鏡に映ったミステリー
11.ビナと素敵な大団円(?)
今日の紅茶は着香茶。ベルガモットの香りが心地いいとても上質なアール・グレイ。
お菓子はブルーベリー・マフィンと小さな可愛いサンドイッチ。スコーンには杏のジャムとクリームチーズが添えられてる。
もちろん、タフィも持ってきた。テーブル真ん中の大皿にどーんと山盛りになっている。
一連の騒ぎが収まった爽やかな初夏の日曜日。
私はネビル伯爵様のお屋敷に招かれ、ロレインと一緒に午後のお茶をいただいていた。
お屋敷1階の客間は素敵なお庭に面している。
私達が囲むお茶のテーブルすぐ近くには大きなフランス窓があって、満開に咲くのブッシュ・ローズやライラックの立木がよく見える。
なんて素晴らしい眺め!
でも・・・。
「あのぉ、入れてあげないんですか?」
「あぁ、いいのよ、アレは。」
サラッと冷たく言い放ちながら、イルファ様がレイナード学園長先生のカップに紅茶を注ぐ。
「気にしないでほっといてちょうだい。」
「はぁ・・・。」
そんな事言われても困っちゃう。
私達と一緒に招かれた学園長先生も、困ったように苦笑した。
気になるよねぇ。バッチリ見えちゃうんだもん。
ライラックの木の下で物欲しそーにこっちを眺めてる、世を統べる導きの大王様が。
「あの人、奥さんとケンカしてんですか?」
キュウリと卵のサンドイッチをつまんで食べるロレインが、隣で静かに紅茶を飲でるミカエラ様にコソッと聞いた。
「・・・あの人、 浮気 したのよ。」
「 え!?」
仏頂面のミカエラ様のささやく声が聞こえた私は、マフィンを持ったまま固まった。
「イヤイヤイヤ! それは違うぞ、最愛の娘よっ!」
庭から大王様が駆け込んできた。
「『音紡ぎの乙女』ちゃんに、お茶をご馳走してあげただけだぞ?!
先日の『悠久の城』宮廷楽団演奏会で、素晴らしいハープの音色を聞かせてくれたお礼、それだけだ!
ついでにちょっと見栄張ってお高いブローチをプレゼントしちゃったのは反省してるけど、やましい事は何もしてない。お前に可愛い瞳に誓って、ホントにほんとに本当だぞ!!!」
イルファ様の目がギラリと光る!
美女が怒った時の顔は、震え上がるほど怖かった!
「その娘の事は初耳ですわ。
私、別の方との件で怒ってましたのよ?」
「えっ?!
じゃぁ報告係の『そよ風の語り伝え』ちゃん?
それとも洗濯係の『清水浄めの淑女』さん・・・?」
「もう結構です。出てって下さいまし!!!」
「・・・はい・・・。」
大王様はすごすごとライラックの木の下に帰った行った。
「・・・コホン!
まぁ、そういうわけで我がベルフォーダム学園に、ミカエラ様ご入学の栄誉を賜ったのだよ。」
「つまり、母娘そろって家出してきたってワケなんですね?」
その場を取り繕おうとする学園長先生に、ロレインがズバッと真相を言いのける。
しょんぼりしてる大王様がちょっと可哀想なので、私は大皿からタフィを一つ取った。
上着のポケットから顔を出してるタフィ君にあげてみる。
ピンクのウサギがカパッと大きく口を開き、包みごとタフィを飲み込んだ。
タフィは庭の大王様の手元に転移。大王様が嬉しそうに、タフィの包みをいそいそ開けて口の中に放り込む。
なるほど、そうやって実物が食べてたのか。
また一つ謎が解けた。
「これは美味しいタフィですね。
せっかくなので、もう一つ・・・。あぁ、ありがとう。」
お皿からタフィを取ってあげた私に、学園長先生が微笑んだ。
「この度は我が学園での不祥事に、すっかり皆さんを巻き込んでしまいました。
お詫びに伺ったというのにこんな美味しいお茶をいただいては、まったく申し訳がありませんな。」
「まぁ、気にしなくてよろしくてよ?レイナード。
貴方もミカエラと同じ、巻き込まれたに過ぎないわ。」
イルファ様がニッコリ笑う。
「学園で起った盗難事件が国がらみの陰謀だったなんて、思いつきもしない事よ。
ましてや、治政に携わる公爵が主犯。まったく、ギルザインは何をやってたのかしら?
子育ても失敗してるみたいだし!」
「ははは・・・。確かに国王陛下のご失態ですな。ハンス王子にミカエラ様の素性をお教えしていなかったのですから。
しかし王子はお若いせいか、今ひとつ思慮浅い。ミカエラ様が『炎の姫』君と知れば、すぐに口外してしまう。
あっという間に学園中の者に知れ渡ったでしょう。国王陛下はそれをご配慮なさったのですな。」
「王子にはいつも、口を慎むよう言っていたのですが・・・。」
学園長が苦笑して、困り顔のミカエラ様がふぅっと小さくタメ息付いた。
ミカエラ様は明日からまたベルフォーダム学園に戻る事になっている。
私は気になって聞いてみた。
「やっぱり魔法王の王女様だっていうのは、学園のみんなには秘密にした方がいいんですか?」
「えぇ。バレちゃうといろいろ大変だから。
貴女達も今まで通り、本当の名前で呼んでね。魔名で呼ばれるのは仰々しくて好きじゃないの。」
確かにちょっと重たい名前かも。
魔法王グランダム様の王女にして王太子・『炎立つ義の姫巫女』様。
悠久の城で使う魔名だから仕方ないけど、堅苦しいし可愛くない。
ミカエラ姫って呼んだ方が、スッキリしていていいけどな。
「しかし、今度の事は油断しました。」
学園長先生が渋面を作り、力無く首を横に振る。
「闇魔法の使い手に学園内を荒らされるとは。
学園長室に傀儡の人形を侵入させて、封印魔法で模範解答を保管していた金庫を開けさせる。
その人形から漏れる魔力を封印魔法で隠した上で、ですよ。まさかここまで手の込んだ事をするとは思いもよりませんでした。」
「しかも学園長の貴方を利用して、ゲオルグを陥れる為に、ね。
まったく、悪党のする事は常人の理解を超えてるわ。」
「ゲオルグさんを!?」
私とロレインは驚いて同時に声を上げた。
新しい紅茶のポットを持ってきたゲオルグさんが、慎ましく頭を下げる。
「私は長年、この国と『悠久の城』を結ぶ 連絡役 を務めていたのです。
何か有事が起った場合・・・例えば、王家の権威を侵す不祥事が生じた場合、速やかに大王様にお伝えする事になっておりました。
それ故、後ろ暗い事ある貴族共に『融通がきかない変人』だと言われております。
構いませんな、大いに結構!
地上における王族の権力は、全て大王様がお与えになったもの。
それを汚す輩を、許すわけには参りません!」
ミカエラ様の戸棚から見つかった、試験の模範解答用紙。
学園長先生が渡したって噂を流して、ミカエラ様と一緒にネビル伯爵のゲオルグさんも陥れる。それが公爵の目的だったんだね。
ゲオルグさんに企みがバレたら、大王様の耳に入っちゃう。だから、先に潰しちゃう気だったんだ。
イルファ様の言うとおり。悪い事をする人って、とんでもない事考えるなぁ・・・。
「でも、何でここに居んの?」
ロレインがふと首を傾げる。
「謹慎中の国王様の代わりに、当分国を治めるんじゃなかっけ?」
「心配無用でございます。」
ゲオルグさんはニヤリと笑った。
「私、有能でございますので。
今日のお茶会は息抜きでございます。治政も愚者の教育も万事抜かりはございません。」
「・・・。」
何だか少しゾッとした。
今、王都では壊れた議事堂の改修工事が行われている。
国王様親子は言われたとおり謹慎中。ハンス様はあれからずっと学園に帰って来ていない。
ゲオルグさんの再教育は、泣きが入るくらい厳しいらしい。謹慎期間は3ヶ月だけど、教育の仕上がり具合によっては期間延長もあり得るんだって。
ちょっと可哀想、かな?
楽しいお茶会もそろそろ終わり。
お茶は美味しくいただいたし、テーブルのお菓子もほとんど食べて、お皿にはあんまり残ってない。
もう一つ、どうしても気になる事がある。
ちょっと怖いけど、私は思い切って聞いてみた。
「あの、コルフィンナ、さんは・・・?」
イルファ様が微笑んだ。
「あぁ、あの娘なら大丈夫よ。
オルメンティア公爵に加担した叔父は罪に問われるけど、彼女は利用されただけ。
ギルザインも息子の不祥事に関わるからって、不問に付したわ。」
学園長先生も笑って頷く。
「もちろん、学園にも残ってもらうよ?
つい先日、私が彼女の後見人になる事が決まったのだよ。
彼女がずっと懸命に勉学に励んできたのは、私もよく知っている。彼女のような善良な生徒を教え導くのが、ベルフォーダムの使命だからね。」
私はようやく安心した。
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これでほとんどの謎は解けた。
ミカエラ様も学園に帰って来るし、試験の不正や盗難の件は学園長が何とか後始末してくれるんだそう。
学園のみんなには、闇魔法使いの愉快犯が学園外部からした事だって、正式に説明するんだって。
ちょっと無理があるけど、少なくともコルフィンナさんに容疑はかからない。
図書館のコッペルハイン先生が言ってた様に、学園で闇魔法の術を習うのは8年生から。しかも学園長の許可が要るんだもん。
この先コルフィンナさんが闇の魔力を持ってるって知られても、疑われたりしないよね。
それにしても・・・。
もし、オルメンティア公爵がハンス様の身勝手とミカエラ様の素性を知ってたら、どうなってたのかな?
きっと別の手を使ってイーヴァ国を乗っ取ろうとしたよね。そうなってたらもっと酷い事が起きてたかも知れない。
良かった。何もかも無事に片付いて、本当に良かった・・・。
「まったく貴女ときたら、人の事ばかり心配するのね。困った子!」
「本当ですわね、お母様。
自分の事はちっとも気にしてないみたいですわ。」
イルファ様とミカエラ様が、顔を見合わせてクスクス笑う。
そーだ、『鏡』の魔法!
私はやっと、自分の魔力に意識が向いた。
「貴女は 『鏡』 。
光属性の魔力を持つ者の中でも、貴女は極めて特殊な存在なの。」
イルファ様があの不思議な目で、真っ直ぐ私を見つめて言った。
「 光魔法・『鏡』。
これは遙か昔、邪な者が災いをもたらすのを防ぐため、世界をお創りになった大魔道士様が生み出したと言われている魔法。
あらゆる虚偽を即座に見抜き、いかなる呪術にも掛からない。
まるで光を反射するように、『鏡』を狙った呪いの力はたちどころに術者へ跳ね返る。
貴女はそんな奇跡の魔法を身の内に秘めて生まれてきたの。100年に一度現れる 『鏡』の魔道士 としてね。
他者を邪な呪いから救う事だってできるわ。
呪いを受けた者の体に『鏡』はそっと触れるだけ。たったそれだけでどんなに強力な呪術でも、一瞬ではじき返してみせる。
それが、光魔法・『鏡』の力。
ビナ、貴女は特別な子。
貴女の魔力は極めて稀な、大王様でさえ敵わない素晴らしいものなのよ!」
「 ・・・ 。」
私は困って俯いた。
すごいとか言われても、私にはまるで実感がない。
人のウソがわかるなんて、私にとっては当たり前。小さい頃からそうだったから、特別だなんて思わなかった。
ミカエラ様の呪いを解いたのだって、思わず抱きついちゃっただけ。
それがすごいと言われても。
とにかく話が大き過ぎる。頭がついて行かないよー。
「へー、凄いじゃん、ビナ。」
ロレインが珍しく感嘆した。
「いかなる呪術にも掛からない、か。だからアンタだけコルフィンナさんの幻夢魔法に掛らなかったんだね。
テリア姫やハンスの奴はともかく。(・・・「様」は付けた方がいいと思うよ? 一応王子様なんだし。)
じゃ、アタシにかかってたコルフィンナさんの幻夢魔法が解けたのもビナのお陰か。
ほら、ミカエラ様のお見舞いに行くって言うアンタを、アタシが部屋の入口で止めた時。」
「そういえば、確かに手で押しのけたけど・・・。あの時は別に何も起らなかったよ?」
呪いを掛けられたミカエラ様に抱きついた時には、お屋敷が揺れるくらいの凄い衝撃があった。
でも通せんぼするロレインを押しのけた時には何も起きなかった。
これは、なぜ?
顔を見合わせ首を傾げる私達を、イルファ様がクスッと笑う。
「ズバリ、施術者の力量ね。
コルフィンナさんは闇系魔力の強い子だけど、幻夢術の使い方を聞きかじっただけ。闇魔法は本来、未熟な者が使いこなせる魔法じゃない。施術そのものが中途半端だったのね。
それに彼女は罪の意識に苦しんでた。術に込める思いが不安定で甘かったの。だからビナの『鏡』に魔法を打ち破られても何も起こらなかったのよ。
魔力の反転は施術者の力と思いが大きく深いほど強くなるわ。
オルメンティア公爵が封印術に込めた思いは、反転した瞬間に屋敷を揺るがすほどだった。
改めてそれを考えると、ゾッとするわね。」
イーヴァ国は、本当に危ないところだったんだ。
ハンス様には3ヶ月と言わず、身勝手な性格が治るまでずっと謹慎してて欲しいかも・・・。
「さて。
そろそろ私の出番かな?」
突然、ソファに座る私のすぐ横に大王様が現れた。
「え?あれ?タフィ君、どうしたの?」
「本体の時はその呼び方はご遠慮下さい。
・・・ゴホン!」
タフィ君・・・あ、違った。
世を統べる導きの大王様は、背筋を伸ばして威儀を正した。
大王様の銀鉾が、白く眩しい光を放つ。
( わ、眩しい!)
私は思わず目を閉じた!
「真実を見いだす『鏡』の魔道士ビナ・リネット!
その身に秘めし力と勇気、慈悲と友愛の心を持ちて、世を導く指針であれ!
我、大魔道士が末裔たる
魔法王・グランダムの名において、
ここに『魔名』を授けしものなり!
ビナ・リネットよ!
そちは今日この時より、
『 浄き真正の鏡 』と名乗るが良い!!!」
固く目を閉じていても、痛いくらいに眩しく感じる。
まるで真っ白な光の中にいるみたい。ソファに座ってるはずなのに、すぅっと体が軽くなり宙を浮いてる感じがした。
( あぁ、よかった。
無事に魔名をもらえたねぇ。)
「 え? 」
誰かがささやく声が聞こえた。
驚いてつい、目を開ける。
そこに居たのは、優しい目をしたお年寄り。あちこち破れたボロボロのローブを着た、真っ白な髪のお爺ちゃんだった。
(それじゃ、世界をよろしく頼みますよ。
可愛い鏡の魔導士さん♪)
そのお爺ちゃんはニッコリ笑うと、光に溶けて見えなくなった。
誰だったの、かな?
もしかして、世界を創った大魔道士様、だったりして・・・?
「って、えぇーーーーーっっっ!!?」
我に返った私は、絶叫した!
体の震えが止まらない。何が何だかわからないけど、とんでもない事になったのはわかる。
「ちょ、待って下さい! 今のなんですか!
魔名!? 私、魔名もらっちゃったんですか!!?」
慌てふためく私をよそに、得意顔の大王様が満足そうに胸を張る。
「わっはっは! どーだいい魔名だろう?
コレで俺の治世も安泰だ! 邪な動きがある国はイーヴァ国以外にもたくさんあるが、ビナさえいれば悪党共を粛正するなど実に容易い!ベルフォーダムを卒業したら、すぐにでも『悠久の城』に来てもらおう!
大王たる私の 右腕 として、存っっっ分に活躍してもらおうな♪
頼んだぞ、ビナ♪!」
いえ、頼まれても困りますっ!
そう言おうとする前に、横からイルファ様が異を唱える。
「あら、それは承服出来ませんわ。 ビナは 私 に仕えていただきます!
『叡智』たる私が『鏡』と組めば、貴方が心配なさらなくとも、この世界は万全です!
それに、浮気性な貴方の側に可愛いビナを置いておけるものですか!
何されるかわかったものではない事よ!」
・・・何かされるって、何を?
とにかく、待って下さいってば!
またしても何も言えなかった。
ミカエラ様がソファから立ち上がり、大きく声を張り上げた。
「お父様もお母様も、勝手ばかり言って!
ビナは私の 親友 ですのよ!卒業後は私の 側近 になってもらうのが普通でしょ!?
近い将来、私が大王になって世界の守護を担って行くんだもの。
今からしっかり信頼を深めて、共に成長して行かなければ! ね、ビナ♡」
えっと、親友、でしたっけ・・・???
俺が、私が、いや私が!と、大王様のご一家がケンカし始めた。
ゲオルグさんと学園長は苦笑い。呆気にとられる私を置き去りにしたケンカを止める気配はない。
ポン、と誰かが私の肩に手を置いた。
ロレインだ。何だかとっても嬉しそうに、ニンマリ笑ってささやいた。
「ビナ。アタシ、アンタに付いてく。
学園卒業したらアンタの 秘書 になるわ!♪」
・・・アンタ、私を 食い扶持 にする気だね・・・?
ロレインの戯言を聞いた大王様が、とっても素敵な笑顔になった。
「おぉ、ロレインちゃん! ビナの秘書になるか!?
なら『魔名』が要るな! よーしよしよし、任せなさい!
可愛いロレインちゃんにぴったりの『魔名』を考えて・・・。」
「あーなーたっっっ!!!」
「お父様ーーーーー!!!」
・・・もう、どーしていいのかわかんないっっっ!
私、この先どーなっちゃうの???
目眩を覚えて窓の外、よく晴れ渡った空を見上げた。
空の高みに浮かんでいる、白く美しい『悠久の城』。
いつか行くかもしれなくなった雲の上の 聖域 が、まるで私を誘うようにキラキラ綺麗に輝いていた。
★♡★ 完 ★♡★