大魔女様は婚活中
8.エピローグ
王都に夜の帳が降り始めた。
星を散りばめた濃紺の空に、微かに紅を残す海から柔らかな風が吹き渡る。
王都を見下ろす高台の公園。その展望台に佇む 少女 は、風に遊ばれる結い上げ髪の後れ毛を気にして手を当てた。
柔らかく波打つ金糸の髪。スミレ色の大きな瞳。
もう随分長い間、彼女はこうして街の明かりを1人静かに眺めている。
この国の未来に大きく関わった一日が今、終わろうとしていた。
しかし、街はお祭り騒ぎ。どの街角でも飲めや歌えで笑い楽しむ人々の活気が溢れている。
他の町や村々でも同じ状況に違いない。国中全ての人々が、亡国の恐怖をから解放された今日という日を喜び祝う。
その気配を肌で感じ、少女は幸せそうに微笑んだ。
ふと、何かに気付いて振り向いた。
展望台へと続く小道を駆け上がってくる人影が見える。
少女の瞳が大きく輝き、頬がふわりとバラ色に染まる。はにかんだ笑顔で待ち人を迎える少女は可憐で、喜びに溢れ美しかった。
「・・・遅れてゴメン!」
息を切らしてやって来たのは、同じ年頃の優しげな少年。
彼は少女の大事な 恋人 。弦楽器職人の父親が営む工房の後を継ぐために、故郷の町を出て王都の工房で修行をしている。
顔を合わせるのは3ヶ月ぶり。
久方ぶりの逢瀬だった。
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王都中央にそびえ立つ、白く壮麗な「大魔女の城」。
煌々と灯る街の明かりに照らされ、城は美しく輝いている。
それを少女と寄り添い眺める恋人が、優しい声でささやいた。
「よかったね、大魔女様がご無事で。」
「貴方のお陰だわ。ありがとう・・・。」
「俺は何もしてないよ。頑張ったのは君と、君のお姉さん達だ。」
感謝の言葉を呟く少女に、恋人が首を横に振る。
「君達があんなに頑張ったから、何もかもうまくいったんだよ。
1番上のお姉さんから話を聞いた君が、他のお姉さん達に オスカー の事を打ち明ける。
結婚していろんな国に住んでるお姉さん達が、世界中を旅してるっていうオスカーの居場所を探し出す。
まさか、北の大国に居るとは思わなかったなぁ。よく見つけ出せたと思うよ。」
「貴方だって、お城の楽団に北の国の王弟様達を紛れ込ませるよう手配してくれたじゃない。」
「たまたま仲が良かった楽団のバイオリン弾きとに頼んだだけだよ。お姉さん達みたいにあちこち走り回ったワケじゃない。
君だってすごかったよ?
北の大国に乗込んで、オスカーやラクシュ王子をこの国まで引っ張ってきちゃったんだから。」
「・・・わかっていただきたかったの。大魔女のお姉様に。」
風が少し強くなってきた。
少女はおくれ毛に手を当て撫でながら、夢見るように目を閉じた。
「お姉様が私達をとても大事に思ってくれる。その思いと同じように、私達もお姉様を思ってる。
お姉様が私達を愛してくれる。その気持ちと同じくらいに、私達もお姉様を愛してる。
どんな時でも私達は、お姉様の 幸せ を願ってる。
それをわかっていただきたかったの。だからみんな、あんなに頑張る事ができたんだわ。
間に合ってよかった。
オスカーが見つかって・・・。
大魔女のお姉様にあんな素敵な人がいてくれて、本当に本当に、よかったわ・・・。」
「きっと幸せになれるね。大魔女様・・・。」
恋人の手が肩を抱く。
その温かい腕の中で、少女は恋人の顔を見上げ、小さく微笑み頷いた。
魔女の名前は「禁忌の呪文」。
家族ではない他の誰かに名前を呼ばれたその魔女は、内なる魔力を全て失いごく普通の 人間 になる。
あの日、少女は恋人にその呪文を唱えてもらい、ごく普通の 娘 になった。
魔力を失い舞い落ちる少女を受け止め支えてくれた、幼く細かった恋人の腕。
あれから4年が経った今ではすっかり大きく逞しくなり、小さく華奢な少女の肩を優しく大事に包み込む。
身長だって随分伸びた。呪文を唱えてくれた時には、少女と変らなかったのに。
だから。
かつて 13番目の魔女 と呼ばれ、 今は ティナ と呼ばれる普通の少女は、優しい恋人とキスするために背伸びをしなければならなかった。
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一方、こちらは大魔女の私室。
いきなり押しかけてきた 不届き者 に、大魔女はすっかりお冠だった。
今日という日は大魔女の国始まって以来の、とんでもない1日だった。
ラキシュ王子とその従者達は、魔王を名乗った愚者を連れて北の国へと帰って行った。
「ばぁば」の活躍に興奮し、手に負えないほど元気に暴れる怪獣達は、姉妹達に回収させた。
前代未聞の大騒ぎ。それにどうにか収拾つけて、やっと私室に戻ったところ。
それを狙って奇襲して来た不届き者に、大魔女は背を向け押し黙った。
「・・・悪かったって。なあ、機嫌直してくれよ。」
困り果てた不届き者が、言いにくそうに詫びてきた。
「勢いで キス しちまったのは謝るけどさ・・・。」
「勢いで? 謝る ですって!?」
カッなって思わず振り向く。
しかしすぐに後悔した。相手の姿をまともに目にして怒りの念が溶けていく。
オスカーはもう、「泥付ゴボウ」ではなくなっていた。
強く逞しい立派な若者の、懐かしい面影を残す笑顔。それがとても眩しくて、大魔女はフィ、と目線を反らした。
「あ、謝ってすむと思ってんの?! 今の私は大魔女なのよ!?
よくも公衆の面前であんなマネしてくれたわね!? どうしてくれるの?! 明日の新聞、見るのが怖いわ!!!」
羞恥のあまり耳まで真っ赤。本気で明日の新聞記事が身震いするほど恐ろしい。
そんな大魔女にオスカーが肩をすくめておどけて見せる。
やらかしてくれた本人が、なぜか平静、事も無げ。その様子は怒りや苛立ちを通り越し、もはや呆れるほどだった。
「まぁ落ち着け、赤唐辛子。
とにかく今は喜ぼう。お前、鉄面皮のクズ野郎なんかと結婚せずに済んだんだぜ?
この国も北の大国も行く末安泰、世界の平和守られた。
この一件はコレにて落着! そうだろ?」
「・・・。」
それは、めでたい。
諸手を挙げて喜ぶべきの、とってもめでたい事なのだけど・・・。
「・・・私の、婚 活 は・・・?」
「そりゃ、当然 お終い だ。」
恐る恐る口にした疑問は、アッサリ陽気に切り替えされた。
「俺がいる。
名前の続きを教えてくれ、今すぐ唱えて 結 婚 しよう!!!」
「!!? や、ちょ、待っ・・・!?!?!?」
大魔女は激しく狼狽えた。
それはもう、人生最大に動揺した。
何もかもが突然で、あまりに急なこの展開。慌てふためき取り乱すあまり、両手が無駄にバタついた。
「焦ると両手がバタバタ動く。
子供の頃からそうだった。お前、ちっとも変ってないな。」
オスカーが思わず吹き出した。
「末の妹さん・・・ティナちゃん、だっけ? あの娘が北の国まで俺を捜しに来てくれてね。
お前が婚活してるのも、魔王のヤツに言い寄られてんのもみんな教えてくれたんだ。」
「!? ティナ?! 13番目の魔女!? 」
「お陰でとても助かった! こちとらラクシュ郷が『封印魔法』を開発し終えたばっかりだったし、同志集めに駆けずり回っててそんな事情知らなかったしな。
魔王のヤツがこの国に来る日も、ティナちゃんから聞いたんだぜ? それで、さっきご覧に入れた『クズ野郎捕獲作戦』が実行できたってワケだ。
いい子だな。ついでに言ったらとても賢い。
『お姉様をよろしく』って言われたよ。 俺達がどういう仲か、ちゃ~んと知ってる風だった。」
「あ、あの子ったら・・・!!!」
「お前の姉さんや他の妹さん達もみんな、必死で俺を捜してくれてたそうだ。
いい姉妹じゃないか! もちろん魔王のヤツをぶっ放した、凄い迫力のお袋さんも。」
「・・・。」
混乱している心の中で、いろんな感情が混ざり合う。
再び黙る大魔女に、オスカーの口調がほんの少しだけ厳しくなった。
「俺だって必死だったんだぜ?
大魔女のお前に相応しい男になるため、世界中旅していろんな事、学ん歩いてきたってのに、勝手に婚活始めやがって!
挙げ句、魔王なんかと結婚しようとするとか! どれだけ焦ったと思ってんだ、寿命が縮まったぜ!」
「そ、そんな事言ったって・・・。」
何とか反論しようとしたが、どうしても言葉が続かなかった。
オスカーの姿を見ていればわかる。彼がどれだけ苦労を重ねて今日まで生きてきたのかは。
笑顔はちっとも変らない、人の心を和ませる屈託の無い陽気な微笑み。
しかし着ている物はすり切れてボロボロ、むき出しになってる両腕には数え切れない傷跡がある。
彼は魔王の魔手から大魔女を救い、この国と世界を護って見せた。
子供の頃の宣言通り、「デッカい事」ができるだけの立派な男になったのだ。
しかも、あの日の「約束」を覚えてる。
ただの戯言と決めつけていた自分が薄情に思えてくる。
後ろめたさを押し殺し、大魔女はぎこちなく微笑んだ。
「と、とにかく!
この国は貴方のお陰で救われたわ。 ありがとう、オスカー。
お礼ってワケじゃないんだけどね、貴方が北の大国でしてきた事を、大魔女である私の口から国内外に知らしめてあげる。
朝一番で発表するわ。世界を護った英雄ですもの、もう『泥付ゴボウ』なんて呼べないわね。
本当に、本当にありがとう。
何度でも言わせてね。世界中の人達を代表して言うお礼だから。」
感謝の気持ちは嘘じゃない。ただ、なんとか話のすり替えを狙う気持ちが露骨にダダ漏れだった。
我ながら情けない。これではさすがにオスカーも呆れかえってしまうだろう。
そう思い、俯いてしまった大魔女は思いがけない言葉を聞いた。
「ナニ言ってんだ、赤唐辛子。
俺が今までしてきた事は、全部 お前を守るため だったんだぜ?」
「 ・・・ え? 」
本気で耳を疑った。
驚き思わず顔を上げると、オスカーが可笑しげに破顔した。
「世界を護るとか英雄だとか、だたの一度も考えた事ない。
魔王の野郎が世界征服目論んでるなら、必ずお前の魔力を狙う。そう思ったから俺は、あの国の革命に手を貸したんだ。
その辺、信じてくれなきゃ困る。そりゃぁもう、死の物狂いだったんだからな。」
不意に、オスカーの笑顔がガラリと変った。
見た事のない笑みだった。明るく陽気で屈託のない、少年の笑顔とはまるで違う。
その微笑みから伝わってくるのは、強く激しい情熱を秘めた、どこまでも深く大らかな 愛情 。
大魔女は一瞬、息を止めた。
「・・・封印の魔法陣が間に合ってよかった。
あんなヤツにお前の名前を言われちまったら、俺は・・・・・・!!!」
「・・・。」
涙がこみ上げてきた。
どうしようもなく泣きそうになった。それが何だか悔しくて、大魔女は再び背を向ける。
「なぁ。
教えてくれよ。名前の続き。」
震える大魔女の両肩に、オスカーの大きな手が掛る。
肩に伝わる温もりが心の奥にまで染みいった。
「俺がいる。これから先、ずっと側に。
だから教えてくれ。頼むから・・・。」
「・・・。」
自分の中でずっと張り詰めていたものが、ゆっくり優しく溶けて行く。
その代わりに満ちてくるのは、あの日感じた喜びと愛しさ、ほんの少しの恥ずかしさ。
心地よい熱に浮かされながら、大魔女はそっと目を伏せた。
そして・・・。
「・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・ 『ミシュリー』、よ・・・。」
蚊の鳴くような小さな声でも 未来の夫 には聞こえたようだ。
しかし、「婚姻の呪文」である 大魔女の名前 は、すぐには唱えられなかった。
その代わりに、もう一度。
あの大広間でされたように。
油断していた大魔女は、息が詰まるほど抱きしめられて、熱く激しくキスされた。
♡♡♡ 完 ♡♡♡~♡!