忘却魔法は魔女には不要!

2024年10月30日

その探偵事務所は、街で一番大きな通りにある。
と、言っても、王都から離れた地方の街なのでたかが知れてる。街人がのんびり行き交うだけの、至って平和な商店街である。
従って、スコット・レドニーが所長を務める 探偵事務所
は今日も「開店休業」だった。

「何が『所長』だ。
従業員なんて1人も居ないじゃないか。」
「しかも奥さん、子供連れて実家に帰ってんだろ?
なんだい、とうとう愛想尽かされたかい?」

「ち、違うぞ?! ちょっと遊びに行ってるだけだ!」
口の悪い年寄り達に、スコットは慌てて反論した。
事務所には来客用の古びたソファとテーブルがある。
そこを陣取る老人達。家の仕事を息子に譲った近所のご隠居連中が、仲良くたむろしているのだ。
「アンタら、ここは集会場じゃないんだぞ!
仕事の邪魔だ、出てってくれ!」
スコットは声を荒げて物申した。
即座に返る反撃は、実に手厳しいものだった。

「冷たいねぇ。奥さんは優しいのによぉ。」
「いいじゃねぇか。どーせ客なんか来ねぇんだし。」
「奥さんはお茶入れて持てなしてくれるぞ?
ちったぁ見習わんかい!」
「まったく、奥さんが居なきゃ何も出来ないんだから!」

言いたい放題である。
スコットのこめかみに青筋が立った!

「 出 て け ~~~っっっ!!!」

大爆笑を後に残して老人達は退散した。
それでもまた明日になれば、素知らぬ顔でやって来る。
スコットは頭を抱えて項垂れた。

---♪♪♪---♪♪♪---♪♪♪---

「まったく、この街の年寄り共は!
暇なら畑で野良仕事でもしてろっての!」

事務所の奥には一応「所長」のデスクがある。
その肘掛け椅子にドッカリ座り、シミだらけの天井を見上げて一人ブツブツぼやく。
何もかもが面白くない。スコットは陰鬱な気分を持て余す。
とにかく、客が来ないのだ。
仕事がなければ収入も無い。ここ最近は自宅兼事務所の家賃も工面できない始末。これでは、実家に「遊びに行ってる」妻子が帰って来なくても仕方がない。
何といっても、妻の実家は・・・。
気が滅入る一方だった。

「あ~、誰か仕事持ってきてくれませんかねぇ!?
今ならどんな依頼でも、喜んで引き受けまっせー!」
「本当ですか?!
お願いします、探偵さん!」

「・・・はい???」
まさか、返事があるとは思わなかった。
スコットは事務所入口を見た。
15歳位の少年が、いつの間にやら佇んでいる。
彼は意を決したように、勢いよく事務所に踏み込んで来た。
「実は、人捜しをお願いしたいんです!
女の子です!先日から居なくなってしまいまして!」
尋ねもしないのに話し出す。スコットは慌てて口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待って!君、名前は?」
「あ、すみません。僕、アレンっていいます。」
少年・アレンは頭を下げた。
「ヴェルダンツ児童養護院から来ました。いなくなったのは同じ施設で暮らしている娘です。
あの、僕の、恋人です。」
そう言って、アレンは恥ずかしそうに目を伏せた。

---※※※---(^_^)---※※※---

いなくなった娘の名は ミーアナ。
アレンと同じ15歳。心根の優しい明るい娘だという。
「一昨日、施設に 外国の貴族 の使者が来たんです。
ミーアナを迎えに来たんだそうです、彼女が幼い頃に生き別れた侯爵家の子供だとか言って。
話を聞いた院長先生は、あまりに急な事だったので、その日は一旦帰ってもらったって言ってました。
でも翌日の朝からミーアナは、いなくなってしまったんです。」
「へー、そぉ。」
悲しそうに話すアレンに対し、スコットは少々投げやりな態度。応接ソファに座らせて一応話を聞いてはいるが、依頼を請ける気はサラサラない。
こんな子供が探偵を雇う金など持っているはずはない。適当なところで切り上げてとっとと追い出すつもりだった。
「院長先生もです。あの人もいなくなってました。
ミーアナを連れてその貴族の所へ行ってしまったんだ。
何とか助け出さないと!」
「どうして? 貴族って言えば金持ちだ。
孤児だった娘が富豪のお嬢様になるんだぜ?
君には少々残酷だが、親元へ行けば彼女の幸せになれるんじゃないか?」
「いいえ、 このままじゃミーアナは不幸になる!
彼女は侯爵家の娘なんかじゃないんです!
連中が勝手にそうだと決めつけてるだけなんだ!」
「決めつけてる?
侯爵側が彼女を娘だと思う理由は?」
キッパリ言い切るアレンの態度に疑念を抱いた。
深入りするつもりはないが、好奇心にかられて聞いてみる。
「 ペンダント だそうです。
ミーアナがずっと身につけている金の小さなペンダント。
生まれた時、父親の侯爵が贈った物だと使者の人達は言ってました。」
アレンは小さく微笑した。
悲しげにも、苦しげにも見える、なんとも言えない微笑みだった。

「たったそれだけでミーアナを娘だって決めつけるなんて!
冗談じゃない!
あのペンダントは 僕の物 だったのに!!!」

「!? って事は、君が?!」
目を剥き驚くスコットに、アレンは首を縦に振る。

「はい。たぶん僕が 侯爵の子供 です。
あのペンダントは、たった1人で僕を育ててくれた母からもらった物ですから。
母が病気で他界してから、形見だと思ってずっと大事にしていたんです。
それを去年のミーアナの誕生日に彼女に贈りました。
大人になって養護院を出た時、一緒になるって約束の印に・・・。
探偵さん、わかりますか?
僕の父親は、自分の子供の性別すら知らなかったような薄情な人物なんですよ?
警察は取り合ってくれないし、他に頼る人が居ないんです!
お願いします、ミーアナを助けてください!!!
・・・って、探偵さん?聞いてますか?」

アレンが訝しがるのも仕方がない。スコットは上の空だった。
実際、話も途中から聞いてない。彼の頭は己の夢と欲望でいっぱいだった。

(いいぞ、運が向いて来た!
この子をその侯爵とやらの所へ連れて行こう!
こっちが本当の子供だって教えてやれば、謝礼はきっと大きいぞ♪)

「いや、話はよくわかったよ、アレン君!」
あまり聞いてなかったくせに、スコットは大きく頷いた。
応接ソファから身を乗り出すと、アレンの右手をガッシリ掴む。
「君の依頼を請けよう!ミーアナさんを助け出すんだ!」
「本当ですか?! あ、でも、依頼費は・・・?」
「何を言っているんだ!
そんなの気にしなくてイイ!(侯爵からもらうからネ♪)」
俄然、やる気が出てきた。
スコットは勢いよく立ち上がり、ソファの背もたれに投げ掛けてあった上着を羽織って威儀を正す!

「何もかも俺に任せておきたまえ!
この 名 探 偵 スコット・レドニー が、万事よろしく解決してあげよう!
はーっはっはっは!!!♪」

「・・・自分で『名探偵』って言っちゃうんですか?」
賢そうな少年の顔がにわかに曇った。
不信感ダダ漏れの面持ちに、スコットは人差し指を軽く振る。
「疑っているね? そんじゃ俺の実力をご覧に入れよう。
なにかミーアナさんに関する物、持ってる?
身につけていた物が一番いいんだが。」
唐突で意外な質問にアレンは少し戸惑った。
「えっ? あ、コレでいいですか?
この間借りて、返しそびれてる物なんですけど・・・。」
上着のポケットから取り出したのは、薄紅色のハンカチだった。
「よし。それじゃ、先ずはミーアナさんがどこに居るのか、探ってみようか。」
可愛いハンカチを丁重に受取り、スコットは何かをつぶやいた。
「・・・ えぇ!?」
アレンが驚き目を見張る。
ハンカチはスコットの手のひらで、淡い緑に輝きだした!

「今、ハンカチに残る彼女の気配を参照に、本人の行方を追っている。
 追跡魔法 だ。現役魔道士でも使えるヤツが少ない、非常に難しい魔法だぞ。
・・・あぁ、やっぱりこの国から出ているらしい。
ミーアナさんは、ここから南の トゥウェイン・コル国 に居る!」

封建的な貴族制度のある国だ。
間違いない。ミーアナは侯爵家の者に拉致されたのだ。

アレンがソファから立ち上がった。
「た、探偵さん、魔法が使えるんですか?!」
「こう見えても元・魔道士でね。見直したか?」
「はい!」
尊敬の眼差しが心地よい。スコットはすっかり得意になった。
「よろしい♪ それじゃ、ミーアナさんを助けに行こうか。
君も一緒に来てもらうよ?その方が彼女も喜ぶからね。
(そんで侯爵様に引き渡すっと♪ ボロ儲けボロ儲け♡)」
「はい!
あ、でもその国までどのくらい時間が掛るんですか?
外国だったら旅費も掛りますよね?」
チッチッチ♪
スコットは再び人差し指を振って見せた。
「 転移魔法 ってヤツを知ってるかい?
目的地まで瞬間移動出来る。高位魔道士だけが使える特別な魔法だ。
ま、俺にとってはお茶の子サイサイ♪
トゥウェイン・コル国までひとっ飛びだ!」
「 !!? スゴイ! スゴイです、探偵さん!!!」
少年の素直な賞賛に、ちょっとだけ心が痛んだ。
トゥウェイン・コル国に赴いた後、転移魔法で帰ってくるのはスコット1人だけになる。
アレンが侯爵家の迎え入れられた後、ミーアナはどうするだろう?
貴族制のある国は厄介だ。婚姻に血統や家柄が重視される。
そんな国に置き去りにして、2人は一緒になれるのだろうか・・・?
(いや、大丈夫だろう。この子アレンはとてもしっかりしている。
真っ直ぐで勇敢な子だ。きっと新しい世界でミーアナと幸せに暮していけるだろうさ・・・。)
スコットは罪悪感を振り払った!

「さぁ行こう、アレン!
先ずはミーアナさんに会いに行くぞ。瞬きしている一瞬で可愛い恋人とご対面だ!♪」
「はいっ!
って、探偵さん、待ってください!」

アレンは真っ直ぐで勇敢なだけでなく、賢く慎重な子のようだ。
呪文を唱えるスコットを、慌てて止めようと飛びついた。
「ミーアナが今、どういう状況なのかがわからない!
いきなり行くのは危険です!!!」

しかし。

本当にほんの一瞬だった。
軽い浮遊感に見舞われた後、目の前の光景がガラリと変った。

---☆☆☆---!!!---☆☆☆---

そこは薄暗く、だだっ広い空間だった。
燭台が何本も立ち並び、蝋燭の炎がゆらゆらと朧に辺りを照らしている。
石造りの壁が見えるが、窓らしい物が何もない。どうやらここは 地下室 のようだ。
そこで、2人が目にしたものは・・・。

「・・・アレン!
来てくれたのね!?」

真っ白なドレスを着た少女が歓喜の声を上げた。
「ミーアナ!」
駆け寄ろうとするアレンを引き留め、スコットはゴクリと生唾を飲んだ。
地下室の真ん中、少女が佇む床の上。
そこには 魔法陣 が描かれている。
実物を見たのは初めてだった。魔道士としての修行中に書物の中でしか見た事が無い。
それだけ強大な魔力を要する、極めて強力な魔法陣だ。
スコットは全身総毛だった!

( 地の契約の魔法陣 !?
なんだこれは、どういう事だ!!?)

「・・・なんだお前達は?」
愕然となるスコットの前に、男が1人立ちはだかった。
右手の指にはめられた金のインタリオ・リングがギラリと光る。
描かれているのは 侯爵家の紋章 。
件の侯爵 本人だ。

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 地の契約 とは、その地を護る 地の精霊 と特別な契約を交す魔法。
契約者は地の精霊から守護を受け、枯れる事なき富を得る。その代わり、土地で暮す全ての命を護り導く責を負う。
少しでも契約を違えたならば、恐ろしい呪いが降りかかる。
病・貧・争・災、あらゆる不幸に見舞われ、その生涯を終えて尚、あの世で永遠に苦しむという。

「それだけじゃない!
地の精霊が土地を見限って、アンタの領土は不毛の荒野に成り果てるんだぞ!」

スコットは必死で訴えた。
いきなり侯爵本人に見つかった彼は、アレンと一緒に捕まった。
縄で後ろ手に縛り上げられ、侯爵家の従者に取り囲まれている。手も足も出なかった。
「わかってんのかい?!
精霊との交流自体、軽々しくやっていい事じゃないんだ!」
「騒ぐな。責任を全うすればいいだけの事だ。」
青いローブの魔道士を従え、侯爵が冷たく言い放つ。
威風堂々とした立派な紳士。しかしギラギラ光る双眸に優しさなど微塵もない。
「帰ってきた後継ぎの為に、地の精霊の守護を得る。
何が悪いと言うのだね?」
「あ、いや、そもそもその後継ぎってのが・・・。」
ここに居るアレンなんです!
と、言うより早く、当のアレンが声を荒げた。

「嘘だ! ミーアナを契約者にしといて、自分が恩恵を得るつもりなんだ!」

冷酷な侯爵が目を剥いた。
「不躾な子だ。親の顔が見て見たい。」
いや、アンタだよ!
と、言おうとしたがまたしても機会を失った。
他の誰かの声がしたのだ。

「君の言うとおりだよ、アレン。
この男は子供の幸せなんて、考えてもいないんだ。」

「 院長先生 !?」
驚くアレンが見る方向に、スコットも首を巡らせる。
痩せぎすで冴えない風体の男が、ギッチリ縄で縛られていた。
「侯爵は近い将来トゥウェイン・コル国王都近くに別の領土をもらえる事になっているそうだ。
きっと、地の契約で得るこの地の富を搾取しながら、新しい領土で贅沢に暮らすつもりなんだろう。」
真実を告げる院長の首に、侯爵の従者が短剣の刃を当てがっている。
スコットは侯爵を睨み付けた!
「彼を使ってミーアナを脅しているんだな?!
言うこと聞かないと危害を加えるとか言って!」
「娘が派手に暴れたのでね。
事が迅速に捗るよう、あの男に協力してもらっているだけだ。」
「協力ですって?! 冗談じゃないわ!」
魔法陣に立つミーアナが叫ぶ。
「院長先生は私を護ろうとしてくれたのよ!
なのに乱暴してケガまでさせて!」
院長は額から血を流していた。大したケガではないようだが、実に痛々しく見える。
「邪魔をするからだ。
もっとも、娘の方がよっぽど手強かったワケだが。」
渋面を作った侯爵がブツブツぼやく。
「娘を街の守護魔道士の所へ連れて行こうとしていたのも気に喰わん。
我々が連れて帰ると言っているのに、なぜ隠すようなマネをする?」
「貴方が本当にミーアナの父親なのか調べる為です!」
院長はキッパリそう告げた。
「血縁なんて、知識ある魔道士が調べればすぐにでもわかるんだ。
先ずはそうするべきでしょう?!ペンダント1個で娘だって決めつけるなんて!」
「詳しく調べる時間が惜しい。万が一血縁関係ではなかったとしても養子縁組すれば良い。」
「貴方が本当の父親だったとしても、ミーアナは絶対渡しませんよ!」
一見貧相でひ弱に見えるが、養護院を営む者の気質はしっかり持っているらしい。
取り付く島のない侯爵に、院長が必死で食い下がる!

「貴方みたいな冷酷な人に、大事な子供を渡せるわけがないでしょう!?
さぁ、ミーアナを返してください!
アレンもです!今すぐ2人を解放してください!!!」

「・・・院長先生・・・!!!」
慈愛溢れる院長に、アレンとミーアナが目を潤ませる。
しかし侯爵には通じない。
欲にまみれた侯爵は、冷酷無比に言い捨てた!
「時間が惜しいと言っているだろう!?
新しい領土に城を建てる費用が必要なのだ、 一刻も早く地の精霊の恩恵を得たい!
魔道士よ、契約の儀式を始めろ!地の精霊を呼び出すのだ!!!」
縛られた両手に縄を食い込ませ、アレンが身を乗り出した!

「待ってください! 本当は僕が・・・!!!」

「バカ! 止めろ!!!」
スコットは咄嗟にアレンを止めた。
飛び出そうとする少年を肩と背中で押し戻す。
荒縄が軋んで手首を擦り、血をにじませたが気にならない。
それよりアレンを 護 り た い。
そんな事を思う自分に、思わずフッと苦笑が漏れた。
(護りたい?
侯爵に引き渡すつもりで連れて来た子を?)
自分でも、意外だった。

その時。

「地の契約、ですって?
出来るワケないでしょ、 アンタ達なんかに。
そこの魔道士もどき・・・なんかじゃ、まったく魔力が足らないわ!」

キィン!

魔石を弾く美しい音が鳴り響く。
途端にミーアナの足元から魔法陣が消え、スコット達を拘束していた荒縄までもが消え去った。
すぐさまアレンが走り出す。
そして両手を差し伸べ泣き出す恋人を、強くしっかり抱きしめた。
心温まる光景なのだが、それを喜ぶ余裕は無い。
スコットはただ愕然と、魔石の音が聞こえた方向、闇の彼方を凝視する。
現れたのは、燃えるような赤毛の魔女。
仮にも魔法が使える者なら、彼女を知らない者は居ない。

「 だっ、大魔女 様 !?」

「 !? ひぃっ!!!」
思わず叫んだスコットの言葉に、侯爵が小さく悲鳴を上げた。

--***--(;゜ロ゜ノ)ノ !--***--

「地の契約には莫大な魔力が必要だわ。」

大魔女は『地の契約』について説明した。

「契約するには先ず、精霊と交流しないといけないでしょ?
並の魔女・魔道士じゃ相手にもしてもらえない。
そこの魔道士もどき・・・じゃ到底無理ね。私が見たトコ、魔力は三流以下だもの。
そもそも、地の精霊が契約を交すのは可愛がってる人達にだけ。精霊本人が選んだ人じゃなきゃ、床に魔法陣描き込んだって何も起りゃしないのよ?」

侯爵が床にへたり込む。
それを見下ろす大魔女の口には、意地悪げな嘲笑が浮かんでいた。

「つまり、アンタは 騙 さ れ た の。そこの魔道士もどき・・・にね。
契約結んだフリした後で報酬ぶん取って逃げる気だったんじゃないかしら?
『類は友を呼ぶ』ってこの事ね。お似合いの二人コンビよ、アンタ達♪」

侯爵の顔が憤怒で歪む。
彼はやおら立ち上がると、オロオロしている魔道士目がけてもの凄い勢いで突撃した。
後は、聞くに堪えない罵詈雑言。
大魔女は呆れた様に吐息を付いた。
「あのおバカ侯爵がやらかした事は、私からトゥウェイン・コル国の王に伝えておくわ。
我が国の子供を2人も拐かしたんですものね。タダじゃ済まなくってよ!」
互いを醜く罵り合ってるおバカ侯爵と魔道士もどき。似合いの二人コンビをそのまま捨て置き、呆然と立ち尽くす恋人達にニッコリ優しく微笑みかける。

「安心なさい、アレンはおバカ侯爵の子供じゃない。
一滴も血は繋がってないわ。」
「 !!! 本当ですか、大魔女様!?」
「えぇ、ホント。私が魔法で調べたから確実よ。
ペンダントは元の持ち主が売るか捨てるかしたのを、お母様が手に入れた物なんでしょう。
今まで通り形見として大事に持っていなさいな。」

アレンの顔が明るく輝き、ミーアナも喜びの涙を流す。
2人は再び、強く固く抱き合った。

---♪♪♪---♪♪♪---♪♪♡---

「さて。スコット・レドニー?」

( ギクッ !!!)
突然呼ばれて心臓が跳ねる。
スコットはぎこちなく振り向いた。
そこには大魔女の昂然とした笑顔。
逃げられそうにない。
小声でブツブツ呟いていた転移魔法の呪文を飲み込み、愛想笑いを返して見せた。

「こんな所で会うなんて奇遇だわね、元・守護魔道士 さん。・・
アンタの元・師匠、まだ怒ってんのよ?
『「転移魔法」だの「追跡魔法」だの、習いたい魔法だけ修得したらサクッと魔道士辞めやがって!』だって。
辞める理由が『探偵になりたいから』って話だったけど、本当だったのね。
しかも真面目に仕事してるみたいじゃない。恐れ入ったわ、探偵様♪」
「は、はは・・・。ポッフルの街の守護魔道士様、お元気ですかね?」
「元気いっぱいよ。会う度アンタの愚痴聞かされるけどね。」
「・・・。」

話題を変えた方が良さそうだ。
スコットは両手ににじむ血を上着の裾で拭いながら、陽気な声を張り上げた。
「そっ、そう言えば大魔女様! 貴女様はどうしてここに?」
「あぁ、それはね・・・。」
大魔女の表情が若干曇った、その時だった。
耳をつんざく大音量の、女性の絶叫が聞こえてきたのは!

きゃあーーー!
血が出てるわ、ア ナ タ ーーーっっっ!!?」

闇の中から婦人が1人、もの凄い勢いで走り出た!
スカートを振り乱して走る姿は、リンデンブール号で大騒ぎした元・4番目の魔女によく似てる。
彼女はその双子の片割れ。
元・5番目の魔女もまた、愛する夫に突進した!

「アタシの大事な人に、なんてコトすんのよ!
この 不届き者ぉ ーーーっっっ!!!」

 バ キ っっっ!!!

・・・それは見事な ドロップ・キック跳び蹴り だった。
犠牲になったのは哀れな従者。額から血を流す 院長先生 に短剣突きつけていた男である。
仰け反り吹っ飛ぶ彼をよそに、元・5番目の魔女は愛する 夫 に抱きついた!
「ぅわ~ん、アナタ! アーノルドぉ~!!」
「ル、ルル?! 大魔女様、これはいったい?!」

突然の事に慌てふためく養護院院長・アーノルド。
泣き叫ぶ 妻 の肩越しに、助けを求めて義姉を見る。
「うん、ゴメン。後でゆっくり説明するわ。
・・・あのね、5番目ルル? 跳び蹴りは止めなさい、跳び蹴りは。」
大魔女がゲンナリ苦笑する。
(・・・何コレ、どゆ事???)
スコットは呆気にとられて立ち尽くした。
取っ組み合いに発展しているおバカ侯爵と詐欺魔道士。
そのすぐ横で寄り添い微笑む幸せそうなアレンとミーアナ。
さらにその隣では、ひたすら狼狽える夫にしがみつきギャン泣く大魔女の妹が居る。
まさに、手が付けられない状況だった。
(儲けがないなら、帰りたい・・・。)
混沌極まる異国の侯爵家地下室で、スコットはガックリ項垂れた。

---***--- (´Д`;)---***---

後日談が少しある。
スコット達がトゥウェイン・コル国から無事帰還して、数日後の昼下がり。
小さな街の探偵事務所は、今日も老人達が仲良く暇を楽しんでいた。
「いー加減にしろって、爺さん達!
ここは集会所じゃないって、何度言ったらわかるんだ!?」
声を荒げるスコットに、老人達は破顔した。

「相変わらず冷たいねぇ。
奥さん、帰って来ねぇからって。」
「そりゃ帰って来ねぇよ。
実家が ポッフルの街の守護魔道士様 だもん。
ここよりいい暮らし出来るしよ。」
「守護魔道士様もお気の毒に。
後継ぎのつもりで婿にしたのに、貧乏探偵になっちまって。」
「その辺、まだ許してもらえてないんだろ?
無理もねぇ、はっはっは♪」

・・・相変わらず、口が悪い。
しかも何にも反論できない。スコットは握り拳を震わせた。

「ま、がんばって仕事せい!
そしたらちったぁ、見直してくれるってモンだ!
・・・部下が 2人 もできたワケだしな♪」

事務所の床をモップ掛けする少年に、老人達が微笑みかける。
 アレン だ。彼は晴れやかな顔でニッコリ笑う。
「はい! 大丈夫です。
この後、依頼人が訪ねてくる予定になってます。
人捜しだそうですよ?頑張りましょう、所長!」
「私も精一杯お手伝いします。
何でも言ってくださいね? 所長!」
笑顔可愛い ミーアナ が、老人達にお茶を配る。
若い「助手」と「事務員」が、探偵事務所を元気で満たす。
まんざらでもない。
「所長」と呼ばれたスコットに、やる気と闘志が湧いてきた!

「あ、でも、そのご依頼お金になる???」
「所長!お金の事は二の次です!」
「先ずは人に信頼してもらえる探偵事務所作りから!」

老人達が爆笑した。
部下の方がしっかりしている探偵スコットの探偵事務所。
彼が本物の「名」探偵になれるかは、何とも微妙なトコロである。

---***---♪♪♪---***---

トゥウェイン・コル国から帰還した大魔女は、長姉の元魔女を呼び出した。
「まぁ、そんな事があったの?
これはホントにただ事じゃないわね。」
話の一部始終を聞いた彼女は、目を丸くして驚いた。
「えぇ、しかも由々しき事よ、お姉様。」
大魔女は真顔で頷いた。
応接ソファにゆったり腰掛け、紅茶を楽しむ長姉の元魔女。
彼女を見据える大魔女の目は、とても厳しいものだった。

「ところで、お姉様。
 お義兄様の顔、思い出せる???」

長姉の元魔女は微笑んだ。
「あら、どうしたの? 急にそんな・・・。」
言葉は途中で掠れて消えた。
優しげな笑顔が凍り付き、みるみる血の気が引いていく。

「まさか、そんな・・・!
 思 い 出 せ な い わ !!!

戦慄く彼女の繊手から、紅茶のカップが滑り落ちた。

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