忘却魔法は魔女には不要!
12.少しだけの魔女
意外な事に、大広間へと向かう大魔女を止めようとしたのはティナだった。
長い回廊を歩いて行く姉に、彼女は必死で追いすがる。
「待ってください、お姉様!
いきなり会いに行くのはやめて下さい!」
「会いに行く? 貴女らしい言い方ね。
残念ながらちょっと違うわ。殴り込みに行くのよ。」
「そ、それはわかってますけど、せめてもう少し調べてからにしませんか!?
忘却の魔女さんについて、わからない事が多過ぎます!」
「そうね。わかってんのは大昔から王城に勝手に住み着いていらっしゃる事くらいかしら?」
前を進む大魔女がピタリと足を止め振り向いた。
ほとんど駆け足で追いかけていたティナは、姉の胸に飛び込む形でぶつかった。
そのまま優しく抱きしめられた。薬指に金の指輪がはまった左手で「よしよし」と頭を撫でられる。
「優しい子ね、ティナ。
せめてもう少し調べてから。私もそう思っていたわ。
でもね。
どんな事情があったとしても、忘却の魔女は倒さなければならないわ。
国のためにも、民のためにも!・・・わかるわね?」
「・・・はぃ。」
致し方なく頷いた。
それでもどうしても行かせたくなくて、姉の胸にしがみつく。
「ここから先へは来てはダメ。
後でミルクティーでも淹れてちょうだい。全部片付いたらみんなで一緒にお茶会しましょ!
オスカー、ティナを護って! 約束よ!」
額に軽くキスされた後、フッと姉の姿が消えた。
転移魔法を使ったのだ。大魔女の胸に寄りかかっていたティナは、支えを失いよろめいた。
倒れる前に受け止めてくれたのはオスカーだった。
どんな時でも頼れる義兄が、悪戯っぽく微笑した。
「コレは俺の役目じゃないな。
ほら、ソラム! お前の大事なお姫様だ。」
ソラムが慌てて側に駆け寄り、肩を抱いて支えてくれた。
2人共後を追って来てくれたらしい。その優しさに感謝しつつも、ティナは力無く項垂れた。
ソラムが不安げに呟いた。
「大魔女様、大丈夫でしょうか? オスカー。」
「もちろん!って言いたいところだが・・・。」
オスカーもまた心配そうに、ほの暗い回廊の奥をジッと見据える。
「過去に10人の王配が消えたって事は、10人の大魔女が、忘却の魔女に敵わなかったって事だ。
一筋縄じゃいかないとは思ってたが、ここまで強烈な奴だとは・・・。」
その時だった。
大魔女の私室からけたたましい悲鳴が聞こえ来たのは!
「きゃーーーーっっっ!!?」× 2
双子の元魔女達の、見事にハモった声だった。
3人は踵を返し、今来た道を引き返した!
---×○×---(0)---×○×---
体当たりする勢いで扉を開き、私室の居間に突入する。
とんでもない事になっていた。得体の知れない黒い靄 に、元魔女達が襲われていたのだ!
黒い靄は大小様々。辛うじて人の型をしており、居間の空中を飛び交いながら、元魔女達を狙っている。
「私達は大丈夫よ、オスカー!
結界が効いてる! だから周りを飛び回るだけで、手出しなんてできないから!」
オスカー達の姿を見つけた長姉が叫ぶ。
よく見ると、元魔女達の足下に薄ら魔法陣が描かれていた。
これが 王家守護魔法大名結界 なのだろう。確かに靄は元魔女達を攻撃しようとはしなかった。
「お父様も大丈夫!
私達が一緒にいれば襲われないわ!」
「義姉さん! コイツらいったいどこから?!」
「わからないわ! 急に現れたの、湧いて出たみたいに!」
湧いて出た、というのは実に的確な表現だった。
扉の影、テーブルの下、カーテンの裏側、キャビネットと壁の僅かな隙間。
禍々しい黒い靄は、居間の至る所から次から次へと這い出てくる。
「お父様、もしかしてコレは?!」
長姉が父に問いかける。
寡黙な大臣=父親は、両腕に双子の元魔女をしっかり抱きしめ、厳しい面持ちで頷いた。
「忘却の魔女の刺客だ。
18年前、ドロシーが忘却の魔女討伐に赴いた時も我々を襲撃してきた。
無限に湧き出てくるのは厄介だが、さほど強くは無い。
守護結界を発動させれば、危害を加える事はできないはずだ。
だが、今、危険なのは我々ではなく・・・!!!」
みなまで言う必要は無かった。
黒い靄達が一斉に、標的を変え動き出す!
「 ・・・ ティナ!!!」
寡黙な大臣=父親が、末娘の名を鋭く叫ぶ!
禍々しい黒い靄達が、ティナに目がけて突進する!
次の瞬間!
パ ァ ン !!!
乾いた音が響き渡った。
黒い靄達は弾かれ吹っ飛び、居間の壁に叩きつけられ四散した。
「オスカー、魔法が使えたんですか!?」
咄嗟にティナを抱いて庇ったソラムが驚き、声を上げた。
オスカーはニヤリと笑って左の手をソラムに見せる。
薬指にはまった 金の指輪 が、淡い光を発していた。
「 結婚指輪 だ。
ミシュリーがコイツを退魔のお守りにしてくれたのさ。
そのお陰でこの気色悪い連中をを祓えるってワケだ。
こんな風にな!」
指輪が煌めく左手を、素早く大きく薙ぎに振る。
再び乾いた音が響き、宙を漂う靄の残骸が為す術も無く吹き飛んだ。
「お姉様が?!
その指輪は大魔女のお姉様と通じているのですね!?」
ソラムの腕に守られるティナが、急くようにして聞いてきた。
「そういう事になるな。
俺は魔法を使えないから、ミシュリーの魔力を借りてコイツらを払っている。」
「よかった!
だったら、大魔女のお姉様に私達の声を届ける事ができます!」
「え?」
オスカーは思わず振り返った。
普段たおやかな末の義妹が、凜とした目で見返してくる。
彼女はとても強い口調で、オスカー達に訴えた。
「大魔女のお姉様は負けたりしません!
必ず勝って帰ってくるわ。あの方は世界最強の魔女なのですから。
だからこそ、私は 戦って欲しくない んです。
忘却の魔女さんにはきっと事情がある。自分だけではどうにもできない、深刻なワケが。
でないと、何百年も孤独に生きて人を呪ったりしないでしょう?
何も理解してあげられないまま忘却の魔女さんを倒してしまえば、お姉様はとても苦しむわ!
私、それが嫌なんです!!!」
「あの子は優しい子だからね・・・。」
寡黙な大臣=父親が頷き賛同した。
黒い靄を払い続けるオスカーも首を縦に振る。
「俺も同感! だがどうする?
アイツのためなら何でもするが、今の俺達にできる事があるとは到底思えない!」
際限なく湧き出て来る黒い靄を、祓い飛ばすだけで精一杯。
そんな自分に苛立つあまり、退魔の指輪が煌めく左手の動きがますます激しくなる。
忘却の刺客達への攻撃は、八つ当たりに近かった。
「いいえ有ります。一つだけ!
お義兄様、お姉様方、お父様。今まで黙っててごめんなさい!
ティナがソラムの腕から離れ、自分の足下に両手をかざす。
短い呪文を詠唱すると、床の上が眩しく輝き 魔法陣 が出現した!
「 私・・・。
少しだけ 魔女 なんです!!!」
なぜか申し訳なさそうに、ティナは家族に謝罪した。
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かつて13番目の魔女と呼ばれ、姉妹の中で一番高い魔力を宿していたティナは、ソラムに「禁忌の呪文」を唱えてもらいごく普通の 人間 になった。
しかし、今から少し前。
この国の始祖「古の魔女」の遺物を巡り、ちょっと困った事件 があった。
その事件に巻き込まれたティナは、すったもんだした挙げ句「少しだけ」魔女になっていた。
魔力を失ってしまった魔女が、再び魔力を得て魔女になる。
そんな事は前代未聞。奇跡に近い事である。
知っているのは、彼女の恋人ソラムだけ。他の誰にも言ってない。
敬愛する姉の大魔女にさえ黙っていたのは、それなりの理由があるのだが・・・。
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「今は詳しい説明は後にさせてください。
とにかく、お姉様のためにできる事をやらないと!」
ティナは足元にかざしていた手を高く上げた。
スッと魔法陣が立ち上がり、大きな丸い 鏡 になった!
「過去見魔法!?」
長姉が驚き目を見張る。
本格的に父を捜し始めた時大魔女が使った、過去を覗き見る魔法である。
「私では魔法の水晶玉は使えません。
あれは使用者の魔力を反映させる魔法具で、強い魔力が必要ですから。
今の私は『少しだけ魔女』。魔力がまったく足りません。」
ティナは鏡を見つめて頷いた。
「でも『魔女・魔道士詠唱呪文大全集』に記載されてたこのやり方なら、私でも過去見魔法が使えます!
直接問い正したところで、忘却の魔女さんが理由を語るとは思えない。
だから調べるんです。 忘却の魔女さん本人の過去を!
それをオスカー義兄様の指輪を通じて大魔女のお姉様に伝えるの。お姉様なら倒さなくても済む方法を、きっと考えてくださるわ!
教えて下さい、お父様!
忘却に飲み込まれた過去の王配10人、彼らで一番古い方の記録は何年前ですか!?」
「・・・約850年前。
正確には今から853年前の2の月だ。」
寡黙な大臣=父親が、娘の問いに答えを返す。
「この月を境に、歴史書や国政記録にはその王配に関する文章が一切無い。
彼に何が起ったのかを伝える物は何一つ無かったのだ。
おそらく彼が『忘却』の最初の犠牲者だろう。」
「853年前・・・やってみます!!!」
ティナは目を閉じ、精神を集中させた。
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金のローブを翻し、大魔女は闇の中に着地した。
末妹を振り切るため転移魔法を使用したが、思っていた場所とは違う場所に辿り着いて入る。
本来なら大広間の玉座前に転移しているはずだったのだ。
しかしここは深い闇に閉ざされた世界。
邪な魔法が創り上げた歪な 異空間 だった。
「あら。
お招き頂いたのね、ありがとう。」
興味深く辺りを見回し、挑発的に微笑した。
静まり返った闇の中で、「何か」が不気味に身じろぎした。
「素敵なお住まいね。陰気で殺風景で寂しくて。
でも不法滞在よ。
よくも我が国の玉座を 異空間の入口 なんかにしてくれたわね!
叩き出してやるから覚悟なさい!!!」
『・・・。』
「何か」がゆっくり動き出す。
1歩1歩踏みしめるように、暗闇の中を歩いてくる。
やがて浮かび上がってきた人の姿に、大魔女は思わず眉を潜めた。
細かく縮れた黒い髪。歪につり上がった灰色の目。
薄汚れた白いローブを身に纏う小太りの女。
彼女は驚くほど 醜かった 。
『・・・来たか。今世の大魔女よ・・・。』
小太りの魔女がしゃがれた声で嘲笑する。
忘却の魔女 である。