鏡に映ったミステリー
9.ビナと叡智の断罪
立派な柱がどこまでも続く長い回廊。
その真っ赤な絨毯の上を颯爽と歩くイルファ様。
なぜかとても迫力がある。道ゆく人が驚いて、みんな道を空けちゃうくらい。
でも・・・ここって、どこ???
風に飛ばされ空を飛び、気が付いたらここに居た。
今はただ、知らない場所の回廊を小走りしながら必死でイルファ様を追いかけている。
どうしよう、嫌な予感しかしない。
不安で不安で仕方なかった。
「あら、お久しぶりね、デズモンド。
奥様はお元気?」
回廊の横道から転がり出て来た太ったおじさん。
彼はイルファ様に声を掛けられると露骨に狼狽え、大慌てで追いかけて来た。
「ご、ごごご無沙汰しております、いや、あの、このたびは、どど、どーゆう御用向きで?」
「 ギルザイン はどこにいるのかしら?」
イルファ様は立ち止まらない。キッと前を見据えたまま、冷たい声でおじさんに聞いた。
え? ギルザインって、もしかして・・・?
「た、ただいま議会の真っ最中でして、あの、その、えっと!」
「まぁ好都合。家臣の皆さん全員がお集まりね。
議事堂はこっちだったかしら?」
「お待ち下さい!
ただいま拝謁の準備をしておりますれば、ここは何卒お留まりをっ!」
「長居はしたくないから結構よ。大仰な事はしないでちょうだい。
あぁ、そういえば!
貴方、可愛いお嬢様に自分の父親がどんな仕事をしてるのか、ちゃんと教えておおきなさい。
議会開催時にお呼びがかからないなんて、たとえ公爵のご身分でも威張れたものではなくってよ?
そうでしょう? ダーシェグィン公爵殿!」
「はひ!??」
太ったおじさんが立ち止まった。
えぇ?!この人、テリア姫のお父様??!
真っ青な顔で震えるダーシェグィン公爵は、もう追い縋って来なかった。
肩で風切る勢いのまま、イルファ様は長い回廊突き当たりの大きな扉を開け放った。
中にいた人達が一斉に、私達へと振り返る。
そこはとても広い会議場だった。
高い天井には豪華なシャンデリアがぶら下がり、長くて大きなテーブルが連なるように並んでいる。
そのテーブルでそれぞれ座席に座っているのは、イーヴァ国の 国会議員 。
貴族の中でも優秀を選りすぐって選出される、この国の政治家さん達だ。
さらに会議場奥に目を向けると、高台に置かれた豪華な椅子に 小柄な男の人 が座っている。
新聞で写真を見た事がある。
私の記憶が正しければ、この人確か 国 王 様 で・・・。
( って事は!
ここ、イーヴァ国王都の お城 ?!
しかもお城の中にある イーヴァ国国会議事堂の 議 会 場 っっっ !?!)
驚き過ぎて声も出ない。
私や議員さん達が呆然となる中、 国王・ギルザイン14世様 がゆっくりと玉座から立ち上がった。
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立ちすくむ私の肩を抱き、イルファ様が堂々と議会場へ足を踏み入れる。
玉座の高台前まで進み、国王様と向き合った。
「お元気そうで何よりだわ、ギルザイン。お変わりはなくて?」
拝礼どころか挨拶も無し!
一国の王を前にして礼儀を欠いたその態度には、議会場中がざわめいた。
でも。
若い議員さん達が怒りの形相で立ち上がるのを、国王様は片手を上げて押しとどめた。
しかも。
「はい、お陰様で。お気遣い痛み入ります。」
あれ? 全然怒ってない?
これっていったい、どーゆー事???
「あぁ、そのままでいてちょうだい。」
高台から降りようとする国王様を、今度はイルファ様が手を上げて止めた。
「堅苦しい儀礼は結構よ。長居する気はないから。
・・・あら、そこにいるのは誰?
お一人は、今話題の王子様ね。」
高台横に用意された2脚の椅子に、それぞれ人が座らされていた。
1人はハンス・フィリッガ王子様。
顔のあちこちに絆創膏を貼っているのが痛々しい。イルファ様がジロリと睨むと、ビクビク怯えて縮こまった。
「もう1人は・・・? まぁ、ユーゼフ・レイナード!
栄えあるベルフォーダム学園の学園長殿!」
私はハンス様の隣で背筋を伸ばして座る、かなり高齢の紳士を見た。
銀の眼鏡を掛けた、白髪の紳士がすっと立ち上がり、優雅にお辞儀してくれた。
「なるほど。この議会は学園で起った騒動の詳細を突き止めるために開かれたのね。
王子様は新聞ネタにまでなった恋愛事情を叱られていらっしゃるようだけど、レイナード学園長は模範解答用紙の件。ネビル伯爵を通じてミカエラ様に試験の模範解答用紙を渡した疑惑で尋問されてるってところかしら?
でも結構よ。そんな事しなくてよろしいわ。」
イルファ様が議会場をグルリと見回し、勇ましく声を張り上げた!
「この中に私の娘を 呪った 者がいる!
可愛いミカエラに無実の罪を着せ、言葉を奪って苦しめた者が!
しかも、その者が真に狙っているのはイーヴァ国の輝かしい玉座!
ギルザイン、貴方の目は節穴かしら?
誉高いイーヴァ国王家は、そこのおバカな息子の代でお終いになるところだったのよ!!!」
議会場内が騒然となった!
国王様が目を見張り、キッとハンス様を睨み付けた。
「この愚か者っ!
ミカエラ様をお守り申し上げろと、あれほど命じたはずであるぞ!?」
「ひぃ!スミマセン、父上! って、ミ、ミカエラ 様?!」
大きな体を小さく竦め、ハンス様が驚いた。
国王様ともあろう人が、女子学生に「様」付けした??!
うぅん、それだけじゃない。
イルファ様の態度や言葉も、国王様よりずっと偉そう。むしろ国王様の方がイルファ様にへりくだってるように見える。
・・・そう言えば、イルファ様って 何者 ???
お城の中を自由にスタスタ歩いたり、ダーシェグィン公爵を「デズモンド」って名前で呼んだり。
もしかしてイーヴァ国の公爵様や国王様より、ずっと 偉い人 だったりするの・・・???
「申し訳ございません!
直ちにその狼藉者を突き止め捕らえますれば、なにとぞご容赦を・・・。」
「言ったでしょう? 何もしなくて結構よ。」
高台の上で跪き、頭を下げる国王様に、イルファ様は冷たく言った。
「私の娘に掛けられたのは 闇魔法の封印術 。
でもその呪いはつい先刻、完膚なきまでに破られたわ。
呪術の反転 は知ってるわね?
呪いの魔法が打ち破られれば、魔力は 施術者 へ跳ね返る。私はそれを辿ってここに来たの。
貴方が言う狼藉者は、今 ここに居る誰かのはず!この私直々に手ずから成敗して差し上げてよ!
さぁ! 暴かれる前に名乗り出なさい!
もう逃げ場はなくってよ!!!」
イルファ様の迫力に、誰も、何も言わなくなった。
議会場内が静まり返る。ピンと張り詰めた静けさに、私は息を殺してイルファ様にしがみついた。
(・・・あれ? 何か聞こえる?)
ほんの微かに聞こえてきたのは、液体がしたたり落ちる音。
「・・・ アナタね ?」
イルファ様にも聞こえたみたい。
音がする方へ首を向け、キッと鋭く睨み付けた!
国王様も首を巡らせ、玉座に向かって左側、前から3番目の席に座った議員さんに目を止めた。
「オルメンティア公爵・・・まさか、そなた?!」
名前を呼ばれた公爵様が、ゆっくりと立ち上がる。
上等な上着の右腕が、血で真っ赤に染まっていた。
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オルメンティア公爵は、血染めの腕とは対照的に顔が真っ白で紙のよう。
腕からしたたり落ちる血が、床に血だまりを作っていた。
「何故・・・術が破られた・・・?」
こっちを睨む公爵がゾッとするような声を出す。
怖い怖い怖い!
私はイルファ様の後ろに隠れ、ギラギラ光る公爵の目から逃れようとした。
でも。
縮こまって震える私の肩を、イルファ様がガシッと掴む。
そして情け容赦なく、グイッと前に押し出された!
「残念だったわね。
アナタの企みは全部 この子 が暴いてくれたのよっ!!!」
議会場内がまた どよめいた。
その場にいる人全員の目線が、一斉に私に降り注がれる!
(いえ、何にもしてませんけどっっっ!!?)
心の中では力一杯否定するけど、声が出ない。
頬がイビツに引きつったまま、私は驚きのあまり固まった。
「その子から『光』の波動を感じる・・・?
なんと言う事だ、まさかその子は!!?」
国王様の問いかけに、イルファ様が答えを返す。
身動き取れない私をよそに、まるで世界中の人へ教えるように、強く高らかに言い放つ!
「この子は『鏡』。
100年に一度現れるという 光魔法・鏡の魔道士 !!!
磨き抜かれた鏡のように、あらゆる呪術も邪悪な念も即座に破って跳ね返す。
そして紛う事なき『真実』のみを、その目に映して見つけ出す!
さぁ、観念しなさい、邪な私欲に溺れた者よ!
『鏡』の力を前にして、言い逃れなど出来ぬと知れ!!!」
おおぉーーー!!?
驚きの声が沸き上がった。
議員さん達は全員総立ち、ハンス様は茫然自失。
レイナード学園長も目を剥いて固まってるし、国王様に至っては今にもパッタリ気絶しそう。
私はと言えば、混乱してる。
気絶しそうなのは私の方。何が何だかわかんない!
(私が『鏡』? 100年に一度現れる鏡の魔道士??!
そんな事、いきなり言われてもっっっ!!?)
頭がクラクラして来た。
立ってるだけで精一杯! でも、なぜか見えてしまった。
大騒ぎする議会場内でたった1人、沈黙を守るオルメンティア公爵。
血まみれになった彼の右手に、黒い炎が燃えるのを!
「・・・死ねぃ! 小娘!!!」
オルメンティア公爵が、炎の塊を投げ飛ばした!
これって、学園で習う魔法実技の教科書に載っていた 攻撃魔法 !
闇魔法・黒炎弾!
炎に模した闇の力をぶつけて相手を焼き消す魔法が、私目がけて飛んでくる!?
「きゃあぁ?!」
思わず目を閉じ、縮こまった!
その時!
「 痴 れ 者 !!!」
イルファ様の声が凜と響いた!
同時に、もの凄い音がドォン!と轟き、ビックリして目を開けた。
辺りの光景がすっかり変ってしまっている。
私を狙って放たれた黒炎弾の闇の炎は、大きく反れて天井へ。
シャンデリアが粉々に壊れ、ぽっかり空いた大きな穴から青くて綺麗な空が見えた。
キラキラ瞬く光を纏った風が議会場中に吹き荒れていて、議会で使う重要書類がバサバサと宙を乱れ飛ぶ。
これも、魔法実技の教科書に載っていた。
風魔法・烈風波。
強風で物理攻撃を防御する魔法。でも教科書で読んだ説明書きとは、威力が桁外れに違っていた。
国王様がゆっくりと、吹き荒ぶ風に煽られながら玉座の高台から降りてきた。
そしてぎこちない動きで跪き、深く深く頭を下げて、大理石の冷たい床に思いっきり額を擦り付けた!
「この度の事は全て私の過失! 不徳の致す所でございます。
申し開きもございません。
『恵みもたらす風の叡智』、魔法王 王妃・イルファ様!!!」
私は後ろを振り仰いだ。
肩に手を掛け支えてくれている、イルファ様のお姿を。
エメラルドが輝く金の冠、金と緑の光を放つ長くしなやかな美しいケープ。
刺繍が見事な白いドレスは淡い緑の光を纏い、左手に持つエメラルドの杖を凜々しく前に振りかざす。
駆け付けてきた警備兵さん達が、オルメンティア公爵を取り押さえた。
それを見届けたイルファ様は左手を下ろす。
タァン!
杖の先が床を打ち付け、力強く鳴り響いた!
魔法王 王妃の正装姿で威儀を正すイルファ様は、神々しいほど美しかった。
「貴方の罪はこれだけではなくってよ? ギルザイン。」
イルファ様が冷たく笑う。
「そこにいる貴方のご子息、ミカエラと娶せようとしたんですって?
私達の外戚になって 魔名 を授かり、『悠久の城』の民になるおつもりだったのかしら?
悠々自適な老後が送れるわね。素敵なご計画です事!」
「申し訳、ございません・・・。」
国王様は潔く罪を認めてお詫びした。
「かくなる上は、いかようなる処罰も受けましょう。
『叡智』の王妃よ、どうか厳罰をお与え下さいませ。」
「 !!? ち、父上!」
床に伏せたままの国王様に、慌ててハンス様が駆け寄った。
「申し訳ありません、私の軽率な行為がこんな事にまでなるなんて!」
地位も名誉も投げ打ったお父様のお詫びに、さすがに心が動いたみたい。
泣き出しそうなクシャクシャの顔で、国王様の背中にすがりつく。
その時。
私の視界の端っこで、警備兵さんに捕まっているオルメンティア公爵の目がギラリと光った!
(いけない!)
そう思った時には、勝手に体が動いていた。
私はイルファ様の手を振り切り、駆け出した!
ド ォ ン !!!
私の体当たりで突き飛ばされた国王様親子が居た場所で、真っ黒な炎が炸裂した!
オルメンティア公爵が、警備兵の腕を振り払って放った『黒炎弾』。
今度は『烈風波』の守りが無い。
何とか直撃は免れたものの、私は凄い力で弾き飛ばされ、大きく開いた天井の穴から議事堂の外へと吹き飛んだ!
「 ビナーーーっっっ!!? 」
イルファ様の叫び声が聞こえた。
空に投げ出された私の目に、『悠久の城』が眩しく見えた。