忘却魔法は魔女には不要!

2024年10月30日

後に今回の騒動は「忘却の魔女の置き土産」と名前が付けられ、永く語り継がれる事になる。
忘却魔法が解けた王都は当然、上へ下への大騒ぎになった。
パン屋が慌ててパンを焼き、八百屋は野菜を、魚屋は魚貝を、花屋は花を店頭に並べ、靴屋は顔を真っ赤にしながら女性の下着を片付ける。
特に大通りの有様が、一際ひどく滑稽だった。
どっちを向いても愉快な格好した者ばかり。ワンピース姿のおじさんが茫然自失で立ち尽くし、寝間着姿のご婦人が大絶叫して逃走した。
前代未聞の大混乱(と、言っても正確には過去10回起きているのだが。)に大魔女は、王城の魔道士達を総動員して対処に当たる。
お陰で何とかその日の午後に、王都は日常を取り戻した。
寝る間を惜しんで働いた大魔女の努力の賜だった。

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「 あ"な"た"ーーーっ!!!
私のジャービス! ごめんなさぁぁぁい!!!」

忘却がもたらした大混乱からやっと落ち着いた王城内。
大魔女の私室の広い居間では、あの人騒がせな母親が半狂乱で泣き喚いていた。
その声たるや凄絶で、喧しいにもほどがある。
ようやく静けさを取り戻したはずが、再び騒々しくなった。

「よしよしドロシー、泣かないで。謝る事はないんだよ。」
「でも貴方を忘れるなんて!私ったら悪い妻ね!
あぁジャービス! ごめんなさい!
思い出せて本当によかった!
愛してるわ、あなた! 愛してるわーーーっっっ!!!」

「・・・。」
18年ぶりの再会(?)をはたし、ひしと抱き合う父と母。
どこか見た事ある光景に、大魔女は双子の妹に呟いた。

「・・・アンタ達、母親似ね。」
「 まぁっ!2の姉様、失敬な!
あそこまで取り乱してなくってよ?!」
「そうですわ!
そりゃ、夫を思い出した時、ちょっと・・・・は泣いたりしましたけど!」

妙に焦っていきり立つ双子の元魔女達のすぐ隣。
彼女達の伴侶が顔を見合わせ、呆れたように苦笑した。
先代王配発見(?)を一報を受け、国内で暮らす元魔女達の夫がそれぞれ駆け付けて来たのだ。
長姉セーラの夫・ロイドはもちろん、5番目ルルの夫のアーノルド。
国の港に寄港したリンデンブール号から馳せ参じた4番目ララの夫・マクミランなど、制服姿のままだった。
忘却の混乱が鎮静化した今、王都に張られた結界も直に解除される予定。
国外で暮らす元魔女達も、伴侶を連れて集まってくる。
忘却から解放された、最愛の父に会うために。
王城はまた賑やかになるのは必至。
大魔女が休息できる日は、当分の間来そうにない。

「ティナ? ほら、お父さんの所へ行っておいでよ。
いつまでも恥ずかしがってないでさ。」
「だ、だって・・・。」

居間にはティナとソラムも居る。
父の姿を遠巻きに眺め、モジモジしている末妹に大魔女はつい失笑する。
一緒に父の側まで行ってやろうと、足を一歩踏み出した時。
「しょうが無いなぁ。ほら、おいで。」
ソラムがティナの手を取った。
彼はティナを父親の元へと連れて行くと、深呼吸を一つした。
そして姿勢を真っ直ぐ正し、寡黙な大臣=父親に凜々しい態度で話しかけた。

「『忘却』からの解放、おめでとうございます。
もうご存じだと思いますけど、改めて言わせてください。
ソラム・マーヴェイです。ティナさんとお付き合いさせて頂いています。
将来、一人前の弦楽器技師になったら 一緒になる 約束をしました。その時、またご挨拶に上がります。
若輩者ですけど、どうぞよろしくお願いします。」

頭を下げる少年を、寡黙な大臣=父親はしみじみ眺め、穏やかに微笑み頷いた。

「君のような立派な若者を選んだ娘を誇りに思います。
こちらこそよろしく頼みます。
どうか大事にしてやってください・・・。」

「 えっ?! あの、それって・・・えぇぇ!!?」
ティナの顔が赤くなった。
アタフタしている彼女の背中を、ソラムの手がそっと押す。
それを寡黙な大臣=父親が、慈しみを込めて抱きしめた。
今日この時まで触れ合えなかった父と娘の温かい抱擁。
大魔女は胸が熱くなり、微笑んだ。

その一方。
ソラムの立派な「挨拶」に、元魔女達の配偶者が露骨に驚き狼狽えた。
ずっと不在だった妻の父親。彼がもし現れたのなら 結婚の挨拶 をしなければならない。
そう思って駆け付けたものの、言い出す機会を探っている内にソラムに先を越されたのだ。
まだ年若い少年が自分達より大人に見える。
これは、マズイ。
元魔女の夫3人は、寡黙な大臣=父親の元に血相変えて殺到した!

「あの、すみません! 僕、いや私、ロイドです!
セーラさんと結婚させていただきまして!」
「ララさんとの結婚をお許しください!
私はリンデンブール号の船長を務めておりますマクミランと申します!」
「お義父さん! ルルさんと結婚しましたアーノルドです!
もうご存じの事とは思いますがっっっ!」

慌てふためく夫の姿に、元魔女達が笑いを漏らす。
大魔女も笑ってしまったが、ふと気付いて隣を見た。
自分の夫が動こうとしない。元魔女夫達の様子を眺め、陽気に笑っているだけだった。
「あら。貴方は行かないの?」
「ん? あぁ。俺は後でゆっくりさせてもらうよ。」
オスカーが悪戯っぽく片目をつむる。
「酒でも酌み交わしながら、な。
なんせ王配の先輩だ。ご指導・ご鞭撻いただかないと。」
「そんな事言って、知らないわよ?
ああ見えてお父様、すごく厳しい所があるんだから。」
「十分承知!
ここに来てからもう、ビシバシに鍛えてもらってる。
寡黙な大臣おやじさんには世話になりっぱなしだ。
これから親孝行させてもらわないとな。」
「・・・うん。ありがと・・・。」
大魔女は夫の胸に寄り添った。

( 素敵な結末ハッピーエンドね。
これもみんなティナのお陰。今回はホントに助けられたわ。
ありがと、ティナ。
ミルクティーは、後で私が淹れてあげるわね・・・♡)

幸福に浸って目を閉じる。
本当に申し分の無い 大団円 だった。
あの人騒がせな母親が、とんでもない事を言い出すまでは!

「あぁ、今日は素晴らしい日なの♪
ジャービスは忘却の呪いから解放されるし、『世継ぎの魔女』 は誕生するし!」

「・・・ え ?」
父親を囲んで談笑していた全員の目が丸くなる。
また何かよからぬ事を考えているに違いない。
娘達は訝しがるが、母親の方は喜色満面。
彼女は突然両手を広げ、末娘に抱きついた!

「ティ~ナーーー♡!
聞いたよ、お前、また魔女になったんだって!?
なんでもっと早く言わないんだい?
知ってたらこの母が、『世継ぎの魔女』になった祝宴を盛大に催してあげたのに!!♪」

「えぇーーーっっっ!!?」
母の腕に抱かれたティナが、驚きのあまり悲鳴を上げた。

---♪♪♪---()---♪♪♪---

「待ってください、お母様! そんなの無理! 無理ですわ!!!」
頬ずりしてくる勢いの母を、ティナは必死で押しのける。
「確かに私、少しだけ魔女になりましたけど『世継ぎの魔女』になれるほど魔力はありません!
それに私、ソラムと結婚を・・・。」
「魔力の強さは関係ないよ。大事なのは魔女だって事さ!」
ティナの言葉をにべもなく遮り、母親が早口でまくし立てる。

「この国は 魔女の国 だからね。
今の大魔女は結婚したてでまだ子供が1人も居ないし、他の姉妹は結婚する時『禁忌の呪文』を唱えちまってみんな人間になってるんだ。
魔女のお前が『世継ぎ』になるのは当たり前だよ、当然の事さ!
あぁ、安心おし。今更お前とソラムの仲をどうこうしようってんじゃないんだよ?
寡黙な大臣ジャービスが言ったとおり、ソラムは本当に立派な子だ。だったら妻が魔女でも気にしやしないよ、結婚で一番大切なのはお互いを理解する事なんだからね♡
だいたいお前、『禁忌の呪文』はとっくの昔に唱えられてるだろ?
あの呪文は 1回きり しか使えない。もう唱えたって魔力は消えないから、お前はこの先ずっと 魔 女 の ま ん ま だよ!
さぁ、お祝いしなくっちゃ!
13番目の魔女復活祝宴パーティだ! ドレスが着られる舞踏会がいいねぇ♡♡♡」

ティナは目眩を覚えた。
この事態はまさに最悪、一番なって欲しくなかった極めつけの悪夢だった。
自分が魔女だと知られてしまえば、否が応でも「世継ぎ」にされる。それが嫌だから、ソラム以外は誰にも言わずに黙っていたのだ。
この状況は4年前、母に無理矢理大魔女にされそうになった時とよく似てる。
その時、ティナを救ってくれたのは・・・。

「させないわよ、お母様!
ちっとも学ばない人ね! 今更ながら呆れるわ!!!」

突然母から引き剥がされて、ソラムの腕に引き渡された。
肩を怒らせた大魔女が、母親を睨んで立ちはだかる!

「何が『世継ぎの魔女』よ!
セーラ姉様(長姉の元魔女)が嫁いで以降、そんなの居た例しがないじゃない!」
「私が『世継ぎの魔女』を立てようとする度、邪魔してきたのはお前だろ?!
おまけに自分が大魔女になるなり、妹達をみんな人間にして嫁がせて!
大魔女はこの国の女王なんだ。本来ならちゃんと世継ぎを立てるものなんだよ!?
どういうつもりだい、お前ときたら!」
「妹達の人生を勝手に決めようとするからよ!
とにかく今は私が大魔女なんですからね! 勝手なマネは止めてちょうだい!

母vs姉の大闘争に、ティナは再び目眩に見舞われソラムの腕に寄りかかった。
「こうなるから、黙ってたのにぃ~。」
「まぁまぁ。仕方ないわね、今回は。」
長姉セーラが穏やかに微笑んだ。
とても上品な彼女の笑みには、楽観している気配がある。

「貴女にはちょっと悪いけど、今回はお母様が正しいわ。
『世継ぎ』の存在は必要よ。この国の未来のためなのだから。
でも大丈夫。『世継ぎの魔女』になったとしても、すぐお役御免になると思うわ。
直に正当なお世継ぎができるわよ。今の女王と王配があんなに仲良いんですもの♡
あの2人の間には、きっと素晴らしい 魔女 が誕生するわ!」

「・・・。」
喜べない。少しも安心できなかった。
ティナは青ざめ、救いを求めてソラムの顔を仰ぎ見た。
なんとも言えない複雑な表情かおで、ソラムもティナを見下ろしていた。
目と目が合うなり何かを感じ、2人は視線を巡らせる。
そこに1人の 幼児 が居た。
なぜかティナとソラムにしか見えない、オスカーによく似た 男 の 子 。そこいら中を駆け回り、元気いっぱい遊んでいる。
彼は近い将来、大魔女夫婦の間に生まれる この国初の 王 子 様 !
この子が生まれて来た時の大混乱はもう必至。
なぜなら本来大魔女は 女児 しか産まないはずだから。
男児誕生は前代未聞。その時が来ればこの国は、「忘却の魔女の置き土産」など比べ物にならない大変な騒ぎになるだろう。
果たして、正当なお世継ぎ誕生は、いったいいつになるのやら・・・。
ティナはブルッと身震いした。
不安ばかりがひたすら積もる。言いようのない恐怖を覚え、思わず声を張り上げた!

「 オスカー義兄様っ! トランプ・・・・ 、頑張ってくださいっっっ!!!」

「・・・ はぁ ???」 
騒々しかった大魔女の私室・居間の中が静まり返った。
元魔女達とその伴侶は呆然となり、ソラムと寡黙な大臣=父親も驚き目を丸くした。
喚きまくっていた母親も、ポカンと口を開けたまま呆気にとられて黙り込む。
なぜ、いきなり トランプ が???
家族が一様に首を傾げ、ティナを眺めて立ち尽くす中。
オスカーだけがニヤリと笑い、面白そうに頷いた!

「よし、 任せとけ! すぐお役御免にしてやるからな♪♡♪」

「・・・ きゃーーーーーっ !
アンタ達、まっ昼間っから何言ってんのよーーーっっっ!!!」

今度は大魔女が絶叫した!
顔を赤らめ手をバタ付かせ、露骨に焦って狼狽える。
「ど、どうしたんですか? 大魔女様?」
ソラムが訝しがって聞いてきた。

「昼間っからトランプ、俺、ティナとよくやりますよ? ババ抜きとかポーカーとか、七並べとか。」
「ババ抜き?! ポーカー?! 七並べ?! きゃー! なんて破廉恥な!!!」
「破廉・・・?! ちょっと待ってください! 意味わからないんで、詳しく説明していただけますか!?」
「いやーーーっ! そんなの無理ぃーーーっっっ!!!」

「 あっははははは ♪!♪!」
腹を抱えてオスカーが笑う。
その陽気な笑い声に、元魔女達と伴侶がつられて自然と笑顔になった。
人騒がせな母親と寡黙な大臣=父親も、再び寄り添い笑み交す。
次に起る大騒動。それまでつかの間、平和な時間を家族みんなで噛みしめる。
ここは 強く凜々しく時々過激、根は純情でお節介焼き の 大魔女 が治める国である。
「何が起きるかわからない」など、当たり前の事だった。

                              ♡★♡★ 完 ♡★♡★~♡

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