忘却魔法は魔女には不要!
9.愛する人を呼ぶ瞬間
扉を開けて入るなり、オスカーは目を丸くした。
魔女・元魔女の姉妹が揃って何やら「儀式」を行っている。
魔女が執り行う魔法の「儀式」。その不思議な光景は、大魔女ミシュリーと結婚してから幾度となく目にしてきた。
だから今更驚かないが、今日のは特に奇妙で異様。
魔女・元魔女達が真剣なだけに、申し訳ないが 滑稽 だった。
「シェスカ・シェリーヌ・シェルナンディス・シェイラ(9番目)
レイチェル・レナクラウン・レティエンヌ・レイリー(10番目)
バーバラ・バルバロッティ・バイオレット・バレリー(11番目)
クリステアーナ・クイニーズ・クラウディア・クレア(12番目)!!!
どう? 間に合った?!」
居間の真ん中に描かれた魔法陣。
その上に立つ大魔女が姉妹の名前を叫んでいる。
時計を片手に見守っているのは4番目と5番目。
2人は首を横に振った。
「ダメですわ、今ので42秒掛ってます。」
「はいっ、もう一度!」
「簡単に言わないでよ人ごとだと思って!
えっと・・・。
セリーナ・セイエブナ・セレンディピティ・セーラ(長姉の元魔女)
ミネルヴァ・ミレディーヌ・ミリセント・ミシュリー(大魔女・自分)
ベルベラ・ベアトリーシャ・ベラルーチェ・ベリカ(3番目)・・・!」
呆気にとられるオスカーに、長姉の元魔女が小声で話しかけた。
「おかえりなさい、驚いたでしょ?
これ、『王家守護魔法名大結界』の呪文なの。
ティナ以外の姉妹の名前全員分、30秒以内に唱えなきゃならなくて。」
「30秒!?無茶ですよ、それ。」
「たぶんこの魔法を生み出した人は、こんなにたくさん姉妹が居るなんて想定してなかったのね。
13人姉妹だなんてちょっと想像出来ないもの。」
困ったように長姉が笑う。
「前から聞こうと思ってたんですが、義姉さんと1番下のティナは11歳しか違わないんですよね? それで13姉妹っておかしくないですか?」
「4番目・5番目以外に双子が もう1組 いるわ。
3つ子 も1組いるの。それで13人姉妹よ。」
「・・・。」
オスカーはしばし絶句した。
「イルゼ・イェルマ・イシュタリアーナ・イメリア(6番目)
エリゼ・エリザベス・エミリナーディ・エレノア(7番目)
ローゼ・ロザムンド・ロレンシアンヌ・ロナテア(8番目)
・・・次、誰だったかしら???」
「9番目の魔女ですわ。2の姉様。」
「最初から言い直しですわね。がんばって!」
「い"や"ぁ~っっっ!!!」
『王家守護魔法名大結界』が発動したのは、それから1時間後の事だった。
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パ キ ーーー ン !!!
その瞬間、乾いた音が響き渡った。
元魔女達が息を飲む。目には見えない魔力の躍動を肌で感じ取ったのだ。
「やったわ! 大結界発動よ!(ゼィゼィ、ハァハァ。)」
息絶え絶えの大魔女は、思わず拳を握りしめた。
ティナが大きなグラスに冷たい紅茶を淹れてきた。
それを受取り一気に飲み干す。火照った身体に心地いい清涼感が駆け抜けた。
「ありがと、美味しかったわ!
さぁ、ここからが本番よ! みんな気を引き締めて!」
「何をなさるんですか、お姉様?」
返してもらった空のグラスを握りしめ、ティナが驚き聞いてくる。
大魔女は右手を足下にかざした。
床に書かれた魔法陣が淡く輝き形を変える。複雑で細かい紋様だったさっきの物とは打って変わって、スッキリ簡素な物になった。
「さっきの魔法陣は『大結界』のための物。」
大魔女は昂然と微笑んだ。
「これは『過去見』魔法の魔法陣。
今は魔法の水晶玉に過去の映像を映し出すんだけど、大昔はこの魔法陣を使って過去を見たの。
私の水晶玉、この間爆発して無くなっちゃったから仕方がないわね。」
すぃ、と人差し指を上に降ると、魔法陣が床から剥がれ宙に垂直に立ち上がった。
その時だった。
部屋の扉がバタン!と開いて、人騒がせなあの母親が足取り荒く入ってきたのは!
「お前達! さっきから部屋に籠もっていったい何をやってんだい!?
4番目に|5番目、子供達が寂しがってるよ、早く行っておやり!」
「あら、お母様。丁度いいところにいらしたわ。」
大魔女は母親に背を向けたまま、輝く魔法陣に両手をかざす。
紋様が光に掠れて消えていき、「過去見」の魔法陣は丸い大きな 鏡 になった。
「一緒に見て!お母様!
お父様が消えた18年前、何があったか確かめるわよ!」
キィン!
大魔女の首飾りが高らかに鳴った。
宙に浮かんだ「過去見」の鏡に、「18年前」を映し出した。
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場所はどうやら大広間。
国の公式行事や国賓を迎える時に、大臣家臣が所狭しと集まる場所。しかし「過去見」が映す時間は夜更けのようで、閑散としていて寒々しい。
明かり取りの天窓から冷たい月光が静かに差し込み、玉座の前に1人佇むその女性を照らしていた。
「・・・どうすればいいの?
私はいったい、どうすれば・・・。」
女性は狂おしく身悶えた。
震える両腕で自分を抱きしめ、涙を流して苦悩する。
そんな彼女の背後から、誰かが穏やかに話し掛けた。
「もう決まった事だよ。
2人であんなに話合ったじゃないか。」
深い愛情を感じさせる、とても優しい男性の声。
暗がりから歩み寄るその人は、女性を照らす月光の中に静かに足を踏み入れた。
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ザザッ!!!
突然、映像が大きく乱れた。
鏡に映る男女の姿はぼやけてハッキリ見えなくなった。
「妨害者がちょっかい出してきたわ。
何が何でも知られたくないのね。小賢しいこと!」
大魔女は忌々しげに舌打ちした。
「『大結界』が撃退魔法を無効にしたから相当焦っているみたい。
私は過去見魔法に集中するから、みんなはしっかり見届けて!」
目を閉じ精神を統一する。
鏡の映像がやや鮮明になった。
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「あなた・・・!」
女性がハッと振り向いた。
まだぼんやり霞んでいるが、何とか面影を見て取れる。
若かりし時の母親。
彼女は涙を散らして身を翻し、男性の胸に飛び込んだ。
「どうしよう、私、耐えられない!
あんまりよ! 貴方を忘れるなんて絶対イヤ!」
この男性が魔女・元魔女達の父親で、母の夫であるらしい。
取り乱して泣く妻を、夫は優しく抱きしめる。
残念な事に、顔が見えない。
強く妨害されているようで、煙掛かったようにぼやけていた。
「ダメよ、やっぱり絶対ダメ!!!
何か別の方法があるはずよ!ねぇ考えて! 私、いったいどうしたらいい?!」
夫が妻の両肩を掴み、優しくも激しく揺さぶった。
「ドロシー!ドロシー、ドロシー!
しっかりなさい! さぁ私を見て! ドロシー!!!」
驚き目を丸くする妻を眺め、彼は茶化すように陽気に諭す。
「少し落ち着いたね?
ドーラ・ドルシネーア・ドナテルラ・ドロシー。
すぐ取り乱すのは君の悪い癖だよ。」
「だって、あなた・・・。」
「大丈夫、君には素晴らしい娘が12人もついている。
この先何があったとしても、あの娘達が君を支えてくれるよ。」
「でも貴方を失ってしまう!
辛いわ、いったいなぜこんな事に?!」
「・・・運が悪かった、としか言いようがないね。」
小さく吐息を一つ吐き、夫が寂しく微笑した。
「今は他に方法が無いんだ。
『忘却の魔女』の望みを叶えるしか、国を護る術はない。」
「あなた・・・!」
妻は夫を抱きしめた。
同じ想いと愛情を込めて、夫も妻を抱きしめる。
冷たく降り注ぐ月光の中、2人はしばし佇んだ。
永遠を願う刹那の抱擁。
夫が小さく呟いた。
「私は居なくならないよ。
君達の記憶から 消える だけだ。」
彼は顔を少し伏せ、腕に抱いた妻の額にそっと優しく口付けた。
そして泣いている妻の頭越しに 厳しい目をして 玉座 を見据えた。
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ピキピキピキ!
パリーーーーーン!!!
突然、鏡が砕けて消えた!
「きゃーっ!?」
元魔女達が悲鳴を上げる。
壁際にいたオスカーが、慌てて大魔女に駆け寄った。
「おい!大丈夫か?!」
「平気よ、ありがとう。
・・・しくじったわ、術を破られるなんて!」
元魔女達が一様に驚き、互いの顔を見合わせた。
「破ったですって? 大魔女である貴女の魔法を!?」
「なんて事!相手はもの凄い手練れなのね。
それで過去見の映像も、お父様のお顔はハッキリ見えないままだったのね!」
「こんな事は初めてだわ!
信じられない、2の姉様が 負ける だなんて! 」
「負けたんじゃないわよ失礼な!
ちょっとその・・・。集中しきれなかっただけよ!」
騒ぎ始めた元魔女達に、大魔女は慌てて言い訳した。
鏡に映った両親の姿が、夕べの自分と夫の様子に困ってしまうほど似ていたのだ。
羞恥の念が邪魔をして魔法に集中できなかった。
ついでに、側でニヤニヤしている夫の顔も直視できない。
大魔女はそっぽを向いたまま、必死で平静を装った。
「とにかく、コレでいろいろハッキリしたわ!過去見魔法の成果は大きいわよ!」
「ハッキリ? 今の中途半端な過去見で、いったい何がわかったってんだ?」
オスカーが不満げに、首を傾げた時だった。
「 お母様 !
どうしたんです? しっかりなさってお母様!!!」
悲鳴に近いティナの声。
魔女・元魔女達は弾かれたように振り向いた。
母親の様子が明らかにおかしい。身を強ばらせて突っ立ったまま、茫然自失になっている。
驚く娘達が見守る中、彼女はワナワナ身を震わせて、手を宙に差し伸べた。
そして・・・。
「・・・ あ な た ! あぁっ!!!」
一声叫ぶと母親は突然、ガクッとその場に頽れた!
オスカーが駆け寄り受け止めたのだが、そのまま意識を失ってしまう。
自分に夫が居た事をようやく思い出したのだ。
大魔女達は驚いた。
失われた記憶が蘇り、愛する人を呼ぶ瞬間。
いつも何かしら問題を起こす人騒がせな母親は、目が覚めるように美しかった。