鏡に映ったミステリー
10.ビナと青空の魔法陣
遙か高みに美しい『悠久の城』。
でも下に目を向ければ、壊れた議事堂の屋根とイーヴァのお城が見える。その裾に広がる王都の街並みがまるで小さな玩具みたい。それほど私は空高く、凄い勢いで吹き飛ばされていた。
ぐんぐん上に昇って行ってた私の体が、緩やかに下へと向かい始めた。
このままだと地面に落っこちちゃう。でも、不思議とあまり怖くない。
その代わり、妙に気持ちが落ち着いていろんな事を考えていた。
(そっか、オルメンティア公爵が犯人なんだ。
あの闇魔法を使える公爵が、ミカエラ様に封印の呪いを掛けたんだね。
きっと学園で起った盗難事件もあのおじさんの仕業。試験の模範解答用紙の件は「そこまでする?」って感じだけど、あれはみんなミカエラ様を陥れる 偽装 だったんだ。
ハンス様をミカエラ様じゃなく、コルフィンナさんと 結婚 させる為の。
ギルザイン国王様が退位すれば、ハンス様が王様になる。
それを思えば、なんで公爵がこんな事をしたのかがわかる。
イーヴァ国を 乗っ取る 気だったんだね。
あの公爵がコルフィンナさんを意地悪な叔父さんを使って言いなりにして、コルフィンナさんが幻夢魔法を使ってハンス様を言いなりにする。
そうすれば、イーヴァ国が公爵に乗っ取られてるなんてバレっこない。
ウソを見破り呪いを跳ね返す 鏡の魔道士 さえいなければ!
・・・あ、でもこの計画、半分失敗してるよね?
オルメンティア公爵、ハンス様が実は幻夢魔法にかかってないなんて、知らなかっただろうし。
魔法に掛ったフリしてミカエラ様を振って、コルフィンナさんも適当な時期に捨てちゃう気だった、なんて、思ってもみなかっただろうな。
今回の事件で一番の悪者、やっぱりハンス様かもしれないな・・・。)
突然、誰かがささやいた。
何も出来ずにただ落ちて行く、私の耳元、すぐ傍で!
「その通りだよ、ビナ。
自分勝手に人を傷つける者が、どんな時でも一番悪い!」
「 えっ? 」
宙を漂う私の体が、がっしりと強く抱き留められた。
同時に、上着のポケットからピンクのウサギが飛び出した。
タフィ君はピョン跳ね、私の肩に飛び乗るとチョコンとそこに座り込む。
「やれやれ。我が妻イルファは実に聡明だが、ここ一番で詰めが甘い。
危うくイーヴァ王家の愚か者の代わりに、可愛いビナを失うところだった。
お怪我はありませんか? お嬢さん♪」
タフィ君が喋ったんじゃない。
豊かな黒髪、力強い紫の瞳。精悍な顔立ちの男の人。
真っ白だけど仄かに光るとても立派な衣を着ていて、金のマントを羽織っている。
頭には金剛石をあしらった王冠、右手には大きな銀の矛。
左の腕で軽々と私を抱き上げたその人が、悪戯っぽく片目をつむる。
「みっ、皆の者っ! 早く、早く跪け!
・・・えぇい! とっとと跪かんか、愚か者ーーーっっっ!!!」
遙か下、天井が壊れた議事堂の中で、ギルザイン国王様が喚いてる。
議事堂だけじゃない。
イーヴァのお城はもちろん、城下街も大騒ぎ。街中の人が空を見上げ、驚きの声を上げている。
目立つよねぇ。だって、空に描かれた大きな 魔法陣 の上に立ってるんだもん。
この方こそは 魔 法 王 。
世界を創造した大魔道士様の末裔、『世を統べる導きの大王』・グランダム様!
この世で一番強くて偉い、この上もなく 偉 大 な 方 ・・・。
「でも、タフィ君なんだよね?」
「あ、今それ言わないでね。格好付かないから。」
大王様は苦笑した。
私達が立ってる魔方陣が、議事堂近くまですぅっと降りた。
議会場の中の人達が、みんな跪いて頭を下げる。
ハンス様なんてほとんど土下座。
そりゃそうだよね。ミカエラ様が大王様の娘さんだなんて、知らずに傷つけるような事したんだから。
生きた心地がしないだろうな。
「久しいな、ギルザイン。元気そうで何よりだ。」
ひれ伏すギルザイン様に、大王様が声を掛けた。
「はっ! 痛み入ります!
拝顔の栄誉を賜りまして恐悦至極に存じます!」
「先ずは詫びておこう。
そこにいるそちの息子を拳をもって制裁したのはこの私だ。
娘を慮るあまりつい抑制が効かなくなった。許せ。」
「トンデモございませんっ!
我が愚息がしでかしたる事、本人の口からしかと聞きただしております!
それを鑑みますれば、むしろご温情賜ったに等しき仕置き!恐縮至極でございますればっっっ!!!」
「そうか。ではその件はコレにて良しとする。
さて、ギルザインよ。改めて言い渡す。」
小さく頷いた大王様が、背筋を伸ばして威儀を正す!
「 こ の 、愚 か 者 っっっ!!!」
大王様の一喝に、イーヴァのお城が大きく揺れた!
「ひぃ!?」
ギルザイン様とハンス様、同時に悲鳴を上げた親子が吹き飛ばされたように転がった。
私もすごくビックリした。もの凄い迫力だった。
みんなが怯えて蹲る中、大王様は矛を振り上げ、切っ先をギルザイン様に突きつけた!
「由緒正しきイーヴァ王家、その息子がここまで愚かしいのも嘆かわしいが、そちは家臣の企てに気付もしなかったと申すのか!?
地上の王たる者の権威は、魔法王の名の下にそちに託した崇高なる責務!
それを下郎に取って代われると愚考させたはそちの怠慢、罪は重いと知るがいい!
イーヴァ国王ギルザイン14世、および、王太子ハンス・フィリッガよ!
両名、これより3ヶ月間、謹慎を命ずる!!!
我が手の者を監視に付ける。その者から教え請い、王たる者の使命がなにかを己が魂に刻むが良い!!!
・・・ネ ビ ル ! ネビルは居るか!?」
「はい、お側に。」
後ろから聞いた事ある声がした。
慌てて振り向くと、いつの間にか同じ魔方陣に男の人が立っていた。
( って、えぇ!? ゲ オ ル グ さ ん ?!
ゲオルグさんが ネビル伯爵 様だったの!!?)
驚く私にゲオルグさんは小さく微笑み、優雅に軽く会釈した。
「ネビルよ、そちは王家の者達の謹慎が解けるまで、イーヴァ国治政を代行せよ。
これを機に、この国にはびこるたるんだ気風は徹底的に戒めよ!」
「 承 知 !!!」
ゲオルグさんの温厚な顔が、車の運転してる時のようにキッと厳しく引き締まった。
しかもなんだか 楽 し そ う 。イーヴァ国の未来、3ヶ月先がちょっと心配になっちゃった。
「ビナーーー!
ビナ! 大丈夫ーーー!??」
議会場の中でイルファ様が必死に手を振ってくれている。よかった、お怪我はないみたい。
オルメンティア公爵も、今度は厳重に取り押さえられて警備の兵隊さん達が引っ立てていく。
床に伏せていたギルザイン様達が顔を上げた。
ハンス様の顔が死人みたい。やっと自分が大変な事をしたって気が付いたみたい。これならもう、自分の為に人の気持ちを利用するなんて事、しないかもね。
その一方で、ギルザイン様の表情はなんだか明るい。
こっちを見上げて笑ってる。とても晴れやかな笑顔だった。
「寛大なる御処分、誠に有り難うございます。我が君よ。
そのご温情、しかと受け止めました。
二度とこのような事が無きよう、イーヴァ国の全ての民に誓いましょう!!!」
ギルザイン国王様が高らかに叫ぶ。
それを聞いて、私もハッと気が付いた。
「ごめんなさい。
私、助けてもらったお礼、まだ言ってませんでした。」
私を抱き上げる大王様に、慌てて小さく声を掛ける。
「助けてくれて有り難うございます。・・・ タフィ君 !♪」
「いや、だから今それ、やめて? 格好付かないからさぁ~!」
苦情言われちゃったけど、大王様は楽しそう。
「タフィ、ちょーだーい!」
肩の上でピンクのウサギが美味しいご褒美をねだって叫ぶ。
その元気いっぱいな大声が、イーヴァ国王都に響き渡った。