魔女がドレスを着る時は
7.実体無き者の宣戦布告
「ティナはどうしてしまったんです?!
彼女に何があったんですか!?」
まだ夜も明けきってない早朝に、駆け込んできた1人の少年。
夜着にガウンを羽織った大魔女は、声を荒げて詰め寄る彼を、努めて冷静に窘めた。
「落ち着きなさい、ソラム。
憲兵隊と魔道士隊に捜索命令を出したわ。
私もこれから追跡魔法であの娘を捜す。貴方は少し休みなさい。」
「休めませんよ!とてもそんな!」
肩に置かれた大魔女の手を、ソラムは乱暴に振り払った。
夕べ、ソラムとの待ち合わせ場所に現れないまま恋人・ティナは姿を消した。
一晩中捜し回ったという。彼は憔悴しきっていた。
「ティナが約束破るなんて、今まで一度も無かったんですよ?!
下宿先にも帰ってないし、一番上のお姉さんの所にも行ってない!
何か大変な事に巻き込まれたに決まってる!早く見つけて助けないと!」
「・・・。」
大魔女は荒ぶる少年を静かに眺めた。
本来、ソラムはとても穏やかな性分である。
ここまで狼狽え取り乱すのは、ティナを大事に思ってこそ。優しく誠実なこの少年を、大魔女は好ましく思っていた。
例によって、いきなり扉がバタンと開きオスカーが入ってきた。
「今、城の魔道士隊が出発した。
憲兵隊は夜が明けてからだな。すぐ動けるよう、手配だけはしておいた。」
ソラムがハッと我に帰る。
恋人の実姉とは言え一国の女王。その私室に早朝押しかけ、騒ぎ立てた無礼に今更気が付いたのだ。
「す、すみません、俺・・・。」
「いいのよ、ソラム。
とにかく、そこのソファに座りなさい。お茶を淹れてあげるわ。」
大魔女は小さく微笑み、ソラムをソファに座らせた。
私室にはソラムの他にも客がいた。
寡黙な大臣と一緒に駆けつけたのは、かつて1番目の魔女と呼ばれた婦人。今は城下町の小間物屋の奥さんと呼ばれる大魔女の姉である。
「昨日ソラム君がティナを捜して家に来た時、嫌な予感がしたの。
でもまさかいなくなるなんて・・・。」
姉が眉を曇らせる。
「お姉様ったらその格好できたの?
部屋着の上から上着羽織っただけじゃない。私も人の事言えないけど。」
「身だしなみを整える余裕なんてないわよ。とにかくあの娘が心配で!」
「そうね、心配だわ。・・・オスカー、お母様は?」
「知らせてないから、まだぐっすり寝てるはずだ。
その方がいいと思ってね。」
「さすがね、ありがとう!
起きたら報告しなきゃいけないけど、それまでそっとしておきましょう。
また『可愛い娘のため』だとか言って暴走されたら、とっても大変・・・。」
ふいに、大魔女が言葉を切った。
「・・・ミシュリー?」
「どうしたの?」
訝しがる夫や姉の目の前を、彼女は無言で素通りする。
そして、部屋の中心に佇み宙を見つめ、挑発的な笑って見せた。
「 よ う こ そ 。
・・・と、言いたいトコだけど、ちょっとそうもいかないわね。
妹を拐かしたのは あなた かしら?
だったら容赦しない。これ以上は無いってくらい、後悔させてあげるわよ!!!」
何もない虚空に投げ掛けられる、語気を荒げた大魔女の言葉。
変化はすぐに現れた。突然、大魔女が睨む空中に、妙な「歪み」が生じ始めた。
「歪み」は禍々しく口を開け、 真っ黒な影 を吐き出した!
---!!?---?!!---!?!---
宙を漂う謎の影が、大魔女達を不気味に見下ろし冷たい邪気をまき散らす。
妻を庇おうと思ったらしい。前に出ようとするオスカーを、大魔女はそっと片手で制した。
「下がって。
実体が無くてもコイツは魔道士、危険だわ。」
「って事は、ファヴィク国でティアラを奪った奴か?!」
「そう。ドレスと指輪もコイツの仕業。
そして、コイツが最後に狙う獲物が、これよ。」
首飾りを指先に引っ掛け、胸元から少し持ち上げて見せた。
大魔女の首飾り。
この国の玉座に座る偉大な魔女が受け継いできた、王冠代わりの宝である。
「これも古の魔女の遺物。きっと盗みに来ると思ってたわ。
宝物庫を襲撃した時そうしなかったのは、 私 を恐れての事かしら?
敵わないと思ったから、妹を人質を取るようなマネを?
無様ね!やり方が陳腐で呆れるわ!!!」
敢えて手厳しく挑発した。
漂う影は辛うじて人型だが、話を聞く耳はもちろん、目鼻口すら黒く塗りつぶされていてわからない。
しかし反応はあった。笑ったのだ。
喉をクツクツ鳴らすようなその声は、紛う事なく 嘲笑 だった。
「あら、失礼。何か間違ってたのかしら?」
大魔女も負けていない。
強気に笑うと片手の指に首飾りを掛けたまま、もう片方の手を突き出した。
「『水晶の檻』はご存じ? アンタみたいな罪人を捕らえる魔法の檻よ!
さぁ、私の妹はどこに居るの?!
答えないならとっ捕まえて、野蛮なやり方で白状させる事になるわよ!」
大魔女の手に光が宿る。
光の中に現れたのは、冷たく透き通った六角柱の小さな鉱石。水晶とおぼしき光の石は、捕らえた者を中に取り込み、魔力を封じて閉じ込める。
「野蛮なやり方」=拷問、そんな行為も躊躇わない。そう知らしめるため大魔女は、手のひらに乗る大きさだった「光の檻」を、人の頭ほどもある大きさに変えて見せた。
「答えなさい!ティナはどこ?! 」
怒気も顕わな大魔女に叫びに、不快な嘲笑がピタリと止んだ。
影は右手とおぼしき部分を軽く振る。
すると大魔女達の目の前に、ある風景が浮かび上った。
「ドルア火山?!」
オスカーが小さく叫ぶ。
やや遠くからの映像のようだ。
岩肌荒々しい活火山が地鳴りを起こして震えている。
明らかに異常な様子だった。山が内側からの力に耐えかね、かなり膨張しているのだ。
噴火が近い。
しかも、かつて無いほどの大きな噴火が、予想できる状態だった。
「!? 待ちなさい!!!」
大魔女は「水晶の檻」を影に目がけて投げ付けた!
しかし、ほんの一瞬遅かった。影は再び「歪み」を作ると中に飛び込み消えていった。
檻は床に落ち、何も捕らえる事なく消えた。
影が残した冷たい邪気に部屋の空気が重たく沈む。
「・・・そう。ティナはそこに居るのね・・・。」
大魔女は小さくつぶやいた。
---凹凹凹---凹凹凹---凹凹凹---
窓から見える空が、ようやく白み始めてきた。
カーテンを揺らして吹き込んでくる朝の風が心地よい。しかし誰の心も晴れなかった。
たった今、目にしたドルア火山の姿が不安を一層かき立てる。
今にも噴火しそうなあの山に、ティナが捕らえられているのだ。
そう思うといやが上にも気持ちは暗く沈んでいった。
「あら。そんなに大変な事かしら?」
突然聞こえた陽気な声に、オスカー達は驚いた。
大魔女が、笑っている。
超然と笑う彼女は、いつも以上に凜々しく見えた。
「ティナの居場所がわかったのよ?後は迎えに行くだけでしょ?」
「迎えにって・・・。まさか、貴女が行く気なの?!」
大魔女の姉が驚き叫ぶ。
引き留めようとすがりつく姉の肩に優しく手を置き、大魔女はニッコリ微笑んだ。
「そうよ?当たり前じゃない。
我が国の国宝盗んで逃げた!
しかも、可愛い妹にまで手を出した!
ここまでやらかしてくれた以上、酌量の余地などないわ!
この私がキッチリ 成敗 してあげる!!!」
いまだ室内に滞る、影が残した暗い邪気。
大魔女は大きく右手を振った。瞬く間に邪気は払われ、清められた室内に朝の光が振り注ぐ。
「大臣!そしてお姉様!
お母様のお守りをお願いするわ。
ああいう人だから大変だと思うけど、妙なマネしでかさないよう、しっかり見張ってて!
オスカー!
ティナの捜索に出た魔道士隊を、ラーシェンカの街へ向わせて!
ドルア火山の噴火に備えて、街全体に結界を張るの!
ティナを助けたら私も街の護りに付くわ!
それまで何とか持ち堪えるよう魔道士達に伝えてちょうだい!
あのふざけた影野郎、骨董品の衣装一式お集めになって何がしたいんだか知らないけどね!
この大魔女の怒りを買ってタダで済むと思ってんじゃないわ!!!」
怒り心頭で意気込む大魔女に、異を称える者などいなかった。
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必死で同行を求めるソラムを、大魔女はキッパリ拒絶した。
「ダメよ。連れては行けない。
相手は魔道士なのよ!魔法が使えない貴方が来たって邪魔なだけ、危険だわ。
あの娘は私が必ず連れて帰ってあげる。だからここで待ってなさい!
・・・貴方、頑張り過ぎちゃう悪い癖があるわね。
今はとにかく休みなさい。ティナが無事に帰ってきたら、今度こそデートするといいわ♪」
大魔女は出陣していった。
笑顔で城から出発したが、笑わない目が怖かった。
大魔女の姉も大臣を伴い、そろそろ目覚めて騒ぎ出すであろう母親の元へと向かっていった。
「何も出来ないなんて・・・。
ティナのために、何もしてやれないなんて・・・!」
失意のソラムが悲痛な面持ちで、がっくりソファに腰を落とす。
無力な自分を責める彼を、オスカーはジッと見守った。
「・・・頑張り過ぎちゃう悪い癖、ね。
そういう自分は 何でも1人で抱え込んじまう悪い癖 ってのがあるのに気付いてないのかねぇ?」
壁に寄りかかって腕を組み、オスカーは小さくつぶやいた。
彼も魔法は使えない。
言われたとおり魔道士隊をラーシェンカの街に向かわせたのだが、同行する事は許されなかった。
大事な人の危機だというのに、ただひたすら待っているだけ。
一番辛い状況である。しかし。
腕を組み、壁に寄りかかっていたオスカーは、急にニンマリ微笑した。
そして項垂れるソラムに歩み寄ると、彼の背中を平手で一発、力一杯ぶっ叩いた!
「痛っ?!」
「ほら、行くぞ!」
「い、行く?!どこへ!?」
「道すがら教えてやる。ティナを助けたいんだろ?」
「!!!
出来る事があるんですか?俺達にも!?」
期待を込めて見返すソラムに、オスカーはちょっと片目をつむる。
「『ダメで元々、足掻いてみせろ!』・・・てのが、我らが偉大なる大魔女様の口癖だ。
恋女房と可愛い義妹、ついでに未来の舎弟のためだ。盛大に足掻いてやろうじゃないか!
行くぞソラム! 付いて来い!!!」
「は、はいっ!!!」
ソラムが跳ね上がるようにして立ち上がった。
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大魔女の城から2人の姿が消えてる事に、最初に気が付いたのは寡黙な大臣。
彼は非常に驚いたのだが、それ以上の事はできなかった。
目覚めて早々、娘達の受難を知った母がけたたましく騒ぎ始めたのである。
夜が明けきった城中に轟き渡る金切り声!
娘達の身を按じるあまり泣き喚いてる母親を、取り押さえるだけで精一杯。
真面目で実直な大臣は、大魔女の姉と一緒に精根尽きるまで頑張った。
その結果、愛する人のため盛大に足掻くオスカーとソラムは、綺麗さっぱり忘れられた。