忘却魔法は魔女には不要!
1.プロローグ
国を治める大魔女の、母親は少々困った性分。
決して悪い人ではないが、時折暴走してしまう。
自分都合の独断と過剰なまでの母性愛。13人居る娘達の恋を散々邪魔した「前科」がある。
そんな母親も昔は大魔女。
強大な魔力で国を護り導く、気高く立派な女王だった。
しかし。
何故か、彼女には 伴侶 がいない。
大魔女の名を娘に譲った今でも、人騒がせな彼女の傍に夫 と呼ばれる人はいない。
いったい何があったのか?
真実を知る者がいないまま、時は流れ過ぎていった・・・。
---☆☆☆---☆☆☆---☆☆☆---
木々の若葉が美しい、日差し柔らかいある日の午後。
とある魔法大国の王城に、とても嬉しい来客があった。
「姉様っ♪!」
「2の姉様、久しぶり!♪」
まだ年若い2人の婦人が、謁見の間のソファから立ち上がった。
女官達が恭しく開いた扉から、現れたのはこの国の女王。
燃えるような赤髪、挑むような鋭い瞳。
世界最強の魔力を誇る 大魔女・ミシュリー である。
金のローブの裾を靡かせ、颯爽と入って来た彼女はグルリと謁見の間を見回した。
「なんなのこれ?外国からのご来賓じゃあるまいし!
この子達は私の妹、余所へ嫁いだとはいえ家族なのよ?
変に気遣う必要ないわ、次から直接私室の方へ通してちょうだい!」
側で控える 寡黙な大臣 が慎ましやかに低頭した。
2人の婦人がクスクス笑う。
「お変わりないわね、2の姉様ったら!」
「ホント!でも2の姉様はこうでなくっちゃ♪」
2の姉様。
この呼び方は、かつて大魔女が 2番目の魔女 だった時の呼び名である。
「あら、それどーゆー意味かしら?」
大魔女は妹達を睨み付けた。
しかしすぐに表情を和らげ、2人一緒に愛情を込めて両手でしっかり抱きしめる。
「よく来てくれたわね!さぁ、お茶にしましょ!
・・・ちょっと!お茶は私の部屋へ運んでね。
給仕なんて結構よ。厨房の料理長に焼菓子たくさん作るようお願いしてあるから、アンタ達も焼きたてのヤツ、いただいといで!」
指示を出された女官達が、嬉しそうに頭を下げた。
この国の若い女王はものの言い方が少々キツイ。
しかし侍女を労る優しい気持ちが、有り余る程伺えた。
「ホントに、お変わりない!♪」
妹達は顔を再び見合わせ、面白そうに微笑んだ。
---♪♪♪---(^▽^)---♪♪♪---
訪ねて来たのは、王都から遠く離れた辺境都市に住む 4番目の魔女 と 5番目の魔女 。
どちらも頭に「元」が付く。恋した青年に嫁ぐ際、魔女である事を辞めたのだ。
魔女の名前は「禁忌の呪文」。
家族ではない他の誰かに名前を呼ばれたその魔女は、魔力を失い人間になる。
2人はとても仲の良い双子。愛する人に名前を呼ばれて幸せいっぱい嫁いで行った、大魔女の可愛い妹だった。
「美味しい!やっぱりお城のマドレーヌは最高ね♡」
「私はこのシュークリームが好きだったわ。2の姉様、覚えていてくださったのね!」
大魔女の私室で開催された、姉妹だけの小さなお茶会。
テーブルの上に並ぶお菓子はどれも逸品、城の料理長が腕を振った焼きたてホヤホヤの物ばかり。
だから双子の元魔女達は、姉との会話もそっちのけ。
手はひたすらお菓子を求め、口はもっぱら食べるだけ。忙しない事この上ない。
「もー! ちゃんと近況教えなさい!
アンタ達が食欲旺盛で元気なのはわかったから!」
2人掛けソファに座る大魔女は、呆れた様に苦笑した。
隣には優しげな婦人が座っている。
彼女は紅茶を一口飲むと、ふわりと上品に微笑んだ。
「仕方ないわね。料理長は腕がいいから。
街のお菓子屋さんで売ってるものよりずっと美味しいんですもの。」
「だからって、こんなにがっつくなんてはしたない。
お腹ペコペコのお子様じゃあるまいし!」
「あら。私もお城で暮していた頃はつい食べ過ぎて、よくお母様に怒られたわ。
貴女だって大好きでしょ?
子供の頃、厨房からお菓子を盗んで逃げちゃったくらいなんだから♪」
「・・・う!」
婦人の指摘に大魔女が怯む。
かつて 1番目の魔女 と呼ばれたこの婦人は、13人いる姉妹の長姉。
大魔女唯一の姉である。さすがに頭が上がらない。
「貴女が家出してお母様を困らせていた時の話よ。
二度と戻らないって言ってたくせに、ある日ひょっこり帰って来たのよね?
でもすぐまた居なくなったわ。料理長が作った焼きたてのお菓子をあるだけ持ってね。
あれからもう18年も経つのね。貴女、覚えてる?」
「いや、それは、その・・・。」
顔を赤らめ慌てる大魔女を、双子の元魔女達がクスクス笑う。
2人はようやく食べるのを止め、愉快そうに話し出した。
「まぁ、私は覚えてますわ。あの時は上へ下への大騒ぎでしたわね♪
だってそのお菓子、国賓の方達にお出しするお茶会用の物だったんですもの!」
「私も覚えてるわ。お母様が大慌て取り乱すものだから余計騒ぎが大きくなって!
2の姉様、持ち逃げなさったたくさんのお菓子をいったいどうなさったの?
まさか、お一人でお召し上がりに???」
「ンなワケないでしょ、止めてくれる!?」
大魔女はプイッとそっぽを向いた。
「あの頃の事は思い出したくないわ! もの凄く大変だったんだから!
特に家出先から連れ戻されてた後が最悪よ!
お母様どころか お 父 様 にまでコッテリミッチリ叱られて!」
「その お 父 様 に、罰として『魔女・魔道士詠唱呪文大全集』の書き取りを命じられたのよね。
1,000ページもある分厚い本を3日かかって泣きながら書いて♪」
「お姉様っっっ!!!」
昔話で盛り上がる、気心が知れた姉妹のお茶会。
そんな中で1人だけ、姉妹の会話を黙って聞いてる慎み深い娘が居た。
彼女は元・13番目の魔女。
今は普通に ティナ と呼ばれ、普通に王都の高等学校へ通う大魔女達の 末妹 である。
「あの、お姉様。ちょっといいでしょうか?」
紅茶のカップをソーサーに置いて、ティナが姉達に声を掛けた。
その控えめな呼び掛けは、何やら妙に不安げ。姉達の会話がピタリと止んだ。
「 お 父 様 って どんな方 だったんですか?」
ピシっっっ!!!
穏やかな午後の空気が、凍り付いた。
---◆◆◆---(゜◇゜;)---◆◆◆---
「・・・そ、そうだったわね。
無神経な会話だったわ。ゴメンナサイ。」
長姉の元魔女が悲しそうに目を伏せた。
「ティナはお父様の事、知らないわよね。
お父様がいなくなったのは、貴女がまだお母様のお腹の中に居た頃だもの・・・。」
元・5番目の魔女がすぐ隣でスツールに座る末妹の手をそっと握る。
「そうね、知りたいわよね。
貴女、もう小さな子供じゃないんだからちゃんと真実を知るべきだわ。」
彼女は潤んだ目にハンカチを当て、小さく肩を震わせた。
「私達のお父様はね、昔、この国を襲った巨大な魔獣の群と戦った 勇者 だったの。
辛うじて勝利を収めたけどご自身は 戦死 。ご遺体も回収できなかったわ。
お母様がとても悲しむものだから、いつしかお父様のお話は禁忌になって・・・。」
「あら!待って、違うわよ?」
涙ながらに語る妹を、長姉の元魔女が遮った。
「お父様は ご病気 で亡くなったのよ、昔、触れただけで感染する恐ろしい死病が流行った時に。
優秀な 治癒魔道士 だったお父様は必死で病の研究をなさったけど、とうとうご自分が感染してしまったの。
お母様が哀しみのあまり気を病んでしまったから、お父様のお話は禁忌に・・・。」
今度は元・4番目の魔女が驚いた。
「まぁ2人とも、何言ってるの?お父様は死んでないわ!」
ソワソワと目を泳がせる彼女は、何故かとても言いにくそうだった。
「お父様は勇者でも治癒魔道士でもない。お母様が街で一目惚れした 遊び人 だったのよ。
ティナがお母様のお腹にいる時、その、他の女性と駆け落ちなさって・・・。
以来、お父様のお話は厳禁に・・・。」
「・・・。」
お菓子のテーブルを囲む姉妹の間に、重たい空気が立籠めた。
困惑する元魔女達が助けを求めて大魔女を見る。
両腕を組み考え込でいた大魔女は、元魔女達を見回した。
「私の記憶では 行方不明 。
お父様は 冒険家 で、旅先で消息を絶ったって筋書きよ。」
「・・・。」
さらに空気が重たくなった。
顔を強ばらせる姉達を眺めながら、ティナがオズオズ口を開いた。
「どういう事でしょうか?
なんで全員の記憶がこんなに食い違ってるんです?」
「さ、さぁ・・・。」
「サッパリ解らないわ。」
「何一つかみ合ってないなんて・・・。」
当惑しきりの姉妹達。
呆然となる彼女達の中で、事態の収拾に動き出したのはやっぱり大魔女・ミシュリーだった。
「このまま顔を付き合わせてても何にもなりゃしないわね。さ、行くわよ!」
「ど、どこへ???」
「決まってるじゃない。お母様の所よ。」
慌てて訊ねる長姉の元魔女に悪戯っぽく笑い掛ける。
勇んでソファから立ち上がると、金ローブの長い裾がサラリと音を立て床に落ちた。
「お父様の事、どれがホントか聞いてみましょ。
一緒に13人も子供作った相手だもの。いくら何でも忘れるワケないわ!」
大魔女は母親の部屋へ向かうべく歩き出した。