忘却魔法は魔女には不要!

2024年10月30日

「大魔女の私室」は王城の奥、中庭に面した場所にある。
手入れ行き届いた中庭は日当たりが良く、四季折々の花が咲く。
あの人騒がせな母親は、その光景をこよなく愛した。
大魔女の名を娘に譲った後も、ずっとここに居座り続け、頑として退こうとしなかった。

「なのに、今日からここに住め、だなんて!
勝手なんだから、お母様ったら!」
「でも意外だな。
女王なら城のてっぺんに住んでると思ってたんだが。」

オスカーが興味深そうに、辺りを見廻す。
大魔女の案内で「私室」がある棟に来た彼は、そのこぢんまりした様子に驚いていた。
「そうね。ここ、2階だもんね。」
大魔女は微笑した。
「この棟はね、国を治める者として重要な場所にすぐ行ける所に建っているの。
右の回廊は玉座がある大広間へ向かうものだし、左の回廊は執務室や議事堂へ繋がってるわ。
その辺は明日案内するとして、今、重大なのはこの先よ!
さぁオスカー、覚悟はいい?」
「・・・何だこの緊張感。
とても新居に入るとは思えないぞ?」
「そのくらいヤバいって事よ、気を引き締めて!」
左右に回廊が伸びるこの場所は、ちょっとした広間になっている。
その奥壁の中央にある重厚な扉。
大魔女はその扉の取っ手に手を掛け、恐る恐る開けてみた!

「ひぃっ!!?」
「ぅわっ!??」

2人は同時に悲鳴を上げる。
それくらい、壮絶な光景だった。

広さからして居間なのだろうと推測される。
ただし色の基調が居間あるまじき。 そこは 金とピンク で構成されたすこぶるド派手な空間だった。
先ず、絨毯、壁紙、窓に掛かったカーテンまでもが徹底的に薄紅色。
5台も並ぶ大きなソファもピンクの可愛い花柄模様で、フリルまみれのクッションが山のように乗せられている。
キャビネットやサイドボードはマホガニー製。しかし金銀細工の派手な装飾で、高級素材の味わいを見事台無しにしてしまっている。
壁は誰が描いたかサッパリわからない絵画で埋め尽くされているし、天井のシャンデリアは無駄に豪華で眩しいくらいにキンキラキン。
女神や天使をモチーフにした金箔ばりの彫像が置かれ、人の背丈ほどある大きな飾り壺は数えて全部で6個もあった。
少女趣味と成金趣味が入り交じっているこの有様。
大魔女夫婦は「新居」の入口で、しばし愕然と立ち尽くした。

「ミシュリー、これはちょっと・・・。」
「そーね、私も真っ平ゴメンよ!!!」
キィン!
大魔女の首飾りが美しい音を響かせる。
すると瞬時に、目の前の光景が一変した!

絨毯、壁紙、カーテンは暖かみのあるベージュが基調の上質な物。
フランス窓に近い場所にソファを幾つかとテーブルを置き、他にも小ぶりなダイニングテーブルと椅子数脚、スツール・寝椅子も用意した。
キャビネットとサイドボードはオーク材の物を1台ずつ。装飾は無いがよく磨かれていて、しっとり落ち着いた雰囲気がある。
天井の照明は柔らかい光を灯す簡素な物に。所々に置いておく品の良いランプも幾つか設えた。
物が減った分、ゆったり広々とした空間になった。
これで気に入ってくれるだろうか?
不安に駆られて、聞いてみた。

「どう? 私が自分の部屋で使ってた物、置いてみたんだけど。」
「いいじゃないか!スッキリしてて。」
嬉しそうに室内を見廻し、オスカーが「新居」に足を踏み入れる。
「さっきまでここにあった物、どうしたんだ?」
「全部お母様が居る南の離宮に叩き込んどいたわ。
今頃足の踏み場もないでしょうね。」
「おい、いいのか?
義母おふくろさん、怒鳴り込んでくるぞ?」
「平気よ。あの人、夜は早く寝ちゃうから。
それに、よっぽどの事がない目を醒まさないの。
朝になったらこっちから乗込んで叱ってやるわ。あの人ときたら、まったくもう!」
「やれやれ。
おっ♪ 寝椅子カウチがあるじゃないか!」
室内の一角にある柔らそうな寝椅子カウチを見つけ、オスカーがいそいそ歩み寄った。
早速ゴロンと横になる。そのくつろいだ様子に大魔女は吐息をついて安堵した。
「うん、いいね! これならよく眠れそうだ。」
「もぉ、だめよ? そんな所で眠り込んだら風邪ひいちゃう。寝るならちゃんと 寝室 で・・・。」
居間を横ぎり、奥まった所にもう一つある扉の取っ手に手を掛けた。

この時大魔女は不覚にも、すっかり気が緩んでいた。
しかも母や姉が危惧したとおり、何も理解していなかった。
居間の様相などどうでもいい。
一番重要・肝心なのは、まさに 寝室 である事を!

 バ タ ン っっっ!!!

扉を開けて中を見るなり、血相変えて速攻閉めた。
その一瞬で遅まきながら、ようやく全てを理解した。
心拍数が跳ね上がり、身体がかぁっと熱くなる。
大魔女は扉の前で固まった。

「・・・なに見たのか解ったぞ。
  夫婦の寝台ダブルベッド があったんだろ?」

寝椅子に寝ていたオスカーがニヤニヤ笑って起き上がる。
「わかりやすい奴だな、お前。
どれどれ? まさか寝室もピンクじゃないだろーな?」
「えっ?! いやあの、そのっ!!?」
見に来ようとしている。
大魔女は必要以上に激しく狼狽え、近寄る夫を押しとどめた。
「そ、そーだおフロ!
入浴して来て? 今夜はもう遅いし、疲れてるでしょ?
あっちの扉、アレが浴室よ!
タオルも夜着も揃ってると思うわ、ゆっくり入ってきてね、ね、ね!!?」
「・・・風呂、ね。了解。」
意味ありげな微笑を残し、オスカーは浴室に入っていった。

時間稼ぎは一先ず成功した。
深呼吸して気を落ち着かせ、もう一度寝室を覗いてみる。
ピンクの衝撃、再び。
オスカーが軽口叩いたように、ここも ピンク でいっぱいだった。
(お、お母様ったらまったくもう!
取りあえず、絨毯や壁紙、カーテンは居間と同じもので揃え直して、家具はお母様の離宮に放り込んで・・・。
でも、コレはどうしよう・・・?)
大魔女は「コレ」に近づいた。
とても寝心地の良さそうな、それは大きな 夫婦の寝台ダブルベッド 。
いくら何でも大きすぎて、母の離宮に放り込むのはさすがにちょっと憚られた。
(そーよね、結婚して一緒に暮らすって、こういう事よね。
お母様が言ったとおり、私、ちっとも解ってなかった・・・。)
母のドヤ顔が脳裏を過ぎる。
思いっきり、ムカついた。

--!?-- (゜Д゜;≡;゜д゜)--?!--

大魔女ともあろう者が、ここまで鈍感なのも致し方ない。
王都にそびえる「大魔女の城」。この巨大な城は大魔女にとって勝手知ったる「我が家」だった。
ここでは、常に多くの人が大魔女一家と暮している。
家臣達とその家族が城内で居を構えているし、多くの女官が寝泊まりしているとても快適な寮もある。
魔女・魔道士も数え切れないほど生活してるし、民間に解放している区域では、よほど怪しい者でなければ誰でも自由に出入りができる。
自分の「家」で他人が暮らす。それが当たり前だった。
その結果が、この有様。
あまりにも急な結婚だったのも理解不足に拍車を掛けた。北の大国魔王封印、その後の対応に多忙を極め、結婚について考える余裕が少しも無かったのだ。
母親が夫婦の寝台ダブルベッドを用意しなければ、気付きもしなかったに違いない。
今夜は夫となった男性ひとと、最初に枕を交す夜。
・・・に、なるかもしれない、大事な大事な一夜なのだ。

--×××-- (´д`;)--×××--

(あのお母様に感謝しなきゃならないなんて、屈辱だわ!
って、それどころじゃない! どーしよう!?
寝るの? 一緒に?? オスカーと???
待って待って待って! ホントにホントに、どーしよーっっっ!
・・・はっ?!
そう言えば私、『おフロ入って来て』とか言っちゃった!?
ナニそれ、期待してるみたいじゃない、きゃー!!!)
アタフタ、あたふた。
無駄に手足をばたつかせ、1人狼狽える大魔女の背中に声が掛ったのはその時だった。

「焦りまくってるトコ悪いんだが、ミシュリー?」

「 ひきゃーっっっ!?」
驚きのあまり飛び上がった。
いつも間にかオスカーがもう浴室から出てきている。
真顔でジッと見つめてくるので、心臓が破裂しそうになった。
いくら何でも早すぎる!
大魔女は思わず後退った。

「ま、待って! 私、まだ心の準備が・・・!!!」
「それは是非しといてもらいたいんだが、その前に。
ちょっと来てくれ。浴室が大変な事になってる。」
「・・・え???」

心の準備は後にして、言われるままに浴室へ向かった。
中に入って一目見るなり、目眩を覚えてよろめいた。
ピンクの衝撃、三度目。
そこは居間や寝室に劣らず、とんでもない様相だった。

「天井から壁からピンク一色、手桶や座椅子までピンクだぞ?
洗髪剤シャンプーや石鹸までピンク色だ。徹底してるな、義母おふくろさん。
でも、コレだけなぜか・・・。
何とかしてくれ、とても入る気になれないんだ。」

「・・・。」
大魔女はオスカーが指さす「コレ」を見た。
大人がゆったりくつろいで入れる、黄金色の巨大な浴槽バスダブ
浴室中央にドドンと置かれたその猫足浴槽は、お湯をたたえてギラギラと金一色に輝いている。
(お・・・お母様ったら、ホントにもう・・・!!!)
大魔女はガックリ項垂れた。

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