でもがいた。
「痛ててて!ちょ、痛てぇって!」
「なんだ今のは!知ってる事を全部吐け!」
「知らねぇって何も!俺達はアンタらの知り合いってのに頼まれただけで!」
「ふざけるな!この界隈に知り合いなどおらん!」
「いや、ホントにそう言ってたんだよ!他には何も知らないんだって!」
ごん太眉毛の少年が泣きそうな顔ですがってきた。
「ホントなんッスよ!俺ら、なんも知らねぇンッス!
頼んできた奴が結構な駄賃くれたから預かっただけッスよ!
ウチの兄貴、放してくれッス!その人、見た目ほどおかしい人じゃ無ぇンッスよ!!!」
暴れる少年2人を相手にボディガードは苦戦した。
ボッッッ!
鈍い音がした。
突然、車体に顔を押しつけられたショッキングピンクの少年の鼻先に、小さな丸い穴が開いた。
「・・・へ?」
少年達は再び呆気にとられ、状況を忘れて固まった。
その一方で、ボディガードが俊敏に動く。
玄人の目には一目瞭然。政府官僚が乗る高級車に穿たれた穴は、紛うことなく 銃痕 だった!
「トルーマン、来い!」
茫然自失の少年達を2人まとめて突き飛ばし、ボディガードは車体の裏手に飛び込んだ。
秘書のトルーマンも転がり込む。腕には無様に狼狽えるサンダースをしっかり抱きかかえていた。
タイミングは「間一髪」。
次の瞬間、サンダースの高級車は 銃弾の嵐 に見舞われた!
バンバンバンドンドンダァンダンダン!
ドバババババンズドドドダンダダン!!!
フロントガラスが砕け散り、ミラーもハンドルも原形留めず木っ端微塵、金の掛った革張りシートはズタズタに裂け中身の緩衝剤をまき散らす。
強化金属の車体がみるみる蜂の巣になっていく。情け容赦ない 銃撃 だった!
「ひぃぃ!何とかしろ、フラット!!」
頭を抱えて蹲るサンダースが裏返った声で叫ぶ。その隣では顔面蒼白のトルーマンが首にかけた十字架を握り、何かブツブツつぶやいていた。
フラットは身を屈めて車の後部に回りこんだ。
車体から少しだけ顔を覗かせ周囲の状況を確認する。
2区画ほど離れた雑居ビル。その非常階段に黒いコンバットスーツの人影が見えた。
(あれは・・・女?)
人影は小柄で、華奢だった。遠目で見る限りでは、まだ年若い女性に見える。
銃器はスナイパーライフル、おそらく有効射程距離の長い強力な改造ライフルだ。
いったい何に取憑かれてるのか、相手は狂ったように撃ち続ける。
1分間に600発を撃ち放つ機関銃のような、息もつけない怒濤の連射。これでは盾にしている車体が保たない!
(・・・どうする?!)
フラットは唇を噛みしめた。
「急げ!やべぇぞ早く入れ!」
凶弾が奏でる轟音に紛れ、慌てふためく声がした。
首を巡らせ見回すと、さっき突き飛ばした少年2人の姿が見えた。
車脇地面にあるマンホールの蓋をこじ開け、中に入ろうとしている。少々太り気味なごんぶと眉毛の少年が狭い入口につっかかるのを、ショッキングピンクの少年が必死で押し込もうと奮闘していた。
「早く降りろっつの!オラ!」
げしっ!
「うげ!?」
ショッキングピンクの少年が舎弟の頭を情け容赦なく踏みつける。
入ると言うより、たたき落とされる勢いで、ごんぶと眉毛の少年はマンホールの中に消えていった。
それを見届け、自分も入ろうとする兄貴分。フラットは彼の襟首を捕まえた。
「ぅげ! ちょ、何すんだよ!」
「トルーマン!補佐官をこっちへ!!」
「ジョーダンだろ?!来んなよ!
俺らカンケーねぇし、逃げるんならてめぇらで勝手に・・・!」
無駄な話をしている場合じゃない。
再びフォルスターから銃を抜き、その銃口をふざけたシルクハットに押しつける。
「・・・。」
兄貴分の苦情は黙殺された。
何もそこまで撃たなくたって!?
そう突っ込みたくなるような、壮絶極まる銃撃だった。
精神状態が心配される、謎の女スナイパー。彼女は狙撃(?)に失敗し、獲物を全員取り逃がした。
しかし、彼女の獲物が地中にもぐり姿を消して4秒後。
サンダースの高級車は見事に 爆発 。火柱立てて 炎上 した。
普段、ひっそりしている大都市の裏路地はかつて無いほど騒然となった。