鏡に映ったミステリー

2024年7月20日

その日の夕食は、
「一緒に食べて差し上げてもよろしくってよ♪」
と、仲間に入ろうとするバーバラ様と、
「一人で食べるの寂しいんですか?」
と、スパッと核心付いちゃうロレインの間を取りなしながら、何とか美味しくいただいた。(くたくたです・・・。)

部屋に帰ると、思いがけない 物 がいた。
私の勉強机の上にはね、お祖母ちゃんが送ってくれたタフィを詰めたお菓子ポットが置いてあるの。
それに頭からはまってジタバタもがいてる、ピンク色した小さなウサギ、の、ぬいぐるみ。
(・・・ナニこれ???)
私とロレインは呆気にとられた。
どうしていいかわかんない。しばらく呆然と眺めていると、突然ウサギがしゃべり出した!

「わーん、早く助けてよー!」

「げ!しゃべった!?」
ロレインが驚き後ずさる。
私は慌てて机に駆け寄り、ウサギをポットから引っ張り出した。

「あー、どーなるかと思ったー。」

ウサギは大げさに丸まっちぃ腕で汗を拭く仕草をした。(もちろん、ぬいぐるみだから汗なんて出てない。)
そして、机の上にちょこんと立って、ペィッと両手を差し出した。
「タフィ、ちょーだい♪」
「いや、ちょっと待って。キミって何?」
「ボク?ボクはね-・・・。タフィ君!」
「今 考えたね?」
「タフィ、ちょーだい♪」
悪びれた様子もなく、不法侵入のお菓子ドロボウはまた両手を差し出した。

仕方ないから、お菓子ポットからタフィを一つ取り出して持たせてあげた。
あげたところでぬいぐるみ。どうするのか眺めていたら、いきなりカパッと口が開いた。
そして、包みに入ったままのタフィをポイッと口の中に放り込み、パクン、と閉じて飲み込んだ。
「コレおいしい♡ もっと、ちょーだい♪」
「そんなんで味とかわかるの?」
「うん、ちょーだい♪」
「いや、それよりどーゆー事?」
ロレインが胡散臭そうに声を掛ける。
「何でウサギ?
てか、何でぬいぐるみが動いてんの?
だいたいどーやって忍び込んだ?あのスカーレット女史に見つからずに。」
タフィ君がエッヘン、と胸を張る。

「ボクは、マホーのウサギなの。操り人形なの。」
「操り人形?」
「そうなの。マホーを掛けた人はこの学園の外にいるの。
その人はウサギのぬいぐるみに別のマホーをかけて、魔法を掛けたってバレないようにしたの。」

私はハッと息を飲んだ。
魔法で動くぬいぐるみ。それだけなら、ぬいぐるみの体から魔力の波動が感じ取れる。
御歳40歳の熟練魔法使いマーガレット女史なら見逃さない。寄宿舎に忍び込んだだけ終了、あっという間に逮捕されちゃう。
でも確か、7年生か8年生で習う魔法に「魔法を掛けたってバレないようにする魔法」があったような・・・。
慌てて壁に掛かってる時計を見た。
まだ7時ちょっと過ぎ。まだ間に合う。学園の図書館が閉まるのは、確か8時のはずだから。
「タフィー、ちょーだい!」
「ハイハイ後でね、黙ってて!」
私はタフィ君を掴んで上着のポケットにギュッと押し込み、ロレインと一緒に部屋を出た。

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図書館を管理するのは、優しくて気のいいお爺ちゃん。
カウンターで本の整理をしていたコッペルハイン先生は、走ってきた私達をニッコリ笑って迎えてくれた。
「おや、あまり見かけない子達だね。そんなに息を切らしてどうしたの?」
「いえ、あの、ちょっと、調べ物を・・・。」
「そう。何を知りたいの?
ここは本の所蔵が多いからね。欲しい本がどこにあるか、調べてあげよう。」
ベルフォーダム学園の図書館は世界1,2位を争う大図書館。カウンターから振り返ると果てが見えないほど本棚が並んでいる。
確かにここから知りたい事の本を探すなんて、私達だけじゃ無理っぽい。でも、なんて説明したらいいんだろう・・・?

「ヤミマホーについてなの。
お人形を動かしたり、魔力を隠したり、するの!」

突然、ポケットのタフィ君が声を上げた!
ビックリして焦ったけど、私が言ったと思ったみたい。コッペルハイン先生は眉を潜めただけだった。

「 闇魔法 かい?
キミ達1年生だろう?勉強するのは早いんじゃないのかね?」
「お人形を、動かすの!」
「あぁ、人形劇でもするのかね?」
「そうなの。必要なの!」

コッペルハイン先生は苦笑して、すぃ、と右の人差し指を振った。
吹き抜けになっている広い図書館。その3階部分奥の方で、ポッと小さく明かりが付いた。
「闇魔法についての文献で1年生が読めるのはあそこにある本だけだよ、行ってごらん。
人形劇をするくらいなら構わないけど、詳しく勉強するには8年生になってから、それも学園長の許可が要る。
それくらい闇の魔法は難しい。深く知ろうとしてはいけないよ。
さぁ閉館まで45分!大急ぎで行ってきなさい。」
「あ、有り難うございます!」
私達は上へ向かう螺旋階段を駆け上がった。

私達が読める闇魔法の本は1冊しかなかった。
結構薄くって、あまり内容がない感じ。開いてみるとやっぱり魔法の「種類」しか載っていなかった。
でも、もの凄く参考になったの。タフィ君のお陰なのかな?
「これだ。ほら、ここんとこに書いてある『傀儡』ってヤツ。」
ロレインが本をめくる手を止める。

闇魔法・傀儡術。
魔法を掛ける対象物を自在に操る術だった。
主に人形を操って、見世物の劇を演じさせたり、水中とか高い所で作業させるのに使われる。
難しい術で上級魔法。特に人や動物に掛けるのなんて、魔力の強い人じゃなきゃとても無理。
しかも生命あるものを操る事は、『悠久の城』の魔法王『世を統べる導きの大王おおきみ』様が固く禁じていらっしゃる。

「そりゃそうだよね。
人が人を操るなんて大問題だよ。掛けられた人は何やらされるかわかったモンじゃないんだから。」
文章を読み上げるロレインにうなづき、私はポケットのタフィ君を取り出した。
「タフィ君、傀儡の術で動いてんだね。
ねぇ、本当は誰なの?」
タフィ君が私の手からピョン!と跳ねた。

「はい、ここもちゅーもーく!」

机の上に降り立つと、本のページを器用にめくり、ある呪文を指し示す。
「・・・封印?」
聞き慣れないまほうだった。

闇魔法・封印術。
この魔法は文字通り、何かを封じ込めたり解除したりする魔法で、治癒魔法と一緒に医療系で使われるのだそう。
怪我や病気の痛み・苦しみを体内に「封じる」事で感じなくする、結構役に立つ魔法みたい。
ただし、使い方によってはとても危険。
人を闇に封じ込めて行方不明にしちゃったり、施錠してある家の扉を勝手に開けて中に入ったり、犯罪に使われる事も結構あるの。
だから、この魔法も魔法王様が使用を厳しく制限している。
使える人は滅多にいない。お医者様とか鍵屋さんとか、ちゃんと国に許可してもらった人以外は、ね。

「そっか!傀儡のぬいぐるみから漏れる魔力を、封印魔法で決してんだ。」
ロレインがタフィ君を指先で小突く。
「アンタ、マジで何者?
いい加減正体言わないと、鬼より怖いマーガレット女史にチクッちゃうよ?」
「えー、やだー!」
「やだー、じゃないよ。可愛い子ぶって~。」
2人のやり取りをよそに、私は何気なく本のページをめくっていた。
そして、見つけた。
ミカエラ様の無実を証明するため、一番知りたかった 魔法 を。

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図書館は閉館5分前に後にした。
取りあえず、タフィ君のお陰で盗難に関する謎は解けたかも。
盗んだ物を寄宿舎に持ち込み、ミカエラ様の部屋に忍び込んで隠す。タフィ君が私の部屋でお菓子ドロボウ(未遂)しようとしたように、ぬいぐるみや人形に傀儡魔法を掛けてやれば結構簡単に出来てしまう。
「それに、封印魔法を使えばマーガレット女史にも気付かれない。
試験の模範解答用紙が収められてた学園長室の金庫にだって、簡単に近づく事ができたはずだよ。」
「学園長室入り込んだ 傀儡 が 封印魔法 を使って金庫を開けたってワケか。」
「うん、それをミカエラ様の戸棚ロッカーに入れたんだよ。
やっぱり封印魔法を使って、鍵を開けて!」
図書館からの帰り道、暗い回廊を歩きながら私は強く頷いた。
「じゃ、実験室での件は?」
ロレインが言いにくそうに聞いてきた。
「見ちゃった人がいるんだよ? ミカエラ様がコルフィンナさんを突き飛ばしたトコ。」
私は思わず立ち止まった。
そして、困った顔するロレインをまっすぐに見て断言した!

「それは、ウソ。
みんな、ウソをついているの!
うぅん、ミカエラ様がやったってウソを つ か さ れ て る のよ!!!」

我ながらもの凄い剣幕。ロレインが驚き目を丸くした。
ごめん、ロレイン。だって私、悔しいの。
ミカエラ様は何もしてない。なのに、あんなにやつれちゃうほど苦しんでる。
許せないの、ミカエラ様を陥れた人が!
だから、何とかその人を突き止めたいの!!!
「わ、わかった、よくわかったよ。」
ロレインが慌てて私を宥める。

「ビナがみんなウソついてるって思ってんのは・・・。」
「思ってるんじゃない。わ か っ て る の。」
「わかってるって、何で?」
「・・・。」

これはちょっと説明できない。
言葉に詰まって黙っちゃった。

「タフィ、ちょーだーい!」

ポケットの中で、タフィ君が叫んだ。

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初めてネビル伯爵のお屋敷を訪ねた日から、私はしょっちゅうミカエラ様をお見舞いした。
あんまり度々外出するのでマーガレット女史はいい顔しない。でも時間を見つけて理由を付けて、なんとか外出許可を取り続けた。
一向に良くならないミカエラ様。ベッドに寝たきりで話せないままだけど、私が行くとほんのり笑ってくれるようになった。
お見舞いした後は、イルファ様の自室に招かれ学園で見聞きした事を報告する。
とても熱心に聞いて下さって、時には私が忘れている事まで思い出させてくれるほど、鋭く質問してくるくらい。

「そう。『傀儡』と『封印』、ね・・・。」

イルファ様は腕を組み、綺麗な庭を見下ろす窓辺に佇みジッと考え込んだ。
「『ウソをつかされている』。なるほど。」
「信じてもらえないと思うんですけど・・・。」
ロレインが目を丸くして呆れたように、私の言ってる事には証拠がない。
全部想像で片付けられちゃう話だもん。笑われたって仕方がない。
でも、イルファ様は笑わなかった。
綺麗な眉を少し潜めて、すごく真剣に考えてくれる。
それがとても嬉しかった。

今日のお茶はアップルティー。
お茶請けにはジンジャーケーキ。生クリームがたっぷり添えられ、見た目も可愛くて美味しそう。
ソファに座ってそれをいただく私は今日も困っていた。
う~ん、お祖母ちゃんのジンジャーケーキの方が、美味しい。
そんな事を言うわけにもいかず、私は別の事を口にした。
「傀儡の術を学園中の人に掛けてウソを付かせるなんて、そんな事ってできるんでしょうか?」
「いいえ、不可能よ。」
イルファ様が首を横に振る。
「とんでもなく強大な魔力が要る。魔法王様ですら出来ないわ。」

「じゃぁ、やっぱり・・・。」

つい言いよどんでしまった私に、庭を眺めるイルファ様が優雅にこっちへ振り向いた。
「なぁに?言ってご覧なさい。」
イルファ様の緑の目。なんだか勇気づけられるような、謎めいた光を宿している。
そうだ、迷ってる場合じゃない!
私は迷いを振り捨てて、イルファ様の目を見返した。

「図書館の本で知ったんです。
闇魔法に 『幻夢魔法』 っていうのがある事を。
コルフィンナさんは 特別生 です。
彼女がベルフォーダム学園に入学できたのは、闇属性の魔力を持っているから、だとしたら・・・。」

これは、今までで一番確証のない、私の想像だけの話。
でも。
私を見つめるイルファ様の目が、よりいっそう輝いた。

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闇魔法・幻夢術。
幻影を操り、心の中に忍び込んで夢や幻を見せる術。
この術は傀儡や封印と違って正しい使い方がほとんど無い。
ただ悪戯に人を惑わせて混乱させるだけ。そもそもこの術が完成したのは遙か昔、地上の国々が戦争していた時なんだって。
敵を幻で混乱させて、足並みが乱れたところを不意打ちする。そんな使用方法だったみたい。
迷惑でしかない魔法だけど、悪用する人がたまにいる。
例えば、自分の容姿をより 美 し く 見 せ る ためとか、優秀で 人 気 者 に 思 わ せ る 、とか。
コルフィンナさんを初めて見た時から、ずっと感じていた違和感。
それがこういう事だとしたら、も し か し て ・・・。

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「もしも、なんですが・・・。
綺麗で賢くて誰からも愛される。
そんな魔法が掛かった人から『ウソを言いなさい』って、命令されたら・・・。」

「・・・そうね。」
イルファ様が小さく笑う。

「言われた人は 従う わ。
理由は聞くな、誰にも言うな。そんな理不尽な事を言われても、決して逆らいはしないでしょう。」

私は両手を握りしめた。

 ガッシャーーーン!!!

突然、何かが壊れる大きな音がした!
「ミカエラ!?」
イルファ様が血相を変えて部屋から飛び出していった。

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ミカエラ様の部屋に駆け込むと、もの凄いことになっていた。
お茶が入った陶器のポットやカップが叩き割られ、破片が絨毯に散乱している。
椅子やテーブルはひっくり返り、羽布団が破れたのか羽毛が部屋中に乱れ飛んでいた。
「申し訳ございません、奥様!」
狂ったように暴れるミカエラ様を、ゲオルグさんが必死の形相で取り押さえていた。

「お嬢様に知られてしまいました。
通いの召使いがお嬢様の目に付く場所に、新聞を・・・!」

この言葉に血の気が引いた。
私も新聞くらいは読んでいる。今朝の新聞の一面は、吐き気がするほど嫌な記事だった。

 『ハンス・フィリッガ皇太子殿下、
  ご学友 コルフィンナ・ジーノさんと
  結婚を前提に 交 際 中 』。

今、ベルフォーダム学園はこの話で持ちきり。
この状況は最悪だった。

「~~~っ!?ーーーーーっっっ!!」

ミカエラ様は暴れ続ける。
苦しいんだ。
声が出なくて話せないから、辛くて悲しいのに感情の出口が見当たらない。
だから混乱して暴れてるんだ。
(どうしよう?!どうしたら、ミカエラ様を助けてあげられるの!?)
私はミカエラ様の部屋の入口で立ち尽くした。

「・・・ビナ様、お送りいたします。」

声をかけられてハッとした。
ちょっと自分を見失ってたみたい。さっきまでミカエラ様を落ち着かせようと奮闘していたゲオルグさんが、いつの間にか私の傍で佇んでいる。
ミカエラ様の寝室もすっかり静かになっていた。
まだ羽毛が舞い飛ぶ中、紅茶で汚れた絨毯に跪き、イルファ様がミカエラ様をしっかりと抱きしめている。
イルファ様は泣いている。ご自分の胸に顔を埋めて泣きじゃくるミカエラ様を撫でながら。
胸が張り裂けそうになった。

「今日はもうお引き取り下さい。
後は奥様が何とかして下さいますので・・・。」

ゲオルグさんに促されるまま、私はお屋敷を後にした。
やっぱり車で送ってくれたんだけど、ゲオルグさんも悲しいみたい。
この日は学園に到着するまで15分もかかった。

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ベルフォーダム学園の校門前。
ゲオルグさんの車を見送った私は、心に固く決心した。

(真相を暴く。ミカエラ様の無実を証明する!
もうどんな手だって、使っちゃうんだから!!!)

拳を握って仁王立ち。
そんな私を門番の守衛さんが、うろんな目つきで眺めていた。

5.ビナと真夜中の実験室

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