忘却魔法は魔女には不要!
11.忘却の混沌、再び
開け放たれた大きな窓から、爽やかな早朝の風が吹き込んでくる。
新しい1日が始まろうとしている。そんな中、大魔女の自室の広い居間では元魔女達が 父 を囲み、喜びの涙を流していた。
「お父様!よかった、生きてらしたのね!」
「ごめんなさい、お父様!
忘れちゃっててごめんなさい!」
「心配かけたね、セーラ。
ルル、謝らなくてもいいんだよ?」
「あの、お父様? 女の方と逃げたって言うのは・・・。
「それは無い。安心しなさい、ララ。」
優しく微笑む父に縋り、元魔女達が咽び泣く。
忘れられていた 父親 が、ずっと王城に仕えてくれてる 寡黙な大臣 だったとは驚きの極み。
この感動の再会(?)を、大魔女はソラムやティナと一緒に居間の片隅から眺めていた。
(お姉様達の「忘却」が、一夜にしてすっかり解けてる。
これ、いったいどういう事???)
元魔女達の喜ぶ姿に安堵しつつも、心穏やかではいられない。
大魔女自身に掛けられていた忘却魔法は、父親を思い出した瞬間打ち破られた。
それが施術者に解らなかったはずはない。必ず何か仕掛けてくる。喜んでばかりいられないのは、その懸念があるからだった。
(次の一手を考えた上で、忘却の魔女が自らお姉様達の「忘却」を解除した? だとしたら厄介だわ。
今度は何をやらかす気かしら・・・?)
まだ見ぬ敵の企てを思い、大魔女は柳眉を曇らせた。
「いつまで隠れてんのさ、ティナ。」
大魔女の隣に立ってるソラムが、肩越しに振り向き声を掛けた。
恋人の背中に隠れたティナが、真っ赤な顔でモジモジしている。妙な恥じらいが先に立ち、近づけなくて困ってるらしい。
彼女はまだ17歳。いろいろ難しい年頃だった。
「あんなにお父さんに会いたがってたじゃないか。
側に行ってきなよ。ほら、がんばって!」
「・・・。」
ソラムが優しく促すのだが、ますます縮こまるばかり。
末妹の可愛い様子に、大魔女はつい失笑した。
バタン!
扉がいきなり乱暴に開き、オスカーが血相変えて飛び込んで来た。
「大変だミシュリー!どえらい事になってるぞ!!!」
「??!」
取り乱した夫の様子に、大魔女の顔から笑みが消えた。
---!!!---(>_<)---!!!---
王都中が大変なことになっていた。
先ずパン屋というパン屋から、あろうことかパンが消えた。
代わりに店頭に並んだのは 野菜 だったり お魚 だったり、その辺に転がっている 石 だったり。
これにはパンを買いに来たお客より、パン焼き職人自身が途方に暮れていた。
「急に パン ってヤツが解らなくなっちまったんだ!
ありゃぁ、木に実るんだったかな?
それとも海で泳いでんだったかな???」
同様のことが朝一番に開かれる市場のあちこちで起った。
八百屋は鍋やフライパンを売り、魚屋は肉の塊を店頭に据え置き、花屋は水の入ったバケツに箒やモップを差して並べ、靴屋は何故か女性の下着を取り扱った。
通りを行き交う人々の様子も目を疑うものばかり。
シャツもズボンも後ろ前に着ている青年もいれば、帽子の代わりにスカートを被りよたよた歩く老婆もいる。
上品なご婦人が寝間着姿でシズシズ歩き、可愛いワンピースを着たおじさんが裸足で通りを突っ走る。
小さな子供に至っては着る事すらせず、素っ裸で遊び回っている始末。
とんでもない光景だった。
それでも彼らはマシな方。
一番人々を悩ませた、深刻極まる事態とは・・・。
「まぁ、アナタ、どちら様???」
「いや、お前の夫だろ俺は!」
「あれ、オバちゃんだぁれ?
なんで僕のお家に居るの???」
「私はアンタの母親よ!
なんでここに居るかっていうと・・・。
あらヤダ、なんでだったかしら???」
王都中の家という家で、こんなやり取りが繰り返された。
奇妙奇天烈なこの騒ぎは、時間を追うごとに大きく酷くなっていった。
---!?!---(゜ロ゜)---!?!---
「・・・なんて事を!
よくもやってくれたわね!!!」
王城の物見露台から「遠視魔法」でこの様子を見る大魔女の目がつり上がった。
「オスカー! 城の魔道士でまだ正気を保っている者を居るだけ集めて!
全員の魔力を結集させて、街に強力な封印結界を張るの! 『忘却』を王都から出してはダメよ!」
「やっぱりか!
コイツは 忘却の魔女 の仕業なんだな?!」
「そうよ、間違いないわ! 」
金のローブを翻し、大魔女はオスカーと共に露台を後にする。
「しかもどんどん魔力が強くなってる。このままじゃ国中に『忘却』が広がってしまう!」
自室の居間に戻って来た。
不安気に待ち構えていたソラムと元魔女達。大魔女は彼らの前を素通りした。
寡黙な大臣=父親の前で、向き合う形で立ち止まる。
非常に厳しい面持ちだった。その暗い眼差しをジッと見据え、大魔女は彼に問いかける。
「これなのね? お父様!
この事態が貴方とお母様に『忘却』を受け入れさせたのね!?」
寡黙な大臣=父親が重々しく頷いた。
「・・・その通りだ。
王都の『忘却』を解く 条件 。
それは、私の 存在 と引換えだった。」
元魔女達が一斉に、驚愕して息を呑む。
大魔女は唇を噛み締めた。
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18年前。
あまりにも突然起った異変に、王都は激しく混乱した。
街全体を覆い尽くした「忘却」の呪い。それは人の心を徐々に蝕み、大事な記憶を奪って行った。
日常を忘れ常識を忘れ、家族や友人を忘れていく。
果ては自分が誰であるかも忘れてしまう。王都の人々は忘れてしまう事を恐れ、忘れられる事を悲しんだ。
一刻も早く、この「忘却」を王都を解放しなければならない。
当時の大魔女とその王配は、民を救うため奔走した。
忌まわしい『忘却』の発生源。それを発見するまでさほど時間は掛らなかった。
当時の大魔女・ドロシーが、大広間の 玉座 から放たれる微かな醜気を感じ取ったのだ。
すぐに彼女は玉座を詳しく調べるよう、魔道士達に命令した。
しかしその時、驚くべき事がおこった。
忘却の元凶たる者が、自ら姿を現したのだ。
細かく縮れた黒い髪。歪につり上がった灰色の目。
黒い醜気を幾重にも纏う、白いローブ姿の 魔女 だった。
『我が名を問うなら 忘却 と呼ぶがよい。
そちが今世の大魔女かえ? 我の目覚めに邂逅するとは、不運な事じゃ。
ホホホホホ・・・!』
耳障りな声で笑う忘却の魔女に、大魔女ドロシーは戦いを挑んだ。
忘却に苦しむ王都の民のため、死力を尽くして戦った。
ありとあらゆる魔法を駆使し、持てる魔力を使い尽くして激闘した。
しかし・・・。
彼女は忘却の魔女に勝てなかった。
不敵に笑う傷一つ負わせる事ができなかった!
この国の女王である大魔女の敗北。
それはすなわち、国の滅亡 を意味している。
絶望に打ちひしがれるドロシーに、忘却の魔女が追い打ちを掛ける。
『国と民を救いたくば、我に従え!
なに、容易き事よ。我が望みは一つのみ。
それさえ叶えば王都を解放し、我は再び眠りに就こうぞ。
我が求めし望み、そ れ は ・・・。』
王配 の存在を消し去る事。
忘れ去られた大魔女の夫が、誰にも思い出されないまま、その生涯を終える事。
思いがけない要求に、ドロシーは激しく反発した。
愛する夫を犠牲にするなど、死んでも嫌だと抵抗した。
しかし、要求を呑まざるを得なかった。
国のため、民のため。
ドロシーは 忘却 を受け入れた。
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「私達が要望を呑むと、忘却の魔女は消え去った。
王都は無事解放された。
人々は日常を取り戻し、ドロシーも何事も無かったように国を統治し導いた。
・・・ 私 を忘れた以外はね。」
寡黙な大臣=父親が、忌まわしい過去を淡々と語る。
5番目が傍により、彼の腕に手を触れた。
「本当にご苦労なさって・・・。
なのに私、お父様は亡くなっただなんて・・・。」
「気にしなくていいんだよ、ルル。
思い出してくれただけでも、私は幸運だったのだから。」
嘆く娘の手を握り、父親は優しく微笑んだ。
「当時、私とドロシーは忘却の魔女に対抗しうる手段をあらゆる方向から探していた。
そんな中、この国の長い歴史上消えた王配が、私以外に 10人 居た事を知るに至ったのだ。
彼らも『忘却』の犠牲者だったと推測する。どんな生涯を送って命を終えたか、誰も気に止めなかったに違いない。
そんな孤独を味わうことなく、こうして君達と共に居る。
ミシュリーにも言ったとおり、私は幸せ者だよ? ルル。」
「お父様・・・。」
ようやく安心したようだ。
5番目もニッコリ微笑んだ。
「待って、お父様!
今の話だと忘却の魔女は かなり昔から存在していた 事になりますわ!」
驚愕の声を上げたのは長姉。
怯え震える長子の娘に、寡黙な大臣=父親が頷いた。
「その通りだ。忘却の魔女は遥か昔から、この国の玉座に潜んでいた。
眠りながら長い時を過ごし、時折目覚めては『忘却』をもたらす。そのようにして 大魔女の王配 を抹消し続けてきたようだ。
理由がわからない。なぜこのような事をするのだろう?
私にはあの魔女がする事が、何一つ理解できないのだ・・・。」
「・・・。」
暗く重たい沈黙が、元魔女達を支配した。
得体の知れない恐怖に捕らわれ、誰もが呆然と押し黙る。
しかし。
たった一人だけ違っていた。
「あら、そんなの本人に聞けばいいのよ。
せっかくお目覚め遊ばしたんだから!」
全員、弾かれたように振り返る。
寡黙な大臣=父親の険しかったその顔に、再び暖かい笑みが浮かぶ。
「私の家族を苦しめた挙げ句、国の民にまで手を出した! ここまでされたら上等よ!
討って出るわよ!
この私を怒らせた事、死ぬほど後悔させてやる!!!」
金のローブが翻る。
大魔女は颯爽と踵を返し、自室の居間から出て行った。
向かうは王城の大広間。
件の玉座が据え置かれている、忘却の魔女がいる 敵陣 である。