魔女がドレスを着る時は

2024年4月2日

森と湖の国・グストーシュの国王が退位の意向を示して1ヶ月になる。
それに先立ち第一王子が廃嫡になり、第二王子が王太子に立てられた。これは玉座をめぐる肉親同士の争いではなく、むしろ非常に平和的に執り行われた事だという。
国民達もこの決定を歓迎した。ただ、解せない事が一つある。

「なんで王様、退位するんだ?
まだまだ若くていらっしゃるのに???」

王妃様を早くに亡くし、以来再婚もせず国を護り導いてきた国王はまだ40代。
つい先日、2人の王子がそろって婚約したばかり。当然孫もまだ生まれていない。
隠遁するには早すぎる。人々は首を傾げていぶかしがった。

---♪♪♪---♪♪♪---♪♪♪---

さて、国王の意図はともかく、若く優秀な王太子は国民から絶大な支持を集めていた。
その理由の一つとしてある女性の存在があげられる。
王太子の熱望で未来の王妃に内定した、見目麗しい男爵令嬢。
思慮深く聡明なこの淑女は「光の女神」と呼び称され、多くの国民から慕われていた。

「・・・女神?
夏の湖を素っ裸で泳ぎ回ってたお転婆娘が?♪」
「子供の頃の話でしょ?止めて、意地悪ね!」

エルクレイ男爵令嬢・ルミナは、隣で含み笑いする恋人の腕を軽くつねる。
幼なじみだったラチェット王子との結婚が決まったのは、ほんの数ヶ月前だった。

グストーシュの国は厳しい冬を迎えている。
暖炉の炎が暖かい。居心地の良い居間でいただくお茶は、心と体を温めた。
ラチェットは政務の合間を縫って、こうしてルミアに会いに来る。一緒にお茶の時間をすごすのは、お妃教育に励む彼女を気遣っての事だった。
「高位貴族にはまだ婚姻に反対する者が大勢いる。
父上や兄上、国民のほとんどは君の素晴らしさを認めてくれているというのに!」
眉を潜める恋人にルミアは小さく微笑んだ。
ソファに座る彼女の膝には、真っ白な子猫が丸くなっている。先日、地方都市の視察に出かけたラチェットが拾ってきたのだ。
どうしても他猫(?)とは思えなかったそうだが、一体どういう意味だろうか???
「本来私みたいな下位貴族の娘は王族と話も出来ないはずですものね。
ありがとう、ラチェット。でも私なら大丈夫よ。」
「しかし・・・。」
「心配しないで。お妃教育はちゃんと捗ってるから。
・・・それにね。」
ルミアは居間の隅に陽気な笑みを投げ掛ける。

「私には、彼女 がいてくれるわ♪」

壁際でひっそり佇む中年の侍女が、慎ましやかに一礼した。
「にゃぁ。」
ルミアの膝で、子猫が鳴いた。

---☆☆☆---☆☆☆---☆☆☆---

彼女の名は、メラニー・フェンディル。
背筋をシャンと真っ直ぐ伸ばし前を見据えるこの女官は、大魔女が送り込んだ「刺客」だった。
子猫がらみの騒動後、グストーシュ国に魔法支援を申し出た時、大魔女は大臣に命令した。

「城の女官の中から 猛者 を選んで放り込んどいて。
エゲツないほどの 強者 がいいわ!」

寡黙な大臣は忠実にその命令に従った。
多くの女官達の中から彼女が選ばれるまで、ほんの10秒も掛らなかった。
確かにフェンディル女史は 猛者 だった。
彼女がグストーシュ王城に赴任して、まだほんの数ヶ月。
その間、王城中にはびこっていた高慢ちきな性悪女官を、全て 屈服 させるほど!!!

「エレクトラ嬢!
何ですかその歩き方は!?下品だ事、お改めなさい!
それに、ルミア様に一礼はどうしました!?未来の王妃の御前をまさか素通りするとでも!?
・・・わかればよろしい。以後、厳重に慎むように。

オヴェルダ嬢!
お茶を出す時は最後まで両手を添えて丁寧に!食器の音も立ててはなりません!
・・・音がしたから注意したのです! 口答えはお止めなさい!
それに貴女、お茶を置く時ルミア様に『失礼いたします』と一言申し上げましたか?!

聞こえましたよ、貴女達!
男爵家の娘のくせに? 王子に取り入った醜女? なんて口の悪い!
結構です!貴女方はルミア様に仕える資格がないようですね。早々に城から退出なさい!
・・・今更泣いて謝るくらいなら、陰口などお止めなさい! しかと言い渡しましたよ、いいですね!?

・・・なんでございましょう、ルミア様?
お手柔らかに? まぁ、お優しい。
しかしながら私、大魔女様から『1mmたりとも容赦するな!』と厳命されておりますの。
さぁ、休憩はお終いでございます。お妃教育を再開しますよ!
晩餐までみっちりと外交接待と儀礼礼法について学んでいただきます。よろしいですね?!」

今日も、フェンディル女史の目が光る。
彼女は未来の王妃にまでも、1mmたりとも容赦無かった。

---凹---( ̄ロ ̄lll)---凹---

当然ながら、王城内でフェンディル女史の評判は良くなかった。
自分にも他人にも非常に厳しく、不正や非礼は許さない。相手の身分や立場に臆さず真正面から意思を述べ、それが至極的確な正論なだけに、反論の余地がまるでない。
いつしか彼女は心無い者達から「大魔女の国の鉄面婆」と呼ばれるようになっていた。

(結構ですわ。
私が恐れられれば、それだけルミア様に悪意が向かなくなるのだから。)

月が美しい静かな夜更け。
その日の仕事を終えたフェンディル女史は、城内にある自室へ向かって歩いていた。
(私のお妃教育の厳しさは城中に知れ渡っている。
それにお励みになるルミア様。そのひたむきなお姿に感心する声が高まりつつあるわ。
これなら大丈夫。近い将来、皆がルミア様こそ王妃に相応しいと思うようになるでしょう。
・・・。あら???)
中庭に面した回廊の途中でふと立ち止まった。
生い茂る立木の合間にぼんやり光が見える。並の淑女なら恐怖を覚え悲鳴を上げる所だが、猛者たる彼女は怒りを覚えた。まだ若い侍女の誰かが、夜更けにこっそり「逢引きデート」しているランタンの明かりだと思ったのだ。
(こんな時間に不謹慎な!)
ドレスの裾を掴みあげ、夜の中庭に足を踏み入れる。怒鳴りつけてやるつもりだった。
しかし。
木立をかき分け光を目にしたフェンディル女史は、我を忘れて立ち尽くした!

(・・・なんて、美しい・・・!!!)

あまりの光景に息を飲む。
そこにあったのは、一着の ドレス 。
光り輝く美しいドレスが宙に浮かんでたゆたっていた。

--☆☆☆---(*⁰▿⁰*)---☆☆☆--

(も・・・持って帰ってしまった・・・。)

フェンディル女史は自室の真ん中で狼狽えた。
手にはあのドレスがある。
手触りが素晴らしい。おまけに芽吹いたばかりの新緑のようななんとも清々しい香りがする。
肩のあたりをそっと摘み、恐る恐る広げてみる。
それは美しいドレスだった。
慎ましく襟の詰まり、両袖がゆったりとした古風な造りで、胸下から緩やかにスカート部分が広がっていた。
真っ白い絹地全体に金糸で細かい刺繍施されていて、絶えずキラキラ輝いて見える。
銀糸を編んで創られた装飾のレースも目を見張るほど豪華で見事。思わずうっとり吐息が漏れる。
フェンディル女史はドレスの美しさにすっかり魅入られ、時間を忘れて眺め続けた。

(持ち主を捜さなくては。
こんな素晴らしいドレスですもの。きっと探していらっしゃるわ。)

そう思いつつ、湧き上がる衝動に堪えられなかった。
フェンディル女史は女官の制服を脱ぎ、ドレスの袖に腕を通してしまった。

「・・・まぁ・・・!」

姿見鏡の前に立つなり、思わず感嘆の声が漏れる。
そこに映った自分の姿は、見違えるほど美しかった。

(そういえば私・・・。
今までドレスを着た事がなかったわ。
若い頃は貧しかったし、女官になってからは毎日とても忙しかったし。
一度でいいからこんなドレスを着てみたい。
それが私の夢だったわね・・・。)

若い頃に叶わなかった切ない夢と、それが叶った大きな喜び。
フェンディル女史は鏡の中の自分に見とれていた。
恍惚とした面持ちで、そっと髪に手を当てる。
ひっつめ髪をほどいて下ろすと、髪はきつく結い上げていた分、細かく波打ちサラサラ揺れた。
テーブルの上には花瓶に活けた花がある。その中から白い花を一輪抜いた。
可憐な花を髪に差すと、顔色がパッと明るくなった。歳相応にくすんだ肌が少女の柔肌のように瑞々しく見え、心を大きく弾ませる。
すっかり気分が良くなった彼女は、またしても衝動に抗えなかった。
別人のように着飾ったまま、部屋から出てしまったのである。

---☆♡☆---☆☽☆---☆♡☆---

夜空には綺麗な月が掛っていた。
フェンディル女史は誰もいない王城の中庭に1人佇み、静けさに耳を傾けていた。
(・・・私は何をしているの?)
月を見上げて苦笑する。自分自身への問いかけが何だかとても虚しかった。
(きっと誰かに見てもらいたかったのね。・・・バカな事を!)
ドレスは確かに美しいが、若い娘が着る仕様。
自分のような四十路女が身につけるには無理がある。急に恥ずかしくなり、フェンディル女史は狼狽えた。
(部屋に帰らなくては!
こんな年甲斐もなく浮れた姿、本当に人に見られでもしたら・・・!)
大慌てで踵を返し、自室へ向かって歩き出す。
しかしその時突然に、背後から声を掛けられた!?

「・・・君は一体、どこの令嬢だ?」

心臓が止まる思いを味わった。
恐る恐る振り向いてみると、そこには若い男女数名の集団。
彼らの中にはエレクトラ嬢とオヴェルダ嬢がいて、目を丸くしてこっちを見ている。
こんな夜更けに出歩くなんて、と思いはしたが、叱る余裕は全くない!

(・・・きゃああぁぁぁ!!!)

フェンディル女史はドレスの裾をたくし上げ、全速力で逃げだした!
「あっ!待って!」
「お嬢さん、お名前を!」
立ち止まるなどとてもできない。できっこない!
名乗るなんて、もっての外!日頃の慎みをかなぐり捨てて死に物狂いで激走した。
自室に飛び込み鍵をかけ、床の上にへたり込む。

(み、見られた!見られちゃったわーっっっ!!!)

何とか逃げきったフェンディル女史は、頭を抱えて蹲った。

---!!!--- (((( *ノノ) ---!!!---

羞恥に悶えるフェンディル女史は、一睡もできないまま朝を迎えた。
人前に出るのが怖かった。しかしいつも通り仕事についても、誰からも何もいわれなかった。

(・・・きっと私だと気付かなかったのね。ドレスなんて着てたから・・・。)

密かに胸を撫で下ろす。
しかし、王城の一角で騒ぎが起こったのはその日の午後の事だった。

騒ぎが起こったのは、昨夜フェンディル女史が激走した中庭の回廊。
ルミアと一緒に駆けつけた女史は、思わずハッと息を飲む。
回廊の床にへたり込んでいるエレクトラ嬢とオヴェルダ嬢。
泣いている娘達を煩わしそうに見下ろしているのは、2人の正式な婚約者達だ。
彼らがいつも連れ歩いている取り巻き貴公子達含め、全て昨夜の中庭で会ってしまった顔ぶれである。
フェンディル女史は戦慄し、そこから一歩も動けなくなった。

「どういう事なの、なぜ私の侍女が泣いてるの?!」
咽び泣く2人にルミアが駆け寄り、抱き寄せる。
「答えなさい!貴方達、この2人に何をしたの!?」
「何もしておりません。王太子妃ご予定者様。」
貴公子の1人が慇懃無礼に一礼した。
彼らはまったく悪びれておらず、むしろ楽しげに微笑っていた。

「婚約を解消しただけですよ。
仕方ないでしょう?
 運命の人 と出会ってしまったんだから♡」

「・・・はぁ???」
驚くルミアが目を見張る。
今時少女趣味を拗らせた小娘でも言わない言葉。
しかし本気で言ってるようだ。それがなんとも恐ろしい。

「昨夜、王城の庭園で見たあの淑女。どうしても彼女が忘れられない!」
「あんな美しい女性は見たことが無い!月光の中佇む姿は月の女神のようだった!」
「豊かに波打つ長い黒髪、透けるような白い肌!とにかく素晴らしい美しさだった!」
「こんなに恋焦がれた事など一度もない!もうあの淑女の事しか考えられないんだ!」

うっとりした目で虚空を見つめ、昨夜の「淑女」を口々に褒める貴公子達。
しかしそのうち1人が叫んだ言葉に、彼らは全員殺気つ!

「とにかく、婚約なんて解消だ!
僕は彼女を探し出して、きっと結婚してみせる!」

貴公子達の罵り合いが始まった。
聞くに堪えない罵詈雑言は幼稚は殴り合いに発展し、それを見守る侍女達がさらに激しくむせび泣く。
中庭回廊で起った騒ぎは手が付けられない状態になりつつあった。

(ど、どうしよう?!)
フェンディル女史は硬直したまま狼狽えた。
騒動の原因は昨夜の自分。生きた心地がしなかった。
(名乗り出る?そんなのできない!
その「運命の人」が私だと知れたら、きっと城中の笑い物だわ!)
このまま黙っていればバレる事は無い。
ドレスの淑女が見つからなければ、厚顔無恥な貴公子達もその内きっと諦める。
激しく混乱する心の内で、自分にそう言い聞かせた。
しかし・・・。

「その女性は、誰とも結婚いたしません!
なぜなら、その女性は 私 なのですから!!!」

気が付けば、叫んでしまっていた。
泣いてるエレクトラ嬢とオヴェルダ嬢のために。

振り上げた拳をピタリと止めて、貴公子達が振り向いた。
騒ぎを聞きつけた集まって来た人々も驚きポカンと目を見張る。
フェンディル女史は結い上げた髪を振りほどく。
髪は昨夜と同じように、細かく波打ち豊かに揺れた。
人々の目線を一身に浴びるフェンディル女史は、堪えがたい羞恥に必死で堪えた。

(エレクトラ嬢とオヴェルダ嬢は侯爵令嬢。
貴族は慣例やしがらみが多いわ。こんな形で婚約破棄になれば、もう良縁など望めない。
それだけはダメ! あの娘達はまだ若いのよ!
この先ずっと1人で生きていく私などとは違んだから・・・!)

震える足をなんとか踏みしめ、萎える気力を奮い立たせる。
しかし。
そんな彼女を若者達は、情け容赦なく見下した!

・・・あっははははは!!!

王城中庭の回廊に、大爆笑が沸き起こる。
ついさっきまで殴り合ってた貴公子達が、髪を下ろしたフェンディル女史を狂ったように嘲笑した!

「見ろよ!僕達全員、あんなのに騙されたんだぜ!」
「一生の不覚!傑作だな、なんて若作りだ!」

回廊に集まる人々も、物珍しげに女史を眺めてクスクス小さく笑い始めた。
泣いていたはずのエレクトラ嬢とオヴェルダ嬢まで、顔を隠して嘲り笑う。
フェンディル女史も自らを蔑み、諦めたように微笑した。
もはや悔しさも悲しみも感じない。
ただ、歳をわきまえずドレスなど着た昨夜の自分が、酷く愚かで浅はかに思えた。

(・・・大魔女様の元へ帰りましょう。
こんな私に人を指導する資格なんて無い・・・。)

気丈に振る舞うにも限界がある。
ぼやけ始めた視界に気づき、慌てて目を伏せた時だった。

「 すまないが、通してもらえないかな? 」

突然、笑い悶える貴公子達の背中に穏やかな声が掛る。
声量豊かなその声は、辺りをしぃんと静かにさせた。

「 国王陛下 !

ルミアがドレスのスカートを摘まみ、優雅に淑女の礼をする。
王太子ラチェットと共に現れたのは、グストーシュ国の 現 国 王 。
レイヴァン・グストーシュ7世。
近々退位を予定しているこの国の 君主 だった。

---☆★☆--- ∑(゜□゜)---☆★☆---

「聞こえなかったのか? 退きなさい!

呆然と立ち尽くす貴公子達を、レイヴァン王は睨み付けた。
貴公子達がすっ転ぶ勢いで脇に避ける。周囲で見ていた人々も大慌てで最敬意の礼をする。
フェンディル女史も頭を下げた。いつも以上に深々と。
(いっそ、このまま顔を上げずに消え去りたい・・・。)
そう思っていた時だった。
誰かにそっと両手を取られ、驚きのあまり顔を上げた。
見上げた先にあったのは、レイヴァン王の優しい瞳。
彼はニッコリ微笑むと、フェンディル女史の手を握ったまま、その場で静かに跪いた!

「メラニー・フェンディル嬢。
 私は貴女の愛を乞う。どうか 結 婚 していただきたい!」

・・・えええぇぇぇ!!?
回廊に集まる人々が、1人残らす絶叫した!
上へ下への騒ぎの中で、フェンディル女史は自分の手を取る 求婚奇襲者 を凝視した。
穏やかに微笑うレイヴァン王。しかしその双眸には有無を言わさぬ気迫があった。

「ご承諾、いただける?」
「(ひぃ?!)は、はい!」

えええぇぇぇーーーっっっ!!?
回廊中が再び沸いた!
そんな群衆をサラリと無視してレイヴァン王が立ち上がる。
彼は女史の右手にそっと優しく口付けた。
「ありがとう、メラニー嬢。・・・さて、ところで。」
突然ガラリと口調が変った。
怒りがこもった冷たい声に、人々はハッと息を飲む。

私の恋人を笑い者にしたのは、どこのどいつだったかな?

「ひぃ!?」
騒ぎを起こした貴公子達が悲鳴を上げて後退る。
その時、今ここにいるはずのない女性の声が響き渡った!

「そこでガン首揃えてるガキンチョ共よ。
よくも我が国ウチの女官をコケにしてくれたわね?!」

キィン!

金のローブを翻し颯爽と現れた 大魔女 の、首飾りが奏でる甲高い音。
貴公子達がその場で頽れ、半狂乱でのたうち回る。
蒼白になった彼らの顔からは、 くち が綺麗に消えていた!
「戯れ言しか言えない口なら必要ないわ。
2,3日絶食したって死にゃしないから、安心なさい!」
大魔女は冷たく言い放った。

---♡♡♡---( ̄ー ̄)☆---♡♡♡---

無様に泣き出す貴公子達を、大魔女は忌々しげに一瞥した。
「せっかくメラニーを貸し出したってのに、性悪なのは小娘共だけじゃなかったって事ね。
馬鹿にする? ドレスを着た女を? 人前で?!
国の教育方針を疑うレベルだわ!」
「全くもって申し訳ない。偉大なる大魔女よ。」
レイヴァン王が苦笑する。

「私も常々、高位貴族若年層の傲慢さを気にしていたのですよ。
だから退位するのです。私自ら若者達を徹底的に教育し直す為にね!
ついでと言ってはなんですが、玉座から降りればしがらみがなくなる。
愛さえあれば誰とでも、自由に結婚出来るのですよ。
メラニー嬢は 美しい 。
何より心がとても綺麗だ。厳しくも優しい愛情で満ちている。
こんな素晴らしい女性と一緒になれるなら、王冠など要りません。」

フェンディル女史の頬が朱に染まる。
恥じらう彼女に優しく微笑み、レイヴァン王はささやいた。

「貴女にはこの国の教母になってもらいたい。
共にグストーシュ国の未来を担う若者達を教え導いて行こう!
もちろん手心など必要ない。『1mmたりとも容赦無く』 ね♪」

「・・・。」
フェンディル女史の双眸に、熱い闘志の炎が宿る。
俯き加減の顔を上げ、未来の伴侶を見上げる彼女はもう超然と 笑 っ て い た !

「まぁ、どうしましょう?
    私、武 者 震 い が !!!」

・・・ひいいぃぃ!!?
エレクトラ嬢とオヴェルダ嬢が悲鳴を上げた。
大魔女の国の猛者たる女官・メラニー・フェンディル。
娘達の絶叫はその大復活の序章となった。

---!♡!---!♡!---!♡!---

たった今まで求婚劇を繰り広げていた恋人達が、怯え戦く若者達をギラギラした目で威嚇する。
そんな仲睦まじい(?)2人の姿を、大魔女は面白そうに眺めていた。

「さて、そろそろ本題に入りたいんだけど?」

フェンディル女史がハッと振り向き、慌てて淑女の礼をする。
レイヴァン王もラチェット王子とルミアを従え、礼儀正しく一礼した。
「これは失礼。偉大なる大魔女よ。本日はいかなる用向きで我が国に?」
「ドレスを返して頂きたいの。夕べ、メラニーが着ていたドレスよ。
あれね、いにしえの魔女が着ていた物で国宝なの。誰かに盗まれちゃって、探してる所だったのよ。」
「まぁ!そんな大変な物だったなんて!」
フェンディル女史が飛び上がって驚いた。
「だから夕べはあんなに綺麗になれたのかしら?
申し訳ございません、すぐにお持ちしますわ!」
アタフタ慌てて走りだす彼女は、小さな子供のようだった。
女史の背中を見送る大魔女は、静かに首を横に振る。
「いいえ、メラニー本来の美しさよ。
あのドレスに人を惑わす力なんて無いんですもの。」
「わかりますよ。彼女は美しく、とても可憐で可愛らしい。」
レイヴァン王の優しい言葉に、ルミアも微笑み頷いた。
「にゃ~♪」
その足下にフワフワの白い毛玉が纏わり付いた。
大魔女は悪戯っぽく笑って見せる。

「あら、子猫飼い始めたのね?
可愛いわ。誰かさんにソックリ♪♪♪」

ルミアの側に佇んでいたラチェット王子の顔色が変る。
遅まきながら気付いたようだ。子猫がらみの あの事件 がいったい誰の仕業かに。
甘える子猫を抱き上げたルミアが彼の異変に気付く。
「どうしたの?ラチェット。」
引きつり固まる恋人を案じ、小声で問いかけた時だった。
「大変でございます、大魔女様!」
フェンディル女史が戻ってきた。
彼女の手には何もない。ドレスを携えてはいなかった。

「ドレスが消えてしまってますわ!
部屋にもクローゼットにも、確かに鍵を掛けましたのに!!!」

「・・・なんですって???」
大魔女の顔から微笑みが消えた。

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