鏡に映ったミステリー
3.ビナと緑の貴婦人
ベルフォーダム学園があるイーヴァ国王都。そこから魔法バス(この世界のバスは土の魔法で走ります。)に乗って30分。
私がやって来たのは郊外にある住宅街。
と、言ってもそんじょそこらの街並みとはひと味もふた味も違っている。
緑の木々に抱かれるように豪華なお屋敷が点在し、道路はゴミ一つ無くピッカピカ。
行き交う人はみんなオシャレで高そうな服を着てて、お散歩している飼い犬までが宝石付の首輪をしてる。
ここはお金持ちばかりの街。
この国の貴族の人達が暮す、高級住宅街だった。
(これ、届けたらすぐに帰ろう・・。)
私は握りしめたものを見下ろした。
小さな白いカモミールの花束。
可愛い花はリンゴによく似た香りがした。
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ミカエラ様がコルフィンナさんを突き飛ばして怪我をさせた!
そんな事とても信じられない。でも見ていた人が何人もいるんだって。
「魔法化学の実験室で、コルフィンナさんが授業の準備をしていた。
彼女が棚から実験道具を取ろうと踏み台にのった時、走り寄って来たミカエラが彼女を横から突き飛ばした。
踏み台から落ちて蹲るコルフィンナさんを、ミカエラが酷く罵倒した。
『特別生のくせに、私に同情するなんて!!!』
と言って、立ち上がる事ができない彼女を放置して足早にさっていった。」
目撃者だと言う人達の証言はみんなだいたいこんな感じ。コルフィンナさんも同じ事を言ってるをだそう。
みんながミカエラ様を激しく責めた。
何故こんな事をしたのか説明しろ、コルフィンナさんに詫びろ、寄宿舎から出て行け、学園から追放してしまえ!
聞くに堪えない暴言の嵐。ベルフォーダム学園は荒れに荒れた。
そんな中、ミカエラ様が急に実家へ帰ってしまった。
体調不良で療養中。学園側からそう説明されたけど、当然誰も信じない。
卑怯者が逃げ出した! そう言って、みんながミカエラ様を嘲笑う。
そしてついにこの問題は、学園内に留まらず イーヴァ国王城 にまで届いてしまう。
ネビル伯爵やベルフォーダム学園長まで責任を追及される。そんな事態になりつつあった。
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(こんなの変。絶対おかしい。何もかも!)
暗い気持ちで私は森へ向かう小道を歩いた。
綺麗に整備された小さな森。そこを抜けると赤い屋根の大きなお屋敷が見えてきた。
ネビル伯爵が暮らすご住居。
ミカエラ様がいるお屋敷だ。
ネビル伯爵のお屋敷は街外れにある。
どこまでも続く高い塀に添って歩いて行くけど、なかなか門が見えてこない。辺りは緑に囲まれててとっても静か。歩いている人も全然いない。すごく心細かった。
実はここに来るのは初めてじゃない。前にもミカエラ様は風邪を拗らせて実家に帰った事があって、その時もお見舞いしたの。お花屋さんでラベンダーを買って、ロレインに付いてきてもらって。
私は大勢いるファンの1人。ミカエラ様と直接お会いして渡せるような間柄じゃない。
だからお屋敷の門番さんに渡したんだけど、その時は本当に驚いた。
だって、お見舞いの人が門の前で行列作ってたんだもの。
「人気者はうかつに風邪も引けないねー。」ってロレインと話し合いながら帰ったのを覚えてる。
・・・そういえば、ロレイン怒ってるかなぁ。
私がミカエラ様のお見舞いに行くって言ったら、すごく怒って引き留められたんだよね。
何であんなに怒ったのかわかんない。部屋の入口に立ちふさがるから本当に困った。
結局、バスの時間があるから押しのけて出てきちゃったんだけど・・・。
やっと正門が見えてきた時、私は愕然となってしまった。
人っ子1人いない。この前来た時の様子を思えば信じられない。お家を間違えたのかと思っちゃった。
薄ら寒いほどの静けさの中、大きく立派な門の前で立ち尽くした。門番さんは見当たらない。これを叩いて伯爵家の人を呼び出すなんて、大それたマネは私には出来ない。
どうしよう???
門を見上げて悩んでいると、後ろから声を掛けられた。
「何かご用?お嬢さん。」
「ひぃ!?」
驚いて飛び上がってしまった。
だってさっきまで、門の周りには誰もいなかった。静か過ぎて不気味なくらい、人の気配なんてなかったのに・・・。
「あ、いえ、別に・・・。」
慌てて振り向いて、また驚いた。
(め、女神っっっ!!?)
貴婦人が1人、佇んでいる。
私は息を飲み込んだ。
目が釘付けになっちゃうほど、とても綺麗な人だった。
黄金に輝く豊かな髪、陶器のような白い肌。
瞳はエメラルドみたいだし、唇は深紅のバラみたい。
袖がふんわりした新緑色のドレスを着てて、大人の女性の曲線美に思わずため息ついちゃいそう。
ポカンと口を開けて見とれていると、貴婦人がニッコリ微笑んだ。
「ミカエラのお友達?」
「は?え?あ、あの・・・。」
違うんです。
お友達だなんてとんでもない!タダのファンっていうか、勝手に心配してるだけの赤の他人なんです!
そう言おうとしたんだけど、言えなかった。
言葉が口から出る前に、緑の貴婦人がガシッ!と私の肩を掴む。
「よく来て下さったわね。
きっとあの子も喜びますわ。・・・ゲオルグ!」
「はい、奥様。」
いきなり現れた「ゲオルグ」さんにも驚いた。
いつの間にか私の後ろに、がっしりした体格の初老のオジサンが立っていた。
「この方をご案内してちょうだい。
あぁ、お茶は私も一緒に飲むわ。よろしくね。」
「かしこまりました。奥様。」
ゲオルグさんが優雅に一礼する。
・・・って、え?
私、ご案内されちゃうの?!
「あ、あああの、ちょ、待っ・・・!?」
問答無用とはこの事だ。
私はゲオルグさんに羽交い締めにされ、屋敷の中に拉致・・・いや、ご案内された。
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私が連行・・・もとい、通されたのは、学園の教室ほどもある広い部屋。
その奥にある窓辺のベット、そこにミカエラ様の姿があった。
フカフカの枕に埋もれるようにして、力無く横たわっている。
一目見るなり胸が痛んだ。
天使のように綺麗だったミカエラ様が、見る影もなくやつれ果てている。
強く凛々しく、どんな時も毅然としていた、私の憧れのミカエラ様が・・・。
「・・・?」
窓の外を眺めていたミカエラ様が、私に気づいてこっちを見た。
生気のない虚な目。息が詰まるほど悲しくなった。
(ちゃんとご挨拶しなきゃ!)
そう思ったけど、ダメだった。
小さな花束を握りしめ、私は泣き出してしまった。
すぐにゲオルグさんがお茶を淹れて持ってきてくれた。
ミカエラ様の部屋の小さなテーブルに高級そうな茶器が並び、イチゴのジャムやマーマレード、こっくりとしたクリームが添えられた焼きたてのスコーンが振る舞われる。
ちょっとしたお茶会みたい。温かいミルクティがとっても美味しい。こんな美味しいお茶は飲んだことないかも。
でもスコーンはいまいちだった。こういう時って困っちゃう。いつも食べてるお祖母ちゃんのお菓子が美味しすぎて、ご馳走になっても楽しめない。
「ごめんなさいね。
ちょうどいい花瓶がなくて・・・。」
緑の貴婦人さん・・・ミカエラ様のお母さん・イルファ様は、私が持って来たカモミールを小さなグラスに活けてくれた。
今、そのグラスはベットの上で起き上がったミカエラ様の手の中にある。
グラスの中の澄んだ水が窓からの日差しにキラキラ光る。そこに咲くカモミールは活き活きしていてとても可愛い。
白く小さな花を眺めるミカエラ様が、ほんの少しだけど笑ってくれた。
「カモミールは娘の一番好きな花なのよ。
ありがとう、ビナさん。」
「いえ・・・。」
碌に返事もできず、私は俯いてしまった。
このカモミールが咲いていた森の阿房宮が今、どんなことになってるかなんてとても言えない。
ミカエラ様が大好きだったあの場所は、見る影もなく汚されている。
ゴミを捨てられたり、落書きされたり。ミカエラ様を泥棒だと決めつける心無い人達は、カモミールのお花畑までぐっちゃぐちゃに踏み荒らしていた。
その中で何とか助かったお花を摘んで、今日ここに持って来たの。
頑張って咲いたカモミール。大事にしてくれてた人に、きっと見てもらいたいはずだよね・・・。
「優しいのね。ビナさんは。」
また涙ぐんじゃった私に、イルファ様が微笑んだ。
「貴女は信用できる子だわ。
だから教えるんだけど、ミカエラは今、話す事が出来ないの。」
「えぇ?!」
私は顔を上げてイルファ様を見た。
「声が出せなくなっているのよ。
筆記もダメ。ペンを手に取ると、手が震えてまったく字が書けないの。
原因は不明。心因性のものかも知れないわね・・・。」
・・・そんな!
話せないなんて、字も書けないなんて!
これじゃ、どんなに非難されても反論できない。
何もかも誤解だって説明できないし、本当の事が伝えられない!
ベッドの上のミカエラ様が、悲しそうに微笑んだ。
頼りなく、心細そうで、弱々しい。
そんなミカエラ様を見るのは辛くて、とてもとても、悲しかった。
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「ビナさん、また来てちょうだい。」
お暇する時、門まで見送ってくれたイルファ様が言った。
「できるだけ度々来ていただきたいの。
その都度、あの学園で一体何が起っているのか、私に教えてくださるかしら?
どんな些細なことでもいいわ。貴女の目で見て気付いた事をありのまま全部伝えてちょうだい。
娘も貴女が来てくれてとても喜んでるわ。
あの子のためにも、よろしくね。」
イルファ様の有無を言わさない迫力に驚いたけど、私は快く引き受けた。
ミカエラ様の力になりたい。
私じゃ何の役にも立たないけど、できる事があるなら何でもしたいと、心の底から思ったから。
帰りはゲオルグさんが魔法車(これも土の魔法で走るの。)で送ってくれた。
「固定帯をお絞めください。お嬢様。」
ハンドルを握るゲオルグさんが、発進前に私に言った。
「私、運転中は 人 が 変 わり ますので。」
学園には 5分 で着いた。
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こ・・・怖かった・・・!
今度ミカエラ様に会いに行ったら、帰りは断固バスで帰ろう。
そう思いつつ寄宿舎の部屋に戻ると、ロレインが笑顔で迎えてくれた。
「お帰り~。どしたのヘロヘロになって。」
呑気な口調に驚いた。部屋を出る前はあんなに怒ってたのに、まるで別人みたい。
いや、ちょっと違うかな。部屋を出る前が別人みたいだったんだ。
この変りようって、何なんだろう???
ロレインも不思議そうに首を傾げる。
「そうなんだよね〜。
なんであんなに怒ってたか自分でもわかんない。
その時はビナがミカエラ様のところに行くってのが、どーしても許せなかったのよ。」
「えー、なにそれ?
すっごい剣幕だったんだよ???」
「さぁ? ホント、何だったのかな???」
ちょうど夕食の時間を知らせる鐘が鳴った。
私達は食堂に向かった。
寄宿舎から学園に通う生徒は、全員決まった時間に食事を取るの。
だから、寄宿舎隣の棟にある食堂はとにかく広い。厨房カウンターに向かう列に並んで、その日の食事が用意されたトレイを受け取るスタイル。今日の献立はチキンと根野菜のトマトスープ煮込み。それに焼きたてのパンとグリーンサラダ、リンゴのコンポートが付いていた。
すごく美味しそう!♡ でも、この日の食堂は食事を楽しむような雰囲気じゃなかった。
奥のテーブルで人だかりが出来ている。
コルフィンナさんだ。
たくさんの人に囲まれて、幸せそうに笑っている。
学年なんて関係ない。いろんな人が競い合うようにして彼女に声を掛けもて囃す。
「変って言えばさ、あのコルフィンナって子。
よく考えたらアタシ、あの子の事ちっとも知らないんだよね。」
この異常な光景に戸惑っていると、ロレインがまた首を傾げた。
「何であんなに綺麗に見えたのかなぁ?
改めてみると、確かに可愛いけど大騒ぎするほどじゃないよね。」
そうなんだよね。
私も不思議に思う。彼女は何だかちょっと変。
何だろう?この違和感は・・・。
「そーよ、そーよねっ!
あんな子全然美人じゃないわよねっっっ!!」
突然、目の前に 小型犬 が飛び出してきた!
すごく興奮してイキリ立ってる、元気いっぱいのテリア犬。申し訳ないけど、その時は本当にそう見えた。
「ひぃっ!って、なんだテリア姫か。」
「ちょっと!
アナタ、ナニ人のあだ名はっきり言ってくれてますのっ!?」
自分が陰でどう言われてるか、どうやらご存知でいらっしゃるみたい。
ロレインの直球な物言いに、テリア姫が噛みついた。
「まぁいいわ。許して差し上げてよ?
貴女達、他の方達より人を見る目があるようだから。」
テリア姫・・・いや、バーバラ様はツンとお高くそっぽを向いた。(一応本人の前だから、テリア姫って呼ぶのは止めておこうっと。)
「きょ、今日はお一人ですか? バーバラ様。」
「ふん!他の方達なら、あそこよ!」
忌々しそうにバーバラ様が指さすのは、コルフィンナさんがいるテーブル。
取り巻きだった女の子達が、コルフィンナさんとおしゃべりしていた。
「皆さん、どうかしていてよ?!
どーしてあんな見栄えのしない子、もて囃したりするのかしら!? 二言目にはコルフィンナ、コルフィンナって!
事もあろうか、あのハンス様まで!!!」
狂ったように喚くバーバラ様は引いちゃうほど怖かった。
(えっ?でも、ハンス様?)
私はもう一度コルフィンナさんのテーブルを見た。
さっきは人だかりでよく見えなかったけど、コルフィンナさんの隣に座る男子生徒の顔が見えた。
ハンス・フィリッガ・イーヴァ殿下。
コルフィンナさんを熱心に見つめ、楽しそうに笑っていた。