忘却魔法は魔女には不要!
6.その優しさに愛情を
「ゴメン、今日も行けそうにないんだ・・・。」
この台詞を聞くのは今月に入ってこれで5回目。
落胆を顔に出さないように、ティナは優しく微笑んだ。
「うぅん、気にしないで。お仕事、がんばってね。」
「うん、ゴメン・・・。」
恋人の力無い笑顔が悲しい。
ティナは胸が締め付けられる思いがした。
ティナの恋人・ソラムは、弦楽器工房を営む父の後を継ぐために、王都の有名工房で修行の日々を送っている。
まだ見習いの彼の仕事は雑用ばかり。しかし朝から晩まで多忙を極め、滅多に無い休日さえ工房の都合で取消になる。
今日も一緒に夕食を取る約束だった。
それで勝手口まで迎えに来たのだ。一人暮らしをしているティナの部屋で、手料理を振る舞うつもりだった。
なのに・・・。
(こんな事が多すぎるわ。
先月もほとんどお休みがなかったのに・・・。)
これでは身体を壊してしまう。
恋人の身を按じるティナが、そう思った時だった。
「おい下っ端!
研磨室の掃除は済んだんだろうな!?」
偉そうな声が聞こえてきた。
ソラムが慌てて振り返る。悪意がこもった冷たい怒声に、ティナも思わず身を竦めた。
開きっぱなしになっている勝手口から、意地悪そうな大男が睨んいる。
ドゥリーという名の技師だそうだ。
とても優れた弦楽器職人で、この工房の親方に特別目を掛けられているらしい。
しかし・・・。
「仕事も出来ないくせに女と逢引きか?
いいご身分だな!」
「す、すみません!」
「言われた事はすぐにやっとけ!
木材切出し場の片付けも済んでないんだろう?!」
「はい! すぐに!」
「あと、マカラ社の弦線100箱ちゃんと発注したんだろうな?!
届いたら倉庫へ入れておけ!今夜中にだぞ、いいな!? 」
「はい、ドゥリーさん!
・・・ごめんティナ、また今度!」
大慌てで勝手口へと駆け込むソラムを、ティナは悲しい思いで見送った。
「・・・ふん!」
そんなティナを睨み付け、ドゥリーも工房の中へと消えた。
バタン!と大きな音を立てて、後ろ手に扉を閉めながら。
ますます悲しい思いになった。
ティナは小さく吐息を付いた。
--×××---(´・ω・`)---×××--
夕暮れの王都城下街。
王城へと続く大通りは、まだまだ多くの人で賑わっていた。
野菜や果物を売る屋台では、残り物を少しでも売ろうと声を張り上げ客引きする。
串刺しの肉やソーセージを売る屋台も負けていない。美味しそうな匂いを辺りに振りまき、仕事帰りで家路に急ぐ人達の足を止めている。
活気ある賑やかな通りをティナは1人、歩き回った。
ふと立ち止まり、空を見上げる。
西日を浴びた王城が朱に輝いて美しい。
ティナは工房での出来事を思い、何度目かの吐息を付いた。
(大魔女のお姉様に相談する? でも・・・。)
王城の方へ足を向けては、躊躇いがちに踵を返す。そんな事を繰り返しながら、もう随分歩き回っている。
途方に暮れて佇むティナは、突然誰かに捕まえられた!
「よぅ! 街中で会うなんて奇遇だな♪」
「きゃぁ!・・・え?あ、お義兄様!」
陽気な義兄・オスカーが、ティナの肩を抱くようにして明るく笑い掛けてきた。
---〇〇〇---〇〇〇---〇〇○---
オスカーは精悍な見た目に似合わず、甘い物が好きだった。
屋台で糖蜜パイを奢ってもらい、通りの片隅で一緒に食べる。義兄の優しさに気が緩み、気付けば心の悩みを全部話してしまっていた。
「なるほど、下っ端いびりだな。
職人は上下関係が厳しいからなぁ。どこの工房でも多少はあるモンなんだが・・・。」
「はい。ソラムもそう言ってます。
心配ないって言ってくれるんですけど・・・。」
ティナは食べかけの糖蜜パイに目線を落とした。
「ごめんなさい、お忙しいのにこんな話をしてしまって。
今日はどうされたんですか? 城下街でお会いするなんて珍しいですね。」
「 ロイド の店を訪ねたんだ。
生憎留守で、義姉さんまでいなかったけどね。」
オスカーが義姉と呼ぶのはもちろん、長姉の元魔女。
その夫・ロイドは城下街で小間物屋を営む、とても善良な青年だった。
「お留守?
ロイド義兄様がお店を空けるなんて珍しいですね。」
「うん。店番していたご隠居さんも首を傾げてたよ。
どこほっつき歩いてるかわからないそうだ。
珍しいな。フラフラ遊び回るような人じゃないんだが。」
糖蜜パイの最後の一口を口に放り込み、オスカーがニッコリ微笑んだ。
「それはともかく、ソラムの事だな。
明日にでもその工房に行ってみよう。
状況をよく確かめて来る。その方がミシュリーが口を出すより、ずっと穏便だろうからな。」
「あ、有難うございます、お義兄様!」
ティナは心から安心した。
大魔女ミシュリーは敬愛している姉である。
ティナはもちろんソラムの事も、とても可愛がってくれている。
しかし彼女は困った事に、お節介焼きで少々過激。
だから相談に行くのを躊躇っていたのだ。
もし彼女がソラムの苦境を知ってしまえば、いったいどうなってしまうだろう・・・?
「その工房、
魔法で ぶ っ 潰 し ち ま う かもしれないな。」
「止めてください、怖いです!!!」
ティナは身を震わせた。
「冗談冗談♪ とにかく俺に任せとけ。
できればソラムともちょっと話をしてみて・・・。ん???」
突然、オスカーが目を剥いた。
「あれ? ロイドじゃないか!」
義兄の目線をティナも追う。
通りを行き交う人々の中に、眼鏡を掛けた温厚そうな青年の姿が見て取れた。
くたびれた上着を羽織った男と一緒だった。なにやら熱心に話し合っているが、声は遠くて聞こえない。
「まぁ本当、 ロイド義兄様だわ!
誰とお話してるんでしょうか? 見た事ない人ですけど・・・。!? 」
答えを求めて見上げた義兄の強ばった表情に息を飲む。
眉を潜めるオスカーが、小さな声でささやいた。
「アイツは確か・・。
王都の裏通りを縄張りにしてる一味のお頭だ!
窃盗だの詐欺だの 陳腐な犯罪 やらかす小悪党さ。」
思いがけない義兄の言葉にゾッとした。
「な、なんでそんな人と?!」
「まぁ、ロイドはちょいと人が良過ぎるからな。
おっとりしてるって言うか、呑気って言うか・・・。」
オスカーにとってロイドは義兄。総勢11人居る義兄弟の中で、一番上の存在である。
そんな彼に敬意を表し、その人柄を表す言葉は気を遣って慎重に選ぶが、要するにどこか抜けてるのだ。
その辺を小悪党に付け入られたのなら、放っておくなどとてもできない。「陳腐な犯罪」に巻き込まれたら、とんでもなく大変だ!
「よし、後を付けてみよう。
ティナ、送ってやれなくて悪いんだが気を付けて帰れよ?」
言うが早いか、オスカーが人混み目がけて走り出す。
「待ってください! 私も行きます!!!」
もう糖蜜パイを味わっている場合じゃない。
ティナも慌てて走り出した。
---×××---(・・;)---×××---
王都の裏通りは大通り沿いに幾つかある。
治安はそんなに悪くない。通りの数だけ下町があり、義理堅く陽気な人々がのんびり楽しく暮らしている。
しかし、この裏通りだけは別だった。
王都中心部に近いこの通りは、そびえ立つ王城に陽の光を遮られて晴れた昼間でも薄暗い。ほとんどの住民がより良い場所に引っ越したというのに、「陳腐な犯罪」をやらかす一味はそこに居座り続けていた。
「警察も手を焼いてる連中だよ。」
オスカーが眉を潜めてささやいた。
「何度とっ捕まえてもまたこの通りに帰って来るそうだ。
カタギになる気はないらしい。」
「なんでそんな人達とロイド義兄様が?」
「さぁ? 後で本人に聞くしかないな。」
ロイドを追って来たオスカーとティナは、不思議そうに首を傾げた。
建屋の角に身を潜め、こっそり様子を覗き見る。
うらぶれた酒場の勝手口はちょっとした袋小路になっている。そこに集まる如何わしい若者達の中に、ロイドの姿が確認できた。
くたびれた上着の男もいる。耳を澄ますと彼らの会話が聞こえてきた。
「それで、ブツは?
ちゃんと数だけ集まったんだろうな?」
「へい、ここに。
でも兄貴、数だけはどうにもなりやせんでした。」
「王都中走り回ってかき集めたんですが、どこも品薄で・・・。」
「オイラもダメだ、これっぽっちっきゃ手に入りやせんでした。」
若者達が上着の男に 何か を差し出している。
残念ながらティナ達がいる場所からは、それが 何か は見えなかった。
「そうか・・・。
ロイド、すまねぇ。これじゃ半分にも満たねぇな。」
「謝らないでくれ、無理を頼んだのは僕なんだから。」
「大丈夫かい?
アンタがコレを集めてる理由がバレたら とんでもない事 になるんだぜ?
まさか 命に関わる 事ぁないだろうが・・・。」
「そうだな。きっと た だ で は す ま な い 。
何とかうまくやってみるよ。
ありがとう、君達には本当に感謝してる。」
「ロイド・・・。」
「・・・。」
この会話だけでも相当危険。
ティナはオスカーと青ざめた顔を見合わせた。
---×××---(゜д゜lll)---×××---
王都に夜の帳が降りてきた。
大通りでは行き交う人も減ってきた。一つ、また一つと店の明かりが消えて行く通りを、大事そうに何かを抱えたロイドが小走りに駆けていく。
「今度はどこへ行くんでしょうか?」
「さぁ? 全く見当も付かない。」
後を追うティナとオスカーは、義兄の不可解な行動にすっかり困惑していた。
戸惑いながらも付いていく内に、ロイドが大通りを抜け側道に入る。
(えっ? ここは・・・。)
ティナは思わずたちどまった。
とてもよく知る道だった。さっきもここを通ったばかり。これはどういう事だろう?
「なんだ?
ソラムがいる工房へ向かってるじゃないか?!」
オスカーも驚き足を止める。
ロイドが弦楽器工房裏の勝手口に辿り付いた時だった。
「何をやってるんだお前は!このウスノロめ!!!」
荒々しい怒声が聞こえてきた。
弦楽器技師・ドゥリーの声だ。
---×××---(>_<)---×××---
「俺はお前になんで言った?!
マカラ社の弦線100箱、今日中に倉庫へ入れとけって言ったんだ!
それができてないどころか、届いてすらないじゃないか!」
「・・・すみません、ドゥリーさん。
言われたとおり発注はしたんですけど・・・。」
「言い訳するな役立たず!
本当に使えない奴だなお前は! この愚図め!」
ドゥリーに怒鳴りつけられるソラムを、他の職人達が遠巻きに眺めている。
大勢の前で恥をかかせる、意地の悪い叱責だった。
(・・・酷い!)
ティナは愕然と立ち尽くした。
勝手口から工房に入ったロイドに倣い、ティナ達も中に入り込んだ。
様子を伺うロイドと距離を取り、作業場が見渡せる通路物陰に身を隠している。
非情に責められる恋人の姿が悲しいし、悔しい。両手で口元をしっかり押さえ、嗚咽をなんとか飲み込んだ。
その時。
「すみません、ちょっといいですか?」
ロイドが突然、声を上げた。
彼は颯爽と作業場に踏み込み、背中でソラムを庇うようにしてドゥリーの前に立ちはだかった!
「ロイドさん?!」
長姉の元魔女と知り合いのソラムは、ロイドの事も知っている。驚き声を上げた少年に、ロイドは肩越しに振り向き微笑んだ。
そして、戸惑うドゥリーに向き直ると、裏通りから抱えてきた箱を掲げるようにして差し出した。
「失礼、勝手に入らせてもらいました。
ドゥリーさん、でしたね? 今回の事はコレで矛先を納めて頂けませんか?」
恭しく箱の蓋を開けて見せる。
そこには マカラ社の弦線 が、2,30本入っていた。
「仲間と王都中を駆け回って集めたんです。
改めて確信しましたよ。この弦線は発注したって 届きゃしない んだってね。
貴方、知ってたでしょ? マカラ社の弦線は今、ほとんど流通していないって。
原材料が無いんだ。マカラ社は弦線の芯に特殊で良質な鉱石を使用しているんだが、産出国の鉱山事故でその鉱石が採掘できず、ここ1ヶ月ほどまったく生産されていない。
立場が弱く逆らえない者に不可能な事を無理強いする。
貴方がした事は恥ずべき行為だ。この弦線を差し上げますから、こんな事はもうお止めなさい!」
ドゥリーの厳つい顔が、みるみる赤く染まっていく。
彼は額に大量の汗をかきながら、狂ったように喚きだした!
「黙れ黙れ黙れっ! 何様なんだお前は!?
ここはこの国一番の弦楽器工房なんだぞ!? 王城の楽団に楽器を納める格式高い工房なんだ!
コレっぽっちの弦線じゃ仕事になりゃしないんだよ!
頭のイカれた木偶の坊め! とっとと出て行け、警察呼ぶぞ!!!」
見苦しくも凄まじい剣幕に、工房中の職人達が肩をすくめて縮こまる。
その時だった。
悲しげな、しかし凜とした女性の声が作業場の中に響き渡ったのは。
「・・・変らないのね、ドゥリー。
あれから10年も経つというのに。」
真っ赤だったドゥリーの顔。
それがみるみる血の気が引いて、病人のように青ざめた。
声の方へと振り向く彼は、みっともないほど狼狽えていた。
「私も居るわよ?ドゥリー。」
真っ青になったドゥリーの顔。
今度は真っ新な紙のように白く、凍ったように引き攣った。
露骨に怯えて震える彼は、腰を抜かしてへたり込んだ!
現れたのは、大魔女・ミシュリーと長姉の元魔女。
「呆れた男ね、アンタって奴は!
あれだけキツく灸を据えてやったってのに、ちっとも懲りてないなんて!」
床に頽れたドゥリーを見据え、大魔女は忌々しげに言い捨てた。
---!?!?---(>_<)---!?!?---
長姉の元魔女、つまり元・1番目の魔女は、かつて 世継ぎの魔女 だった。
「未来の大魔女」と期待され、王都を護る守護魔女にも任命されて、多忙な日々を送っていた。
そんな彼女を悩み苦しませたのが、その当時から厚顔無恥だったこの ドゥリー 。
手前勝手なこの男は、事も有ろうか世継ぎの魔女に 結婚 を迫って付き纏った。
子供じみた脅しや嫌がらせは日常茶飯事だったという。
相手の気持ちをまったく無視した一方的な恋情だった。
---!?!?---(>_<)---!?!?---
ウンザリした面持ちで、大魔女が大きく吐息を付いた。
「お姉様は優しいからね。こんな奴でも情けを掛けるから、コイツったら図に乗る一方で。
だから私がお姉様の代わりに 制裁 したのよ。10年前ほど前、徹底的に!
・・・でも、ま~た問題起こしたみたいね。
アンタのその腐った性根、今度こそ叩き直してあげる!」
キィン!
大魔女の首飾りが音を立てる。
すると作業場に集まる人々の前に、1人の老人が現れた。
「名人」と名高い弦楽器職人にして、この工房の主・シュタイナーである。
寝間着の姿の老技師は、不思議そうに辺りを見回し大魔女の傍らへ歩み寄った。
「これは偉大なる大魔女様!今日は如何なる御用向きで?」
「あら、お体壊してらっしゃるの?」
「はい、少々。
大した病ではございませんが、私ももう結構な歳です。
大事を取って工房の仕事をそこに居りますドゥリーに任せ、しばらく療養していたのですが・・・。」
「あぁ、それで・・・。
やれやれ。貴方、当分引退できないわね。」
大魔女は再び首飾りに指を添えた。
キィン!と高らかに首飾りが鳴り、シュタイナーの目の前に真新しいヴァイオリンが現れる。
琥珀色のニスが美しい、立派な造りの品だった。
「これは・・・。
我が工房のヴァイオリンですな。ドゥリーが造った物だ。」
「説明は後。とにかく弾いてみてちょうだい。」
大魔女に促されたシュタイナーが、ドゥリーのヴァイオリンを手に取った。
弦に弓を当て、誰でも知ってる幻想曲を奏でる。
しかし。
ほんの数秒弾いただけで、老技師の表情が一変する。
彼はいきなりヴァイオリンを投げ捨て、目を釣り上げて怒声を上げた!
「なんと言う事だ!
ドゥリーお前、驕ったな!!?」
大魔女は満足そうに微笑んだ。
「さすが名人、その通りよ!
そのヴァイオリンは、先日この工房から王城楽団に納入された物。
ヴァイオリン奏者が弾くのを断固拒否したわ。
傲慢でいやらしい音がする、非常に悪質な楽器ですって。
さぁ、どうしてくれるの? シュタイナー。」
「・・・。」
長い、長い沈黙の後。
シュタイナーが頭を静かに下げた。
「面目次第もございません。
全ては私の不徳の致すところ。
お咎めは後日、必ず頂戴いたします。」
再び顔を上げた老技師の顔は、怒り心頭で鬼の形相。
とても病人とは思えない。彼は自分よりも遙かに大きいドゥリーの胸ぐらをガシッと掴むと、思いっきりたくし上げた!
「来い、ドゥリー!
イチから修行のやり直しだ!!!」
「ひぃ~!!?」
ドゥリーが情けない悲鳴を上げた。
地位も名誉も、師匠の信頼も失った男は、トドメの光景を目撃する。
かつて恋焦がれていた憧れの女性が、ロイドの傍らに歩み寄ったのだ。
「貴方、どうしてここに?
またお店をほったらかして誰かの手助けしてたのね?」
「いやぁ、ははは。
ソラムが困ってたんでね。ちょっとばかり、手伝いを・・・。」
「まぁ! 貴方ったらいつもそう。
困ってる人を見ると放って置けないんだから。」
照れて苦笑するロイドを見上げ、長姉の元魔女が小さく笑う。
潤んだ瞳で微笑む彼女は、女神のように美しい。
「でも、そんな貴方だから好きになったの。
貴方の事忘れるなんて、私ったらひどい妻ね。
愛してるわ、ロイド。
世界で1番、愛してる・・・!」
工房の奥へと引き摺られていく、何もかも失った哀れな男。
その顔色は青や白を通り越し、もはや土気色だった。
---♡♡♡---♡♡♡---♡♡♡---
一件落着したようだ。
ティナはオスカーと作業場に入り、大魔女の姉に話しかけた。
「あの、有難うございます、お姉様。」
「あら、ティナ。
オスカーもいるのね、なんでここに?」
「ロイドを追ってきたんだ。
アイツが裏通りの連中とたむろしてるのを見かけてね。気になったんで後を付けたらここに来たってワケだ。」
オスカーが肩をすくめておどけて見せる。
「ま、とにかくこの場は丸く収まった。
そうだろ?ティナ。」
オスカーに促され、振り向いたティナは仲睦まじく寄り添う長姉夫婦を見た。
ちょうどソラムが2人にお礼を言っている。
笑顔を見せる恋人に、ティナもニッコリ微笑んだ。
「はい、よかったです!
・・・でも、弦線集めに協力してくれた 裏通りの人達 は何だったんでしょう?」
「裏通り? あぁ、例の困った一味の事ね。」
誰の事を言っているのか、わかったらしい。
ティナの疑問に答える大魔女は、少し面白そうだった。
「彼ら、ロイド義兄様の 幼馴染み なのよ。
義兄様、真っ当に生きるようずっと説得していたそうなの。
お陰でようやく改心してくれつつあるわ。近い将来、裏通りを出て義兄様の小間物屋をみんなで手伝う事になってるみたいよ。」
ティナは目を丸くした。
「そ、そうだったんですか。私てっきり・・・。」
「義兄様が何か犯罪に巻き込まれたんだって思った?」
大魔女が悪戯っぽく片目を瞑る。
「大丈夫。ロイド義兄様はとても立派で素晴らしい人よ。
さすが私達のお姉様ね、男を見る目がお有りになるわ!」
姉の夫を大絶賛。大魔女が誇らしげに微笑んだ。
しかし。
その「素晴らしい義兄」は人が良すぎておっとり呑気。
ソラムと和やかに談笑する中、彼はうっかり禁句を漏らす。
それが大団円を迎えた事件の最後に、小さな 修羅場 をもたらした!
「・・・いやぁ、僕より君の方がずっとすごいよ。
あんな陰湿な いじめ に遭ってたのに、一生懸命頑張ってたじゃないか!」
「 い じ め ??!」
大魔女の笑顔が凍り付き、両目がキリリとつり上がった!
作業場の空気が一気に冷える。魔女が発する強烈な怒気に、工房中の人々が恐怖に慄き立ち尽くす!
「いじめですって?!
ソラムが!? この工房で!? あの男に!!?」
「いやミシュリー!
その話は今、綺麗さっぱり解決しただろ?!」
慌ててオスカーが宥めるが、おとなしく鎮まるはずはない。
怒髪天を衝く形相で、大魔女が激しくいきり立つ!
「解決した?! 冗談じゃないわ!
あのクズ野郎! お姉様だけじゃなく未来の義弟まで苦しめて!」
「大丈夫だから! 奴ならもう罰を受けてるから!」
「足らないわ! あぁもう、この工房ったら最低ね!
弟子がクズなら師匠も同罪よ!弟子の間でいじめがあったってのに、呑気に養生してるだなんて!
いいわ、こんな工房、私の魔法で ぶ っ 潰 し て ・・・!!!」
「待て! 落ち着け早まるな!
なんでそう過激なんだお前ってヤツは!
義姉さんスミマセン、後は頼みます!
ティナ、帰りはソラムに送ってもらえ!
気を付けて帰れよっっっ!」
オスカーが大魔女を羽交い締めにして、工房の外へ引っ立てて行く。
他者にできる事じゃない。
さすが、大魔女の夫だった。
---◆◆◆---(^^;)---◆◆◆---
夜に相応しい静けさが訪れた。
なんとも言えない倦怠感が、作業場に残るティナ達を襲う。
そんな中、ロイドが小さく苦笑した。
「だから、大魔女様にはバレたくなかったんだけどなぁ。
まさか 命に関わる 事まではしないだろうけど、ホントに工房ぶっ潰しちまいかねない。
あの人に気付かれる前に、何とか穏便に解決したかったんだけどなぁ。」
「貴方がバラしたようなものでしょ? 仕方ない人!」
バツが悪そうな夫を叱り、長姉の元魔女が微笑んだ。
「さぁ、私達も帰りましょ。子供達が待ってるわ。
夕食はビーフシチューなの。よかったら工房の皆さんも一緒にいかが?
たくさん作ったから、ぜひ召し上がってくださいな♪」
弦楽器工房の職人達が、とても嬉しそうに歓声を上げた。
そんな中。
ティナはソラムの腕にそっと手を掛け、引き留めた。
「貴方は、ウチに来ない?
パン・グラタン、作ったんだけど・・・。」
日頃忙しい恋人のため、一生懸命作った食事。
できれば食べて欲しかった。
「そっか。
ありがとう、ご馳走になるよ!」
そう言って、恋人はニッコリ笑ってくれた。
屈託のない笑顔がとても嬉しい。
ティナは喜びを噛みしめた。
(有難うございます、大魔女のお姉様。
・・・オスカー義兄様、がんばって!!!)
幸せ溢れる心の中で、そっと送った感謝と応援。
この弦楽器工房の明日は、オスカーの腕に掛っている。
魔法でぶっ潰されたりしない事を、切に祈るばかりだった。