忘却魔法は魔女には不要!
17.番外・オスカーが王城に来た日
国を治める大魔女の夫は名高い冒険家。
幼い頃に心通わせ再会誓った大魔女のため、世界中旅して経験を積み、困難乗り越え結ばれた。
2人の新婚生活は波瀾万丈・前途多難、ついでにいろいろ多事多端。
婚姻結んだその日から、なんだかんだでドタバタで・・・・・・。
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大魔女の国、王都中央に聳え立つ壮麗で巨大な「大魔女の城」。
その一角では今日も今日とて、母娘の戦いが勃発していた。
「あーもー! 本当にお前は可愛くないね!
この母の思いがわからないのかい!?お前のために言ってるんじゃないか!」
「嘘ばっかり! 自分が楽しみたいだけでしょ、お祭り騒ぎがホントに好きね!
とにかく結婚式は必要ないわ、披露宴もけっこうよ!」
「だからって、婚姻周知を新聞の号外で済ますだなんて!
お前、大魔女なんだよ?! 女王の結婚は国を上げて祝うものだ、いったい何考えてるの!?」
「仕方ないじゃない、何もかもが急だったんだから!
それでなくても忙しいのに、祝い事する暇なんてないわ!」
娘の結婚にかこつけて騒ぎたい母親と、それを阻止せんと抗う娘。
両者の攻防は苛烈を極め、まるで他者を寄せ付けない。
「わかってんのかい?!
今日からお婿さんと一緒に暮らすんだよ?最初が肝心だって言うのに、こんな事でどーするのっ!?」
「失礼ね!
言われなくても準備したわよ、私なりにいろいろと!」
「失礼いたします、大魔女様、先代様。」
「それが問題だって言ってるんだよ!
本当に理解してたら、あんな事したりしないだろ?!」
「はぁ?!
なによあんな事って!言いがかりはやめてくれる!? 」
「王配殿下、ご到着でございます。」
「せっかく心配してやってるのにお前ときたら!
口ばっかり達者でいつもどこかが抜けてるんだから!」
「いい加減にしてお母様!
もうすぐオスカーが来るんだから、これ以上口を出さないで!」
「そのオスカー様がお越しになりました。
お通ししてもよろしいでしょうか?」
「お前って子はお前って子はお前って子は!
可愛くないったらありゃしない! いったい誰に似たんだか!!!」
「不本意ながら母親似よ!
そっちこそ少しは落ち着けば!? おとなしくしてて頼むからっっっ!!!」
「・・・。」
国を治める大魔女が公務を行う執務室。
その入口に佇む寡黙な大臣が、静かに振り向き一礼した。
「申し訳ございません、王配殿下。
大魔女様先代様、只今 お取り込み中 でございます。」
「いや、謝る事じゃないんだが・・・。」
深々と腰を折る寡黙な大臣に、オスカーは思わず苦笑を漏らす。
「コレ、いつもの事なのか?」
「・・・ほぼ 日常 でございます。」
「なるほど。
どうやらこの先、退屈しなくて済みそうだ。」
古びた肩掛け鞄が一つ。
後は着の身着のまま、有りのまま。
結婚初日のオスカーは、一国の女王と婚姻を結んだとはとても思えない様相だった。
しかしこの状況で笑っていられるのは頼もしい。
この国の新しい王配は、なかなか肝が座っていた。
「先に挨拶しとこうかな。
今後よろしく、大臣さん。
この通りの無作法者です、遠慮なく指導してもらえたらありがたい。」
「・・・。」
気軽に差し出したオスカーの手を、大臣は握ろうとしなかった。
代わりに一歩下がって再び深々「家臣」としての礼をする。
後に判明する事なのだが、この大臣は、実は 義父 。
もしその事実を知っていたなら、初対面での挨拶はもっと丁寧だっただろう。
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王都を赤く染めた夕日が、西に広がる海の彼方に余韻を残して沈む頃。
王城ではオスカーを歓迎する食事会が開かれた。
母親がブツブツ文句を言ったが、大魔女はいつものように聞き流した。
その代わり、料理長にいろいろ頼んで料理は特別凝ってもらった。
ハーブを効かせたサーモン・マリネから始まり、料理長特製・トロリと濃厚なクリームスープ。
根野菜のソテーを添えた白身魚の香ばしいムニエル、旨味たっぷり牛ヒレ肉が蕩けるような赤ワイン煮込み。
皮がパリパリのローストチキンと、ドレッシングが3種類付いた取れたて野菜の新鮮サラダ。
焼きたてのパンは望んだ分だけいつでも皿に取分けられた。
もちろんデザートも充実している。
季節の果物で飾られたケーキやタルト、チョコムース。
青リンゴのシャーベットには可愛いさくさくクッキーが添えられ、色とりどりの果物は一口大に切り分けられて美しく大皿に盛られている。
それらの料理をオスカーは大喜びで完食した。
どの料理も大絶賛。気持ちいい食べっぷりも相まって、食事会が終わる頃には料理長と旧知の友のようになっていた。
それだけではない。
食事会に招かれた長姉の元魔女一家とはすぐ打ち解けたし、給仕や女官達とも気軽に会話し笑い合う。
食事があらかた終わった今は、食堂隣の小さな居間で怪獣達のお守りをしている。
元気いっぱいの怪獣達は、あっという間にオスカーに懐き片時も離れようとはしなかった。
誰とでもすぐ親しくなれる。オスカーはそんな青年だった。
居間から彼の歌声が聞こえてくる。
それに喜ぶ怪獣達の、弾けるような笑い声も。
♪聞いておくれよ ふざけた話
カニがエビ背負って 宙返り
サザエとアサリが 酒飲んで躍りゃ
イカの浪曲 タコの歌♪
(懐かしいな、この歌・・・。)
食後の紅茶を飲みながら、大魔女は微かに目を細めた。
初めてオスカーと出会った時に、彼が歌っていた歌である。
よくこの歌に合わせて踊って見せては、周りの大人達を楽しませていた。
人を喜ばせるのが大好きな、真っ黒に日焼けした痩せっぽちの男の子。それが少年時代のオスカーだった。
大人になった今、またこの歌を聞けるとは思わなかった。
まだ夢を見ているようで、何もかもが信じられない。
大魔女は一つ吐息をついた。
「懐かしいわね、この歌。
貴女、子供の頃よく歌ってたけどオスカーから教わった歌だったのね。」
隣の席でムースを口にする長姉の元魔女、姉のセーラが微笑した。
「えっ? 私、歌ってた!?」
「えぇ。何かに悩んでたり、悲しい事があった時とかに口ずさんでたわ。
変わった歌だもの、私もよく覚えてる。」
「・・・。」
頬が熱くなるのを感じ、姉の笑顔から目を反らす。
確かに昔を懐かしみ、辛い時、悲しい時に心の中で歌ってはいたが、どうやら口から漏れていたようだ。
「でも、本当によかった。貴女が 望まない結婚 をしなくて済んで。
みんな彼のお陰だわ。
オスカーが来てくれなかったら、今頃は・・・。」
ふと、セーラが涙ぐみ俯いた。
気まずくなった大魔女も手元の紅茶カップに目を落とした。
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かつて、北の大国には世界を手に入れようとした 愚者 がいた。
愚者は自ら 魔王 と名乗って祖国を荒らし、大魔女ミシュリーを籠絡せんと邪な婚姻を結ぼうとした。
それを阻止し、ついでに愚者の野望も打ち砕いたのが オスカー である。
彼は北の大国王子と共に、極めて強固な封印魔法で見事魔王を封じ込めた。
ついでに全国民が注目する中、大魔女の 唇 を奪った事で一躍「時の人」にもなった。
「俺は世界中を旅してデッカい男になる。
だから、名前教えろよ。
お前が大魔女になるまで、絶対唱えたりしないから!!!」
この幼い日の約束を果たし、オスカーは大魔女と結ばれた。
魔女の名前は「禁忌の呪文」。
家族ではない他の誰かに名前を呼ばれたその魔女は、魔力を失い人間になる。
しかし、大魔女の名前は「婚姻の呪文」。
ミネルヴァ・ミレディーヌ・ミリセント・ミシュリー。
魔王を退けたオスカーが、万感の想いでこの名を唱えて、まだ数日しか経っていない。
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「とにかく、よかったわ。
おめでとう、ミシュリー。お幸せにね!」
「あ、ありがとう、お姉様・・・。」
改めて言われると照れてしまう。
大魔女は縮こまるようにしてはにかんだ。
「でも、なんだか実感がないの。
とにかく、いろいろ急だったから・・・。」
「ここ数日、大変だったものね。」
セーラは優しく労わってくれたが、母親は憮然としたままだった。
それでもケーキを3つも平らげ、今もメロンや苺を頬張る彼女は再び文句を言い出した。
「ホントにしょうがない子だよ、まったく。
結婚するって事、まるで解っちゃいないんだから!」
「しつっこいわね、お母様!
もういいでしょ?食事会も済んだんだから!」
「いいワケないよ、これからが大事だってのに!
聞いてちょうだい、セーラ。とんでもないんだよ!」
母親は矛先をセーラに向けた。
心底情けない、と言った面持ちで、食事会前から大魔女と揉めていた理由を打ち明ける。
「この子ったら、
オスカーに 客室 を用意したのよ!」
セーラが目を丸くした。
「えぇ!? ミシュリー、貴女なにやってるの??!」
「あら、珍しいわね。お姉様がお母様の味方するなんて。
でもどうして? 今日はオスカーも疲れるだろうから、ゆっくり休んでもらおうと思ったんだけど?」
「ゆっくり休むって、そんな。
今夜は 結婚して 初 め て の・・・。」
何かを言いかけ俯いてしまった姉を見て、大魔女は少し首を傾げる。
「そうよ?王城で暮らし始める初めの日。
急だったから部屋の用意が間に合わなかったの。
だから今夜は一先ず客室に・・・。」
「それご覧!
ちっとも解っちゃいないじゃないか、この子はっ!」
頭を抱えて母親が叫ぶ。
呆れ半分、苛立ち半分。総じてとにかく嘆かわしい。
そんな投げやりな口調だった。
しかし。
項垂れていた彼女がゆっくり顔を上げた時。
これ以上ない「ドヤ顔」で、娘2人を驚かせた!
「でも心配する事ないよ、ミシュリー。
お前にはこの母がついてる。
お前の至らないは所みんな、私が助けてあげるからね♪
さあ、この母に感謝おし!」
(・・・ 出 た ーーーっっっ!!! )
大魔女とセーラは戦慄した。
「この母に感謝おし」。恩着せがましいこの一句が母の口から飛び出す時。
それは良からぬ事をやらかした上、手遅れになっている証なのだ!
「ちょっと!今度は何やらかしたのよ、お母様っ!」
慌てて詰め寄る大魔女に、母親は胸を張りふんぞり返る。
無駄に得意絶頂だった。
こうなってはもう、誰にも手が付けられない。
「私は南の離宮に引っ越したわ。
だからお前達夫婦は今夜から、私が使ってた『大魔女の私室』で暮らすんだよ!
安心おし、ミシュリーや。
部屋の調度(家具の事)やカーテン、絨毯。
ぜ~んぶ母が見繕ってあげたからねっ!♪」
「・・・。」
今度は大魔女が頭を抱え、テーブルの上に突っ伏した。