大魔女様は婚活中
3.勇者はカボチャを携えて
セルタイス国は、商人の国。
世界各地から多くの物資がこの国に集まり、腕利きの商人達によって売買される。
市場には物が溢れ、人々は色美しく着飾り様々な娯楽に興じている。
この国は、近隣諸国が羨むような非常に豊かな国だった。
だからこそ、国の宰相であり非常に高潔な人柄で知られる ビニグ氏 は、この上もなく 憂鬱 だった。
「起きんか、このボンクラ息子!怠けるのもいい加減にせぇーい!!!」
広大な敷地に建つ豪邸。
その長い廊下を突進してきたビニグ氏は、突き当たりの部屋の扉をほとんど体当たりでぶち破った!
そして窓辺の寝台に真っ直ぐ向かうと、クシャクシャになった羽毛布団を力任せに引っぺがす!
「きゃー!
ナニするんですか、父上ぇ!?」
少女のような悲鳴を上げて転がり出たのは、根性なしだと一目でわかる軟弱そうな若い男。
セルタイス国宰相の 一人息子 は、未練がましく枕を抱えてシーツの上に転がった。
「ボク、寝てたんですよぉ?
夕べは面白い本を読みふけっちゃって、明け方近くまで寝てなくて・・・。」
「喧しい!この愚か者!!!」
ビニグ氏は息子の寝間着の胸ぐらを掴み、ガクガク激しく揺さぶった。
「わかっておるのか、エルゲイよ!
お前はこの国の命運を賭けて かの国の大魔女 と 結婚 せねばならんのだぞ?!
北の大国が台頭してきておる今、かの国の援助が必要なのだ!
我が国の護りを強固にするためにも、この縁談はなんとしても取りまとめねばならんのだぞ!?」
「それはイヤだって言ったじゃないですかぁ。勝手に話を進めないでくださいよぉ。」
「ワシだってこんなボンクラ息子を国外に出して、恥を晒すよーなマネなどしたくはない!!!」
父親は情け容赦無い。
しかし、国の命運を双肩に担う息子がこんな有様ならば、致し方ない事だった。
「他に妙齢の男子がいなかったのだ!
そもそも、しっかりした家柄の若者はちゃんと身を固めているし、立派な仕事に自ら就てキチンと社会に貢献しておる!
お前も少しは見習わんか!腐ってもお前は宰相の息子、セルタイス国の治政を担うこのワシの息子なのだぞ!!?」
親の心、子知らず。
ボンクラ息子=エルゲイが、盛大に欠伸をして伸び上がった。
「イヤですってば~。それにボク、誰とも結婚なんてしたくないし~。
面倒じゃないですか、結婚なんて。わざわざ窮屈な思いして他人と暮すとか、無理ですから~。
のんびり気ままに暮していければ、それでいいんですよね~、ボク♪」
ビニグ氏の顔が引き攣った。
もともと怒りで紅潮していたが、赤いを通り越して黒くなる。
「 出て行け!このボンクラ息子ーーーっっっ!!! 」
エルゲイは寝間着姿のまま、屋敷の外へと叩き出された。
---♪---♪---♪---♪---
(あ~ぁ、また追い出されちゃった。)
寝間着姿のエルゲイは、森の小道をトボトボ歩く。
普段真面目な父親は時たまキレて暴挙に及ぶ。しかしこんな仕打ちにはとっくに慣れっこ、痛くも痒くもなくなっていた。
(ま、お昼ご飯の時間くらいに帰れば中に入れてもらえるだろ。
この辺散歩するのも久しぶりだなぁ♪)
セルタイス国はいま、木々が芽吹く深緑の季節である。
絵に描いたようなボンクラ息子・エルゲイは、清々しい森の空気を胸一杯に吸い込んだ。
---♪---♪---♪---♪---
(・・・冗談じゃないわ!こんな奴!!!)
その様子を水晶玉で眺める 大魔女 はビニグ氏同様、ブチキレそうになっていた。
(10番目の妹を思い出すわね。あの娘も呑気に引き籠もってた時期があったっけ。
なんの苦労も努力もせずに、ただ楽して暮すだけ。
咎められても反省どころか反抗する気もまったくない。
結婚どころの話じゃないわ!こんな怠け者、お断り!!!)
キィン!
大魔女は首に掛けている首飾りに手を当て、宝石の一つを指先で弾く。
異変はすぐに現れた。
水晶玉に映るエルゲイに、大魔女の魔法が襲いかかる!
ゴンッッッ!!!
どこからともなく飛んできた 大きなカボチャ が、エルゲイの頭を強打した!
エルゲイは悲鳴を上げる間もなく、白目を向いて昏倒した。
---☆☆☆---(>_<)---☆☆☆---
・・・側で誰かの話し声が聞こえる。
それでようやく目が覚めた。エルゲイは右手を持ち上げ、痛む頭へ当てようとした。
(あれっ?動かない???)
右手はピクリとも動かなかった。
手だけではない。足も、頭も動かない。
横たえられた身体を起こすどころか、閉じた瞼を開く事すらまったく出来なくなっていた。
(ど、どうなってるんだ?!一体何があったんだ!?)
指一本動かせない。エルゲイは大混乱に陥った。
「困った奴だ。あの森には行くんじゃないって、いつも言ってるだろう?」
男性の声がした。
とても穏やかで落ち着いた声は、慌てふためくエルゲイの心を妙に優しく鎮めてくれた。
「だってさぁ、森ン中だったら探せばなんか喰えるモンがある知れねーじゃん?
まさか人が行き倒れてっとは思わなかったけど。」
元気な少年の声もした。ハキハキした言い方が好ましい。
「あの森は宰相様の私有地なんだぞ、ジャック。
不法侵入が見つかったら撲たれるくらいじゃ済まない。」
「・・・妹が泣くんだよ。腹減ったって。」
少年の声が少し沈んだ。
(腹が減ったって? お店で食べ物を買えばいいじゃないか。)
声を出せないエルゲイは心の中でつぶやいた。
不意に、目を閉じているにもかかわらずある光景が見えてきた。
低く暗い天井、所々ヒビが入ったくすんだ壁、書物がビッシリ収まった本棚や、乱雑に物が置かれた古い机。
机の前に置かれた椅子には優しい目をした青年が座り、利発そうな少年に微笑んでいる。
この少年が ジャック だろう。彼は家の経済状況が見て取れるような、汚れて粗末な出で立ちだった。
「ナナのために森に入ったのか。あの子はまだ小さいからな。空腹を我慢できなくても仕方がない。
・・・そこのサンドイッチを持って行きなさい。」
青年が部屋の隅にある小さなテーブルを指さした。
香ばしく焼いた鶏肉とレタスを挟んだサンドイッチが、縁が欠けた皿の上にきれいに並んで置かれていた。
「でもコレ、 クララ姉ちゃん が持ってきた先生の昼飯だろ?」
「いいから持って行ってやりなさい。兄妹で仲良く食べるんだぞ?」
ジャックは瞳を輝やかせ、サンドイッチに飛びついた。
「ありがとう、ニド先生!そんじゃ、その人よろしくね!」
元気いっぱい走り出ていく少年を、ニドと呼ばれた青年は笑顔で見送った。
彼は聴診器を手に取ると、粗末な寝台で横になるエルゲイの方へ歩み寄る。
「安心して下さい、私は 医者 です。
どこのどなたかは知りませんが、意識が戻るまで出来る限りの治療をさせていただきますよ。
・・・一体何があったんですか? 森の中、寝間着姿でカボチャと一緒に倒れているなんて。」
エルゲイが宰相の息子だとは思いも寄らないようである。
枕の横にはエルゲイの頭を強打した、あの大きなカボチャが置かれていた。
「まぁやっぱり! もう一度来てみてよかったわ。」
今度は女性の声がした。
ジャックが飛び出していった入口から入ってきたのは、簡素なドレスを着た娘。
彼女が足を踏み入れるなり、診療所と思われる狭い部屋がパッと色めき華やいだ。
「貴方の事だから、最初に持ってきたサンドイッチは人にあげてしまうと思ってたの。
案の定ね、仕方ない人! さぁ、コレを食べてちょうだい!」
娘が差し出す籐の籠から美味しそうな香りが立ち上る。
サンドイッチだ。今度はハムや卵と一緒にトマトとキュウリが挟んであった。
ニドの腹がグゥ、と鳴った。
彼は慌てて腹を押さえ、照れくさそうに苦笑した。
「い、いや、その・・・。いつもゴメン。ありがとう、クララ。」
「いいのよ。気にしないで♪」
クララと呼ばれた娘が微笑む。
艶やかで美しい微笑だった。
エルゲイは一目で 恋 をした。
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クララは美しいだけでなく、しっかり者の優しい娘だった。
ニドの診療所を毎日訪れ、家を掃除し衣類を洗い、食事を作ってニドを支える。
時には忙しいニドを手伝い患者達にまで世話を焼く。
元気で利発なジャックのように、ニドを慕って集まってくる子供達にも、クララは分け隔て無く優しかった。
(こんな素晴らしい女性がいたなんて!
まるで女神のようだ。こんな女性となら、結婚してもいいかもなぁ・・・。)
眠り続けるエルゲイは心の中でつぶやいた。
素晴らしいのはクララだけではない。ニドもまた素晴らしかった。
彼は自分を「医者」だと言ったが、実際には「医者」どころか、非常に優れた 治癒魔道士 だった。
診療所があるこの辺りには貧しい者が多いらしい。ニドはお金のない人達からはほとんど治療費を受取らない。
自分が食うや食わずになっても、治癒魔法で患者を癒やす慈愛溢れる人物だった。
そんなニドはクララと一緒に、寝たきりになったエルゲイを献身的に世話してくれた。
「おかしいな。あれから随分日が経つのに目を醒ます気配がない。」
ニドが腕組み首を傾げる。
「俺の治癒魔法はちゃんと効いてるはずなんだけど・・・。」
「この人に何があったのかしら? きっとお家の方が心配してるわね。
意識が戻ればご家族とも連絡が取れるのだけど。」
クララも心配げに眉を潜め、汗ばむ額をタオルでそっと拭ってくれた。
ニドは忙しい診療の合間を縫ってエルゲイに治癒魔法を掛けてくれるし、クララは水やスープを飲ませてくれたり身体を拭いたりしてくれる。
有難くて、申し訳ない。
こんな二人の重荷になっている自分がとてもイヤだった。
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(´・・`)--▽▽▽---
そんな生活が続き、1週間。
診療所の寝台の上でニドの魔法治療を受けながら、エルゲイは心の中で訝しんだ。
ニドに元気がない。心ここにあらずといった感じで酷く悲しそうなのだ。
(何があったんだ、ニド?)
問いかけたくても、声は出ない。
もどかしさに苛立ちながら、エルゲイは苦しむニドを按じていた。
静かな下町の診療所に重い空気が立ちこめる。
そこに血相変えた子供達が、いきなりなだれ込んで来た。
「ニド先生、大変だ!
クララ姉ちゃんが カバルクト商会 の奴らに連れて行かれちゃった!!!」
(なんだって!?)
切羽詰まった面持ちのジャックの言葉に驚いたは、ニドではなくエルゲイだった。
(カバルクト商会といえば、あの国内きっての大富豪の?!
一族が経営する大会社だが、裏では悪行三昧だと噂されてる奴らだぞ!?
なんだってそんな連中にクララが拉致されるんだ!?)
狼狽え慌てるエルゲイをよそに、ニドはなぜか冷静だった。
「・・・その事なら、もう 知 っ て い る 。」
「!? なんで!?」
(何故だ、ニド?!)
心の中で叫んだ言葉がジャックの声と見事に被った。
驚く子供達の方を振り向こうともしないまま、うつろな目をして俯くニドがポツリ、ポツリと理由を話す。
その声は重く暗く、痛々しいほど掠れていた。
「夕べ遅くにね、クララが別れの挨拶に来てくれたんだ。
カバルクトのご子息と 婚約 したそうだよ。近く結婚式を挙げるそうだ。
彼女は連れて行かれたんじゃない。自分の意思でカバルクト商会に行ったんだよ。
だから大丈夫。何も心配しなくて、いいんだよ・・・。」
( !!? )
エルゲイは衝撃に打ちのめされた。もちろん、ジャックや子供達も。
「な・・・?!
変だよ先生!なんでそんなに落ち着いてんだよ!
クララ姉ちゃんが他の男と結婚しちゃうんだぞ!?先生じゃなくってさ!」
(そうだ、なぜそんなに冷静なんだ!?
しかも相手はカバルクト商会の息子だぞ?!どうしようもない悪党だ! なぜ引き留めなかった!?)
「・・・みんな、聞きなさい。」
ニドが初めて振り返った。
彼は何とか笑おうとしたが、苦悶に満ちた顔は歪みどうしようもなく引きつっていた。
「いつも気丈に振る舞っていたけどね、クララの家は今、とても大変なんだ。
父上が重い病気を煩っている。私の治癒魔法なんかじゃなく、もっと高度な魔法を使う治療を受けなければ、命を落としてしまうんだよ。
それにはとてもお金が掛かる。家を売っても土地を売っても、とても足らないほどお金が必要なんだ。
でも幸い、カバルクト商会のご子息が援助の手を差し伸べてくれた。
その好意に応えて、クララは彼と一緒になる事にしたんだ。
これで父上は高等魔法の治療を受ける事が出来る。また元気になって、長生きして下さるだろう。
クララだってきっと幸せになれるさ。だから、何も心配しなくていい。
・・・心配なんて、しなくて、いいんだ・・・。 」
(何を言っているんだ、ニド?
そんなの 身売り じゃないか! 父親の治療費と引き替えに結婚を迫られ、泣く泣く従うだけだろう!?)
エルゲイは愕然となった。
子供達も言葉を失い、その場に呆然と立ち尽くす。
ジャックがニドの側に駆け寄り、必死の面持ちで食い下がった。
「酷いよ先生!
そんなのでクララ姉ちゃんが幸せになれるわけないじゃないか!」
しかし。
「この国では 金 がなければ、幸せにはなれないんだ!!!」
ジャックがビクッと身体を震わせ、怯えたように硬直する。
エルゲイもまた衝撃を受けた。ニドの言葉が心に刺さり、胸が痛んで苦しくなった。
あまりにも醜い「現実」だった。
声を荒げてしまったニドが泣き出しそうなジャックに気付き、我に返って狼狽えた。
「・・・お前くらいの歳になれば、充分すぎるほど知っているはずだぞ? ジャック・・・。」
その場を取り繕うように、ぎこちない微笑が口元に浮かぶ。
まるで泣いているかのような、辛く苦しげな微笑みだった。
(なんて・・・事だ・・・。)
エルゲイは打ちのめされた。
その時。
「ここの責任者はいるか?!」
診療所の外から不快なダミ声が聞こえた。
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慌てて外へ出たニドは、意外な来訪者達に目を見張る。
この辺りでは見かけない男達が5人ほど。いかにも金を持っていそうな立派な出で立ちの男達の中で、一番権威があると思われる大きな男が冷たく言った。
「我々は国議会からこの辺り一帯の管理を任されている 土地管理局 の者だ!
この度、ここから大通りまでの土地をカバルクト商会が買い取り 大型商業施設 を立てる事となった!
よって、君達には近日中に 立ち退いて もらう! 速やかに準備に取りかかるように!!!」
「なんだって?!」
言葉を失うニドに代り、他の子供達と一緒に走り出てきたジャックが怒りの声をあげた。
「チクショー!カバルクトの不良息子の悪巧みだな?!
クララ姉ちゃんに二度と会えないよう、先生や俺達をこの街から追い出す気なんだな!?」
「なんとでも勝手にいいたまえ。」
大男が冷酷に笑う。
そして立派な紙に書かれた書状を一枚、ニドの眼前に突きつけた。
「カバルクト商会は常に、セルタイス国経済のさらなる発展を願っている。先日国議会に提案した大型商業施設建設案が承認されたのだよ。この通り 宰相・ビニグ様 の署名付き許可証もある。
わかるかね? これは 国の決定 なのだよ。
君達は宰相様のご決定に逆らうとでも言うのかね?」
「・・・。」
ジャックが助けを求めるように、隣に佇むニドを見上げる。
唇噛みしめ項垂れるニドは、首を小さく横に振った。
「・・・俺達がこの街で暮らしていられたのは、みんな土地管理局の 厚意 だったんだ。
その日暮らしがやっとの俺達じゃ、国に土地代を納められない。
立ち退けと言われれば、従うしかないんだ・・・。」
「そんなぁ・・・。」
ジャックが悔しそうに俯き、他の子供達も泣き出した。
そんなニド達を冷酷に嘲笑い、土地管理局の役人を名乗る男達が追い打ちを掛ける。
「そういう事だ。君達に異議を唱える権利などないのだよ、こちらとしては今までここに住まわせてやっていたのを感謝してもらいたいくらいでね。
そもそも、セルタイス国の首都たるこの街に 貧民街 が存在するだけでも恥ずべき事なのだ。ようやくそれが無くなるのだと、皆が商業施設の建設を心待ちにしている。
さぁ、自分達の立場がわかったのなら、さっさと立ち退きの準備に取りかかってもらおうか!
我々は忙しいんだ! 今日中にこの辺りの住民全員に 通 告 を・・・・・・。」
ゴ ン ッ ッ ッ !!!
「・・・。」
あまりにも、突然だった。
おまけにあまりにも奇怪だった。もの凄い勢いで飛んできた 大きなカボチャ が、大男の顔を強打したのだ!
顔面中央でカボチャを受けた大男は仰け反りぶっ倒れた。
連れの男達が騒然となり狼狽える。
そんな中、ニドと子供達は何が起ったか解らないまま、目を丸くして立ち尽くした。
「おぉ!
なかなかの威力ではないか、私の頭を撲ったカボチャは!」
背後から聞こえた陽気な声に、弾かれたようにニドが振り向く。
開きっぱなしになった診療所の戸口に、寝たきりだった患者が佇み不敵な笑みを見せていた。
---○○○--Σ( º0º )--○○○---
久しぶりに出した割にはしっかりとした声が出た。
出だしは上々である。カボチャをぶん投げたエルゲイは、至極ご満悦だった。
なぜ急に動けるようになったのか?それは全くわからない。
しかし、今、自分が為すべき事は充分過ぎるほどわかっていた。
無様に昏倒した大男の手から解き放たれた 宰相署名入の書状 。それがヒラヒラ宙を舞い、エルゲイの足下に舞い落ちた。
それを拾い上げ、目を通す。
「ふん!こんな事だろうと思った!」
勝利を確信した。エルゲイは鼻で笑って見せた。
「この署名は偽造だな!
一目見れば充分だ、これは父上の筆跡ではない!
そもそも、あの高潔な父上がカバルクト商会の悪行に加担するなどあり得ない! なんとかあの悪党共を粛正せんと頭を悩ませておられたくらいだ、その父上の名を騙るとは、不届きにもほどがある!
貴様ら、カバルクト商会に買収されたか? いくら金を積まれてこのようなマネを?
さぞや方々に金をばら撒いているのだろうな、父上の耳に入らずとも事が済むように!
小賢しい事だ、恥を知れ!!!」
「なに? ち、父上???」
悪党共がざわついた。
「 って事は、コイツはここ数日行方不明になってるって噂の?」
「宰相の息子?! なんでこんな所に???」
「いや待て!そいつは確か 引きこもりのボンクラ だって話だぞ?!」
「なんだこの強そーな態度は?!
聞いてる話とまったく違う、まるで別人みたいじゃないか!!?」
悪党共を睨めつけるエルゲイの脳裏にふと過ぎったのは、父に屋敷から追い出された前夜、夢中で熟読していた本。
悪に立ち向かう若き勇者の、素晴らしくカッコいい物語だった。
その憧れの主人公に、今の自分が重なった。
今こそ、決めの台詞を口にする絶好の好機である。
慌てふためく悪党共に、エルゲイはビシッと指を突きつけた。
「公的文書の偽造は大罪、その確たる証拠もここにある!
言い逃れなど一言もさせん! 覚悟するのだな、これでカバルクト商会は お終い だ!!!」
「ひぃい?!」
妙な気迫に気圧されて、悪党共は逃げだした。
そんな彼らにどこからともなく、群れを成して飛んできた 大きなカボチャ が襲い掛かる!
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ン !!!
総数5個の見事なカボチャは悪党共の頭を強打。
1人残らず仕留め倒した。
---★★★--(>_<)---★★★---
「・・・ナニ、このカボチャ?」
「どっから飛んできたの?」
ジャックと子供達が恐る恐る、転がるカボチャを拾い上げた。
そんな子供達を呆然と眺めるニドに、エルゲイが歩み寄る。
無駄に威厳のある、堂々たる態度だった。これがあの 引きこもりのボンクラ息子 だとは思えない。
おそらく、実の父親・ビニグ氏でさえも到底信じられないだろう。
「さぁニド! ぼんやりしている場合じゃないぞ!」
「え? あ、あの、なんで私の名を・・・???」
「そんな事はどうでも良い、今はすぐにでも行動に移らなければならない時だ!
クララを助け出さなければ!
愛を金で買おうとする者に、あんな素晴らしい女性を渡してはならない!」
「!? し、しかし・・・!」
「しっかりするんだ、ニド!」
これまで看病してくれた感謝と、尊敬、親愛、そして友情。ありったけの思いを込めて、エルゲイはニドの肩を掴む。
自分以外の誰かの幸福を、心の底から切望する。
こんな気持ちになったのは、生まれて初めての事だった。
「彼女の父親の事は任せておけ! 治療費が無いというのならば 私 が何とかしてみせる!
解っているはずだ!クララの人生に必要なのは、間違っても 金 なんかじゃない!
彼女を本当に 幸せ にできるのは、 君 以外にいないんだぞ !!!」
ニドの目に、闘志が宿った。
俯き加減だった顔を上げ、真っ直ぐエルゲイを見返す彼は、力強く頷いた!
「クララを助けます。
俺は・・・彼女を 愛 し て い る んです!!!」
「良し!!!」
エルゲイは努めて明るく笑って見せた。
胸に走った切ない痛み。それを振り切るようにして、子供達へと向き直る。
「さぁ行こう、精鋭達よ!
カバルクト商会に奇襲を掛けるぞ!我らが麗しのクララ姫を悪党共から救い出すのだ!
いざ、出陣だ! 全員、私 に 付 い て 来 い っっっ!!!」
カボチャを抱えて困惑していたジャック達の目が輝いた。
「おぉーーーっっっ♪!!」
小さな拳が一斉に、空に向かって突き上げられる!
勇者になりきるボンクラ息子と、冒険したい歳頃の血気盛んな子供達。
若い町医者まで一緒になって、カボチャを抱えた勇者達は意気揚々と出陣した。
---♪---♪---♪---♪---
(コレだから娯楽本ばっかり読んでる引きこもりは!)
大魔女が呆れてため息ついた。
彼女が眺める魔法の水晶玉には、勇者達がカボチャ共に元気いっぱい進軍していく様子が鮮明に映し出されている。
本人達が至極真面目にやってる分だけ、端から見れば奇妙で滑稽。
おまけにかなり危険だった。放っておくなどとてもできない。
(ナニが「私に付いてこい!」よ!
世間知らずのボンクラ息子がいきなり勇者になれるわけないでしょ!
しかも子供達を巻き込んで! 怪我でもしたらどーすんの!?)
すぃ、と右手を軽く振る。
水晶玉から勇者達の姿が消え、寡黙な大臣 の顔が現れた。
「エレノアと連絡を取ってちょうだい。
・・・そう、セルタイス国の憲兵隊隊長ンとこに嫁いだ元・7番目の魔女よ!
あの子にね、今すぐダンナに一個小隊率いてカバルクト商会に行くよう言えって伝えて。
若い娘が拉致されてるの。助けるついでに 家宅捜査 でもすればいいわ。かなりの悪徳商人みたいだから、悪事の証拠がワンサカ出てくるはずよ!
後ね、その悪党共のアジトに 宰相の息子 が子供連れて押しかけようとしてるの。保護して、ついでに叱り飛ばしとくよう言っといて。危ない事はするなってね!
・・・でも、そうね。あの調子なら、あのボンクラ息子も少しはマシになるかもね。
これからは国の貧しい人達の為ガンガン働いてくれるでしょう。そうじゃなきゃ、この私が魔法を使った甲斐がないわ!
あぁ、そうそう。城の厨房でカボチャが消えたって騒いでるだろうから、私の仕業だって伝えておいてくれるかしら?
・・・食べた? 私が?? 5個も???
ンなワケないでしょ、止めてちょうだいっっっ!!!」
大魔女が再び手を振ると、水晶玉の中で苦笑する寡黙な大臣の顔が消えた。
カボチャはこの国の特産物。甘くて美味しいと評判である。
しかし。
残念な事に大魔女はカボチャ料理が嫌いだった。