大魔女様は婚活中
1.プロローグ
国を治める大魔女の姉妹は全部で12人。
どの娘も優秀な 魔女 であったがそれぞれステキな恋をして、想いを交した恋人にその「呪文」を唱えてもらいごく普通の 娘 になった。
魔女の名前は「禁忌の呪文」。
家族ではない他の誰かに名前を呼ばれたその魔女は、魔力を失い人間になる。
しかし、大魔女だけは少々違う。
大魔女の名前は「婚姻の呪文」。
彼女を名前で呼んでいいのは、この世界でただ1人。
共に国を守り導く、彼女の「夫」だけである。
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大広間の扉が開け放たれるなり、泣きはらした目をした娘が飛び込んできた。
立ちそれを迎えるのは、この国の女王にして偉大なる「大魔女」。
燃えるような赤い髪。挑むような鋭い目。
まだ若いが絶大な魔力で国を治める大魔女は、玉座からゆっくり立ち上がった。
(やれやれこの娘ときたら!
小さい頃から何かに夢中になったら周りがみえなくなっちゃうんだから。)
確かに娘は周りが見えていなかった。
大広間の大扉から玉座まで伸びる赤い絨毯。娘はその上を全力で、ドレスの裾を振り乱しながら一直線に駆けてくる。
玉座の横で控える大臣がギョッと驚き目を見張る。そのくらいの「激走」だった。
大魔女は思わず苦笑した。
(こんな娘だから、姉妹達の中でとうとう一番最後になった。
自室に籠もって本ばかり読んで、恋をしようとしないんだもの。まったく手を焼いた事!
でももう安心ね。この娘もきっと幸せになるわ・・・。)
娘が開けてほったらかしの大扉から、オズオズと若者が入って来た。
彼は気が小さく優柔不断。しかしとても誠実な正直者で、何より娘を愛している。
大魔女は満足そうに微笑むと、突撃してくる娘の方へ優しく両手を差し伸べた。
「お姉様!!!」
娘が思いっきり飛びついてきた。
それを受け止め抱きしめる。娘のクシャクシャになった髪を撫でると、娘は子供のように声を張り上げ人目気にせず泣きじゃくった。
「お姉様、お姉様、ありがとう、お姉様!!!」
「あぁもう、少しは落ち着きなさい!本当にもう、アンタときたら・・・。」
遅れて入ってきた若者が、絨毯の上をソロソロ歩いて遠慮がちに近づいてきた。
大魔女は若者を鋭く睨む。
「ちょっと、そこの小学校教師!
私の妹を不幸にしたら承知しないわよ?いいわね!?」
「も、もちろんです。大魔女様!」
すくみ上がった若者が慌ててその場に跪く。
嘘偽りない約束の言葉は大魔女と娘を満足させた。
近々結婚式を挙げるという。
その喜ばしい報告と、永遠の感謝と親愛を残し、恋人達は去っていった。
かつて「8番目の魔女」と呼ばれ、これからは「先生の奥さん」と呼ばれる娘の、新しい人生の旅立ちだった。
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大魔女は大きく吐息を付いた。
「やぁっっっと姉妹全員、キレイに片付いたわ。
随分骨が折れたけど、まぁ上出来だったんじゃないかしら?
どの娘の相手も人がいい男ばかりだし、よっぽどヘマでもしない限り不幸になったりしないでしょ!
何かあったらこの私がいつでも助けに行けるしね。ホホホホホ♪」
改めて玉座に座り直し、高々と足組み、高笑い。
満足げそうな大魔女に、いつも寡黙で忠実な大臣が黙って静かに頭を下げた。
しかし。
「それはそうだけどねぇ、お前。」
大広間の片隅で、子供達の相手をしていた女性が露骨に眉を曇らせる。
今の大魔女の 母親 にして、先の大魔女 だった婦人。
彼女は纏わり付いて離れない可愛い孫達の頭を撫でつつ、上機嫌で笑う娘に渋面作って問いかける。
「自分はいったい、どうするつもり?
お前、誰と 結 婚 するの???」
「・・・。」
大魔女の哄笑がピタリと止んだ。
頬の辺りが微妙に引きつり、笑顔が冷たく凍り付く。
母たる婦人はため息付いた。
「・・・やっぱり何も考えてなかったんだね?」
「まっ、まさか!そんなわけないでしょ、お母様!!!」
金のローブを翻し、大魔女は玉座から立ち上がった。
「先に妹達を片付けてから、じっくり考慮するつもりだったのよ!
なんたって私は大魔女、この国の偉大なる女王なんですからね!
相手は徹底的に選び抜かなきゃならないわ! 国のためにも民のためにも、並の相手じゃ絶対ダメよ!!!
さ、大臣! 縁談なら山のように来てるはず、早速吟味に入るわよ!
姿絵、釣書、紹介状!
一つ残らず全部まとめて、私の部屋へ持って来て!!!」
逃げるようにそそくさと、大魔女は大広間から退散した。
それを見送る母親はまた深々とため息付いた。
「どうしようかねぇ、大臣や。
あの娘のああいう所、若い頃の私にそっくりなんだけど。」
・・・この場合、いったい何が言えようか???
寡黙で聡明な大臣はいつものように、黙って軽く頭を下げた。