第1章 衛星都市マッシモの奇跡

2024年7月20日

2.下水道のヲタク と 鋼鉄の処女

遠くでサイレンが鳴っている。
消防車と警察車両のものだ。行き先はさっきの路地裏だろう。
フラットは銃を構えたまま辺りを見回した。
ここはいわゆる下水道と呼ばれる地下水路だ。恐ろしく旧式のもので、強化セラミック金属の巨大な配管の内側に作業通路が備え付けられ、その下を汚水がドボドボと流れていく。
当然酷く臭い。都市中央部では近代的な下水処理システムが確立されているが、裏路地では500年前そのままの設備が半ば放置で使用され続けているのだろう。
裏路地で出会った兄弟が小さな簡易ライトを持っていた。そのお陰でまったくの暗闇ではないのが有り難い。
彼らはよくこの地下通路を使用するのだという。下水道の入り組んだ迷路のような構造が、大人のチンピラや警察に目を付けられた時逃走するのに便利なのだそうだ。

「なんでこんな目に・・・。なんでこんな目に・・・。」

トルーマンに支えられ、みっともなく泣きべそかいてるサンダース我が身の不幸をウジウジ呪う。
それが気に障ったらしい。作業員通路を進む一同の先頭に立つ兄貴分が、声を荒げて振り向いた。

「うっせぇよオッサン!こっちの台詞だろ、それ!
冗談じゃねぇよ、銃で滅多打ちされるよーな恨み事に巻き込みやがって!
何しでかしたかは知らねぇけど、 そんな極悪面でアコギなマネしてっと2割増しで根に持たれるに決まってんだろ?!
ちったぁ反省でもしやがれっての!!!」
「・・・な?! 顔は関係ないわ!失礼な!!!」

しょぼくれていたサンダースが突然いきり立った。
「あ、悪ぃ。やっぱ気にしてたんだ、そのお顔?」
何かを察した兄貴分が一応詫びる。しかし悪びれてないのは明白で、露骨に神経を逆撫でた。
「やかましいチンピラ!お前こそなんだそのけったいな格好は!?
今はハロウィンでもカーニバルでもないんだぞ?!けしからん、ふざけるな!!!」
怒髪天を突く憤慨も、異様な姿の兄貴分には応える様子がまるでない。
それどころか、彼がサンダースに返した言葉は想像を遙かに超えていた。

「これからダチに女の子紹介してもらうトコだったんだよ!
なに?人の 勝負服 に文句あんの?」

「・・・。(えぇ~~~??!)」
サンダーズは絶句した。
どんな娘達と出会えるのかは知らないが、合コンの結果は予想が付く。
フラットに後ろ手をとられた弟分が、肩を落として項垂れていた。

裏路地のチンピラ兄弟は、威勢のいい兄貴分が ナム 、ビクビク怯えているの弟分が ロディ だと名乗った。
ファミリーネームはない。戸籍が無いのだ。
ロディはナムを「兄貴」と呼ぶが、二人は実の兄弟ではないという。物心ついた時から親は無く、幼い時からずっと二人でこの界隈で生きてきたのだそうだ。
その分、絆は深いらしい。 兄貴分・ナムがフラットを睨む。

「とにかく、俺らホントにカンケー無いんだかんな。
出口まではちゃんと連れてくけど、着いたらそいつ、放せよ!」

威勢が好いのは虚勢だろうが、こんな状況で弟分を見捨てないのは立派と言える。
怯えるロディに銃口を向けるフラットの口元が微かに歪んだ。
少々不器用な微笑だった。

地上に出るだけなら近場の昇降口からでもよかったのだが、さっきのイカれたスナイパーに再び出くわす可能性がある。
何区画か放れた場所まで歩いたほうがいいと判断し、5人は迷路のような地下通路を表通りの方向へと歩き続けていた。
「もうすぐ表通りに近い所にある昇降口に着くッスよ。」
ごんぶと眉毛の弟分・ロディが安心したようにが説明した。
「もう大丈夫ッスよね?銃で撃たれたりとか、しないッスよね???」
「・・・。」
振り仰いで同意を求めるロディを無視し、フラットはその前を行くナムの襟首を掴んで引止めた。
「っとと、何だよ!」
「黙れ。」
後続するトルーマン達にも止まるように合図する。
汚水が流れる不快な音に混じって、進行先から 何かボソボソと聞こえてくるのだ。
紛れもなく、人の声。
嫌な予感がした。

兄弟達の話によると、この先には元は機械室だったらしい小部屋があるのだという。
小部屋は確かにそこにあった。錆びた鉄製の扉が僅かに開いて微かに光が漏れていた。
忍び寄り、こっそり覗いてみる。
壁一面が計器類に覆われた、あまり広くない小部屋だった。どれ一つとして動いていない古い機材に囲まれ男が1人、何やら作業に勤しんでいる。
作業テーブルにズラリと並ぶ複数のノートPC。それを自在に操る男の口から漏れ聞こえるのは、アップテンポの歌謡曲。
金星界隈で売り出し中のご当地アイドル・キューティーボンバー(3人組JKユニット)の、「貴方にキュルッピン」という曲なのだそうだ。
この無駄な情報は、サンダースが「何故、ファーストアルバムでしか聞けない曲の2番のサビを!?」と口走ったお陰で判明した。
4名分の冷たい目線は、彼をつかの間無口にさせた。

 ♪あ・な・ただ~け~よっ♡ わたしのこっころ~は~♪
  見つめてあ~いら~ぶゆっ♡ きゅんきゅんま~いだ~ぁり~ん♪♪♪

・・・不気味だった。

「なんだ、ありゃ?」
ナムが呆然とつぶやいた。
「不審者としか言い様がない。世も末だ・・・。」
トルーマンも嘆かわしげに首を振る。その手に握られたものにロディが気付き、小声で聞いた。
「クリスチャンなんスか?」
「母の影響でね。理不尽と不可解に直面する時は神に祈るに限るよ。」
彼の首には金色に輝く十字架が掛けられている。それを掲げて祈るトルーマンの顔には疲労の色がうかがえた。 
「ま、雇い主がヤバいと祈りたくもなっちゃうよな。お疲れさん。」
嘲笑こもったナムの言葉にまたしてもサンダースがいきり立つ。

「だから、お前が言うなお前が!
ヤバいのはお前の美意識だろーが!この際はっきり言ってやるが、服の趣味なんか最悪だぞ!?」
「オッサン、ケンカ売ってんの?
そっちこそ、そんな極悪面じゃナントカボンバーちゃんも裸足で逃げ出すぞ!」
「キューティーボンバーだ! あの娘達はそんなココロの狭い娘達じゃない!!」
「うっわオッサン、なんか偉そーなご身分の人っぽいけど、いつか未成年がらみの犯罪者になってそ~!」
「や、やかましい!
いいか小僧!俺のことはともかくな、 あの娘達はホントにいい娘達なんだぞ!!!」

「・・・補佐官、そのくらいで・・・。」
トルーマンが苦り切った表情で主を制した。どうやら本当に雇い主のお陰で神に祈る機会が多いようだ。
しかし秘書官の嘆願は無視された。
何かを拗らせた地方自治補佐官の激情が、ドンドン熱くなっていく。

「この前の握手会では全員ニッコリ笑って握手してくれたんだぞ!」
「握手会、行っとるんかい?! ガチファンなのかよ!?」
「センターのエリザベスちゃんは、『来てくれて嬉しいですぅ♡』って喜んでくれたんだ!」
「あーそー、よかったね。って、知らんわ、そんなん!」
「ナナちゃんはめっちゃ可愛くウィンクしてくれたし、ヨハンナちゃんなんて『また来てね♡』って言ってくれたんだぞ!」
「いや、それ全部ただのファンサービスってヤツで・・・。」
「 キューティーボンバーちゃん達は我々の天使だ! わかるか小僧!?
本物のアイドルはな、 顔で人を馬鹿にするアッパラパーな小娘共とは違うんだぞ!」
「あぁ・・・うん・・・そーだね・・・。」
「強面過ぎてウケるぅ~ とか、
 時代劇の悪役ぽ~い とか、
 マジきも、お金貰ってもムリぃ~ とか、絶対言ったりしないんだっっっ!!!」
「・・・。」
フラットの沈黙が深くなり、トルーマンの祈りにより一層熱がこもる。
「・・・オッサン・・・なんかゴメン・・・。」
聞かなかった事にした方が良さそうだ。
ナムはサンダースから顔を背け、引きつった面持ちで俯いた。

「そのと~りっ! 彼女達は素晴らしい!!!」

「!?♪・・・そうだろう?!」
あらぬ方向からの賛同の声に、サンダースは 満面の笑顔で振り向いた 。
そして目を剥き固まった。
息が掛かるほどの超至近距離に、見た事のない男が笑顔があった。
ちょっと鳥肌たっちゃうような、明るい不気味な笑みだった。

「キューティーボンバーは素晴らしい!下手でビミョーな歌唱力がほどよい保護欲をかき立てる。
全員バストが Dカップ以上! というのも最高だ!
ミニスカートで惜しげもなく晒される健康的な生足!無駄に手を掛けてないきめ細かく美しい素肌!
あどけない少女の純真さと、まだ10代の危うい色香で欲望煽る小賢しさ!
もはや彼女達は 天使 というより、悪魔の領域に迷い込んだ女神 と言っても過言ではないっっっ!!!」

・・・年は三十路がらみと言った所か。
ショートボブの黒髪を丁寧に七三に分けた、やや瘦せ型で背の高い、銀縁輝く眼鏡の男。
この男のにやけた口から聞きもしないのにあふれ出す、その話がまたえげつない。
キューティーボンバーの少女達の、プライベート情報知りまくり。
趣味・嗜好はもちろん、スリーサイズ 、化粧品やシャンプー・コンディショナーの銘柄、行きつけのブティックやランジェリーショップ、マスコミにもバレていない交友関係から幼少期の黒歴史。 なぜか彼女達の私生活を事細かに知っているのだ。
こんな奴、どうしていいかわからない。
全員呆気にとられたまま、身動きできずに固まった。
しかし、話が「ヨハンナちゃんは靴のサイズを小さく誤魔化している」とかいう、どうでもいい話に及んだ時。
状況は一気に動きだした。

「・・・脅迫状?」

不審者以外の全員が弾かれたように振り向いた。

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突然乱入してきた謎の不審者。
彼が小部屋の扉を大きく開け放ったお陰で、入口から作業台に置かれたノートPCのモニターが丸見えだった。
煌々と光るモニターには電子メールの内容と思われる文章が映し出されている。

『明日早朝4時までに、マネーカード300枚と、『例のモノ』を持参せよ。
さもなくば、このマッシモに未来はないと思え。
同志はすでに武器を手に取り出発した。
貴様の愚行のせいで、地球連邦の歴史あるこのコロニーは宇宙の藻屑となりはてるのだ!』

「・・・うわぁ・・・。」
ロディがごんぶと眉毛を潜めた。
脅迫状である。不安げに表情を曇らせる弟分とは対照的に、兄貴分がその仰々しさに吹き出した。
「 あっははは! ヤッベーよコレ、テロだぜテロ! ♪」
「いやコレ、笑えないッスよ。明日の朝って書いてあるし。」
「マジなわけねーじゃん、マンガやドラマじゃあるまいし。
わはははは!♪アホらしすぎてマジウケる!」
PCモニター画面を指さし笑う兄貴分・ナム。
しかし・・・。

「ひぃ?!そのメール文は!!?」

すぐ横で漏れた悲鳴に、ナムの爆笑が立ち消える。
同時にアイドル愛を語る男の異常な熱弁もピタリと止る。
露骨に取り乱すサンダースを見据える不審者の様子が一変した。
猫背気味だった背筋を伸ばし、ズレた眼鏡を静かにかけ直す彼は、ガラリと表情を変えていた。

「あ~ぁ。見ちゃったんだ。 命、無駄にしたねぇ。」

声色までが別人のように、渋みと深みを増していた。
ここまで変ると不穏で不吉。あまりの変りようにチンピラ兄弟は狼狽えた。
「へ?なに、どゆこと?」
顔面蒼白のサンダースと、激変したアイドル狂不審者。
その狭間でオロオロと両者を交互に眺め回す。
その時。
異常事態を傍観していたフラットが、何かを察して振り向いた。

(・・・!? 誰か来る?!)

首筋がひりつくような威圧感と強烈な殺気!
考えるよりも身体が動いた。愛銃に掛かったセーフティを外し、 闇の彼方に銃口を向ける。

「あら、優しいのね。
その銃、坊やに向けてた時はロックしたままだったの?」

闇の中から聞こえる女の声が、背筋を冷たく凍らせた。
音もなく歩み寄ってくる「敵」の姿を、簡易ライトの乏しい光が露わにする。
肩口まである艶やかな黒髪、知性を感じる青く涼やかな眼差し。
黒いバトルスーツを纏った肢体は艶めかしい曲線を描き、すらりと伸びる手足がまた美しい。
滅多にお目にかかれないような、すこぶる付きの美女だった。
しかしその口元には美貌にそぐわぬ笑みが浮かぶ。
妖艶にして、残忍。
歪んだ美を持つ女の姿に男達の目が釘付けになる。
しかし、フラットは知っていた。
この美しい女の正体を。

「 アイアン・メイデン ・・・!?」

フラットが愕然と 漏らしたつぶやきは、女の顔から微笑を消した。

「『あいあん・めいでん』って、なんだ?」
ナムが弟分に聞いた。
「大昔の拷問処刑器具だよ。『鋼鉄の処女』って意味だ。」
首を傾げるロディの代わりに答えたのはトルーマン。
十字架を口元に構えている。なるほど、今は「理不尽で不可解な状況」だ。

「そのおネェさんの『通り名』だよ。
それ言った奴は大抵二度と言えなくなっちゃうんだけどね~。」

突然現れた美貌の女に驚く様子をまったく見せず、不審者がのんびりつぶやいた。
鋼鉄の処女アイアン・メイデンとアイドル狂の不審者。どうやら2人は仲間らしい。
「君たち、ホントに命無駄にしたねぇ。」
アイドル狂不審者の手が着ているジャケットの前をはだけた。
ショルダーフォルスター収まった拳銃のグリップが垣間見える。兄弟の顔から血の気が引いた。
(・・・見なかった事にしよう。)
二人はぎこちなく目をそらす。
すると今度は 鋼鉄の処女アイアン・メイデン と対峙するフラットの逞しい背中が見えた。
連邦政府補佐官のボディーガードを勤める男の肩が震えている。女が手に持つアサシン・ナイフの所為だろう。
簡易ライトの乏しい明かりにギラギラ光るナイフの刃は、20cmを有に越えてる危険極まるものだった。
「マジっスか・・・?」
ロディが絶望的な声でつぶやいた。

「 逃げろ !!!」

フラットが鋭く叫び、女が地を蹴って走り出し、不審者が銃を引き抜き身構える。
それらはほぼ同時だった。
「わあぁぁあ!!」
ロディが悲鳴を上げてナムにしがみついた。
突然飛びつかれたナムはバランスを崩し、固い床に尻をしたたか打ち付ける。
しかしお陰で助かった。

 バァン!

不審者の銃が火を噴いた!
ナムを狙った凶弾はピンクのシルクハットに穴を開け、あさっての方向へ飛んでいく。
暗闇からギィン、ギィン、と音する。金属を弾く耳障りな音が、配管内にこだました。
「アイザック!銃は止めなさい、この下水道はセラミック配管よ、跳弾するわ!」
「ごめんね~、サムちゃん。避けられちゃうとはと思わなかったんで~。」
鋼鉄の処女アイアン・メイデンの叱責に、不審者改め アイザック の銃が再び兄弟に狙いを定めた。
ナムはロディを背後に庇い、へたり込んだままジリジリ後退する。
「あ、あちらの大美人は拳銃のご使用を控えろとおっしゃってますが?」
「そだね~、でも俺ナイフとか苦手なんだ~。あんな風にはとても立ち回れないよ~。」
アイザックが軽く顎をしゃくる。
簡易ライトの明かりが照らす、鬼気迫る攻防。
彼が指し示す兄弟達の背後では、壮絶な修羅場が繰り広げられていた。

髪を振り乱した鋼鉄の処女アイアン・メイデンがフラットに襲いかかる光景は、凄まじいの一言だった。
ナイフが鋭く空を切る乾いた音と、それを受け止めるフラットの銃が奏でる金属音。
その都度飛び散る刹那の火花が女の美貌を妖しく照らす。
女は楽しげに笑いながら、息つく間もなく間合いを詰めては容赦無く刃をたたき込む。
辛うじて受け止めかわしてみせるが、攻撃に転じる隙が無い。
弱者をいたぶるかのような一方的な猛攻だった。

「跳弾するって言われても、困っちゃうんだよね~。
若い子達は元気に避けちゃうから、こっちから始末しようかな~。」
鋼鉄の処女アイアン・メイデン の華麗なナイフに度肝を抜かれ、状況忘れて見入る兄弟が我に返って振り向いた。
間延びした口調からは想像も出来ない素早い動きだった。
アイザックが身を翻し、呆けた顔でへたり込むサンダースに襲い掛かる!
「ひぇえ!?」
あっという間にサンダースは捕まった。
腕を背後に捻り回され下水道管の汚れた地面にねじ伏せられる。
「ひいぃ!い、いくらだ!? いくらで助けてくれる?!」
サンダースがヒステリックに喚き散らす。
「お前達が どっちの者 かは知らんが、金ならいくらでもやる!
頼む、殺さないでくれ助けてくれ!!!」
必死の訴えは無視された。アイザックの指が再び銃のトリガーに掛かる。
汗でぎらつく禿げ上がった頭に冷たい銃口が押し当てられた。

「・・・補佐官!!」
フラットが肩越しに振り返り叫ぶ。
その瞬間、利き腕に鋭い痛みが走った。
思わず銃を取り落とす。暗闇のどこかでガツン、と重い音がした。
「あら、残念。腕を落としてあげたかったのに。
そうすれば、あんな間抜けのボディガードなんてしなくて済むわ。」
心の底から楽しげに、女が唇に笑みを刻む。
(くそ!り合うから解っていたが、ここまで差があるとは!?)
フラットは唇を噛みしめた。
この女は、強い。自分ごときが勝てる相手では ない。
鮮血滴る腕を押さえ、戦う術を失ったボディーガードは女を見据えて立ち尽くした。

直面する命の危機。
起死回生の一手を必死で探すフラットに引き替え、その主たるサンダースは見苦しいにもほどがあった。
媚びる、へつらう、泣き喚く。形振り構わぬ命乞いは必死すぎて滑稽だった。
「や、止めろ助けてくれ!
私が悪いんじゃないんだ!あいつらが急に値を上げてきて・・・!
誰か!助けろフラット!トルーマン!!」
「はいはい、もういいから黙んなさい。
そいじゃ、お休みなさ~い♪ ・・・って、うわ!」
突然、銃のトリガーを引き絞るアイザックが体勢を崩した。
「止めろ!こんなオッサンでも殺しちゃ後味悪ぃだろ?!」
咄嗟にナムが飛びついてサンダースを助けたのだ。
「この手のオヤジはヤバいって!化けて出たらどーすんだ、怖かねーけど気色悪ぃだろ?!」
「同感だけど、ちょ、アブナイ!危険だから放しなさいって、おい!」

 バァン!

もみ合う内に暴発した弾丸がサンダースの頭を際どく掠め、ナイフを繰り出す女を襲う。

 ギィン!

凶弾を受けたナイフの刃が火花を散らし、不敵だった女が一瞬ひるむ。
その瞬間を見逃さなかった。
フラットは女の腹部に狙いを定め、身体ごと肩から突っ込んだ!
女の身体は他愛なく吹っ飛び、下水道の側壁に激突した。
「サム?! ちょっとアンタ、何してくれてんの!?」
肩で息するフラットに非難の声が飛んできた。
「そのおネェさん、本気で怒らせたらマジで怖いんだぜ!
ショルダーアタックなんかしちゃって、後で俺が八つ当たりでもされたらどうしてくれんのさ?!」
「知るかよンなモン!勝手に八つ当たられとけオタク野郎!」
ナムとアイザックはまだ激しくもみ合っている。
その足下では白目を剥いて気絶したサンダースが転がっていた。
弟分のロディはへたり込んだまま怯えているし、トルーマンは隅っこに座り込み十字架に祈っている。
状況は確認した。
フラットはロディとトルーマンを引きずり立たせた。
「トルーマン、補佐官を頼む! おい小僧!一番近い出口はどこだ!?」
急き立てられたトルーマンが慌てて上司を助け起こす。
その時、ナムに掴まれ振り回されるアイザックの銃が、再び派手に暴発した!

 バァン!バンバンバン!!!
 ギギギギィィン!!!

無数の弾丸が配管内を跳弾する。

「だあぁ!アブねぇ!!」
「わぁぁ!兄貴ぃ!」
「全員伏せろ!」
「神よ!神よぉぉ!」
「アイザック!銃はやめろって言ったでしょ!」
「サムちゃん、ごめぇ~ん!」

悲鳴が入り乱れる中、ボン!と、何かが爆発した。
暗闇に慣れた目に強烈な光が熱を帯びて飛び込んでくる。
小部屋の扉が蝶番ごと千切れて吹っ飛び、中が真っ赤に燃えている。
ほとんど使われてないとは言え、機械室。被弾して何かがショートしたらしい。
遠くから地鳴りのような音が聞こえてくる中、サンダースを背負うトルーマンの足下に何かが転がり落ちてきた。
小部屋の扉に付いていた、錆びて古ぼけたドア・プレート。
『B-45地区水量調整管理室』。
なるほど、次第に大きくなっていくこの轟音の正体は・・・。

 ザブーーーーーン!!!

下水管内の不審火は、押し寄せた大量の 汚水 で消し止められた。

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