鏡に映ったミステリー

2024年7月20日

「あそこに見えるのが『悠久の城』です。」

そう言って、歴史を教えるパッコリー先生が指示棒を窓の外に振った。
校舎が小高い丘の上にあるから、教室の窓から見える風景はとっても綺麗。学園の敷地にある森を隔てて、近くの街の家並みや遠く海までよく見える。
今日は快晴で、空には雲一つない。眩しい空の高い所に、ぽっかり お城 が浮かんでいる。
この世界の中心・『悠久の城』。
虹の光沢を秘めた真っ白お城が、午後の日差しに輝いていた。

「遙か昔、偉大なる 大魔道士様 と共にこの世界を創造した人々の 末裔 が暮しています。
大魔道士様は彼らにこの世界を護る使命を課しました。魔力を増大させる呪文・『魔名』を与え、空の高みから私達の暮らしを見守るよう命じたのです。
現在は大魔道士様の ご子孫 がその意志をお継ぎになり、『魔名』を授ける力を持っていらっしゃいます。
その方こそ、魔法王『世を統べる導きの大王おおきみ』様。この世界に君臨する私達の大王様です。」

・・・私、『魔名』って変だと思う。
『世を統べる導き大王おおきみ』だなんて、なんだか説明文みたい。本当の名前の方がスッキリしてていいんじゃないかな。
「今でも『悠久の城』の方々は本名でなく『魔名』でお互いを呼び合うそうです。
『悠久の城』は『魔名』を持つ者だけが入れる聖域。地上に住む私達が入ることは許されません。」
ここまで話して、パッコリー先生はふと、何かを思い出したように言い加えた。

「ただ、特別に地上の者が召し出される事があるそうです。
私達は火や水、風、土など、様々な属性の魔力を内に秘めていますが、ごく希に『非常に特別な魔力』を持つ者がいると言います。
そういった魔力を持つ者には『魔名』が与えられ、『悠久の城』に迎えられるそうです。
でもこの100年間、地上の者に『魔名』が与えられたという報告は一例もありません・・・。」

パッコリー先生の穏やかな声が、みんなの眠りを誘ってる。
私の友達の ロレイン なんて、露骨に船を漕いでるほど。でも私は魔法の授業より、歴史の話を聞く方が好き。
ここは有名な 魔道学校 だけど、私ったら、魔道士とか魔法使いになる気、全っ然ないんだから。

私は、ビナ。
世界的に有名な魔道学校・ベルフォーダム学園にこの春入学した1年生。
この学園は由緒正しき名門校。『世を統べる導き大王おおきみ』様が地上の王族に任せた国の一つ、イーヴァ国にあって、いろんな国の王族や貴族の子がいっぱい籍を置いている。
ちなみに、私はド平民。小さな田舎町にあるこれまた小さなお菓子屋の娘。
なんで私がこんなお金持ち学校に行く事になったかは、ちょっとしたワケがある。
ベルフォーダム学園は「優れた人材を育成するために」とかいって、才能ある子を特別生として入学させる制度があるの。
どういうわけか、私はそれに選ばれてしまった。
最初は断るつもりだった。
さっきも言ったけど私、魔法使いになんてなりたくないんだもん。実家でお菓子屋やってるお祖母ちゃんの後を継ぐのが、小さい頃からの夢だから。
それに、私の魔力はちょっとアレ・・で・・・。
とにかく、断る気満々だった。
でも、ダメだった。私の大好きなお祖母ちゃんが大喜びしちゃったの。
「我が家からベルフォーダムへ行くほどの大魔法使いが出るのね!!!」って、嬉し泣きしながら小躍りするから、行かない、だなんて言えなくて。
特別生になれば学費全部がマルッと免除。それも断れなかった理由の一つ。正直、ウチって貧乏だから、普通の学校に通うのも厳しーんだよね・・・。
そういうワケで、私は田舎の実家から出て寄宿舎に入り、お金持ち学校に通っている。
いったいなんでこんな事になったのか、今でもよくわからない。
私の魔力なんて、何かの役に立つのかな?
本当にちょっと、アレ・・なんだけど・・・。

終業の鐘が鳴った。
ロレインが「眠気覚ましに散歩に行く」って言うから、付き合って学園内の 庭園 に向かう。
この学園は共学だけど、校舎や施設は別れている。
男子が通う区域と女子が通う区域の間に、とっても広い庭園があるの。
手入れの行き届いてて、花壇はいつもお花でいっぱい。立派な噴水や大きな温室施設もあるし、芝生の広場や遊歩道が整備された森林もある。綺麗な小川が注ぐ池ではボートに乗って楽しめちゃう。
だからここは、学生みんなの憩いの場。
いろんな学年の生徒が集まり、それぞれの時間を楽しんでいる。
・・・はず、なんだけど・・・。

「あなた達、どういうおつもり!?退きなさい!」

突然、ヒステリックな声がして驚いた。
小川の側にあるリンゴの木。枝葉が影を投げかける所に、座り心地良さそうなベンチがある。
そこに座る1年生の女の子達が、上級生のお姉さん達に取り囲まれて怯えていた。
「あの子達、かわいそー。
あの木の下が『テリア姫』の特等席って知らなかったのね。」
私の隣を歩くロレインが、眠たそうに呟いた。

「テリア姫」っていうのは、あの上級生達のボスのあだ名。
本名は確か、バーバラ様。学年は四年生。亜麻色の髪をクルクルに巻いた、気が強そうなお姉様。
なんでも、この国の侯爵家のご令嬢。しかも、王様のご親戚なんだって。
堂々と自分で言い回ってるから、ホントにそうなんだと思うけど。

「誰に断ってこの場所を使ってるのかしら?ここは毎日この時間、私達上級生が使っていますのよ!
なんて図々しい、貴女達のような礼儀知らずがこの学園にいるなんて信じられませんわ!良家の子女なら教えられなくても空気で察するものでしてよ!」

彼女の声は甲高くてとっても耳障り。しかもこんなにまくし立てられていたら、誰も口を挟めない。
まるで怒った時の小型犬テリアみたい。だからあだ名が『テリア姫』。
このイーヴァ国の公爵家令嬢だから、逆らう人はほとんどいない。
そんな人に怒鳴られて、1年生達は泣き出してしまった。
「ど、どうしよう!誰か先生、呼んでこようか?」
「よしなよビナ。アンタが目ぇ付けられるよ。」
校舎の方へ走りかけてた私を、慌ててロレインが引き止めた。
確かに巻き添えは怖い。
でも、あの子達がかわいそう!いったいどうしたらいいんだろう???
悩んでいる間にも、テリア姫バーバラ様達のいじめまがいな叱責はどんどん過激になっていく。

「・・・まあ、常識知らずも当たり前ですわね。
あなた達、特別生なんでしょ?」

テリア姫バーバラ様が泣いてる1年生達を嘲笑う。
取り巻きの人達も口々に、勝手な事を言い始めた。

「まあ、そういえばこの方達、どことなく庶民的ですわね。」
「困りますわ。ここは由緒あるベルフォーダム学園ですのに。」
「授業料が免除されるから、こういう方達も入学してくるようになって。」
「魔力が強いとか、属性の違う魔法を幾つか使えるとかいいますけどねぇ。」
「身の程のってモノが分らないのかしら?
これだから特別生は!」

聞くに堪えない、酷い言葉!
思わず「止めて!」と叫びそうになった。
その時・・・。

「品がない事この上ないわ。
この学園に相応しくないのは、いったいどちらなのかしら!?」

よく通る、凜とした声がした。
その場にいる人全員が、声の方へと振り向いた。
テリア姫バーバラ様と同じ四年生の女子生徒が、厳しい目をして佇んでいる。
長い黒髪、真っ白なお肌。
目は藍色で背が高く、手足もスラリとしていて長い。
まるで天使か女神みたい! こんな綺麗な人がいるなんて と、驚くほどの美人さんだった。

「来て下さったわ! ミカエラ様 よ!」
「よかった、もう大丈夫ね!」

周りから安心の声が聞こえてくる。
彼女・・・ミカエラ様は1年生達を庇うようにテリア姫バーバラ様の前に立ちはだかった。
しばし、無言の睨み合い。
息が詰まるような重たい沈黙。それに先に根を上げたのは、テリア姫バーバラ様の方だった。

「どういうおつもりかしら!? 人のやる事に口を挟まないでいただける?!」
「貴女がおっしゃる『人のやる事』が、あまりにも下品でしたから見かねましたの。
こんな所で堂々と下級生をいたぶるなんて! 貴女の正気を疑いますわ!」
「何ですって!?」
「学園の庭園で勝手に特等席お作りになって『誰に断って』ですって? 呆れてモノも言えないわ!
こんな身勝手で幼稚な我が儘、最近子供でも言わなくってよ!」
「な・・・な・・・!?」
「それから! さっきそこの腰巾着が『身の程』とかおっしゃった?
実力もないのに親のコネでベルフォーダムに通ってる。
そんな方達が口にしていい台詞じゃないわ、そちらこそ身の程わきまえたらいかが!?」
「・・・。」

テリア姫バーバラ様達がたじろいでる。さっきまであんなに傲慢だったのに。
一方ミカエラ様は毅然としている。テリア姫バーバラ様の目を真っ直ぐ見据え、威風堂々と佇んでいる。
これってきっと、品格の違い。
ミカエラ様はみんなの憧れ。
彼女には非の打ち所がない強さと気高さが備わっていた。
「貴女方、何か勘違いしていらっしゃるようね?」
ミカエラ様がたたみ掛ける。

「特別生は素晴らしい能力を認められてベルフォーダムに入学している優秀な方達よ!
それに引き替え貴女方ときたら! 少しでも恥ずかしいと思いませんの?!
間違っているのは貴女方!
さぁ、今の失礼な態度をこの方達に詫びなさい!!!」

「あ、貴女、私を誰だと思っているの!?」
トマトみたいに真っ赤になったテリア姫バーバラ様が声を上げた。
「私の父は公爵よ!
しかもこのイーヴァ国王家に縁深い・・・!」
「それが、何か?」
最終手段「お父様に言いつけてやる!」にも、ミカエラ様は動じない。
むしろ呆れて冷淡に、トドメの一撃を繰り出した。

「お父様がイーヴァ国王ギルザイン14世様のご親戚、でしたかしら?
国王の ご実弟 の 奥様 の 20歳年 の 離れた従姉妹 の 娘婿 。結構なお血筋です事!
ダーシェグィン公爵家ご令嬢、バーバラ・グレイシアーナ嬢、いい加減になさいませ!!!」

めっちゃ遠縁です、テリア姫。
って、ゆーか、ほぼ 他人 。これでよく王様の親戚とか言ってたなぁ・・・。
「あ、負けたな。」
ロレインがとポツリとつぶやいた。

周囲の人達がざわめきはじめる。
テリア姫バーバラ様は押し黙ってプルプル震えて佇んでいる。普通なら「覚えてなさいよ!」とか言って逃げ出すところだけど、プライドが許さないみたい。
ミカエラ様は首を横に振り、テリア姫バーバラ様の取り巻き達を睨み付ける。
「類は友を呼ぶ。その通りですわね。」
迫力ある目だった。あんなにうるさかった取り巻き達が震え上がって俯いちゃった。
でも、怯える1年生達に振り向いた時、ミカエラ様の表情が一変した。
とても暖かい、優しい微笑み。
なんて綺麗! 私の周りにいる人達の何人かが、ホゥッとウットリ吐息が漏れた。

「さぁ貴女達、行きましょう。
学園のこと、いろいろ教えて差しあげるわ。」

思いがけない優しい言葉に、1年生達はまた泣き出した。

泣きじゃくる1年生達の肩を抱くようにして、ミカエラ様は歩き出す。
森の方へ行くみたい。そういえば、庭園外れにある森には小さな可愛い阿房宮がある。
周りに綺麗なカモミールの花がいっぱい咲いてる素敵な所。そんな場所でミカエラ様とお話しできるあの子達がちょっと羨ましい。

ロレインがうんざりとため息をついた。
「あー、どうなるかと思った!
ったく、お貴族様ってメンドーね!すぐ身分が、庶民がって騒ぐんだから。」
これは私も同感。王族、貴族の子達は庶民の子達を見下しがち。
特に特別生への風当たりは強い。授業料が免除されるから貧乏人だと思われてるみたい。
まぁ、ウチの場合はそうなんだけど・・・。
でも、ミカエラ様は例外なの!
詳しくは知らないんだけど、彼女もたぶんお貴族様。なのに気取った所が全然ないの。
成績優秀で学年トップ、誰にでも優しくて、困った人はほっとかない。意地悪や不公平には毅然とした態度で立ち向かう。
おまけに見目麗しい。当然、学園中の人気者で、私も彼女の大ファン!
才色兼備って、ミカエラ様のためにある言葉なんだろうな・・・。

「とてもお近づきになれないねぇ・・・。」
「そりゃそーだよ。アタシ達には雲の上のお人だね。」

ロレインの言葉に、私は何となく空を見上げた。
よく晴れてて雲は一つも無い。
その代わり、『悠久の城』が青い空に眩しく輝いていた。

2.ビナと銀髪の美少女

→ 目次 へ