忘却魔法は魔女には不要!

2024年10月30日

もう、ピンクも金も見たくない。
魔法を駆使して浴室を改造、白を基調に造り直した。
手桶や座椅子、洗髪剤シャンプー・石鹸も、普通の物を用意した。
浴槽だけは少しだけ凝った。持ち運びできる猫足浴槽ではなく、肌触りのいい良質なタイルで大きな浴槽を備え付けた。
オスカーが喜んでくれたので、一先ずこれで良しとする。
問題は その後 である。
大魔女は覚悟を決めた。

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物慣れない場所で過ごす夜は、異様に静かに感じるものだ。
夫婦の寝台ダブルベッドで横になっていた大魔女は、静けさに耐えかね起き上がった。
(大き過ぎるのよ、この寝台ベッド
夫婦どころか、大人3、4人は楽に寝られるじゃない!
ホントにもう、お母様ときたら!)
幾度となく繰り返す、母に対する不満の言葉。
しかし、今度ばかりは自分も悪いと、多少なりとも反省していた。
(私、なにしてるんだろ?
・・・オスカーに悪い事しちゃった・・・。)
暗い気持ちで隣を見る。
そこに夫の姿は、無い。
カーテンの隙間から差し込んでくる月光に、シーツの白さが目に染みた。

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「わかった。そんじゃ俺はここで寝る。」

恥を忍んで覚悟を決めて、自分の気持ちを正直に話すと、オスカーはアッサリ承諾した。
居間の寝椅子カウチが気に入ったようで、再びゴロンと横になる。
「・・・ゴメンね。私、どうしても・・・。」
「ま、いろいろ急だったからな。
心の準備とやらができてなくても仕方ないさ。
それよりあの金の浴槽バスダブ。アレ、まさか・・・。」
「お母様の所へ放り込んだわ。」
「やれやれ。明日の朝が楽しみだ!」
陽気に笑ってくれる夫に感謝しつつ、大魔女は寝室で就寝した。

そして、今に至る。
もう長い事横になっているが、眠れない。
むしろ、居間の方が気になって目が冴える一方だった。
(・・・オスカー、もう寝たかな?)
大魔女は寝台ベッドから降り、ガウンを羽織った。

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オスカーは起きていた。
すっかりくつろいで寝椅子カウチに寝転び、ランプを灯して雑誌を読んでいる。
「よう。そっちも眠れないのか?」
扉の隙間から様子を見てると、すぐに気付いて声を掛けてくれた。
たったそれだけで、とても嬉しい。
大魔女はガラにもなくはにかんだ。
「え、えぇ、何だか物慣れなくて。」
「じゃぁ、少し話そうぜ。
魔王との一件が解決して以来、禄に話も出来てないんだ。
子供の頃以来だな。夜更かしして2人で話し合うのは。」
そう言って彼は起き上がり、寝椅子カウチの端に座り直した。
座る場所を作ってくれたのだ。
隣に行くのは緊張したが、やっぱり嬉しく胸が弾んだ。

「あ、ちょっと待って。
お茶を淹れるわ。今でもお茶には砂糖入れるの?」
「あぁ。ミルクも付けてもらえたら有難い。」
「相変わらず甘党なのね。虫歯になっても知らないわよ?」
「寝る前には歯を磨け、か? そりゃ母親が言う台詞だな。」

他愛のない言葉のやり取りがとても楽しく感じてしまう。
( 私、この人が好きなんだわ・・・。)
今更ながら、そう思った。

---○○○--- ●●●---○○○---♡

温かい紅茶を飲みながら、たくさんの事を語り合った。
子供の頃の楽しい思い出や、2人が別れるきっかけになった悲しい事件と、それからの事。
有りのままの自分の言葉で、互いの全てを語り尽くした。
それでも話題は延々と、尽きる事なく何でもあった。
とても楽しい。時間が経つのを本気で忘れ、いつしか紅茶を飲む事も忘れていた。
紅茶が冷めて随分経つ頃。
王城のどこかでお爺さんの時計ホールクロックが鳴る音が聞こえた。
話に夢中だった大魔女は、我に返って驚いた。
「やだ、ごめんなさい。遅くまで話し込んじゃったわね。」
「なに、足らないくらいだ。
話のネタならまだまだあるが、焦って話す事でもない。」
「そうね。これからはいつでも話せるものね。
休みましょ。寒くない?もっと毛布、持ってこようか?」
「冒険家ってのはどんな環境でも眠れるモンだ。
フカフカの寝椅子に上等な毛布、これだけありゃ天国だよ。」
少しも眠くなさそうなオスカーがふと、聞いてきた。
「そういや寝室、大丈夫なのか?
またピンクでキンキラキンだっただろ?」
「もちろん改装したわよ。見る?」
楽しい時間を過ごしたお陰で、暗い気持ちがきれいに消えた。
おまけに警戒心もすっかり解けた。紅茶のカップをサイドテーブルに置き、大魔女は寝椅子カウチから立ち上がった。
軽い足取りで寝室に向かう。
完全に気を許し、油断していた。

「居間と同じ感じにしたの。
これなら落ち着いて眠れる・・・、きゃぁ!?」

扉の取っ手に手を掛けた瞬間。
背後から強く抱きすくめられ、寝室の中に連れ込まれた!

---!!?--- ∑(゜□゜;)---!!?---

乱暴な扱いではなかった。
むしろ宝物のように大事に抱かれ、寝台ベッドまで運ばれた。
大きな寝台ベッドの端に座らされ、大魔女はしばし呆然となった。
何が起きたかわからない。
パタン、と寝室の扉が閉まる音で、事態を把握し狼狽えた!

「え!何コレ、あの、その!?」
「へぇ、ここもいいじゃないか。
確かに落ち着いて眠れそうだ。今夜は俺もここで寝る!」
「さ、さっき『わかった』って言ったじゃない!
嘘つき! アンタ、いつからそんな奴に??!」
「大人になったからな。俺もお前も、お互いに。」

覆い被さるようにして、オスカーが顔を近づけてくる。
大きな手、逞しい腕、広い胸。
子供の頃とはまるで違う彼の体躯に息を呑む。
オスカーは大人と言うより、強くて立派な 男 になった。
真っ直ぐ見られなくなり、怖気付いて身を引いた。
「待って待って私怖い!
心の準備できてないんだってば!」
「・・・本気で嫌なら、何もしない。」
オスカーは隣に座ると腕を回し、優しく肩を抱いてきた。
手の温もりが伝わってくる。
なぜか気持ちが落ち着いた。安心感すら覚えて戸惑い、顔を背けて目を伏せた。

「だが、わかってもらえたらありがたい。
お前を魔王の奴に奪われそうになった時、本当に、本当に辛かったんだ。
あんな思いはもうしたくない。
できれば、今夜・・・。
今すぐ、俺のものになってくれ!」

肩を抱く手に力が入る。
それに驚きつい見上げると、真摯な眼差しと目が合った。
(・・・その目は、狡い・・・。)
一瞬、そう思ったのだが、頭の中がまっ白になり何も考えられなくなった。
互いの唇が重なり合う。
口づけキスが熱を帯ていく中、ゆっくり押し倒されて行く。
不思議ともう怖くはない。
喜びと愛しさ、ほんの少しの恥ずかしさ。
心地よい熱に浮かされながら、大魔女は寝台ベッドに沈んで行った。
・・・の、だが。

「 ミ シ ュ リ ーーーっっっ!
私の離宮がメチャクチャじゃないか、なんて事してくれてんだい!!!」

いきなり轟く大怒号!
居間から聞こえた母親の声に、2人は同時に跳ね起きた!
寝室に踏み込まれたらたまらない。ガウンの前をかき合わせ、大魔女は寝室から飛び出した。
そして居間で仁王立ちする人騒がせな母親と、真正面から対峙した!

「非常識ね、お母様! 今何時だと思ってんの?!
しかもなんて格好で出歩いてんのよ!
フリフリピンクのリボン付きパジャマ?! 誰かに見られたらどーすんのっ!」
「安心おし! 転移魔法で来たんだよ、誰にも見られてないともさ!
それより、どーしてあんな事するの!?
お手洗いに行きたくなって目を覚まさなかったら、朝まで気づかない所だったわ!」
「朝まで寝ててよ、こーゆー時は!
だいたい、娘の新居を自分の趣味で埋め尽くすなんて!
どこの世界にそんな母親がいるってゆーの?! 冗談じゃないわ!」
「まーっっっ!トコトン可愛くないね!
お前のためにやった事なんだよ!?」
「私のためを思うんだったらおとなしくしてて!
頼むからっっっ!」

・・・母娘の戦い、再び。
凄絶極まる親子喧嘩に、オスカーはただ呆然と寝室の入口で立ち尽くした。

 トン、トン。

ごく控えめに、居間の扉が叩かれた。
入ってきたのは寡黙な大臣。驚いた事に彼はまだ、制服姿のままだった。

「失礼致します、王配殿下。
よろしければ、客間のご用意ができておりますが、いかがなさいますか?」
「って事はこの喧嘩、もしかして朝まで?」
「左様でございます・・・。」
「・・・客室で寝よう。」
「ご案内いたします。」
「でも、何でアンタがここに?
普通は執事とか、女官の役目だろ?」
「・・・。」

こんな事になるのだろうと、予測していたとは言えないらしい。
( 妻と娘が、スミマセン・・・。)
そんな思いで「残業」している寡黙な大臣の心情をよそに、母娘の喧嘩は無駄に白熱、激化の一途を辿っている。
本当に朝まで終わりそうにない。
恐縮しきりの大臣と共に、オスカーは「新居」を後にした。

---○○○--- (^_^;)---○○○---

とにかく。
こうして大魔女ミシュリーとオスカーの結婚生活は始まった。
2人が共に行く人生は、波瀾万丈・前途多難。ついでにいろいろ多事多端!
「この先退屈しない」というより、退屈している暇などまったく無い。
ここは 大魔女 が治める国である。
「何が起きるかわからない」など、当たり前の事だった。

                                 ♡!♡! 完 ♡!♡!~♡

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