鏡に映ったミステリー
5.ビナと真夜中の実験室
真夜中の魔法科学実験室は、暗くて静かでとても不気味。
窓から差し込む月明かり。それに照らされる魔法植物標本や動物の剥製、鮮やかすぎる色合いの液体が入った薬物の瓶。いろんな物が雑に並んだ陳列棚が薄気味悪い。
壁や天井に染み込んだ薬品の匂いも充満してる。こんな所に潜んでいると、どうしても暗い気分になってしまう。
そんな実験室の入口の扉が音もなく開いた。
遠慮がちに入って来たのは、コルフィンナさん。
約束の時間5分前。部屋着にガウンを羽織った彼女は、小さな声でささやいた。
「誰か・・・いるの?」
コルフィンナさん、不安そう。
でも、返事をしてあげない。怖がらせちゃって申し訳ないけど、誰かに見つかったりしないよう実験室の中まで入って来てもらいたかった。
だからすぐには返事しないように、あの人にもちゃんとお願いしてたんだけど・・・。
「待ってたわよ!この嘘つき女っっっ!!!」
・・・無駄だった。
陳列棚の影に隠れる私は、思わず頭を抱えてしまった。
闇の中から颯爽と現れ、仁王立ちするテリア姫。
その得意絶頂な面持ちに、コルフィンナさんの目が丸くなった。
「わー、きょーれつだー。」
「ビナぁ。やっぱりコレ、配役失敗なんじゃない?」
私の隣で蹲るロレインと、ポケットのタフィ君がささやいた。
うん。私もちょっと後悔してる。
でも、どうしてもテリア姫しか思いつかなかったんだよね。
ミカエラ様のためにも、真相を暴く。
できることは一つしか無い。コルフィンナさんに、直接話を聞くことだ。
「バカだなぁ。
ホントの事なんて言うワケないじゃん。」
ロレインはそう言って反対した。
「もしビナの考えが正しいとしてもさぁ。
『幻夢の術使いました、みんなにウソを言わせました』!
なーんて、コルフィンナさんが言うと思う?」
「言わないと思う。でも、それでいいの。」
「なんでよ?」
「わかる、からよ。」
ロレインが困ったように首を傾げる。
今は詳しい話をする時間が惜しい。一刻も早くミカエラ様を楽にしてあげたい私は、問答無用で実行に移した。
コルフィンナさんを呼び出して、核心を突く質問を投げかける。
それに当たって私は何と、 テリア姫 に協力をお願いした!
『話がありますの。
深夜12時、魔法化学実験室に1人で来なさい!!!』
テリア姫にそう言ってもらい、コルフィンナさんを呼び出した。
それで今、真夜中の魔法化学実験室がこういう状況になってるんだけど・・・。
「私達が呼び出そうとしたってコルフィンナさんは来てくれないだろうし、もし来てくれても逆に『幻夢魔法』を掛けられちゃって真相を突き止めるどころじゃなくなるかも知れない。
だから、バーバラ様に頼んでみたんだけど・・・。」
私の小声の呟きに、ロレインとタフィ君が頷いた。
「あの人の呼び出し断ったら何されるかわかんないもんね。そりゃ来ようって気にもなるわ。
でもなんでテリア姫、『幻夢魔法』に掛かんないの?
あの人とビナだけだったじゃん。最初から魔法にかかってないのって。」
「あの子の場合、たぶん『嫉妬』なの!
きょーれつな嫉妬心がマホーの力に勝っちゃってるの!」
「そーか。テリア姫、ハンス様盗られたって思ってるから。
お妃になる気満々だったしねぇ。って、怖っ!
魔法に勝っちゃうテリア姫の嫉妬、本気で怖っっっ!!!」
確かに怖い。自分の思い込みだけでここまで逆恨みするなんて、もの凄い執念感じちゃう。
でも、そんなテリア姫の嫉妬は今回の 作戦 の役に立った。
コルフィンナさんが幻夢魔法を使って、みんなに自分が一番素晴らしいと思い込ませている。
もちろんハンス・フィリッガ王子も術にかかって、恋したように惑わされてる。
そう教えればテリア姫は怒り狂う。コルフィンナさんを責めて攻めて、とことんまで追い詰めてくれる。
そしたら話してくれるはず。
言い訳、弁解、反論。もしかしたら、真実を。
それだけで充分なの。私だったらきっと わ か る。
コルフィンナさんがついてるウソの、裏に隠された 真相 が・・・。
とにかく、一抹の不安を抱えたまま、コルフィンナさんとの対決は始まった。
勝負の行く末は恐ろしい事に、テリア姫の双肩にかかってる。
もっとも、この対決がミカエラ様のためだなんて、テリア姫は知らないけどね。教えたら協力なんて、絶対してくれないから。
「アンタって、時々策士よね・・・。」
ロレインが呆れた様につぶやいた。
「すっかり騙されましてよ!
貴女、闇魔法使うんですって?」
「・・・えっ!」
コルフィンナさんの顔色変った。
これは当然かも。闇属性の魔力がある事は悪いことじゃないけど、良くない目で見られがち。
一昔前は結構迫害されてたって、歴史授業でパッコリー先生も言ってたっけ。
「そ、そんな事言うために呼び出したんですか?
わざわざこんな夜遅く?」
「そーよ!貴女ときたら、いつも媚びへつらってる取り巻き連れてお高くとまってるんですからね!
こうでもしないとゆっくり話しも出来やしない!」
「お高くなんて、そんな・・・。」
「お黙り!言い訳は見苦しくってよ!」
相手に反論の余地を与えない。
さすがです、テリア姫。でも、出来たらもう少し声を落としてくれないかな?
誰かに聞きつけられたら、あっという間にスカーレット女史が飛んで来ちゃう。真夜中に部屋を抜け出しウロつくなんて、バレたらお説教じゃすまないよ・・・。
暗い実験室の中、コルフィンナさんはオロオロと辺りを見回した。
助けてくれる人はもちろんいない。テリア姫の剣幕に、怯えた目をして涙ぐむ。
「しらばっくれるおつもり?
なら、どんな汚い魔法をお使いになったか言って差し上げるわ。
『幻夢魔法』でしたかしら?
人を惑わす嫌らしい魔法よ!自分が一番美しくて、誰より優秀で素晴らしい。そう思い込ませる魔法を使ったんでしょ?!
厚かましいわね、ハンス様までたぶらかして!
あぁ、でも納得いきましたわ。
そうでもしなきゃ貴女みたいな貧相な子、ハンス様が相手になさるわけないものね。
身の程知らずにもほどがあるわ、図々しい!
恥というものを知りなさい!!!」
テリア姫ったらなんて言い方!ごめんなさい、コルフィンナさん。
「ねぇ、これじゃいつまで経ってもコルフィンナさんの話は聞けないよ?」
ロレインがうんざりとつぶやいた。
うん。私もそう思う。さっきからテリア姫の罵詈雑言しか聞こえない。
話を聞くのが目的だって言ってあるんだけどな。
さすがです、テリア姫。
完っ璧な、暴走です。
「・・・キミ達、いったい何をしてるんだ?!」
突然、ガチャッと実験室の扉が開いて、誰かが怒鳴り込んできた。
「えぇっ!?」
私とロレイン、コルフィンナさんが扉の方へ振り返る。
ハンス・フィリッガ王子 様の まさか、まさかのご登場!?
もう、思いっきり驚いた。これって一体、どーゆー事!??
「私がお呼び出ししたのよ!」
テリア姫がニンマリ笑い、胸を張ってふん反り返る。
「貴女の正体、一刻も早くハンス様に知らせて差し上げたくってね♡」
・・・聞いてないよ、テリア姫。
私は目眩を覚えた。
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「ハンス様、この女は悪党なのよっっっ!!!」
棒立ちになったコルフィンナさんに、テリア姫が指を突きつける。
ハンス様の目が「点」になった。
この状況がわかってない。そうだよね。わからなくて当たり前だよね。
彼はとても困った顔で、一番最初に思いついた疑問をポツリとつぶやいた。
「え~っと、先ず、キミって誰?」
ロレインがコソッと突っ込んだ。
「テリア姫、顔も知られてなかったんかーい!?」
そうみたいだね。
ハンス様のあのお顔は、本気で知らないって顔だよね。
なのにお妃になるとか言ってたんだ。
痛い、痛いなぁテリア姫・・・。
「わ、私はダーシェグィン公爵家のバーバラ・グレイシアーナ。貴方の遠縁の者ですわ!」
「あぁ、ダーシェグィン公爵の。・・・って、ほぼ他人だよね?」
「そ、そんな事は今、どーでもよろしいの!」
テリア姫は小さい子供のように地団駄を踏む。
「とにかく!この女はとんでもない悪党ですわ!
今すぐお見限りになってくださいまし!
貴方にはもっとふさわしいお相手がいるはずです!
闇魔法で人を惑わすこの女とか、卑怯者のミカエラなんかじゃなく、もっと素晴らしい女性がいるじゃありませんかっっっ!!!」
どうやら「目の前にいる」って言いたいらしい。
そんなの無茶です、テリア姫。
しかも、いきなり「コルフィンナさんは悪党だ」とか言って、信じてもらえるワケないでしょーに。
「すまない、言ってる事がよくわからない。」
当然の事を口にしたハンス様は、佇むコルフィンナさんの側へ歩み寄り、そっと手を取って口づけた。
「それに、止めてくれないか?
コルフィンナは悪党なんかじゃない。とても可愛い、素晴らしい女性だよ?」
「ハンス様・・・♡」
目を潤ませて見つめ合う二人。
割り込むなんてとても出来ない恋人達の甘い空気。
でも割り込んじゃうのがテリア姫。その辺、ちょっと尊敬しちゃう。
「で・す・か・ら!
騙されてるんですってば、惑わされてるんですってば!
この女は魔法で美人に見えてるだけで、ホントは大したことない子なんですってば!!!」
キャンキャン喚くテリア姫を、ウンザリと見つめるハンス様。
彼はコルフィンナさんの肩を抱き寄せ、強い口調でこう言った。
「俺はもうミカエラなんて何とも思ってないよ。
他の女性も結構だ。コルフィンナさえいてくれれば何もいらない。
公にする前に新聞記事で公表されてしまったけど、撤回するつもり少しも無い。
こんなに素晴らしい女性なら、きっと父上もわかってくれる。俺はコルフィンナを愛してるんだ!」
真顔できっぱり言い切られ、さすがのテリア姫も口をつぐむ。
コルフィンナさんが幸せそうに微笑んで、恋人の胸に頬を寄せた・・・。
「待って下さい、ハンス様!」
聞き捨てならない、何もかも!
私は立ち上がり、実験用具棚の物陰から歩み出た。
突然現れた私を見て、ハンス様とコルフィンナさんは驚いた。
「ちょ、ビナったら、どうしたの?!」
慌ててロレインも走り出る。
テリア姫も私の側に血相変えて駆け寄ってきた。
「貴女、ビナって言ったわね?!
貴女がこの女が闇魔法使うって言ったんでしょ、何とか言ってやってちょうだい!」
「黙ってて下さい、バーバラ様!」
喚くテリア姫を黙らせて、私はハンス様と向き合った。
たぶん私、怖い顔して睨んでるんだと思う。
ハンス様が少し怖じ気づいた。
「キ、キミは?
1年生みたいだね、キミがこの騒ぎの主催者なの?」
ハンス様の問いかけには答えなかった。
その代わり、尋ねた。
さっきハンス様が言った、聞き捨てならない言葉に隠れた 真実 を。
「なぜ ウソ をつくんですか?」
「・・・え?」
ハンス様が驚いた顔になった。
両目がソワソワ目が泳いでる。間違いない。この人は ウソ をついている。
私は一気にたたみかけた。
「どうしてウソつくの?!
貴方、コルフィンナさんを愛してなんか、いない!!!」
コルフィンナさんがハッと息を飲み、ハンス様の顔を振り仰ぐ。
ロレインが大きく目を見張り、テリア姫も口に手を当て強ばった表情で固まった。
「そ、そんな事、ないさ。俺は、コルフィンナを・・・。」
「ウソです! 貴方がさっき言った言葉の中で本当だったのは一つだけ。
『ミカエラなんて何とも思ってない。』それだけだわ!
それに貴方、正気なんでしょ?
貴方はコルフィンナさんの幻夢術に、かかってなんか、ない!!!」
コルフィンナさんがハンス様の傍から離れた。
青ざめ、ワナワナ震えてる。彼女は呆然と恋人を見つめ、震える声で呟いた。
「・・・ど、どうして!? なぜ掛らなかったの??!」
コルフィンナさんの口から 真実 が漏れた。