大魔女様は婚活中

2024年4月4日

下町の裏通りにある寂れたバー。
カウンター前のテーブルにずっと居座るしょぼくれた男が、今朝の新聞に目を通している。
大きく広げて読んでいるので、隅のテーブルに陣取る フィガロ には1面の記事が見て取れた。

『至高の美!
スヴェリ郷が、所有する美術品数点を 北の大国 に献上!』

特大の文字で書かれた見出しに、フィガロは感心があるフリをした。

「へぇ、あの大富豪の スヴェリ郷 がねぇ。豪気なこった。」
「北の大国は最近力付けてきている。媚びでも売っとこうって魂胆だろう。」

忌々しげに呟く同席者に、フィガロは口元を歪めて笑う。
向かい合って座る相手は高飛車で鼻持ちならない男である。彼が新聞記事に嫌悪を抱いたのなら、それは少々小気味が良い。
「とにかく、事は急を要する。」
そう言って、同席者が仕立ての良い外套の内側から茶色い封筒を取り出した。
かなりぶ厚い封筒だ。中に詰め込まれている 高額紙幣 の枚数が悟れる厚みだった。

「手付金だ。これで身支度を調えて、明日の午後一番で王宮に来い!
そこで貴様がこれからするべき事を、より詳細に教えてやる。
スヴェリの企てを阻止する為に、なんとしてでもかの国の大魔女を 堕 と さ ね ば ならんのだ!」

テーブルの上に放り出された封筒を取り上げ、フィガロは中身を確かめた。
「大魔女ねぇ。俺みたいな ジゴロ に簡単に堕とせるお方じゃないと思いますがねぇ。」
「心にもない事を言うな。貴様なら 行き遅れ 1人陥落するなど容易い事だろう?
13人もいる姉妹の中で自分が最後になって焦ってるはずだ。そんな女なら貴様ごときでも簡単に騙して堕とせるさ!
明日から貴様はダーレイ国の国王・レヴォルグ様の『甥』になるんだ。
これから終生大魔女に取り入りこの国の為に尽くせ!」
早口で一気にここまで言って、同席者がフィガロを睨む。
今までずっと無表情だった彼が、初めてフィガロに見せた感情は 侮蔑のこもった憤り だった。

「金持ちの子女ばかりを誑し込むクズめ!
北の大国の脅威がなければ、かの国の王宮ではなく一生監獄にぶち込んでやりたいくらいだ!」

フィガロはまったく動じない。
封筒を手にして席を立つと、面白そうに微笑した。

「わかりました。かの国の王宮を俺の監獄にすれば良いわけですね?
ダメで元々、やってみましょう♪」

爽やかで、非常に魅力的な笑みだった。
それが肩をワナワナ震わせる男の気持ちを逆撫でした。

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(な・・・ナメたマネしてくれるじゃないのよ、この国の連中は!!!)

大魔女のこめかみには盛大に、それは見事な青筋が立った。

(誰が 行き遅れ ですって?失礼な!
しかも、推してきた相手が場末酒場にいる ジ ゴ ロ?!
よくもそこまで馬鹿にしておくれだわね! 覚悟しなさいよ、目に物見せてやるわ!!!

魔法の水晶玉には酒場を後にするフィガロの意気揚々とした姿が映っている。
手にはあの札束の封筒。それを見下ろしほくそ笑むジゴロにすこぶるイラついた。

(金持ちの女の子ばかりを狙ってたぶらかす詐欺師。4番目の妹がこの手の輩に引っかかって大変だったわ。
そうね、コイツにも 罰 が必要かしら♪♪♪)

悪意のこもった微笑を浮かべ、大魔女は首飾りに手を添えた。

キィン!

指先で弾かれた宝石が高らかに鳴り響く。
夜の大きな通りへと足を向けるフィガロの後ろに、女が1人現れたのはその時だった。

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ダーレイ国は優れた魔法具の生産することで知られている。
それ故、この国は他国との親交をあまり深めてこなかった。自国に有り余る程魔法があるため諸外国に頼る必要がなく、得るものが無いと言う理由で魔法不足に困る国々を援助する事もしなかった。

(だから、侵略されても助けてくれる国は少ないってワケだ。
 世界征服 を目論む北の大国にとっちゃ、ダーレイは格好の獲物だね。それで水面下でお偉いさんがいろいろ焦ってる、と。
スヴェリが北の大国に媚びうって友好関係を結び、その手柄を嫉む連中が大魔女の国との国交望む。
こんな時にまで勢力争いか。めでたいモンだぜ、お役人の頭ン中は。
ま、どうでもいいけどね。俺は大魔女の国へ行くんだし?
俺に堕とせなかった女はいないんだ。大魔女だって例外じゃないね、俺にベタ惚れで言いなりになるただの女にしてみせるさ♪
いいねぇ! なんてったって大魔女は魔法大国の女王様だ。そのダンナに収まれば、一生贅沢三昧で暮してゆけるぞ♪♪♪)

封筒のズッシリとした重みを楽しみながら、フィガロはブラブラ通りを歩く。
そんな彼の行く手を阻み、立ちはだかった者達がいた。

「見つけた! もう逃がさないわよ、人でなし!」

「 え? 」
その中の1人が怒声をあげた。
派手なピンクのワンピースを着た、鬼の形相の年増女。
仁王立ちして叫ぶ彼女は、まるで 闘牛 のようだった。

「この結婚詐欺師!
アタシが今日まで貢いだお金、耳を揃えて返してちょうだい!!!」
「おわぁ!?ク、クラウディア?!」

品の良い背広姿の老紳士。
彼もまた、今にも卒倒しそうに顔を赤らめとてつもなく激怒していた。

「よくもワシの可愛い孫娘をたぶらかしてくれたな?!
このロクデナシめが!!!」
「ア、アンタはルゼット郷か?!シュテファニーの爺さんの?!」

いかにも腕っ節が強そうな筋肉隆々の若い男。
彼も怒髪天を衝く勢いで、それは超絶に怒っていた。

「俺の女房を返せ、この悪党!
家じゃ子供達がワンワン泣いてんだぞ!!!」
「エミリーの亭主?!
いや、彼女に関してはちょっとしたつまみ食いで・・・。」
「ふざけるな、てめぇ! ぶっ殺してやるっっっ!!!」
「ひーーーっっっ!!!」

怒り狂った襲撃者達が、一斉にフィガロに襲い掛かる!
通りを行き交う人々が、突然起った凄絶な修羅場に驚き思わず立ちすくむ。
そんな中、このトンデモナイ騒ぎの仲裁に入ったのはとても 意外な人物 だった。

「およしよ、アンタら。
往来でみっともない事しなさんな! 金なら 返 し て や る からさ。」

「えっ?!」
怒りの拳を振り上げた襲撃者達がピタリと止る。
全員一斉に振り向くと、そこに立っていたのは1人の女。
フィガロは目を丸くした。まったく見覚えのない女だった。
しかもかなりのご高齢。しわくちゃ顔で白髪の、田舎町から出てきたような野暮ったい出で立ちの お婆ちゃん である。
襲撃者達に殴りかかられ驚いた拍子に落としたらしい。彼女の手にはズッシリぶ厚いあの封筒が握られていた。
「ひぃふうみぃ・・・おやおや、かなりあるじゃないか。」
老婆は勝手に封筒を開け、中身の紙幣を数え始めた。
そして・・・。

「ほれ、とっとと持って行きな!」
 ばさーーーっ!

封筒は空に向かって豪快に投げられ、中から紙幣が舞い散った!

ぎゃーーーーーっっっ!♡♪

大通りは札に群がる人々で、阿鼻叫喚の修羅場となった。
そんな中、老婆とジゴロが逃げて行くのに気付く者など誰1人としていなかった。

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「何しやがんだクソ婆ぁ!人の金、勝手にバラ撒いてくれやがって!」
「ゴチャゴチャうるさい男だね! 助けてやったんだろうが、感謝しな!」
「アレはこれからする大仕事の前金だったんだぞ?! なんて事してくれやがった!」
「ナニが大仕事だい! アタシゃ酒場で聞いてたんだよ? 偉そーな事言ってンじゃないよ、ジゴロのくせに!」

通りを歩く「クソ婆ぁ」の後を、フィガロは必死で付いていく。
不本意だが仕方が無い。婆ぁにガッチリ腕を掴まれ、なぜか連行されているのだ。

「お前さんみたいな禄でないし、放っておくとナニしでかすかわかったモンじゃない。
それにコレも何かの縁だ。ちょいとアタシに付き合いな!♪」
「待て! なんで俺がお前みたいな婆さんとデートしなきゃならねぇんだよ!?」
「年寄りは大事に扱いな!コレだから今の若いモンは!」
「だから待てって!おいちょっと! なんなんだこの展開はーーーっっっ?!」

枯れ木のような細い腕は思いの外力があった。
フィガロは婆ぁに引きずられるようにして大通りを後にした。

---♪---♪---♪---♪---♪---

どこへ行くかと尋ねても、婆ぁは「付いてくりゃわかる」とだけしか言わなかった。
散々歩いて引きずり回され、辿り着いたのはあの有名な スヴェリ郷の大豪邸。これにはとても驚かされた。
嫌がるフィガロの尻を叩いて屋敷裏手の外壁乗り越え、目立たない所の窓を壊して2人は屋敷に侵入した。
不法侵入である。こんな事になるなんて、想像すらしていなかった。

「おいっ! まさか俺を窃盗の共犯にでもする気か?! 冗談じゃないぞ!?」
「狼狽えんじゃないよみっともない。騒ぐと見つかっちまうだろ?」
「見つからねぇワケないだろこんなの!
なにフツーに廊下歩いてんだ、しかもド真ん中を堂々と!!?」

その通りだった。
屋敷内に入った婆ぁは隠れも忍びもしないどころか、持参したランタンを明々と照らしてなんら遠慮なく廊下を歩く。
廊下を突き抜け階段を上り、ホールを横ぎり回廊を渡る。勝手知ったる家の様に、ズンズン奥へと進んでいく。
さらに・・・。

( げっ?! 見つかった!!?)

長い廊下の角を曲がるなり、いきなり人と鉢合わせた。
年老い、背中が少々曲がっている制服姿の小男だった。この家の執事らしい。言い逃れは何も出来ない、フィガロは監獄行きを覚悟した。
ところが。
なぜか執事は冷静沈着、騒ぎ立てようとしなかった。
彼はしばし婆ぁを眺めた後、おもむろに制服の上着内ポケットに手を入れた。
そして、取り出した 何か を婆ぁに渡すと、静かに道を譲ったのだ!
( なにーーーっっっ!?)
フィガロは驚き目を剥いた。
信じがたい思いで見守る中、老執事はさらに意外な行為をして見せた。
婆ぁに向かって深々と頭を下げて 一礼 したのだ。
不法侵入者に取るべき態度ない。 フィガロは激しく混乱した。

「・・・婆さん、アンタ、いったい何モンなんだ???」

老執事に見送られ、暗い廊下をスタスタ歩く婆ぁにフィガロは思わず問いかけた。
「見たまんまの婆ぁさ。それ以外でも以下でもありゃしないよ。」
「いや、おかしいだろ? どー考えても!
あの執事、まるでアンタの事昔から知ってる風だったぞ?
しかも何か受取ってたろ? どういう事なんだ???」
「・・・。」
婆ぁは、何も答えない。
その代わり、廊下の突き当たりまで来ると、ようやくピタリと立ち止まった。

「さぁ着いた! 中に入るよ!」

「入る???」
目的の場所にたどり着いたようだ。
長い廊下の先にあったのは、観音開きの大きな扉。金色に光る取っ手ノブに手を掛け、婆ぁが扉を大きく開く。
もちろん 開錠 した上で。婆ぁは中に踏み込む前に、ポイッと何かを肩越しに捨てた。
( 鍵 ?! さっきの執事が渡した物か!?)
床に落ちた古びた小さな赤金色の鍵に、フィガロは唖然と目を見張る。
なぜ、執事が不法侵入者に屋敷の中の鍵を渡す???
ますますもってわからない。頭を悩ますフィガロだったが、婆ぁがツカツカ入っていった部屋の様子を一目見るなり、疑問は全部吹っ飛んだ。

「・・・ス、スゲェ!」

思わず垂涎の言葉が漏れた。
それほど凄い光景だった。

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2人が辿り着いた場所は、豪華絢爛な 宝物庫 。
美しい絵画が壁を埋め尽くし、立派な彫像や見事な陶器類が所狭しと並べられている。
大きなガラスケースの中には宝石をあしらった装飾品アクセサリーが飾られ、一番奥まった壁際には頑丈そうで大きな金庫が3つも並んで鎮座していた。
ランタンの明かりに照らされ輝く宝物。フィガロがそれに目を奪われる中、婆ぁはある物の前に歩み寄った。

「 やっぱり、ここにあったのね・・・。」

彼女がポツリと呟いたのは 大理石の天使像 の前。
婆ぁが見上げるその彫像は、大きな赤い宝石がはまった宝冠を高く頭上に掲げ、清らかな笑みを浮かべていた。

誰だ! 貴様ら、ここで何をしている!!!

薄暗かった室内が急にパッと明るくなった!
心臓が止る思いがした。入口の方へ振り返ると、猟銃を構えた痩せぎすの老人が、血走った目で2人を睨み付けている。
新聞などでよく見かける顔だった。

(・・・スヴェリ郷?!)

フィガロは婆ぁを背中に庇い、闘志漲るの家の主と対峙した。
しかし・・・。
元々血色悪いスヴェリ郷の顔がさらに青ざめ、紙のように白くなる。
割れんばかりに両目をひん剥きワナワナ震え始めた彼は、驚いた事に銃口を下ろした。

「まさか・・・! 君は レベッカ なのか!?

今にも卒倒しそうな男の叫びに、天使像を見つめる婆ぁがゆっくり静かに振り向いた。
まるで別人のようだった。
背筋を伸ばして凜と佇む彼女は優雅で気品にあふれ、神々しいほど美しい。

「お久しぶりね、アントニー。お元気そうで何よりだわ。」

声質まで変っていた。
さっきまでのだみ声でなく、深く落ち着きのある滑らかな声に。

「お屋敷に勝手に足を踏み入れた事はお詫びしますわ。夜分にお騒がせしてごめんなさい。
でも、この天使像の 宝石 はいただいて行きます。何も異存はないはずよ?」
「!? ま、待ってくれ!
それは北の大国に献上する美術品で・・・!」
「貴方が献上したいのは美術品ではないでしょう?」
「う・・・。」

スヴェリ郷は押し黙った。
苦悶の表情を浮かべる彼を、レベッカと呼ばれた婆ぁが冷ややかに睨めつける。

「この像、献上品として新聞に掲載されてましたわね?
すぐにわかりましたわ。天使像が持つ宝冠の 宝石 。これは私の 夫 の物だって!
知ってるでしょう、アントニー。これはとても危険な力を秘めた 魔石 なのよ?
美術品に紛れ込ませて北の大国に渡す気だったのね。させるわけにはいきません!」

「だ、だめだ! それはダメだ、レベッカ!」
激しく狼狽えるスヴェリが声を荒げ、再び猟銃を構え直した!

「帰りたまえ、さもなくば、撃つぞ!!!」

悪あがきとも取れる脅迫に、レベッカは少しも動じない。
むしろ堂々と胸を張り、スヴェリ郷の方へ1歩あゆみ出て両手を大きく広げて見せた!

えぇ、どうぞ? 構いませんわ!
ジェラルドの 魔石 を取り戻せるなら、例えここで殺されても私はちっとも構いません!!!

「・・・。」
死のような静寂が、つかの間その場を支配した。
愕然となるスヴェリ郷の手から猟銃が滑り落ち、床にゴトリと音を立てた。

「なぜなんだ? レベッカ・・・。」

枯れ木のような両手を震わせ、レベッカの方へと差し伸べる。
老いさらばえた男の顔に、にじみ出るのは深い 絶望 。それでも情けを求めようとするスヴェリ郷の姿は 惨め だった。

「なぜ、そこまで アイツ の事を・・・。
なぜ、私 を選んでくれなかったんだ・・・?!!」

哀れな男の悲痛な叫び。
しかし。
それに応えるレベッカ、冷酷なまでに無慈悲だった。

「貴方はジェラルドじゃ ない 。それだけですわ!!!」

突然、レベッカがニヤリと笑う。
元の婆ぁに戻った彼女は、もはや死人の様になったスヴェリ郷にとどめを刺した!

「悔しかったら、ここまで女に惚れられてみな!
人の才能を嫉んで恨んで、盗みまで働いた挙げ句金や権力に弄ばれる。
そんな人生送った男にゃ、到底無理な話だね!!!」

スヴェリ郷はガクッと膝から崩れ落ちた。
その後ろにはいつの間にか、老執事がひっそり佇んでいた。
執事は静かに深々と、レベッカに向かって頭を下げる。
きっと彼はその昔、この2人の間であった 何か を知っているのだろう。
主が犯した過去の愚行と、これから犯す所だった近い未来の主の愚行。
レベッカの不法侵入を見逃した上、天使像がある部屋の鍵を主人に無断で手渡した。
この執事の不可解な行為は、それら罪を憂うが故だったのだろう。

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てんやわやの一夜が明けた。
空は生憎曇り空。日が昇っても薄暗い。
それでも海を見渡せる崖の上は、心地よく吹き抜ける潮風のお陰で爽快な気分が味わえた。

スヴェリ郷の屋敷を後にしたフィガロとレベッカは、魔石で走る車を借りてこの場所までやって来た。
レベッカの夫の物だったという 魔石 。それを天使像の宝冠から外し、たった今、海に投げ捨てたところだった。
魔石が沈んだ海を眺めて佇むレベッカの足下に、天使像の残骸が粉々になって散らばっている。
立派な大理石の彫像だったが致し方ない。取り外すにはこうするしかなかったのだ。
「良かったのかよ? 捨てちまって。」
車のボディにもたれるフィガロが遠慮がちに声を掛けた。
「いいんだよ、これで・・・。」
レベッカは振り向こうせず、小さく首を縦に振った。

彼女の夫・ジェラルドは、「天才」と呼び賞されるほどの 大魔道士 だったという。
魔石造りの名人だったが驕った所が少しも無い、誠実で優しい人だった。

「魔石ってのはね、魔力を帯びた特殊な鉱石に、魔道士が魔法を込めて作り出すものなのさ。
火の魔法を込めれば点火器ライターになるし、光の魔法を込めれば照明になる。作り手の腕が良けりゃ、風の魔法を込めて飛行機の動力エンジンにもなるし、治癒魔法を込めて人命を救う医療機器にだってなる。
物騒な攻撃魔法なんてモンを込めりゃ、人様を傷つける武器にだってなっちまうんだ。
でもあの人はそんなモン、一つたりとも造らなかった。
私の夫が造る魔石は、人が幸せになるものばかり。魔力のない人達が便利で豊かに暮らせるようにって、せっせと自分の魔力を分け与えていたよ。呆れるくらい人が良い、困った『魔石バカ』だった。
そんな人だから、新しい魔石を開発するのにもそりゃぁ熱心だったモンさ。
もっと人の役に立つ魔石を作り出すんだって、喰うのも寝るのも忘れて研究に没頭してたねぇ。本当に仕方ない人だった・・・。」

淡々と話す彼女の口調が、不意に暗く重たくなった。

「でもある日、とんでもない魔石を造っちまってね。
魔力を何百倍にも増大させるなんて魔石が出来ちまったのさ。
あの人にはそれがどれだけ危険な物かわかっていた。例えば、悪党がそれを手に入れちまったら、どうなると思う?」

フィガロはブルッと身震いした。
近々戦争でも起こすのではないかと噂される、北の大国が手に入れてしまったら・・・。

「あの人はその魔石を処分しちまうつもりだった。
なのに、盗まれちまったのさ。
どこを捜しても見つかりゃしない。あの人は責任感じてね。自分の事を責め続けたよ。
今際の際まで気を揉んでるモンだから、アタシはあの人に言ってやったんだ。
『私が探しだして、必ず処分してみせる』ってね。」

「それで、あんな事したのか・・・。」
「そうさ。
やっとあの人との約束を果たせたわ。これでもう、いつ お迎え が来ても大丈夫!」
レベッカはしっとり濡れた目で、空を見上げて微笑んだ。
重たい雲がひしめく空は、今にも雨が降りそうだった。

「お爺さん!
お爺さん、見ていてくれましたか?
私、やり遂げたわ。貴方との約束、ちゃんと果たしてみせましたよ!
だから、私がそっちへ逝く時はきっと迎えに来て下さるわね?
出会ったばかりの頃よりも、一緒に暮したどの日々よりも、貴方の事が愛しいわ!
来て下さるわよね、あなた?
たった一目でも構わない、きっと会いに来て下さるわよね!?」

天に召された愛しい夫に、婆ぁが切々と訴える。
祈りにも似た切なる想いに、偽りの愛しか知らないジゴロの胸がジィンと熱くなる。
その時。
崖の上に佇む2人は、空高くから鳴り響く不思議な 音 を耳にした!

キィン!

突然、空を覆う雲が割れ、清らかな光が差し込んできた。
穏やかな海に降り注ぐ光が波に弾かれ煌めき踊る。
ジェラルドの魔石が眠る海は、青く清らかで美しい。
その壮麗な光景に、思わず息を飲むレベッカの体を温かい陽光が包み込む。

あぁっ! ・・・!

夫の姿を見たのかも知れない。
喘ぐように一声叫び、レベッカはその場に泣き崩れた。
嗚咽に震える小さな婆ぁの骨張っているか細い肩。
フィガロは自分の上着を脱いで、そっと優しく掛けってやった。

---(ToT)---(ToT)---(ToT)---

(な、泣かせてくれるじゃないのよぉ!)

大魔女は側のテーブルにあるティッシュケースから一枚抜き取り、思いっきり鼻をかんだ。

(罰を与えるつもりだったのに、予想外の結果だったわ!
・・・あら? まだ続きがあるようだけど・・・。)

大魔女が除く水晶玉は静かに輝き、まだフィガロとレベッカを映していた。

---♡---♡---♡---♡---

2人が次に辿り着いたのは、のどかな田舎町だった。
緑豊かな田園風景が地平線まで広がる中に、小さな可愛い家々があちこちに建っているのが見える。
吹き渡る風は土や草の匂いをふんだんに含み、すっかり晴れた空の青さが驚くほど心に染みる。
「やっぱりだ。新聞にゃアタシ達の事なんかこれっぽっちも載ってない。」
車の助手席に座るレベッカが、読んでいた新聞を折りたたんだ。
「スヴェリの大バカ野郎が手ぇ回したんだろうよ。こんな婆ぁに宝物盗まれたんだ。報道なんかされちまったら、カッコつかないにもほどがあるからね。
その代わり、街じゃ大変な事になっちまってる。なんだろね? この『奇病』ってのは。
昨日の夜の内に王族と政府関係者が全員、ロバ耳 になっちまったってさ。どっかの魔女の恨みでも買って、呪われちまったのかね??? 」
「・・・着いたぜ、バァさん。」
フィガロは車を止めた。
広い小麦畑の一角にある赤い屋根の一軒家。ここがレベッカの家なのだそうだ。
「あぁ、ありがとさん。悪かったね。巻き込んじまって。」
「まったくだ。あの天使像、屋敷から持ち出すの大変だったんだぞ?メチャクチャ重かったし。」
「・・・お前さん、根っからの悪党じゃないみたいだね。」
レベッカはくつくつ笑った。
「悪い事ぁ言わない、ジゴロなんて止めて真っ当に働きな!
良かったらウチで雇ってやるよ。農業にゃ男手は何人合っても足らないんだからね。
なんだったら 孫娘 を紹介してやってもいい。アタシによく似た気立ての良い娘だ、お前さんにゃもったいないくらいさ。
ま、とにかくお茶でも飲んでいきな。ウチの孫娘が焼くアップルパイは絶品だよ!」
そう言うとレベッカはひょいと車から降りた。
返事を待つ気は無いようだ。色とりどりの花が咲く小さな庭をスタスタ横ぎり、彼女は家の中へと入っていった。

(冗談じゃない!)

フィガロは慌てて車を切り替えした。
必死の面持ちでギアを入れ替え、彼は車を発進させようとする。
(あんな煮ても焼いても食えない婆ぁ、これ以上関わってられっかよ!
真っ当に働け? 婆ぁによく似た孫娘、だと?! そんなの真っ平ゴメンだぜ!!!)
自分は 大魔女の夫 になって、贅沢三昧で暮らすのだ。
その為にも、一刻も早く街まで帰らなければならない。
午後一番で王宮に行き、お偉いさん達の話を聞いて大魔女の国へ赴く準備に取りかからなければならない。
破天荒な婆ぁだったが、もう二度と会う事はない。
彼女が迎える「今際の際」で、ジェラルドと再会できる事をほんの少しだけ祈ってやりつつ、フィガロはアクセルを踏み込もうとした。

しかし。

「あの! 祖母を助けていだだいて有り難うございました!」

澄んだ可愛い声がした。
思わず振り向いてしまうほど、耳障りのいい声だった。

「ウチのおバァちゃん、急にいなくなってとっても心配してたんです。
見つけてここまで送って下さって、本当に有り難うございました!」

恥ずかしそうにニッコリ笑う、それは愛らしい1人の娘。
おさげに編み込んだ亜麻色の髪、いきいきと輝くはしばみ色の瞳。
飾らない素直さと誠実さ、何より優しさがにじみ出る笑顔に荒んだ心が洗われる。
今までフィガロが狙い堕としてきた都会の女達とはまったく違う、素晴らしく可憐な娘だった。
確かに婆ぁによく似てる。青い海を臨む崖の上で、ジェラルドを想い微笑んだ時の、あの美しいレベッカに。

「あの、お茶でもいかがですか?
アップルパイもありますよ? ぜひお立ち寄りになってください♪」
「・・・。」

娘の肩越しに見える平屋の窓。そこから婆ぁの姿が見える。
カーテンに隠れてこっちを眺め、ニヤニヤほくそ笑んでいる。その姿にイラついた。
ついでに、自分にもイラついた。
急に、しかも猛烈に、アップルパイが食べたくなったなんともチョロい自分にも!

「・・・そんじゃ、まぁ・・・。ちょっとだけ・・・♡」

フィガロはモソモソ車から降りた。
(農業するのも悪くないかな・・・。)
もうそう思い始めてる自分が、とてつもなく恥ずかしかった。

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