鏡に映ったミステリー
6.ビナとハンス王子の「嘘」
ロレインがよろめくコルフィンナさんにそっと近づき、肩を抱いて支えてあげた。
「本当に正気なの? 術に掛ってなかったの?
・・・いったい、どうして・・・!?」
ハンス様はバツが悪そうに、自分の恋人から目を背ける。
立ち尽くすだけの彼の代わり、疑問に答えたのは テリア姫 。
何かに気付いたバーバラ様は、ハンス様の傍に駆け寄ると、彼の上着の右袖を思いっきり捲り上げた!
「やっぱり! ご覧になって!」
剥き出しになったハンス様の腕。
その手首の少し上辺りに小さな 魔法陣 が描かれていた。
「『魔法護符』ですわ!
この方は仮にも一国の王子!
悪い魔法や呪いに掛らないよう、王城の高位魔道士が 守護の術 を掛けているんですわ!」
だから、ハンス様は幻夢魔法に掛らなかったんだ!
間違いない。この人はコルフィンナさんを愛していない!
今までの態度は全部 演技 だったんだ!!!
「これでおわかりかしら?
こんな護符があるって気付けるのは、王族縁の私くらいのモノよ、ホホホホホ♪」
・・・ゴメン、今はそれどころじゃない。
褒めて欲しそうなテリア姫を、みんなサラッと無視をした。
ロレインが軽蔑した目でハンス様を睨む。
「ひっどー! サイテーだね、女の子2人もたぶらかして!
アンタ、いったいどういうつもり!?」
「たぶらかすなんて、そんな! お、俺はただ、その・・・。」
「話して下さい、ハンス様!」
私も激しく詰め寄った。
「話してくれないんだったら、全部みんなに言っちゃいますよ!」
「ま、待ってくれ!
事情が! 事情がいろいろあるんだよ!!!」
汗だくになったハンス様が、必死になって私を止めた。
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ハンス様が言うには、そもそもミカエラ様を気に入っているのは父親の イーヴァ国王様 だったんだそう。
「ミカエラ嬢に交際を申し込みなさい。
常に近くで護って差し上げ、婚約して将来 妻 に迎えなさい!」
ミカエラ様がベルフォーダム学園に入学した時から、それは喧しく命令してきたんだって。
イーヴァ国の国王様はとても立派な 名君 として有名。お優しくて寛大で、いつもイーヴァ国民の幸せを願って公正な政治を執り行っていらっしゃる。
でもご家族にはとても厳格。王族は国民の手本であるべき! だそうで、特に王太子のハンス様は厳しく躾されたみたい。
そんな父親に逆らえず、ハンス様は失礼にも「渋々」ミカエラ様に声を掛けた。
・・・ハンス様、見た目(だけは)カッコいいモンね。
言いよられたミカエラ様も、結構嬉しかったんだろうな。
でも、ハンス様は違った。
ミカエラ様が恋人になっても、ちっとも嬉しくなかったそう。
仲良く一緒に勉強しても、美味しいランチを2人で食べても、むしろ 窮屈 だったという。
「俺、本当はもっとおとなしい子が好きなんだ。」
ハンス様が言いにくそうに、事の真相を白状した。
「ミカエラは美人で性格良くて、勉強もできるし運動もできる。
何もかも俺より優秀なんだ。一緒に居ると 疲れる んだよ。
でも、父上はミカエラ、ミカエラってうるさくって。しょっちゅう伺い立ててくるから、本当に困り果ててたんだ。
そこに今回の事件が起って、ミカエラがあんな事になってしまって・・・。」
「それが、なんで今度はコルフィンナさんと?
今のコルフィンナさんは幻夢魔法で、ミカエラ様より人気者なのに?」
「えっと、その・・・。
幻夢魔法とかはわからなかったけど、彼女が魔法を使ってみんなを惑わしてるのは、何となくわかってたんだ。
どうやらみんなには彼女がとても美人で素晴らしい、最高の女性に見えるらしい。
だから・・・あの・・・。」
ハンス様が口ごもる。
その煮え切らない様子に私は ピン ときた。
「 利用した んですね?! コルフィンナさんの幻夢魔法を!?」
つい、声が大きくなる。
だって我慢できないよ! こんなの酷い!最低だもん!!!
「魔法で惑わしてるだけとは言え、美人で優秀で素敵な人がミカエラ様の代わりになれば、国王様も他のみんなも許してくれると思ったんですね!?
しかも少し付き合ったらコルフィンナさんも振っちゃうつもりだったんでしょ?!
他の好みの女の子に 乗 り 換 え る ために!!!」
ロレインとテリア姫が同時に驚きの声を上げた。
「はあぁ?! 何それ!!!」
「最低ですわ! 最悪ですわ!!!」
どうやら2人は私の言う事を全面的に信じてくいるみたい。
でも、コルフィンナさんは・・・。
「・・・本当、なんですか? ハンス様・・・。」
コルフィンナさんが問いただす。
見開いた目から涙がこぼれ、胸の前で握りしめる手がガタガタ震えている。
怖いよね。辛いよね、悲しいよね。
だって貴女、悪い人じゃ、ない。
あの日学園の回廊で、みんなに責められるミカエラ様を庇った時の貴女の言葉。
それにウソなんて一つも無かった。本気でミカエラ様を護ろうとしていたもの。
みんなに囲まれて笑っていても、貴女はどこか不安そうで何かに怯えているように見えた。
怖かったんだよね。
魔法で人気者になった偽りの自分、それがとても後ろめたかったんだよね。
でも、ハンス様と一緒の時の貴女の笑顔は 本物 だった。
貴女はハンス様がとても好き。
だから、もの凄く辛いよね。
本当の事を、聞いちゃうのは・・・。
ハンス王子がガックリ項垂れ、目を伏せたまま呟いた。
「・・・ うん ・・・。」
コルフィンナさんは膝から崩れ落ちた。
そ の 時 !!!
「 っざけんじゃねぇぞ この屑やろおぉーーーっっっ!!! 」
雄叫びが耳をつんざいた!
私の上着のポケットから飛び出したのは、ピンクのウサギのぬいぐるみ。
タフィ君だ! すっかり存在を忘れてた!
小さなウサギがハンス様の顔に、電光石火の飛び蹴り!!?
ハンス様は大きく仰け反り、思いっきり吹っ飛んだ!!!
「てめぇこのサイテー野郎小国王家のボンクラ息子の分際で
ナメたまねしやがってタダで済むと思うなよわかってんのかゴルァーーー!!!!」
床に倒れたハンス様を、怒り狂ったタフィ君が鉄拳制裁滅多打ちっ!
情け容赦ない猛攻撃に、ロレインが小声で聞いてきた。
「ねぇ、あのウサギ、個性変っちゃってるよ?」
「たぶん、コレが本物のタフィ君なんだよ。・・・コルフィンナさん、大丈夫ですか?」
へたり込んだコルフィンナさんに声を掛ける。
この状況に驚いて涙が引っ込んじゃったみたい。タフィ君の勇姿を呆然と眺めるコルフィンナさんは、我に返って戦いた。
「え、えぇ・・・。あの、止めないん、ですか?」
「いや、なんかこのままでいいかな? って。」
ハンス様はボコボコだけど、暴れてるのは手のひらサイズの可愛いウサギの ぬいぐるみ 。
だからなんだか緊張感が全然湧かない。むしろ喜劇を見てるみたいで、逆に可笑しくて笑えてしまう。
タフィ君のまん丸い手じゃ大した怪我もしないだろうしね。暴力はダメだと思うけど、ミカエラ様やコルフィンナさんの事を考えたら、これくらいの お仕置き はしてもいいかも。
「もー、コレだから男って奴は!
どーする? テリア姫。今ならハンス様と婚約できるんじゃない? コルフィンナさんは別れるだろーしさ。」
「私だって要りませんわよ、あんな男!
・・・って、ロレインとか言ったわね! なにフツーにあだ名で呼んでくれてますのっ?!」
ロレインに噛みつくテリア姫に、コルフィンナさんがクスッと笑った。
よかった、彼女は大丈夫みたい。私は大きくタメ息付いた。
でも。
安心してる場合じゃなかった。
これだけ騒げば当然バレる。頭いっぱいにカーラーをつけたスカーレット女史があっという間に駆けつけてきた。
全員、現行犯で捕まった。
それはもう、しっかりみっちり、イヤというほど叱られた。
お説教は延々と、夜が明けるまで長く続いた。
反省文まで書かされた。レポート用紙に5枚分。書き終わるまで不休不眠。誰も寝かせてもらえなかった。
・・・最悪だった。