鏡に映ったミステリー

2024年7月20日

その「雲の上のお人」に、恋の噂が流れ始めた。
お相手はなんと、王子様! ベルフォーダム学園5年生の、イーヴァ国王太子ハンス・フリッガ殿下。
金髪碧眼で背が高く、凛々しい顔立ちのハンス様は女の子達の憧れの的。
すごい!この噂が本当なら、ミカエラ様は近い将来王妃様になるかも知れないんだ!
「わぁ、誰がみてもお似合いだよね〜♪ 」
「まぁそうだね。
テリア姫はギャーギャー言ってるみたいだけど。」
ロレインがお菓子のポットから タフィ を一つ取って口に入れた。

今日は寄宿舎にある私達の部屋でお茶会。
寄宿舎の部屋は二人一部屋で、私とロレインはルームメイト。部屋割りしてくれた人には、とっても感謝しているの。
時々、実家のおばあちゃんがお菓子をたくさん送ってくれる。それを囲んでハーブティーを飲むだけなんだけど、友達と一緒に食べるお菓子はやっぱり美味しいし、とても楽しい。
中でも タフィ は小さい頃から大好物♡ 食べると濃厚な甘さが口いっぱいに広がり、とても幸せな気持ちになる。
タフィの甘さに目を細めながら、ロレインがテーブルに頬杖ついた。
「テリア姫、ハンス様の事好きだったみたいだね。
自分がハンス様のお妃になるはずだったのにって、言い回ってるみたいだよ。」
「うわぁ、またそんな。」
「ま、テリア姫とミカエラ様じゃ勝負にならないよね。どっちか選べって言われたら、アタシでもミカエラ様にするわ。
自分がお妃っていうのも、根拠とかないらしいよ。王族の親戚だって話しもデタラメだったけどさ、ああいう人って懲りないよね~。」

・・・ロレインはズケズケものを言う。
彼女も私と同じ特別生で、火属性と風属性、2つの魔力を持つ「多術使い」として期待されてる。
これは結構珍しいの。普通、魔力は1人一つの属性だから。
でも本人は呑気なもので、魔法使いになろうだなんて、ちっとも思ってないんだそう。
「学費タダだし、親元離れて暮らせるし。
卒業までに魔道士か魔法使いになる子の秘書にでもなれたら、喰いっぱぐれなくて超幸運ラッキー!」だって。
根は優しくていい子なの。無愛想だけど、顔立ちは結構可愛いしね。

「ハンス様からミカエラ様に声かけたんだって。
とにかく仲が良くて、2人の間は猫の子一匹通れないってさ。」
「へー・・・。」
「お! ウワサをすれば。窓の外見てみ?」
「え? あ、ホントだ。」
私は伸び上がって勉強机に面した小窓をのぞき込んだ。
私達の部屋は寄宿舎の一番端にある。
校舎に近い部屋は王族や貴族の子が入るので、私達特別生はどうしても不便な場所の部屋になる。
差別的だって問題視する人もいるけど、私はあんまり気にしない。むしろ静かで気兼ねないし、森が近くて緑豊か。木々の木立が涼しげで気持ちいいから気に入っている。
その森の入口に、恋人達が仲良く手をつないで入って行く。
ハンス様とミカエラ様。
阿房宮へ行くみたい。楽しそうな声が微かに聞こえる。
「やっぱ、お似合いだね。」
クッキーをつまみながら、ロレインが言った。
「うん。素敵!」
心が温かくなって、私まで幸せな気持ちになった。
でも、とんでもない事件が起ったのは、それから間もなくの事だった。

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先ず、いろんな物が盗まれた。
最初は筆記用具とかハンカチとか、そんな身の周りの物だったんだけど、次第に高価な物が無くなるようになった。
指輪やネックレス、舞踏会用の靴、高級な香水、特注で仕立てたドレス。こんな物、学園にある方がおかしいんだけど、貴族の子達がこっそり持ち込んでたみたい。
当然、大騒ぎになった。
生徒への聞き取りがあったり、犯人のさや当てがあったり、もう大変。学園中が不穏な空気でいっぱいになった。
なのに、試験とかはきっちりやるんだもん。嫌になっちゃう!
春に行われる 学期中間筆記試験 。
みんな勉強どころじゃなくて、全教科の平均点は全学年で例年を大きく下回ったそう。(自分の成績の言い訳なんかじゃ、ナイヨ?)
でも、ミカエラ様はさすがだった。
4年生で1番の成績だった上、全科目が100点満点!みんなが彼女を褒め称えた。

「ミカエラ、キミは本当に素晴らしいよ。
僕はキミの恋人である事が誇らしくて仕方ないんだ!」

ハンス様がつい漏らした一言に、学園中はもっと大騒ぎになった。
2人の婚約は、もう目前。
みんながそう思っていた。

「ビナ、大変!!!」

寄宿舎の部屋でお祖母ちゃんへの手紙を書いていた私は、驚いて椅子から飛び上がった。
ロレインったら、扉を叩きもせずに駆け込んでくるんだもん。本当にビックリした。
「何!?どしたの何があったの?!」
「大変だったら大変だ!
ヤバい、学園始まって依頼の大事件だ!!!」
いつも自分調子マイペースなロレインがここまで慌てるのは珍しい。
声を荒げるのも滅多にない。いったい、何が起ったって言うの? 私はペンを置いて机から立ち上がった。
「大事件ってどういう事?何が起ったの!?」
肩で息するロレインが、興奮で真っ赤になった顔を上げた。

「・・・ミカエラ様、だった!」
「え?」
「ミカエラ様だったんだ!
今まで宝石やドレスを盗んでたのは、ミカエラ様だったんだって!!!」
「・・・はぁ?!」

何を言っているのかわからなかった。
ミカエラ様が、ドロボウを??!
そんなこと、あるわけないじゃない!!!
私は呆然と立ち尽くした。

きっかけは、4年生が使う個人用戸棚ロッカー
清掃中の生徒達がふざけてじゃれ合ってた時、1人が足をもつれさせてミカエラ様の戸棚ロッカーに体当たりしてしまった。
何故か鍵が掛かってなかったのだそう。その衝撃で戸棚ロッカーの扉が開いてしまった。
生徒達は真っ青になって、先生達を呼んできた。
すっ飛んできた先生達も、一緒に戸棚ロッカーの中を確認した。
入っていたのは、恐ろしい物だった。
先日行われた学期中間試験の筆記試験用紙。全科目分あり、その全てに模範解答が書かれていた。
大混乱する先生方。
そこへ掃除していた生徒の1人が、とんでもない事を言い出した。

「・・・あら!?
これ、この間盗まれた私の魔法薬学の本だわ!
どうしてミカエラ様の戸棚ロッカーから???」

その日のうちに、ミカエラ様は事情を聞かれた。
何故自分の戸棚ロッカーにそんな物があるのかわからない。彼女は当然そう言った。
私物が確認された。寄宿舎の彼女の部屋も徹底的に調べられた。
そしたら、部屋の中で見つかってしまった。
舞踏会用の靴、高級な香水、特注で仕立てたドレス。指輪やネックレスは、なんと 質札 の形で見つかった。
この事態に学園長や理事長まで出てきて、みんなでミカエラ様を問いただした。
知らない。私は盗んでなどいない。
ミカエラ様はそう言い続けたけど、誰も彼女を信じない。
大嘘つきのドロボウ。
ミカエラ様はそう呼ばれるようになってしまった。

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「あら、ご覧になって。ミカエラ様よ!」

今日も回廊を歩くミカエラ様に冷たい声が投げかけられる。
「どういうおつもりかしら?
あんな事しでかしたって言うのに、平気な顔で!」
「図々しいわね。親の顔が見てみたいわ!」
「嫌だわ、この学園にドロボウがいるなんて!
私のブレスレットも盗まれてましたのよ!」
「しかも質屋でお金に換えて・・・。
あの方、ネビル伯爵家のご親戚って聞いてたけど、そんなにお金に困ってるのかしら?」
「ネビル伯爵って、イーヴァ国内じゃ評判が悪いそうよ。
ケチで、融通がきかない変人ですって。」
「まぁ嫌だ!
そういうお血筋ですのね?いやらしい!」
・・・悪口言うときの女の子って、どの子もみんな酷い顔。全員テリア姫に見えてしまう。
男の子達も容赦無い。
陰でコソコソ言わない代わりに、たくさんの人がいる前でミカエラ様を貶める。

「おーい、盗人!
小銭恵んでやってもいいぞー!」

男子生徒のふざけた言葉に、回廊にいる生徒達から嘲りの笑いが沸き起こった。
ミカエラ様がにらみ返しても、みんなちっとも怯まない。むしろ冷たい目で睨み返す。
すごく汚いものを見る時の、相手を軽蔑しきった目・・・。
「酷い・・・。」
この様子をずっと見ていた私は思わずつぶやいた。
手のひら返すってこの事だ。みんなあんなにミカエラ様を褒めたり頼ったりしてたのに!
「仕方ないよ、あれだけ証拠が出たんじゃさ。
試験で不正はしてません、何も盗んでませんって言ったって誰も信じてくれないよ。」
「そんな!」
ロレインの言葉に思わず言い返そうとしたけど、何も言えなかった。
その通りだ。ミカエラ様の立場を悪くする証拠があまりにも有り過ぎていた。

寄宿舎の個室には、実は鍵が付いてない。
一見不用心だけどそこは名門校。最強の「寮母さん」が君臨していて、徹底的に見張られているの。
女子生徒の寄宿舎を管理する スカーレット女史 は、優秀な魔法使いでとっても怖い。
無断で他人の部屋に入ったら、すぐすっ飛んで来て取り押さえられる。その検挙率は 100% !
寄宿舎の規則を守らなかった子達が、この恐怖の寮母さんにメチャクチャ叱られまくっているのを何度も見てる。
彼女が目を光らせている以上、部屋の鍵なんて必要ない。
つまり、誰かがミカエラ様の部屋に入り、盗んだ物を隠すだなんてほとんど不可能だと言っていい。

筆記試験用紙、しかも模範解答が記入されたものがミカエラ様の個人用戸棚ロッカーにあった。
この事実も説明ができない。ベルフォーダム学園始まって以来のとんでもない不祥事だった。
模範解答は各先生方が作成した後、学年主任の教授に提出する。
主任教授は内容を確認して、学園長に提出する。
そして誰の目にも触れさせないよう学園長室の金庫に入れられ、厳重に保管されるんだそう。
しかも、全教科の試験が終わるまで金庫は決して開けないんだって。
なのに、どうしてミカエラ様の個人用戸棚ロッカーに???
これについてはさらに酷い噂が広まりつつあった。

「お聞きになりまして?
ミカエラ様の不正は学園長がご協力したって話ですわよ!」
「えぇ!?何で学園長が?!」
「なんでも、ネビル伯爵家と学園長と仲がいいんだってさ。袖の下でももらってんじゃないか?」
「じゃ、学園長がミカエラに模範解答渡したのかよ!?」
「酷いわ!卑怯よ!」

周りのみんながコソコソ言い合っている。
聞きたくない!
私はたまらなくなって耳を塞いだ。

「止めてあげて下さい。皆さん!」

澄んだ、よく通る声がした。
騒がしかった回廊が静まり返った。そんなに大きな声じゃなかったのに。
みんなが一斉に声の方へと顔を向ける。
1人の女子生徒が佇んでいた。
学年は多分、私よりも一つ上。真っ直ぐな銀髪を青いリボンでまとめた、小麦色の肌をした小柄な子。

(あれ? この子って・・・。)

違和感を覚えた私の横で、ロレインがウットリとつぶやいた。

「わぁ、コルフィンナさんよ!綺麗ねー♡」

ビックリした!
驚き過ぎて言葉を無くすって、こういう事をいうんだと思う。とにかく呆然となっちゃった!
ロレインがおかしい。
この子は思った事をポンポン言うけど、人を褒める事は滅多にない。
特に人の見た目には「工夫次第でどーとでもなる!」と手厳しい。あのミカエラ様の美しさでさえ、一度も関心持った事は無い。
なのに、コルフィンナって子は「綺麗」だという。うっとり熱心に眺めてるくらい。何コレ、いったいどーゆー事???
私はロレインを凝視した。

「えっと、ロレイン? あの子、知ってるの?」
「やだビナったら、有名人じゃん。
アタシ達と同じ特別生の コルフィンナ さん。
は~、ホント綺麗よね。憧れちゃうなぁ~。」
「はぁ・・・?」

いや、確かに綺麗な子だと思うよ?
でも、見とれるほどじゃないんじゃない?
それが私の感想、なんだけど、な・・・?

コルフィンナさんがオズオズとミカエラ様に歩み寄った。
「きっと何かの間違いですわ、ミカエラ様。
どうかお気になさらないで・・・。」
「・・・ありがとう・・・。」
ミカエラ様はそうつぶやくと、足早に立ち去ってしまった。

その後が大変だった。
みんながワッと声をあげてコルフィンナさんを取り囲む。回廊は行き来ができないくらい、人でいっぱいになってしまった。

「優しいのね、コルフィンナ!
あんな卑怯な子に同情してあげて。」
「さすがコルフィンナ!
ねぇ、今度一緒に昼食しない?」
「抜け駆けするな、俺もお願いしてるんだぞ!
あ、返事はいつでもいいからね、コルフィンナ!」
「ねぇコルフィンナ?
魔道計算の授業でわからない所があるの、教えてくれない?」
「コルフィンナ、貴女とお友達になれてうれしいわ!」

コルフィンナ、コルフィンナ、コルフィンナ!!!
みんなが彼女に纏わり付く。
気が付いたら、ロレインもその騒ぎに加わってる。
・・・何コレ?何が起ってんの???
私はそっと回廊を後にした。

ミカエラ様が心配で探してみたけど、見つけられなかった。
諦めて寄宿舎へ戻ったんだけど、後で私は後悔した。
この時、もっとよく探して見つけてあげてたら、あんな事は起こらなかったはずだもの。
コルフィンナさんが、怪我をした。
保険医のマシュー先生によると、足首のねんざで全治1週間ほどだって。
突き飛ばしたのは、ミカエラ様。
そういう事になっていた。

3.ビナと緑の貴婦人

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