鏡に映ったミステリー
8.ビナと100年に一度の奇跡
私達は泣いてこの「奇跡」を喜び合った。
お化粧が崩れたイルファ様は一旦部屋から出て行ったけど、ゲオルグさんが気を利かせてくれて客間のお茶とお菓子を持ってきてくれた。
だから、ミカエラ様の快気祝い!
ティーテーブルにぎっしり並ぶお祖母ちゃんのお菓子をみんなで囲む。
とっても美味しい!
元気になったミカエラ様と一緒に食べるお祖母ちゃんのお菓子は、いつもより優しい味に感じた。
コルフィンナさんが泣きながら頭を下げる。
「ミカエラ様・・・ごめんなさい・・・。
私、貴女を傷つけて・・・。」
「もういいのよ、コルフィンナさん。」
ミカエラ様が優しく笑う。
「お母様とビナから聞きましたわ。貴女こそ、大変な目に遭って・・・。
学園に帰ったら事情のわからない人達からいろんな事を言われるでしょう。
けど、心配いらないわ。私達、お友達になりましょうね。
心無いこと言う人達にはもう負けない。貴女のことは、私が守って差し上げるわ!」
また泣き出したコルフィンナさんに、ロレインが陽気に声を掛ける。
「もー、ダメよコルフィンナさん!アンタももっと強くならなきゃ!
そーだ、テリア姫とも友達になったら?
あの図々しさ、見習う価値あるかもよ?」
面白そうにミカエラ様が笑う。
よかった。本当に良かった。
体調がすっかり元通りになるまでもう少し時間がかかると思し、学園でささやかれてる悪い噂は簡単には消えないと思う。
でもミカエラ様はもう大丈夫。さっきご自分で言ったように、心無い人達に負けたりしない!
ミカエラ様の明るい笑い声に、私は心から安心した。
「ビナ、本当にありがとう。」
ミカエラ様が私に言った。
「貴女の励ましがなかったら私、きっと立ち直れなかったわ。本当にありがとう・・・。」
「い、いえ、そんな!」
改まって言われたから飲んでた紅茶を吹きそうになった。慌てて私も頭を下げる。
「私、病気のお見舞いに来てただけです!
話せるようになってホントによかったです、後はしっかり休んで早く元気になって・・・。」
「私は病気だったんじゃないの。」
「えっ?」
真剣な目で私を見つめるミカエラ様。
心の奥まで見透かされそうな目に、何だか胸がドキドキした。
「呪いを掛けられていたの。
とても強い封印魔法で、声や言葉を封じられていたのよ。」
「・・・えぇえーーーっっっ!!!」
コルフィンナさんが椅子から飛び上がり、涙を拭いていたハンカチを握りしめたまま固まった。
ロレインも口いっぱいにマフィンを頬張ったまま愕然としている。
私だって茫然自失。紅茶のカップを中身ごと膝の上に落としそうになった。
「それって、ミカエラ様を泥棒に仕立て上げた人の仕業?
そんな事までしていたなんて!」
「えぇ、私も驚いたわ。」
ミカエラ様が寝巻きの右腕を捲りあげた。
細い腕には薄らと光る 魔法陣 が描かれている。
「魔法護符、ですか?」
「えぇ。学園でおかしな事が続いてすぐ、お母様が念のためにって掛けてくださった 守護魔法 よ。
だから呪われるだなんて、夢にも思っていなかった。魔法護符を貫通してまで封印魔法を施すなんて、よっぽど 高位の魔法使い でしかできないはずだもの。」
右腕の袖を直しながら、ミカエラ様は話を続ける。
・・・どうして 私 を見つめているの?
ミカエラ様の綺麗な碧い目は、ずっと私を捕らえたままだった。
「気付いたのはつい先日。
ビナが 闇魔法 の話をしに来てくれた日よ。封印魔法で魔力を隠す。その話を聞いてお母様、ピンときたんですって。
すぐにいろいろ調べてくれたわ。それで、私が話せなくなったのは意思や思いの伝達を 封印 されてるからだってわかったのよ。
でも封印魔法は強力な魔法だから、施術者以外は解く事ができない。
だから、私を呪った人を探し出さなきゃならなかったんだけど・・・。」
「え? でもミカエラ様、喋ってるじゃん。
それって呪いが解けたって事でしょ?」
「見つかったんですか?! 封印魔法を使った人が!?」
ロレインとコルフィンナさんが椅子から身を乗り出した。
私も知りたい!
ミカエラ様を悪者にしようとした 犯人 が!!!
「 いいえ。で も ね ・・・。」
ミカエラ様が首を横に振り、何か言おうとした時だった。
「ごめんなさいね、中座しちゃって。」
お部屋の扉がノックされ、イルファ様がゲオルグさんと一緒に帰ってきた。
うわぁ、素敵!
お化粧直ししたイルファ様は、眩しいくらい綺麗だった。
「私からもお礼を言わせてね。
ビナ、今回の事はいろいろとありがとう。」
「そんな、私、何もしてないです!」
改まったお礼に慌ててしまい、ブンブン首を横に降る。
そんな私にイルファ様は微笑み、後ろに控えるゲオルグさんから 可愛い小箱 を受取った。
「せめてものお礼よ。受取ってね。
この箱の中には、貴女によく似合う 飾り櫛 が入っているの。
気に入ってくれると嬉しいわ・・・。」
そう言って、イルファ様が小箱をテーブルの上、私の目の前にそっと置いた。
真珠貝のモザイクでカモミールの花が描かれた綺麗な小箱。
で も ・・・。
私はちょっと困惑した。
ミカエラ様のお見舞いに通う際、イルファ様ともお会いしていろんな事を話し合った。
だからどういう方かはよく知っている。ちょっと強引なところがあるけど、凜としていて生真面目で、とても賢くて優しいお方。
冗談なんて滅多に言わない、悪ふざけだって絶対しない。
なのに、 こ ん な 悪 戯 をするなんて!
思わずイルファ様の顔を見返し、恐る恐る私は聞いた。
「・・・なぜ、ウ ソ を つ く んですか ?」
イルファ様の緑の瞳が異様な光を帯び始めた。
ゲオルグさんがおもむろに、カモミールの小箱を取り上げてぎこちない手つきで蓋を開ける。
何も入って ない。
小箱の中は 空っぽ だった・・・。
「やっぱり、そうなのね・・・。」
首を傾げる私に見せる、イルファ様の笑顔がなんだか怖い。
「やっぱり」って、何の事???
迫力ある笑みに怖じ気付いた私は、オロオロ辺りを見回した。
ゲオルグさんと目が合った。なぜかとても興奮していて、汗だくでガタガタ震えている。
ロレインとコルフィンナさんは私と同じ。何が起っているかわからないまま、私とイルファ様を交互に眺めて狼狽えている。
ミカエラ様だけが冷静だった。彼女は私をジッと見つめ、意味ありげに微笑んだ。
な、何? いったい何が起ったの???
不安ばかりが募る私に、イルファ様が問いかけた!
「 ビナ。貴女・・・、
『光』の魔力 を持っているのね!!?」
(・・・な、なんでバレたのーーーっっっ!!?)
血の気が引く思いがした。
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そうなの。私がの魔力属性は 『光』 。
私は 光の魔法 が使えるの。
かっこよく聞こえるかも知れないけど、光魔法なんて役に立たない。使い道があるって意味では闇魔法の方がよっぽどマシ。
だって 明 か り を 灯 す 事しか出来ないんだもん。こんな魔力があったって、せいぜい喜ぶのは夜間工事の作業員さんくらい。投光器の代わりに辺りを照らす。その程度の事しかできない、それが光魔法なの。
なのに、とっても稀少な魔力で持ってる人が滅多にいない。
だから私、フォーダム学園の特別生に選ばれちゃったんだけど、正直肩身が狭いんだよね。
恥ずかしいからずっと隠してたのに、なんで突然バレたのかな・・・?
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「そうなのね! ビナは 光の魔法 を使うのね!?
・・・そうよね、ミカエラ!!!」
まるで何かに取憑かれたよう。
ひどく興奮したイルファ様が、叫ぶようにしてミカエラ様に聞いた。
「えぇ、その通りです、お母様!」
ミカエラ様が強く頷く。
「間違いありません。
ビナは 光の魔法使い 。
100年に一度現れる 『鏡』の魔道士 です!!!」
(・・・はぃ? 今 なんて???)
呆気の取られる私をよそに、イルファ様が姿勢を正す。
深呼吸して気持ちを鎮め、みんなにニッコリ微笑んだ。
「私としたことが、取り乱してしまったわね。
でももう大丈夫。これで全てがうまくいくわ。
ミカエラの呪いが解かれた瞬間、 犯人 の居場所が判明したの。
その者がいったい 何を企んでいるか もね。
手の込んだマネをしてくれた事! 許すわけにはいかないわ。
この私が直々に出向き、今すぐ正してあげましょう!
ゲオルグ、皆さんを学園まで送って差し上げてちょうだい!
ミカエラ、貴女、後は1人でやれるわね?」
「もちろんですわ、お母様。」
ミカエラ様が挑むような笑顔になった。
・・・いえ、あの、何の話をしてますか?
さっぱり理解できないけれど、とんでもない事になりつつあるのは何となくでも察せられた。
居ても立っても居られなくなり、慌てて椅子から立ち上がる。
そんな私の左の肩を、イルファ様がガシッと掴む。
こうなってしまったら逃げられない。
問答無用で強引にそのまま窓辺まで引きずられた。
「じゃ、行ってくるわね♡」
ドレスの裾をたくし上げ、イルファ様が陽気に微笑んだ。
そして、怯える私を小脇に抱え、開いた窓から 飛 び 出 し た !!?
( きゃーーーっ!
この部屋って、お屋敷の 3階 ーーーーーっっっ!!? )
でも、墜落はしなかった。
地面に激突する直前、ゴォッと音を立てて突風が吹き上げ、私達を空高く舞い上げた!?
( いやあああぁぁぁーーー!!!? )
たぶん私、凄い悲鳴を上げてるんだと思う。
でも吹き荒ぶ風が凄すぎて、自分でもちっとも聞こえない。
よく晴れた空に浮かぶ「悠久の城」が、今までにないくらい近くに見えた。