忘却魔法は魔女には不要!
3.魔道士、または魔女の妨害
幸い、怪我人はいなかった。
大魔女が咄嗟に「防御の魔法」を放ったお陰で、姉妹は全員無傷だった。
しかし大魔女の私室は惨憺たる有様。寡黙な大臣、家臣・女官達が大慌てですっ飛んできた。
あの母親まで駆け付けて来たからたまらない。大惨事の後片付けは、小言を喚く母親にしつこく付きまとわれての作業になった。
やっと落ち着いたのは夜半過ぎ。
ティナと長姉の元魔女は城下の自宅へ帰っていった。
双子の元魔女達は子供達と一緒に、あてがわれた客室で休んでいる。
あの厄介な母親も南の離宮へ引き上げた。今頃自分の寝台の中でグッスリ寝ている頃だろう。
とんでもない1日だった。
熱いお風呂で疲れを癒し、大魔女は寝室にある鏡台の椅子にへたり込んだ。
「酷い目に遭ったわ。
まったくお母様ったら!誰の所為でこんな事になったと思ってんだか!」
化粧水で肌を労っていると、後ろから陽気な声が聞こえてきた。
「災難だったな、赤唐辛子。
魔女のお茶会は物騒だ。
部屋一つ吹っ飛ばしちまうんだからな♪」
軽口を叩く背後の相手を、大きな鏡越しに睨み付ける。
大きな寝台に寝そべりくつろぐ、精悍な顔つきの若い男性。
読んでいた雑誌から顔を上げ、ニッコリ笑い掛けてくる。
彼の名は オスカー 。
幼い頃からずっと互いを想い続け、困難を乗り越え結ばれた 大魔女最愛の 夫 である。
「赤唐辛子」は少年時代の彼が付けた大魔女のあだ名。
今も時々、特に妻をからかう時に、親しみをこめてそう呼んでくる。
「ま、怪我がなくて何よりだ。
驚いたぜ。地方都市の魔道士会合から帰って来てみりゃ、部屋がメチャクチャになってんだから。
義母さんは発狂寸前で喚き散らしてるし、可愛い妻とその姉妹はみんなそろって煤だらけときた。
いったい何があったんだ?
魔法の水晶玉で調べ物してた、とは聞いてるけど、それがなんであんな事に?」
「お父様ついて調べてたの。まさかこんな事になるとは思わなかったけどね。」
「義父さん? 冒険家で行方不明っていう?」
「貴方もそういう認識よね。私が教えたんだもの。
でもどうやら違うらしいの。」
父親に関する不可思議な事実を手短に、かいつまんで夫に話す。
オスカーが雑誌を閉じて起き上がった。
「なるほど、解せないな。
義父さんの記憶が姉妹でバラバラってのも妙だが、義母さんが存在そのものを忘れちまってるのは特に異常だ。」
「その通りよ。
それで、先ずはお父様の姿を水晶玉に映し出そうとしたの。
彼が確かに『居た』事を確認するためだったけど、何よりもティナに見せてあげたかったのよ。
あの娘はお父様に会った事すらないんだから。
でも・・・。」
鏡に映った自分を見つめる大魔女の目が厳しくなった。
「 妨害されたわ。
魔女 か 魔道士 に!」
「・・・妨害?」
オスカーが目を丸くした。
「それで、水晶玉が爆発しちまったってのか?」
「そうなるわね。でもおかしいわ!」
ジッとしていられない。鏡台前の椅子から立ち上がり、寝室中を歩き回る。
深く考え込む時の癖だ。ガウンの裾を翻しながら、大魔女はウロウロ歩き続けた。
「私は過去見魔法でお父様のお姿を見ようとしただけ。
なのに? 部屋を? 吹っ飛ばす?
異常だわ!まるで私達を威嚇してるみたいだった。
お父様の存在を認めない輩がいる。
そいつが過去見を妨害したんだわ!
なぜそんなマネするのか、ちっともわからないんだけど。」
彷徨う妻を目で追いながら、オスカーも腕を組み考え込んだ。
「不可解な事が多いな。
相当手が掛る『謎』だぞ、これは。」
「そうね。でも放ってはおけない。」
大魔女は再び鏡台前の椅子に腰掛けた。
鏡台に並ぶ化粧品の中から小壺を手に取り、蓋を開けて中身を掬う。
保湿クリームである。香料に使われた花の香りが優しく鼻孔をくすぐった。
「今や正真正銘『行方不明』になっちゃってるお父様のためにも、事の真相を突き止めなきゃ!」
クリームを顔につけ、指先で伸ばし丹念に塗る。
その最中でも大魔女の目は闘志を宿し、決意を秘めて輝いていた。
「やれやれ。また忙しくなるな。」
鏡に向かう妻を眺め、オスカーが小さく苦笑した。
「それじゃ、今日も トランプ はお預けかな?
昼間の騒ぎでお疲れのようだし。」
「・・・。」
クリームを塗る手が途中で止る。
頬がみるみる赤くなっていく鏡の中の自分から、大魔女は思わず目を反らした。
---♡♡♡---(^_^)---♡♡♡---
『こんなヤツでも 寝室 じゃ、
とぉっっっても可愛らしいんだぜ♡♡♡』
以前、オスカーにからかわれた時の事。
羞恥のあまり大魔女は、それは盛大に悲鳴を上げた。
『きゃーっ!?アンタ、ナニ言ってんのよーっっっ!?』
強く凛々しく時々過激。しかし根は結構純情な彼女は大いに慌てふためいた。
側でティナが聞いていたから尚のこと。もう17歳の末妹に意味がわからないはずはない。
咄嗟に思い付き口走ったのは、愚にもつかない誤魔化しの言葉。
今時子供でも騙されない、呆れるような戯言だった。
『ち、違うのよ!今言ったのは、変な意味じゃなくってね!
寝室では、あの、えっと・・・ト、トランプ!
2人で夜通しトランプしてンの、昨日はババ抜きで盛り上がったわ!!!』
その日から「トランプ」は特別な意味を持つ「隠語」になった。
オスカーが面白がってよく使う。特に2人きりでのんびりと夜の時間を過ごせる日には。
つまり おねだり してるのである。
「何もこんな時に」と思わなくもないが、2人はまだ新婚で、結婚式代わりの魔法儀式もつい先日執り行ったばかり。期待するのもムリもない。
だから、つい口が滑った。
同じ期待でときめく自分に恥じらい、動揺しながらも。
「・・・あら。
私、そんなに疲れて、ない、わよ?」
・・・言ってしまった一瞬後。
突然逞しい腕に抱きかかえられ、夫婦の寝台に放り込まれた!!!
「きゃーっっっ!?
ちょ、待って!そんなにがっつかないでよ!」
「夜ってのは長いようで短いんだぜ?
モタモタしてっとあっという間に朝になっちまう。」
「もぉ、アンタときたら!
雰囲気もへったくれもないんだから!」
「それは次の機会に、ゆっくりと♡
さて何する? ババ抜き? ポーカー? 七並べ?」
(・・・仕方ない人♡)
雰囲気を求めるのは諦めた。
確かに夜は長いようで短い。
明日からまた忙しくなるのなら、今は2人の時間を心ゆくまで楽しみたい。
もう、そう思い始めている自分に苦笑する。
大魔女は両手を優しく伸ばし、唇を寄せてくる夫の背中を愛情込めて抱きしめた。
しかし。
こういう時のお約束。
無粋な邪魔はやっぱり入った。
それは寝室の扉を蹴破ると、狂ったように絶叫した!
「 2 の 姉 様 あぁぁぁーーーっっっ !!!」
転がり込んできたのは、寝間着姿の若い女性。
裸足で走って来たらしく、振り乱された髪がボサボサ。
しかも美容パックでも貼り付けているのか顔一面が真っ白け。
その上血走った目が爛々と光り、大魔女夫妻を睨み付ける。
尋常じゃないその様相は、化け物じみてて悍ましい!
「 きゃーーーーーっっっ !!?」
さすがの大魔女も悲鳴を上げた。
---!!!---∑(゜o゜;)---!!!---
「お姉様あぁぁ!
どうしよう、私どうしようーーーっっっ!!!」
顔面真っ白の化物(?)は、もの凄い勢いで寝台に駆け寄り、大魔女の胸にしがみついた!
「ひいぃ?!って、あら、アンタは!」
あまりに奇抜な姿なので、すぐに気付けなかったのもムリもない。
間近でよくよく見てみると、乱入してきたこの女性は 元・4番目の魔女だった。
「いったいどーしたの!?
なんて格好で出歩いてんのよ、せめてパックは剥がしなさい!」
「パックなんてどーでもいいの!
私、恐い!恐いわ、どうしようお姉様あぁ!!!」
「私だって恐いわよ今のアンタが!
いいから落ち着きなさい、話は全部それからよ!
・・・オスカー、気付のお酒!
ブランデーを持って来て、お願い!」
呆気の取られるオスカーが、慌てて寝台から飛び降りる。
酒類を収めるキャビネットは寝室隣の居間にある。
そこへ向かおうとする彼が、開きっぱなしの寝室扉から出ようとしていた時だった。
「思い出せないのよ、お姉様!
私、夫の事を 何もかも 忘れてしまっているの!
彼の顔も声も名前も全部!
まったく思い出せないのよーーーっっっ!!!」
「・・・何ですって?」
大魔女は愕然とつぶやいた。
そして、寝室の入口で振り向く夫と驚愕の目を見合わせた。