忘却魔法は魔女には不要!

2024年10月30日

すったもんだの一日が終わった。
昨日・一昨日に勝るとも劣らぬ大騒ぎの一日だった。大魔女は居間のソファに座り、頭痛を覚えて目を閉じる。

「・・・ あ な た ! あぁっ!!!」

そう叫んで倒れてしまった母親の意識は戻らないまま。
離宮の寝室に担ぎ込まれた彼女には長姉セーラが付いていてくれている。
4番目ララ5番目ルルは子供達と一緒にあてがわれた客室にいる。
まだ幼い甥っ子・姪っ子が、ここ最近の異変を感じてクズっているらしい。今夜はずっと一緒に居てやるように言っておいた。
「ティナ、貴女はここに泊まりなさい。」
大魔女は末妹に話しかけた。
「明日から本格的にお父様の行方を探るわ。
きっとまた邪魔が入る。
『大結界』守護がない貴女が一番危険よ。なるべく私達の側に居てちょうだい。」
「はい、お姉様。」
スツールに腰掛け「魔女・魔道士詠唱呪文大全集」を読んでいたティナが、顔を上げて頷いた。
素直な返事に心が和む。
大魔女はニッコリ微笑んだ。
「熱心だな。そんなに面白い本なのか? それ。」
ティナの隣のソファでくつろぐオスカーが本を覗き込んだ。
「う~ん、俺には無理だな。
魔法の専門用語ばっかりだ。」
「でも面白いです。
知らない魔法がいっぱい載ってて勉強になります♪」
「勉強したって使えないじゃないか。
ティナはもう魔女じゃないんだろ?」
「・・・えぇ、そうですね。」
曖昧に微笑むティナの目はほんの少しだけ泳いでいた。

夫と末妹の会話を聞きつつ、大魔女は大きく背伸びした。
「やれやれ!今日も大変だったわね。
でも結構収穫はあったわ。明日はもっと気を引き締めて事に当たらないとね。」
「そう言えばいろいろわかったって言ってたな。
お袋さんがいきなりぶっ倒れて聞けず終いだったけど、何がわかったってんだ? 」
首を傾げる夫に微笑み、大魔女は一つずつ指を折りながら説明した。

「先ず、お父様のお声。
高くもなくしゃがれてもなくよく通る美声でもない。
低くめで穏やかな声だったわね。私もようやく思い出したわ。」
「ふむ、それで?」
「次に、お母様の『忘却』は自ら受け入れたものだった。
そうしなければならない『何か』があったんだわ。
もしかしたらとは思ったけど、その通りだったとはね。」
「いったい何が・・・。いや、いい。
それより続きを話してくれ。熟考は後にしよう。」
「ありがと、助かるわ!
次に気になったのは、お父様のお言葉。
『運が悪かったとしか言いようがない』。確かにそう言ったわね。
お母様に『忘却』を受け入れさせた『何か』は 事故、もしくはある種の機会タイミングで発動するもの である可能性が高い。
たぶん後者でしょう。実際、探ろうとするなり邪魔が入ったんだから。」
「ある種の機会タイミングってのか気になるな。
詳しくわかればいいんだが。・・・次は?」
「次もお父様のお言葉よ。
『私は居なくならないよ。君達の記憶から 消える だけだ』。
消えるだけ。つまりお父様は 生きている !
戦死も病死もしていない。またお会いする事ができるのよ!」

大魔女の左手薬指には、オスカーから送られた金の指輪がはまっている。
その指を折って話した4つめ説明に、ティナの瞳が輝いた。
「私・・・お父様にお目にかかれるんですね?」
「もちろんよ。必ず見つけ出してあげる!」
大魔女はソファから立ち上がった。
信頼こもった末妹の眼差しが、心に闘志を漲らせる。

「さっきの『過去見』で諸悪の根源もわかったわ!
 忘却の魔女 。
聞いた事ない呼び名ね。何者かしら?」

判明した5つ目は、1番重要な 謎 だった。

 トン、トン 。

部屋の入口扉が、遠慮がちに小さく鳴った。
入って来たのは一人の少年。大きな籐籠を抱えた彼は、礼儀正しく一礼した。
「失礼します、大魔女様。
直接ここに訪ねてもいいって大臣さんに言われて・・・。」
ティナが驚き、「魔女・魔道士詠唱呪文大全集」を胸に抱えてスツールから立ち上がる。
「ソラム?! どうしたの!?」
「あぁ、俺が呼んだんだ。」
答えたのはオスカーだった。
「敵さん、忘却魔法を使うんだろ?
大結界の守護がないティナが恋人を忘れるのを防ぐには、一緒に居るのが一番だと思ってね。」
「でも、彼にはお仕事が・・・。」
「今まで意地悪上司ドゥリーのお陰で無休だったんだ。
ちょっとくらい休暇もらったってバチは当たらないよ。」
オスカーの簡単な説明に、ソラムも笑顔で捕捉する。
「師匠の方からぜひ休んでくれって言われたんだ。
今まで申し訳なかったって、平謝りされて困ったよ。
大魔女様、オスカー。先日は本当に有り難うございました。
あのコレ、師匠の奥さんがほんのお詫びだって持たせてくれたんですけど・・・。」
ソラムが籐籠を差し出した。
蓋を開けて現れたのは、ぎっしり詰め込まれた焼きたてのお菓子。
キャラメル色の薄切りアーモンドをふんだんにのせた、バターたっぷりのクッキーだった。
「すごいな、フロランタンじゃないか!♪」
オスカーが子供のように喜んだ。
早速手を伸ばす義兄の様子に、ティナがクスッと笑みこぼす。
「お義兄様、本当に甘い物がお好きなんですね。」
「子供の頃は貧乏で、滅多に食えなかったからね。」
ふと、オスカーの目が遠くなった。
何を思い出したようだ。彼は貧しかったという少年時代を、幸せそうに語りだした。

「そう言えば、一度だけ腹一杯食った事があったな。
ミシュリーが 大量の焼菓子 を持って来てくれたんだ。俺が住んでた街までよく遊びに来てた頃に。
嬉しかったなぁ、アレは!
どれもみんな お茶会で国賓に出すお菓子 みたいに豪華で美味くってさ。
無我夢中で貪り食ったよ。ミシュリーが俺のために持って来てくれたと思うと、子供心にも有難いやら愛しいやらで・・・。って、どうした? 2人とも。
なんでそんな顔してるんだ???」

ティナはプルプル肩を震わせ、必死で笑いを堪えている。
一方、大魔女は仏頂面。真っ赤に染まった顔を背け、なんだか少し拗ねている。

「・・・その話、他の姉妹達には絶対しないでよ!」
「なんで?
俺としては自慢したいくらいのいい話なんだが?」
「お願い止めて! 頼むから!!!」

本当に話して回りかねない。
大魔女は必死で夫を止めた。
少女時代にやらかした お菓子大量持ち逃げ事件 。
その真相を末妹に知られてしまった。恥ずかしい事この上ない!

「ソっ、ソラムが泊まる客室の用意!
誰かにお願いしてくるわっっっ!!!」

大魔女は自室から逃げ出した。

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客室の用意は城内をうろつく夜勤の女官にお願いした。
女官は優雅なお辞儀を残して立ち去った。それを見送り大魔女は踵を返して歩き出す。
向かったのは大広間 。
「過去見」で見た時と同じように、月光差し込む夜の大広間は物音一つせず静かだった。
(いつ見てもご立派ね。 コレ は。)
大魔女は玉座の前に1人佇み、心の中で呟いた。
この国の玉座は一段高い壇上に備え付けられた重厚な物。背もたれ、肘掛けに施されている細かい彫刻が美しい。

(まさか コレ が 「忘却」の発生源 とはね。
さて、どうしてくれようかしら???)

敵に破られた「過去見」の魔法。
しかし、その魔法が見た在りし日の両親が敵の居場所を示してくれた。
玉座の前で悲しむ母。その母を抱いて諭す父が、最後に見据えたのも玉座。
それだけで充分だった。
 忘却の魔女 は、ここに居る。
玉座の「中」に潜んでいるのだ。こうして見ている限りでは、何の気配も感じないが。

壮麗な玉座を睨み付け、しばしの間思案する。
考え込んだ時のクセが出た。大魔女は暗い大広間をウロウロ無意味に彷徨い始めた。
(この事、オスカーにはちゃんと話しておかないとね。さっきは言いそびれちゃったから。
アイツったら、最近面倒なのよね。「なんですぐ相談しないんだ」って、すぐ怒るんだもの。
この頃、妙に口うるさくて困ったモンだわ。
「何でも1人で背負い込むな!」とか「人へのお節介もほどほどにしろ!」とか・・・。)
玉座から少し離れた所で、急にピタリと立ち止まる。
「忘却の魔女」への反撃を思案していたはずなのに、何故か夫への愚痴になっている。そんな自分に気付いたのだ。
我ながら恥ずかしい。大魔女は1人赤面した。

(お節介はほどほどに、か。
そう言えばまだ小さい頃、同じ事を言われたわね。
誰にだったかしら? 1回や2回じゃない、結構頻繁に言われてたんだけど。
とても優しい目をしていて、物静かで落ち着いていて。
でも、叱られた時はとても怖かったわ。
だから私、逆らえなくて・・・ !!? )

強い衝撃を心に感じ、その場に愕然と立ち尽くした。
酷く頭が混乱した。様々な感情が入り乱れる中、その記憶だけが鮮明にある真実を指し示す。
少女時代にやらかした、家出とお菓子大量持ち逃げ事件。
お茶会で国賓に出す豪華なお菓子と、それを頬張る少年時代のオスカーの笑顔。
そして1,000頁もあるぶ厚い「魔女・魔道士詠唱呪文大全集」。
泣きながら必死で書き写した。家出してとても心配させた事と、お菓子を盗んだ罰として。
あまりにも突然思い出された その人・・・ の記憶。
気持ちの整理が付かなかった。

 コツ コツ コツ 。

月光届かぬ暗がりから、微かに足音が聞こえてきた。
誰かが、居る。
闇の中で立ち止まり、ジッとこっちを伺っている。
大魔女は静かに語りかけた。

「・・・ずっとそこに居たのね。貴方は・・・。」

闇が優しく言葉を返す。
低く、穏やかな声だった。

「そうだよ。私はここに居た。
でも、すまない。
君達が辛い時や苦しい時に、何もしてあげられなかった。」
「どうしてそんな事を言うの?
私達より貴方の方が、辛くて苦しくて悲しかったはずよ?」
「辛くなんてなかったさ。
健やかに育つ君達を側で見ていられたのだから。
みんな素晴らしい淑女になったし、申し分ない伴侶と一緒に自分の人生を歩んでいる。
これ以上の幸せはない。私は果報者だ。」

声はどこまでも優しく温かい。
しかし並大抵ではなかった苦労を推して知るには余りある。

「嘘はやめて!
18年間も家族から忘れられたのよ?!平気だったはずないじゃない!
気付いてもらえず見てるだけ!? 酷いわ、私なら耐えられない!」

大魔女は闇を振り向かないまま首を激しく横に振る。
目頭が熱くなり、涙が頬を伝って落ちた。
きっと泣き崩れていただろう。
闇の中から思いがけない言葉が返ってこなければ。

「嘘じゃない。耐えて来られたとも!
この日が来ると 知っていた からね。」

俯き掛けていた顔を上げ、大魔女は驚き目を見張る。
「 知って、いた ???」
「そうだよ。私は 知っていた 。」
大魔女の疑問に答える声は、なぜかとても幸せそう。
むしろ楽しげですらあった。

「私達家族には 君 が居る。
君なら『忘却』の呪いに打ち勝てる。
必ず私を思い出す日が来ると、
信じるというより 知 っ て い た んだ。
君はちょっとお節介だけど、とても優しい強い子だからね。
ミシュリー。
君の名前はね、強く賢く優しかった 私の母 からもらった名前だ。」

「・・・。」
ゆっくりと、振り向いた。
溢れる涙で何も見えなくなる前に。
その人もまたゆっくりと、闇の中から歩み出る。
「忘却」から解き放たれた自分の姿を月光で照らして見せるために。
現れたのは 寡 黙 な 大 臣 。
先の大魔女と、今の大魔女。
自分を忘れた妻と娘に、言葉少なにずっと仕えるこの国の優秀な 家臣 だった!

「 ・・・ お 父 様 !!!」

大魔女は父の胸へと飛び込んだ。

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