鏡に映ったミステリー
7.ビナと才女が微笑む時
実験室で騒ぎを起こした次の日の午後。私達はネビル伯爵のお屋敷を訪ねた。
「・・・そう、だったの・・・。」
広くて豪華な客間に通され、昨日の晩に起きた事全てをイルファ様にお話した。
ソファに座って私達と向き合あうイルファ様が眉を潜めた。
「ハンス・フィリッガ王子がそんな事を・・・。ミカエラがまた悲しむわね。
でも、コルフィンナさん。貴女も大変だったわね・・・。」
私とロレインに挟まれて長椅子に座るコルフィンナさんが、そっと顔を伏せて涙をこぼす。
ミカエラ様に謝りたい。そう言って泣く彼女をここへ連れてきた私は、胸が痛くて悲しくなった。
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コルフィンナさんのご両親は、事故で早くに亡くなった。
片田舎で暮らす叔父夫婦に引き取られた彼女は、内に秘めた魔力の所為で随分辛い目に遭ったのだそう。
闇魔法への偏見は、王都みたいな都会ではあまりないけど田舎ではまだ残っている所がある。そんな事情からコルフィンナさんは、叔父夫婦に愛されなかった。
だから、ベルフォーダム学園の特別生に選ばれた時は、本当に嬉しかったんだって。
名門校で頑張って、早く自立して生きていこう。
そう心に決めて、必死で学問に打ち込んできた。
そんなある日、入学してから一度も便りをよこさなかった叔父から突然連絡が来た。
「お前は闇魔法が使えるはず。
『幻夢』の魔法を教えるから、ハンス・フィリッガ様を誘惑しなさい!」
驚いて叔父に理由を聞いても、まったく教えてもらえなかった。
根は真面目で心優しいコルフィンナさんは困惑した。
でも、そんな彼女に 魔 が差した。
彼女は気付いていた。名門と言われる学園に来ても、勉強ばかりしていたために 友達 と呼べる人は誰もいない。
今の自分は叔父の家にいた時と同じ、1人ぼっちなんだって・・・。
コルフィンナさんは叔父に従ってしまった。
幻夢魔法を使い、自分が美人で優秀であると学園のみんなに思い込ませた。
まやかしの人気で褒められる。そんな自分が惨めだったけど、友達ができて嬉しかった。
憧れだったハンス様に声を掛けられ、天にも昇る気分になった。
ミカエラ様の気持ちを思うと心が痛む。でもハンス様の恋人になれて、コルフィンナさんはとても幸せだった。
そんな時、また叔父から連絡があった。
「ミカエラに危害を加えられたと、偽装しろ!
出来ない時は、闇魔法を使ったと王子と学園に暴露する!」
コルフィンナさんは追い詰められた。
いっぱい悩んで苦しんだ。
でも結局、従った。誰もいない実験室で、踏み台から転がり落ちた。
罪悪感に苛まれた。夜も眠れないくらい苦悩した。
でも、今の自分を守りたかった。
幻夢魔法で築き上げた、ウソで塗り固めただけの幸せ。
だけど、失うのは、怖かった・・・。
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「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」
一通り話し終えたコルフィンナさんは、「ごめんなさい」しか言わなくなった。
「泣かないで。
貴女も辛かったわね、もう大丈夫よ。」
イルファ様が優しく微笑む。
「貴女がした事は簡単に許されることではない。
でもね、本当に悪いのは貴女にこんな事をさせた者達なのよ。」
そのとおりだ。悪い人は他もにいる。
「者達って?
コルフィンナさんの性悪叔父さん以外に誰かいる?」
「その叔父さんに指示を出してる人がいると思う。コルフィンナさんにハンス王子を誘惑させたり、ミカエラ様に傷つけられたって偽装させるよう指示した人が。
それに、まだドロボウの濡れ衣着せられた件が片付いてないよ。こっちはいったい誰がやったの?」
ロレインの問いかけに私が答えると、俯いていたコルフィンナさんが顔を上げた。
「私・・・、幻夢魔法しか使ってません!
傀儡や封印の魔法は使えません。叔父からも教わってないんです。
信じて下さい。
私、ドロボウになんてしてません!」
だったら、他に闇魔法使う人がいるはず。
その人が学園の外から傀儡や封印の魔法を使って、盗んだり忍び込んだりしてたんだ。
でもいったい誰が?
何の目的で、ミカエラ様を陥れるの?
コルフィンナさんの叔父さんを調べれば、何かわかると思うけど・・・。
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甘い香りが漂ってきた。
メイドさんがやって来て、テーブルの上にお茶の仕度をし始める。
今日は私がお菓子を持ってきたの。
もちろん、お祖母ちゃんお手製のお菓子。またどっさり送ってくれたから、みんなに食べてもらおうと思って。
クッキー、マフィン、スコーン、スフレ。あの美味しいタフィもある。
客間の大理石のテーブルは、綺麗な器に盛り付けられた色とりどりのお菓子でいっぱいになった。
「もう少しお話を聞かせてもらいたいけど、その前に一息いれてちょうだい。
せっかくビナさんがお菓子を持って来て下さったんだもの、みんなでいただいてからにしましょう。」
イルファ様がそう言って、みんなにお茶を進めてくれた。
ロレインが歓声をあげ、泣いてたコルフィンナさんも少しだけ笑ってくれた。
私はクリスタルガラスのお皿に盛られたタフィを取って、ポケットのウサギにあげてみた。
タフィ君は動かない。
実験室でハンス様相手に大暴れした後、ちっとも動かなくなっちゃった。
諦めてタフィは自分で食べる。
包みを開いて口に放り込むと、コクのある甘みが口いっぱいに広がった。
うん、美味しい。
ミカエラ様にも食べてもらいたいな・・・。
「あの、イルファ様?
ミカエラ様に持って行ってあげてもいいですか?」
「ありがとう。ビナさん・・・。」
イルファ様は少し悲しそうに微笑んだ。
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コルフィンナさんもお見舞いしたいって言ったけど、遠慮してもらった。
ミカエラ様はきっと、まだ人とは会いたくないと思ったから。
タフィを可愛いコンポート皿に盛ってもらい、私はミカエラ様のお部屋に向かった。
控えめにノックして扉を開けてる。爽やかなそよ風がふわっと吹き出し、新緑の香りを残していった。
レースのカーテンがそよめく窓辺で、ミカエラ様が白い寝間着姿で佇んでいた。
やつれてしまった頬が悲しい。
窓から差し込む午後の日差し。その柔らかな日差しの中で、私の方へと振り向く彼女は消えてしまいそうなほど儚く見える。
そんな彼女が持っている物に、強く胸が締め付けられた。
( 今日の新聞!? ハンス様交際・誤報の記事の・・・。)
イーヴァ王家は跡取り息子がやらかした不祥事を、「誤報」の形で無理矢理決着を付けていた。
「・・・。」
私の目線に気付いたミカエラ様が、手元の新聞に目を落とし、ほんの少しだけ微笑する。
泣いてるような寂しい笑顔に、私は今更気が付いた。
ハンス様の不誠実な行為。それがミカエラ様を一番傷つけ、苦しめているんだって事に。
一度もお見舞いに来なかった。お便りでさえ一通もない。
ハンス様はそんな薄情者。でも、ミカエラ様は彼の事が好きで一番信頼していたはず。
優しくして欲しかった。傍で支えて欲しかった。
みんなにドロボウだと言われた時も、ハンス様にだけは信じて欲しかったはずのに・・・!
私はコンポート皿を投げ捨てた。
広い部屋を一気に横切り、窓辺に佇むミカエラ様に無我夢中で飛びついた!
突然の事に驚いたミカエラ様が、よろめき絨毯の上にへたり込む。
私はそのまま思いきり、ミカエラ様を抱きしめた・・・。
パーーーーーン!!!!!
もの凄い音がして、お屋敷中が大きく揺れた!
ビックリしてミカエラ様から離れ、慌てて辺りを見回してみる。
( あれ? 何も起ってない? すごい衝撃だったんだけど???)
いったい、何が起ったの???
私はしばらく呆然としていた。
「ミカエラ!? ミカエラ!!!」」
「ご無事ですか、お嬢様!!!」
「ぎゃー! ナニナニどーしたのー?!」
「皆さん、大丈夫ですか!?」
イルファ様やゲオルグさん、ロレイン・コルフィンナさんが駆け付けてきた。
さっきの凄い衝撃をみんなも感じて驚いたみたい。全員顔が真っ青だった。
窓辺でへたり込んでる私達を見て、安心したイルファ様がホッと小さくため息をついた。
両手を差し伸べ歩み寄って来る。優しい微笑みを浮かべながら。
そ の 時 。
「・・・ お 母 様 !!!」
イルファ様の足が、止まった。
「おぉ?!」と小さくゲオルグさんが叫び、ロレインが目を丸くする。
コルフィンナさんなんて口に手を当て、引き攣ったように固まった。
もちろん、私もビックリした。目どころか口までいっぱいに開き、声も出せずに驚いた。
ミカエラ様が・・・しゃべった!!?
イルファ様の綺麗な目から涙が溢れてこぼれ落ちた。
「 お 母 様 ・・・!!!」
ミカエラ様が微笑んだ。
眩しいくらい晴れやかな、喜びいっぱいの笑顔だった。